
大学受験に失敗して、GPA1台の私が関関同立から京都大学大学院に合格したって話
はじめに:夏、本気になった自分の話
はじめまして。この記事が、私にとって初めての投稿になります。
外の暑さとは別に、私にとって本当に熱かったのは、大学3年生の冬でした。GPAは1.9。決して誇れる成績ではありません。それでも、「このままでいいのか」という違和感が日に日に大きくなり、京都大学大学院の外部受験に挑戦することを決意しました。
そこからの半年間は、自分史上最も努力した期間だったと思います。必要だったのは、学力そのものというより、徹底した情報収集と、自分のいる環境を変える覚悟でした。この記事では、私がどうやって京大院合格までたどり着いたのか、ありのままを記していきます。「今の自分を変えたい」「もっと挑戦したい」と感じている誰かの背中を、少しでも押せるものになっていれば嬉しいです。
「このままで終わっていいのか」という問いがすべての始まりだった
高校卒業直後:「神大院に行く」と壁に書いた
私が院試を意識し始めたのは、大学受験で第一志望に落ちた悔しさがきっかけでした。塾の先生に「関関同立から神大院に進学した人がいる」と聞いたとき、「4年後に神大に行く」と部屋の壁に書いた。でも、その決意は3か月もすれば、楽しい大学生活の中で自然と忘れていた。
大学1〜2年:目標なき日々、勉強ゼロ
授業には出ていたが、頭の中は漫画とYouTube。いわゆる“ザ・アホ大学生”。目標がなく、何かに本気で向き合う気力もなかった。GPAは1.5。努力する理由すら見失っていた。
大学3年:危機感の始まりとTOEIC挑戦
4月から11月、ふと気づくと大学生活の半分が終わっていた。そのスピードに恐怖すら感じ、「このままではやばい」とTOEICの勉強を開始。最初は400点台で絶望したが、継続して勉強を重ね、700点台まで伸ばした。
推薦から院試へ、意識の転換
当初は大学院への推薦進学を考えていましたが、12月に成績が悪すぎて推薦が不可能だと知ったときには、さすがに愕然としました。年が明けて1月、GPA順で研究室配属が決まると聞き、期末試験に本気で向き合いました。その学期だけでGPA3.8/4.0を叩き出しましたが、累計は1.9のまま。希望していた研究室に配属できる可能性は0でした。
その時点で、院試という選択肢を真剣に考え始めました。2月、友人との何気ない会話で「推薦を取ると外部受験ができなくなる」という話が出たのをきっかけに逆にこの状況を利用しようと考え、「今しかない」と思いました。そして複数の研究室を訪問し、3月には心から行きたいと思える研究室に出会えました。
自分は環境に強く影響されやすい人間だとわかっていたからこそ、あえて厳しい場所に身を置いて自分を鍛え直したかった。京大生と真正面から向き合ってみたい、自分がこれまで過ごしてきた環境とは何が違うのかを体験してみたい、そんな気持ちもありました。また、純粋に「この経験は就職活動にも有利になるかもしれないし、やるだけ損はないだろう」と思ったことも大きな理由の一つでした。