
死にたくなったら俺に言え(謎の小学生が隣にいた)第20話【ギャンブラー】
男は人がまばらになったスタンド前方に立ち、遠くを見つめていた。
目の前には砂の敷き詰められたダートコース。
溢れ返っていた人の波が、今では嘘の様に引いている。
地面には外れ馬券、競馬新聞が無数に捨てられていた。
退場を促すアナウンスが流れ始める。
俺は彼に近づき話しかけた。
「負けたんですか?」
「ダメでしたよ。ははは。一か八かの大勝負でした。本命の一点買い。500万が羽ばたいて行きました」
「ご、500万!?」
「呆気ないものです」
俺の驚きとは対照的に彼は飄々としている。
歳は俺より少し上か。
身なりは整えられていて堂々たる佇まいだ。
「勝てば1000万。それで明日の返済が出来たんですがね」
「会社を経営されていますか?」
「はい、飲食店を何店舗か細々と経営しております」
「死ぬつもりですか?」
努めてさりげなく聞いた。
「あなたは死にたいと思った事がありますか?」
質問で返して来たが、決して嫌味ではない。
「毎日思っています」
「私はそんな思いが今消えました。何かを越えてしまったようです。ははは」
傍らの小学生を見る。
心が読めなくなったと首を傾げていた。
「公的な機関からは全て断られまして。それで危険なところからお金を借りたんです。その返済が明日に迫ってましてね。1000万は借りた額の一部ですが」
キッズエリアから子供たちの笑い声が聞こえる。
いかにも不釣り合いな情景だ。
俺は自分も苦しんでいる事を話した。
「ほぉ、3億の借金ですか?大したものですよ。あなたに人望がある証拠でしょう。そうでなければその金額にはならない」
「今、何を望みますか?」
「子供に会いたいですね。遅くに出来た子で女の子です。まだ2歳なんですよ。1ヶ月前に離婚しましたが。ははは。家族は守らなければなりませんからね」
「最後に抱っこした時、初めてパパと呼んでくれました」
俺は直感でこの男を救えないと思った。
「あと社員に申し訳なくてね、彼らに補償をしないと」
こう言った時、彼は初めてうつむいた。
「じゃあ私はこれで帰ります。明日社員を集めて話をしないといけません。あなたとはもっとゆっくり話をしたいですね」
名刺を渡された。
歩き去る彼の後ろ姿に悲壮感はなかった。
小学生は言う。
「分からなくなった。全く死の匂いがないんだ。負けたレースの前は凄まじく感じたんだけど」
後日、会社に行ってみる。
電話が繋がらなかったからだ。
エレベーターを降り正面の扉を開けると中はがらんとしていた。
人影があり話かける。
ーー社長は行方不明です。
会社を潰すと社長から告げられ、社員は解雇、未払いの給料は少し待って欲しいと言われたそうだ。
この社員は初対面の俺に愚痴をこぼす。
社長は最後まで笑っていたと言う。
なぜだか悔しかった。
ーーー
2ヶ月後。
彼は他殺体で発見された。
彼の名刺はまだ財布の中だ。