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あの頃の私に届けたかった言葉を、今の私が本にした理由

    今の私は、昔のようには動けない。

    去年の私だって、そうだ。
    派手に動いているように見えて、実はできる範囲内でしか動いていなかった。

    署名活動。自治体への陳情。記者会見。
    「知らない人に知ってもらう」
    「制度を整えてほしい」
    ゴールに向かって、前に進んではいたけれど、そのすべてが不登校の子ども2人に寄り添いながら、できる範囲内での行動だった。

    今年だって、日常の状況はそんなに変わらない。
    ただ、また違う段階に移ったんだと思う。

    「いまわたしができることは何だろう」

    物理的にも、時間的にも動く範囲の狭い中でも「できること」

    その答えが、Kindle出版だった。


    Kindle本を書いた理由

    動けないから、書くことにした。

    不登校が始まった頃の私は、何が欲しかったんだろう、と今でも時々思い出す。

    息子が学校に行かなくなった頃、私が最初にやったのは、検索だった。

    「不登校 対応」「不登校 相談先」

    出てくるのは、制度の説明や、相談機関の一覧、専門家のアドバイス。どれも間違ってはいなかったし、知識としては助けになった。

    でも、本当に欲しかったものは、そこにはなかった。

    欲しかったのは、もっと生々しいものだった。

    きっと近くにもいるであろう、同じ境遇の家庭の日常の様子。
    誰かの、整っていない、まだ答えの出ていないリアルな話。

    「うちはこうやって乗り越えました」という、きれいに完結した成功談じゃなくていい。
    「うちはこうやって生きています」「今日はこういう対応をしました」という、日常の風景が欲しかった。

    完成された答えより、同じ場所で迷っている誰かの存在が、あの頃の私には必要だったと思う。

    だから本の「はじめに」には、こう書いた。

    きれいにまとまった成功談じゃなくていい、と。

    書くということは、私にとって過去の自分を救う作業でもあった。
    あの頃、必死で、何が正しいのかもわからず動いていた自分に、「あなたのその経験は、いつか誰かの役に立つよ」と、今になって言ってあげられる。

    そして同時に、今まさに同じ場所で苦しんでいる誰かに、何かが届くかもしれないという『小さな希望』でもあった。

    動けなくなった今だからこそ、書くという形でしか届けられないものがあるのかもしれない。

    そう思えたとき、初めて「これでいい」と思えた気がする。


     この本で伝えたかったこと

    不登校には、ひとつの出口しかないと思っていた。

    息子が学校に行かなくなったとき、私の頭の中にあった出口は「また学校に通えるようになること」、それだけだった。
    その一本道の出口を探して、本当にたくさん遠回りをしたし、苦しんだ。

    でも娘が同じように学校から離れたとき、私たちが選んだのは違う道だった。

    娘は「学びの多様化学校」という、別の場所を見つけた。
    息子はまだ模索中だ。

    今もこれといった答えは出ていない。

    最初は「同じきょうだいなのに、なぜ違うんだろう。同じ道に行ってくれたら、楽なのに。」と親として戸惑った。

    でもふたりを見ていて、だんだんと気づいたことがある。

    出口は、ひとつじゃなくていいんだ、ということ。

    むしろ「出口」という言葉自体、最初から決めすぎなくていいのかもしれない。
    学校に戻ることも、別の場所を見つけることも、しばらくどこにも属さずぼんやり過ごすことも、どれも等しく「ありな道」なんだと思う。

    これが、この本の軸になっている部分。
    兄妹で不登校になったのに、たどった道はまったく違う。

    それでいいし、それがむしろ普通なんだと、
    当時の自分にも、今同じ場所にいる誰かにも伝えたかった。


    書いて気づいたこと

    本を書くことは、過去の自分との対話だった。

    原稿を書いている間、何度も「あの時の自分」に戻る感覚があった。
    あの頃の私は、本当に必死だった。
    情報を探し回り、誰かに相談し、それでも答えが見つからなくて、一人で泣いた夜もたくさんあった。

    正直、振り返れば「ああしておけばよかった」と思う場面も、たくさんあるし。
    あの言葉はかけなくてもよかった、あの時もっと焦らなくてよかった、そんな後悔は今でも消えない。

    でも書きながら、少しずつ思えるようになったことがある。

    あの時の自分も、精一杯だったんだ、ということ。

    知らないことが多すぎて、正解もわからなくて、それでも目の前の子どもを守ろうと必死に動いていた。
    完璧じゃなかったけれど、手は抜いていなかった。
    今の私は、そのことだけは、あの頃の自分に対してちゃんと認めてあげたいと思う。

    そしてもうひとつ、書きながら気づいたことがある。

    私は教育の専門家じゃない。
    臨床検査技師として医療の現場に約20年いたけれど、不登校に関しては何も知らない、ただの素人だった。

    医療の専門知識を生活の糧としてきた自分が、知らない教育や心の分野でパニックになった。
    生き急ぐように、本や情報をインプットして、各分野の専門家になろうとしていた。

    でも今は、少し違う見方をしている。

    専門家としての正しい言葉じゃなくても、親として実際に経験した当事者だだからこそ、残せるものがあるんじゃないか。
    きれいな理論じゃなくて、迷いながら歩いた足跡そのものに、価値があるんじゃないか。

    そう思えたとき、ようやく「これを誰かに渡してもいいんだ」と思えるようになった。


    さいごに

    子どもの対応だけで、自分のことが何もできない日がある。

    外に出て、誰かと一緒に何かを動かす。
    そういう日もあれば、今日はそれができない、という日もある。
    今の私は、どちらかというと後者の日が多い。
    毎日がその日暮らしで、外出の予定も立てられない。

    それでも、言葉は残せる。

    体が思うように動かなくても、机に向かって、画面に文字を打つことはできる。

    正直、この本を出すということは自分の内面を見られるようで、ドキドキしている。
    それでも出す事に決めたのは、この一冊の本が誰かの孤独を少し軽くするかもしれないからだ。

    つらかった経験を、誰かの役に立つ経験に変えたんだと。

    いつか、胸を張って言える自分でありたい。


    今度は私が、誰かの「ひとりじゃない」になる番なのかもしれないよ。

    『あの頃、誰かのリアルな体験談を探していた私へ。』



    そんな想いを込めて、一冊の本を書きました👇




    不登校に正解はいらない

    〜兄妹で不登校になった、わが家の選択〜

    息子とムスメ、ふたりとも不登校になったわが家が、それぞれどんな道を選んだか。きれいな成功談ではなく、模索しながら進んできた、そのままの記録です。

    「今、同じ場所にいる」という方に、何かひとつでも引っかかるものがあれば、覗いてみてもらえたら嬉しいです。

    Kindleでお読みいただけます。


     
     
    元医療従事者|不登校児の母。 noteでは不登校家庭の現状、不登校の子供の健康と生活をテーマに発信しています。 ※有料記事は個人運営。 ココタネプラス(非営利)とは別会計で、会費・寄付と収益は混同していません。

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