
知らない町の知らないパン屋が好き
旅行や用事で普段降りない駅に行った時、私にはひとつ楽しみにしていることがある。
知らないパン屋に入ること。
有名店ではなく、SNSで話題のお店じゃなくて良い。ふと目に入った店へ行く。
駅前の商店街にある小さなお店や、住宅街の角にひっそりあるお店が好きだ。
ガラスケースの向こうに並ぶパンを眺めながら、「この町では、みんな普段どんなパンを食べているんだろう」と考える。
明太フランスやクリームパンのように、どこにでもある定番商品でも、お店によって少しずつ違う。それが面白い。
私が知らない町のパン屋を好きになったきっかけは、昔の仕事が関係しているのかもしれない。
以前、営業職として働いていた頃、電車であちこちの町を回っていた。
ある日、お昼を食べるタイミングを完全に逃してしまった。次の訪問先まであまり時間がなく、ゆっくりお店に入る余裕もない。
いわゆるランチ難民になった。
どうしようかと駅前を歩いていると、小さなパン屋が目に入った。
時間がなかった私は、ミックスサンドをひとつだけ買い、駅のホームのベンチで急いで昼食を済ませることにした。
正直、味わう余裕なんてなかった。
それでも一口食べた瞬間、「おいしい」と思ったのを今でも覚えている。
パンが驚くほどふわふわだった。
特別豪華な具材が入っていたわけではない。ハムや卵が入った、ごく普通のミックスサンドだった。
それでも、その普通のサンドイッチが本当に、本当においしかった。
今となっては、その町の名前も、そのパン屋の名前も覚えていない。
もう一度食べたくても、たぶん辿り着けない。
それなのに、駅のホームで食べたあのミックスサンドのことだけは不思議と忘れられない。
旅行先では、その土地ならではの名物を食べるのももちろん好きだ。でも、パン屋にはその町の日常が詰まっている気がする。
観光客向けではなく、近所の人が朝ごはんやおやつのために買いに来る場所。その町の空気が少しだけ見える。
知らない町を歩きながら、パン屋だけはスルー出来ない。ついつい入ってしまう。
店内は広くなく、お客さんも私ひとり。
トレーを持ってぐるりと一周し、なんとなく気になったパンを二つ買う。
ホテルや家に帰ってから食べると、「ああ、あの町で買ったパンだな」と思い出す。
あの駅前の通り。パンを選んでいた数分間。レジで交わした短いやり取り。
そういうものがふっと蘇り、思わず微笑む。
もしかしたら、あの日ホームのベンチで食べたミックスサンドを、ずっと探し続けているのかもしれない。
名前も知らない町で出会った、名前も覚えていないパン屋。
そんなお店との偶然の出会いを期待しながら、町歩きを楽しんでいる。
🍞