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Photo bynanadays

40代からの不登校ママの歩み方|キャリアチェンジの可能性を模索する

    仕事に働きがいを持ち始めた40代、私にとって待ちに待った輝かしい日々の到来でした。社会人20年というキャリアは、周囲を緩やかな流れで見せてくれるようになり。自身の技術も知識も一定量身につき、ほかの部分にも目をくばる余裕がでてきた頃。

    そこで子供の不登校が起こり、
    人生のシフトチェンジを迫られた私。

    40代は経験の中から強みを見い出せる時期

    家族の変化

    第一子を産んだのが35歳のとき。仕事もずっと続けていたし、そのまま保育園に入れて仕事も継続してきました。
    親の介護もそう遠くなく起こりうることであり、次の子も37歳のときに産んだので、様々な要因が重なる時期がいずれくることは漠然と想定はできていたはずでした。

    フルタイム正職員として働きつづけ、息子の小1の壁も乗り越え。
    時短制度を駆使し、周りのスタッフに頭を下げて息子の児童館とムスメの幼稚園預かり保育のお迎えに急ぐママ。
    分刻み?秒刻み?会社から車に行くのも小走りだし、急いで!と子供に言いながらお迎えのはしご。

    なんとか毎日頭をフル回転して日常をこなす日々でした。
    仕事での自分にも達成感があった頃、息子が小2で行き渋るようになり、あっという間に不登校に。
    次いでムスメが母子分離不安になり、私は仕事に行くことができなくなりました。


    意識の変容

    仕事ができない。これはもう大ダメージです。私の中のやりがいを失ったと言っても過言ではありません。

    子供は大事。でも私と子供は別な人間。
    子に寄り添いながらも、自分らしく要られる方法がないと自分自身を保てません。

    前を向くために今あるものにすがりつくのではなく、意識を改革し、今までとは違う自分の強みを探すことにしました。

    (大きなものではなく案外近くに小さなものとして転がっているのかもしれないな)

    そう考えると、40代とは積み上げてきた経験が一定の形となって見えてくる時期だと気が付いたのです。


    いままでの強み

    医療従事者なので、もともと国家資格を保有しています。自身の技術を提供し、日々働いていればお給料が貰える。
    しかし資格と、働ける人間なのかというのは別。どこの社会でもそれは同じですよね。

    ・日々業務の優先順位を考えて、どう効率よくタスクをこなすのか。
    ・周囲のスタッフの力量や状況を見極め、どこに配置しどう動いてもらうかを瞬時に考える。
    ・年上のスタッフであろうと、自分より後から入ってくれば面倒をみる。それは正社員でもパートでも同じ。理解を早めてもらうため工夫を凝らし育成する。
    ・HSPのおかげで、他の人間の動向や表情でその時々の変化を感じ取る。顔色を見て調子が悪そうであれば原因を聞き、不満さが見て取れれば解消できるように裏で動く。

    〜入社から10年で身につけた能力〜

    身につけた能力は自身の仕事へのタスク解決への短縮にも繋がるし、結果的に自分時間の確保にもなったのです。


    最近発掘した強み

    社内のプロジェクトを任されるという急なパプニングから、更に自分の強みを知る。20年のキャリアと人との繋がりが重なって掘り起こされた、新しい自分の一面です。

    ・各セクションとの日程や意見の調整
    ・上席へのプレゼン
    ・会議のまとめ進行、ファシリテーター
    ・企画書や会議議事録の文章作成
    ・所内掲示用のポスター・チラシのデザイン作成

    〜ここ3年で発掘された能力|開放〜

    今までと全く違う方法で行動するという経験をしたことで、自分でも気が付かなかった部分に触れることができたのです。新たな一面を発見でき、働きがいというものを味わいました。


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    低学年の子供の不登校は、想像以上の衝撃です。
    自分の頭と体を使ってやりくりさえできていれば、あと20年同じ職場で仕事を続けられるはずだと疑ってもいませんでしたから。

    そんな思いも瞬時に吹き飛ばす衝撃でした。
    《働きがいを捨てざる終えない》
    もうこなったら方向転換です。

    考えをシフトしてみると、これはチャンスなんだと思えてきました。
    これはセカンドキャリアの習得のチャンス。2つの異なる働き方ができる人間になれるかもしれない。
    40代という人生のちょうど中盤に、子供から貰ったプレゼントなのです。


    変化に対応できるサブキャリア

    技術職はテレワークはできません。自らの手を使って、現場に行って、働く仕事です。

    不登校に限らず、もし自分自身が事故や病気で外で働けない状況になったら?親や家族の介護で家にいないといけない状況になったら?定年後の人生も働きながら生きていくためには?

    別な形の働き方を身につけておくに越したことはないのです。
    もし可能なら、メインの仕事をしながら副業の勉強ができたら細く長く習得することも可能だったでしょうね。

    私の場合、前職場は副業が認められていない会社でした。
    なので中途半端なかたちでいるよりも、退職を選び、多様な働き方にチャレンジをしていこうと決めました。

    何事もやってみないと、新しい一面は見えてきませんものね。

    コロナ禍のおかげで世界が社会が代わり、その変化は悪いことばかりではないはず。
    テレワークの仕組みが整い、在宅ワークの種類も増えた。
    どれが自分に合っているのか、楽しんで取り組めるものなのか。

    WEBライターやKindle本出版。
    親子食堂やボランティア。

    世の中楽しそうなことに溢れている。
    私は子供の不登校で動きが止まったのではなく、新しく動き出すチャンスを貰った。

    いま心の底から、そう感じているのです。



    よく考えたら幸せなことのほうが多い。
    幸せに敏感に、不幸に鈍感に生きたほうがいい。

    ゲッターズ飯田

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    元医療従事者|不登校児の母。 noteでは不登校家庭の現状、不登校の子供の健康と生活をテーマに発信しています。 ※有料記事は個人運営。 ココタネプラス(非営利)とは別会計で、会費・寄付と収益は混同していません。

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