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「サツキ」ーあの日みつけたぬいぐるみ-【第三部】

    『その小さな手を離すことーー出来ますか?』


    🎬
    心理ホラー/ヒューマンドラマ

    親子の生活に、ときおり重なる違和感。
    母親は、気のせいと自分に言い聞かせて。
    娘の体調を心配して、夜を迎えた……。





    Chapter11
    -不安な夜を迎えて-


    帰宅してからも、サツキは元気がなかった。


    「お腹のお薬飲む?」

    そう聞いても。

    「……ううん、大丈夫」

    そう言って、目を合わせずうつむいていた。

    お絵描きをしながらも、ときおりぼうっと窓の外を眺めていたり。

    どこか落ち着きのないような……。
    それでいて、気持ちが沈んでしまったように。普段よりもさらに無口になっていた。

    そんなサツキが気にかかってしまい。

    わたしは、なるべく早めに寝かせてあげようと。
    普段よりも、スケジュールを前倒しにした。


    ……今夜のサツキは、やはり疲れていたのかもしれない。

    絵本を一応読んであげていたけど。

    ページを二枚ほどめくった辺りで。
    わたしの腕のなかで、すやすやと寝息を立てていたのだった。

    小さいけど、ずっしりと委ねられた身体の重さ。

    わたしはそうっと、サツキを起こしてしまわないように。
    慎重に抱えて、ピンク色のお布団をかけた。

    音を立てないように、こっそりと子供部屋を抜け出したのだった。


    ふぅ……。

    そういえば、赤ちゃんのときも……。
    あんな感じだったかしら。

    サツキを寝かしつけるときは、それはもう気を遣ったものだった。

    やっと寝たと思って、寝床へそうっと置いたとたん。
    火がついたように泣き出したり。

    部屋を離れようと、動いた瞬間に。
    たちまち、ぎゃーって泣き出していたっけ。

    熱を出したり。
    体調を崩すことも……多かったわ。


    ………。

    キッチンのシンクに置いたままだった、水玉のお揃いのマグカップ。
    それらを洗って桶に伏せた。

    慈しむように、ピンク色のカップを撫でる。

    いまでも、目を閉じれば。
    鮮明に、サツキの成長の場面は浮かぶ。

    ハイハイを始めた頃。
    なにかを見つけたときの、キラキラした黒い瞳。

    幼稚園の初日。
    わたしと離れられずにしがみついたときの、あの必死な泣き声。

    入学式の日。
    大人びたワンピースを着て、少しだけリップを塗ったサツキの……お姉さんぽく澄ましたような顔。


    その全てが……。
    わたしにとっては、ついこの間のことのようにさえ思えてしまう。


    ぽろっと、ひとすじの涙が流れ落ちた。

    ……そんな思い出を心に浮かべただけなのに。
    わたしったら、ホントにどうかしてるわね。


    ため息をついて。
    キッチンの照明のスイッチを消した。

    寝室に向かうまえに。
    やはり、サツキの体調が気になってしまった。

    子供部屋を、ドアの隙間からそっと覗く。

    暗くて、サツキの寝顔まではわからない。

    「……大丈夫かしら?」

    近くまで見に行く?
    いえ、せっかく眠ったばかりなのに起こしたらかわいそうだわ。


    どうしよう……。

    わたしは、口に手を当てたまま、リビングをうろついた。

    救急外来に連れていったほうがいいかしら?

    でも。
    熱もないし、戻したり下したりしているわけでもない。


    そういえば……。

    以前、サツキが熱を出したとき。
    慌てて、深夜なのに実家に電話をしてしまったことがあった。

    『アナタ、またなの?そんなに心配ばかりしちゃって……』

    あきれたような。
    だけど、気持ちを落ち着かせてくれた……のんきな母の声を思い出した。

    ……母さんに、聞いてみようかな。


    わたしは、自分の寝室に向かった。

    時計は、まだ21時にもなっていなかったけど。
    今夜は、いつもよりもこわいくらいに静かだった。



    Chapter12
    -祖母のメール-


    わたしは、寝室のベッドに腰掛けた。


    サツキの部屋とは対称的に、水色で統一した部屋。
    窓は閉まっていて、水色のカーテンがすとんと垂れ下がっている。

    ベッドのそばにあるミニテーブル。

    コードに繋いだまま、そこに放置していたわたしのスマートフォン。
    緑のランプがほんのりと灯り、充電の完了を知らせていた。

    スマホを手にして、わたしはコードを引き抜いた。

    ひんやりとした、その冷たい感触……。
    長いこと触っていなかったように思えた。

    画面をタッチして、母の番号を探す。

    相変わらず、電波のマークは弱々しい。
    だけど、通話くらいなら出来るだろう。

    ……?
    なんだか、スマホの動きが鈍いわ。

    サツキの言っていたように、壊れているのかもしれない。
    この機種も何年も使っていたから……。
    もう、本体が古いのかも。

    それにしても……反応が悪すぎる。

    わたしは、少し苛々しながら。
    指で叩くように、アドレスを開いた。

    もともと、機械にはあまり強くない。
    登録してあるアドレスも、雑然とした状態のまま使っていた。

    見覚えのある名前をやっと見つけて。
    深呼吸をしてから、番号をタップした。


    ………。

    電話ごしの呼び出し音が、やけに遠く感じる。

    長いな。

    普段なら、わりと早く電話には出てくれるのに。

    辛抱強く待っていたけど。

    母は電話に出なかった。

    一度切ってから、もう一度かけ直したみた。
    ……やはり出る気配はない。

    もう寝ちゃった?
    お風呂にでも入ってるのかな。

    母さん、わりと長風呂だったものね。

    ……どうしようかな。

    あとで着信に気づくかな?
    でも、一応伝言を入れておこう。

    留守電にはならなかったので、メールを送ることにした。

    母は、スマホの操作に疎く。
    いまだに、LINEなどの連絡ツールを使っていない。

    『電話なんて、メールとカメラがあれば充分よぉ』

    わたしがLINEを教えようとしても、母は要らないと言っていた。

    もう。めんどくさいなぁ……。
    受信メールから直接返信しよう。

    ほとんど使わなくなったメールアプリを開く。


    やはり、スマホの反応はもたついていて。
    わたしは、一層苛立ちを募らせた。

    メールは、通販サイト等のお知らせばかりだ。

    寝室の暗がりのなかで。
    母のメールを探そうと、画面をスクロールしかけたわたしは……指を止めた。


    一番上にあったメールの表題が、わたしの目に飛び込んだ。


    『サツキの誕生日』


    画面が一瞬暗くなった。


    黒くなったスマホに、わたしの凍りついたような表情が映った。


    悲鳴をあげそうになった口を抑えて。
    震える指で、どうにか画面をタップした。

    タイトルの横には、5月4日の日付。
    既読済み。

    5月4日……!

    落としそうになったスマホを、しっかりと持ち直したわたしは。
    ふらつきながら、キッチンへと走っていた。

    カレンダーを貼っているいつもの場所。
    いつのまにか、もとどおりだった。

    5月4日は月曜日。
    5月5日は火曜日。

    そして、5月5日は……こどもの日。
    鯉のぼりのマークが、描かれている。

    ……過ぎて行った日にちには。
    マジックで/マークが付けられていた。

    こどもの日、そこから先は……。
    /マークは書かれていない。


    やめて……。
    思い出させないで。


    身体中の震えが止まらない。

    それでも。

    手にしたスマホの画面をもう一度見て。
    滑ってしまいそうな指に、精一杯力を込めた。

    文面をスクロールしていく。

    目の奥がチカチカしてきた。
    呼吸が、早く浅くなっていく……。

    母のメールを、あらためて読んだ。


    『明日は、サツキの誕生日よね?

    プレゼントは、ちょっと高級な色鉛筆にしたけど。よかったかしら?
    あの子、お絵描きが大好きだからきっと喜ぶわよ。
    ばぁばいろいろ探して、とてもいいものを選んだのよ。

    明日は予定があるから、そっちに行くのは夜でいいわよね?』

    上から下まで。
    何回も、繰り返し読んだ。

    わたしは、ふらっと気が遠くなりかけて。
    その場にペタンと座り込んでしまった。

    サツキの誕生日……!!
    今日!?

    5月5日は、こどもの日。
    今年は、火曜日で……サツキの誕生日。

    わたし。
    忘れて……いたの?


    サツキは。
    気づいて……いた?

    『あのね、サツキの……』

    もしかして。

    言い出せなかった……のかな?

    そうだとしたら。
    どんなに寂しい思いをさせてしまったんだろう。

    母さんは?
    こっちに向かっているの?


    もう……なにがなんだか、わからないわ!

    わたしは頭を抱えた。

    サツキの、あの遠い目。
    切ないようなあの表情が、わたしの胸を締め付けるように、心のなかで点滅した。


    様々な場面が、ぐるぐると渦のように流れていく……。

    『……ママ。あのピンクのお花、ママにとってきてあげるね!!』

    シロツメクサのお花を手にした、満面のサツキの笑顔。

    その、あどけない表情が浮かんだとき。

    わたしは、崩れるように意識を失っていた……。


    Chapter13
    -あの日みつけたぬいぐるみ-


    サツキの誕生日。


    そんな大切なことを、忘れてしまっていたなんて。

    「お誕生日おめでとう」

    すら、言ってあげられなかった……。


    おばあちゃんが買ってきたケーキを一緒に食べて。
    ささやかなお祝いをして。

    ……そんな予定だったのかなぁ。


    サツキへのプレゼント。
    ちゃんと渡してあげなくちゃ。


    そんなことを、ぼんやりと思いながら。

    夢なのか現実なのかわからない。
    淡い青。水のような空間をわたしは漂っていた。


    やがて。
    周囲には、様々な色が塗り重ねられていった。

    ……少しだけ色褪せた、霧のかかったような景色。

    どこ?

    百貨店のような建物が、遠くのほうに見えてきた。

    あそこは……。
    普段はあまり行かない、大きな駅の辺りだわ。

    道が狭くて、人通りも多い。
    車を停める場所も少ないから。

    運転が苦手なわたしは、わざわざ電車で出掛けていたのよね……。

    なんだか不思議。

    行き交う人の流れ。
    走っている車も。
    雑踏の音も。

    ぼやけて霞んでいて……遠くの出来事みたい。


    その中心に。

    きょろきょろしながら歩いている、髪の長い女性が見える。

    見覚えのある、紺色のショルダーバッグを肩にかけている。
    深い黒髪で、うねりのない真っ直ぐな髪。

    サツキと同じような髪。

    あれは……わたしだわ。

    その後ろ姿は、百貨店の大きな入り口へと。吸い込まれるように消えていった。


    あぁ……。
    思い出してきた。

    あれは。
    母の電話がきっかけだった。


    「サツキのプレゼントのことなんだけど」

    電話口からも、その声は静かなリビングにやたらと響く。

    「母さん!...…そんな大きな声出さないで。
    サツキに聞こえちゃうでしょ」

    わたしは、慌ててスマホを抑えながら。
    サツキの耳に入らないように、こっそりと場所を移動した。

    「あの子、お絵描き好きだったわよね?
    私、今回はそっち関係のものにするから。アナタは、他のものを探してらっしゃい」

    「母さん……。それってズルくない?」

    先を越されてしまった。
    わたしだって、お絵描きの画材にしようって前から決めていたのに……。

    「アナタは、サツキの側にいつも居るんだから。
    あの子の欲しがりそうなものくらい、すぐわかるでしょ?」

    ……そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

    「もうすぐゴールデンウィークよ。
    学校が休みになったら、内緒でプレゼント買いに行く時間もなくなっちゃうじゃない」

    このまま引き下がるのも納得できず、わたしは不満の声を洩らした。

    「ケーキはこっちで用意するから。
    それくらい、いまのうちに買ってきなさい。アナタも母親でしょ?」

    ……そんな、母とのイベントまえの段取り。

    それが、わたしのなかで再生されたのだった。

    それから。
    学校がお休みに入る直前に。
    わたしは、急いで百貨店のオモチャ売場に来た。


    うわぁ……。どれも素敵ねぇ。

    思わずため息が洩れてしまった。

    子どもが夢中になりそうな、魅力的なオモチャばかり。

    ブロックや、ゲーム機。
    おままごとセット。

    あ、懐かしい!
    わたしが子どもの頃遊んでいた、きせかえ人形のセットもある。

    あ!ウサギちゃんの、ミニチュアハウスのシリーズだわ。

    可愛い過ぎる...…。
    サツキよりも、わたしのほうがハマりそう。

    お部屋の家具の配置とか、お皿やティーカップの小物のコーデとか。
    いろいろ考えたり……きっと楽しいわよね。

    でも……。
    あっという間に、時間がなくなりそう。

    それに。
    こういう細々したオモチャって。すぐなくしちゃったりするし。
    お片付けするのも大変そうね。

    うーん。どれにしたらいいんだろう?


    途方にくれて。
    オモチャ売場を、もう一度最初からまわろうとしたときだった。

    ぬいぐるみコーナーのなかから、淡いピンク色のふわふわした毛並みが目に入った。


    ……サツキの大好きな色だわ。

    濃すぎない、ふんわりした優しいピンク。

    そこには、ウサギのぬいぐるみがちょこんと座っていた。

    ちょっと身体が細くて。
    タレ目で、どこか惚けた表情のウサギ。

    それは、運命的な出会いにも思えた。


    他の子だったら。

    『ぬいぐるみなんて、もう小学生なんだから、赤ちゃんぽい!』

    なんて、言うかもしれない。

    でも。
    サツキは、このぬいぐるみをそうは思わない気がする。

    わたしは、サツキの……目を輝かせて喜ぶ顔を想像して。

    それだけで。
    胸がふわっと暖かく満たされたのだった。



    Chapter14
    -大樹のように枝を広げて-


    気がつくと、わたしは寝室のベッドに横たわっていた。


    仰向けで、全身を硬直させて天井を見つめていた。

    カーテン越しの外の光は、まだ青白く。
    夜の空気を少しだけ含んでいた。


    いつの間に、寝室に戻っていたのかしら?


    まどろんだ意識のまま、何気なく横を向いた。
    視線の先には、スマホが投げ出されたように落ちていた。

    わたしは、恐ろしいものを見てしまった気がして、目を逸らしかけたけど。
    勇気をふりしぼって、スマホを手に取った。

    震える指で、画面をタップしてみる。


    だけど。
    スマホは、何回タップしても。
    電源を入れようとしても。

    画面は黒いままだった。


    ……全部夢だった、のかしら?

    わからないけど。

    あの、ウサギのぬいぐるみ。

    せめて。
    あれだけは、夜が明けるまえにサツキに渡してあげたい。

    まだ、間に合うかもしれない……!


    サツキに見つからないように。
    こっそりと隠したプレゼントの箱。

    ピンク色のラッピングで、リボンもかけて包んでもらった。

    そんなことまで覚えているのに。
    どこへしまったのか、思い出せない。


    『サツキ。
    遅くなっちゃったけど。プレゼントよ。お誕生日おめでとう!!』

    そう言って、あの箱を渡そう。

    あの子は……寝惚けて目を擦りながら。

    箱から出てきた、ピンクのウサギのぬいぐるみを見て、目を丸くするかもしれない。

    『ママ……ありがとう!!』

    あの寂しそうな顔が嘘みたいに。
    きっと……目をぱぁっと輝かせて喜んでくれる。

    それにしても、どこへ隠したんだっけ……?

    リビング?
    あそこはオモチャが他にたくさんあるから。
    すぐにみつかってしまうし。

    キッチン?
    前に、お菓子を隠していたのがバレちゃったから。
    たぶん違うわ。

    サツキの、すぐには背の届かないところ。
    たぶん、そんなところに隠したような……気がする。


    ……あ。

    目の前にある、寝室のクローゼットの扉。
    ここだわ!!

    なんで……忘れていたのかしら。


    夜が明けてしまうまえに。
    プレゼントを渡さなきゃ……!


    スツールを、クローゼットの前に置いて。

    わたしはふらつきながらも。
    どうにか棚の奥から……隠してあったピンク色の箱を見つけることに成功した。

    落としたら大変……。
    そうっと慎重に持ち上げて。

    あれ?

    ……想像以上に、軽い?

    そのとき。
    不意にバランスを崩してしまった。
    わたしは小さな悲鳴をあげて、尻餅をついた。

    大事なプレゼントなのに!!

    ……よかった。箱は無事だわ。


    「……え?」

    ピンク色の包装紙は、包まれたままだった。


    ……けれども。

    包装紙の折り目は、ずれて歪んでいた。
    こころなしか、皺も目立つ。

    リボンも、ふわっと結んで貰ったはずなのに。
    まるで、何回も結び直したかのように……あちこちに跡が残っていた。


    まるで。
    一度開封したのものを、あとから包み直した、みたい。

    わたしは。

    ……開けてはダメ。
    そんな気持ちに蓋をして。

    震える指で、もたつきながら。

    リボンをほどいた。
    破いてしまわないように、包装紙を慎重に剥がしていた。

    ウサギと同じ、ピンク色のパッケージが、少しずつ顕になっていく……。


    ぬいぐるみのパッケージ。

    その中には、ウサギはいなかった。

    ………。


    この蝶々結びの仕方。
    覚えてる。

    たどたどしく、だけど精一杯丁寧に結ぼうとしてくれたリボン。
    破かないように、小さな手でそうっと開いた包装紙。

    そうだった、の……。

    わたしは、もうすぐ朝日の昇りそうな、窓の方に目を向けた。
    外からの光は、優しさを帯びた白い色に染まっていく。


    プレゼントの包装をし直してから。
    それを、もとの場所へ戻した。

    それから、サツキの眠っている部屋へ向かった。


    サツキは、お布団から半分顔を出して、安らかな寝息を立てていた。

    無邪気な表情で、まるで眠り姫みたい。

    わたしは、そんなサツキの寝顔をずっと見ていたかった。

    だけど。
    もうすぐ、朝になってしまう……。


    サツキの部屋の、カラーボックス。
    いつも絵本をしまっている、あの棚。

    その一番上はふくらんでいて、布がかけられていた。

    わたしは、その布をそっと捲った。

    サツキの好きそうな、淡いピンク色の毛並み。
    あの、探していたぬいぐるみだった。

    ウサギは、片方の耳を弱々しく垂らして、足を伸ばしてちょこんと座っていた。

    「……やっと見つけた」


    ちゃんと届いていたのね。

    ウサギのぬいぐるみは、きっと。全てを見ていたのだろう。
    その垂れた目には、どこか寂しげな色が滲んでいたから。

    わたしは、震える手で抱え上げた。

    あの日みつけたぬいぐるみ。

    あのときの、わくわくした想いがじわっとこみあげてきて。
    思わず、ぬいぐるみを強く抱き締めていた。

    「サツキ……サツキ……」

    涙がどうしようもなく溢れて、止まらない。
    腕の中のぬいぐるみを、じっとりと濡らしていく。

    「う~ん……」

    サツキの寝声に、わたしは振り向いた。

    (……まだ、起きちゃだめ、よ)


    足音を立てないように。
    すうっとサツキのお布団へ近づいた。

    それから。
    手にしていたぬいぐるみを、枕元へそっと置いた。

    ほんとに、天使みたいな寝顔……。

    サツキ。
    わたしのかけがえのない娘。


    この子はきっと。

    いつかのお話の……あの大樹のように。

    翼のように、その枝を広げて。
    豊かな葉をたくさんつけて、どこまでも伸びて行くのよね?

    ………。


    そう信じているけど。

    それでも。
    わたしは、サツキのお布団のなかに入った。


    ……あと少しだけ。

    朝を迎えて、サツキが目覚めるまで。
    その温もりを感じていたかった。

    そばに居たかった。


    少しでも。
    この瞬間をとどめていたかったけど。

    わたしは、そのまま眠りについた。


    それから……夢を見たの。


    暖かい太陽の下の、緑の草原。
    小鳥の囀ずりと、澄みきった空気。

    わたしとサツキは、二人でお花を摘んでいた。

    たくさんの冠や指輪を編んでいた。

    サツキの頭には、シロツメクサの冠がちょこんと乗っていて。

    艶やかな黒髪に映えて、とても綺麗で。
    まるで……本物のお姫様のようだった。

    サツキの小さな手が、わたしの頭にも冠を被せてくれた。


    サツキ……ありがとう。


    次に目を覚ましたとき。

    目に映るのは、どんな光景かしら?


    いつも通りの、静かでおだやかな朝?

    それとも……。


    わたしは、眩しいほどの朝日と温もりを感じながら。

    再び瞼を閉じていったのだった。


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    ーエピローグー

    ある晴れた初夏の日。

    ゆるやかな風の吹く河川敷。
    その岸辺には、緑の葉の隙間からシロツメクサが咲いていた。

    白くて、ぽっこりとした丸いかたちの花。

    その、少しだけ離れたところに。

    高い柵。
    その手前に、ひっそりと咲いた二輪の花。
    淡いピンクの、どこか澄ましたようなシロツメクサだった。


    じゃり、じゃり……。

    静かな足音をたてて、誰かが近づいてきた。


    やや小柄な女性の手が、ピンクの花びらを優しく撫でた。


    彼女は、シロツメクサを寂しげにしばらく見つめて。
    おだやかな微笑みを浮かべてから、すっと立ち上がった。

    どこか、遠い目で空を見上げた彼女は、やがて前を向いて。
    しっかりとした足取りで、去っていった。

    残されたシロツメクサは。

    ふわっと風に揺られて……微笑んだように見えた。


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    ◆マガジンはこちらです。
    【第一部】からまとめ読みできます。






     
     
    アラフィフ♀HSP傾向。 観察と分析、好奇心溢れるオタクです。 映画、ゲーム、アニメ、漫画、酒をこよなく愛しています。 エッセイ、イラスト、夢日記、ゲーム記事、社会や日常の違和感など。 徒然なるままに、気まぐれに発信中です。

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