
いつもの夏が来そうです。
寒かった冬が過ぎ、柔らかい緑が街を包む。
もう既に一部地域では猛暑日を観測し、忙しない日々はクローゼットとの睨めっこから始まる。
意識していないと季節はすぐ過ぎていく。
そしてまた、あの季節がやって来る。
今、私は河口に近い場所でこのnoteを書いている。海と川が交わり、どこからが海でどこまでが川なのかわからない、そんな場所で。
今自分がここにいることはきっと偶然ではない。
あの合言葉を初めて意識した時、私が求めたものは川だった。その輪郭と流れに自分を重ね、今という時間と自分自身を捉えようとしていた。
時が過ぎた昨年、私は海を求めた。寄せては返す自分の内側を、その輪郭で閉じ込めてしまわないように。
自分自身の輪郭を手放し、どこまでもどこまでも、溶けていこうと思った。
今の私はその間にいる。海にも川にもなれる場所に。
おそらく、私は選ぼうとしている。都合よく選ぼうとしているのだろう。
海と川の境目が曖昧であるように、自分の輪郭も寄せては返す内側も、受け止められる場所を。
今年もこの季節がやって来るらしい。ビールが美味しい季節だ。
力強く濃い緑も、冷たく澄んだ川も、全てを攫っていく海も。
今年はどんな景色が観れるだろうか。
背中に張り付いたTシャツが、まとわりつくような暑さを教えてくれる。
熱と湿気が混じる風が夕暮れと寝苦しい夜を連れて来る。
それでも、私にとって大切な季節。心と身体を一直線に繋げてくれる特別な時間。
その時間は自分から歩み寄らなければならない。そうして初めて、私は心と季節と繋がることができる。私が季節と繋がったときに、私はいったいどこにいるのだろうか。
海にいるのか川にいるのか。
いつもの夏が来そうです。