
エスカレーターは、いつも片側だけが忙しいー空気に従うという秩序ー
エスカレーターは、いつも片側だけが忙しい。
もう片側には、“立ち止まってはいけない空気”が流れている。
⸻
今日は最高27度まで上がります。
黄砂も飛ぶのでお気をつけて。
——と、朝のニュースが淡々と言っていた。
なら、ブラウスだけでいいなと、
お気に入りの一枚で身を包む。
今日は友人ふたりとミュージカル観劇の日だ。
駅で待ち合わせて電車に乗る。
幾つになっても、女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、私たちは常に賑やかだ。
でも、ハートはガラスでできている。
電車の中では借りてきた猫のように静か。
……にしているつもり。
駅に到着する。
終点なので、人がぞろぞろと降りていく。
そしてエスカレーター前には、長い列。
左側に一列で並ぶ人たち。
右側を小走りで駆け上がっていく人たち。
壁には何ヶ所も貼り紙がある。
「二列で整列し、歩かずにご利用ください」
見えていないわけではない。
でも、右側に立ち止まる人はいない。
というより、そういう“空気”になっている。
急いでいる人もいる。
事情のある人もいる。
そこへ立ってしまったら、邪魔になる気がしてしまう。
だから私も、つい左側へ寄る。
右側から勢いよく来る人の肩が、かすかに触れる。
そのたびに、少しだけ身体が揺れる。
立ち止まっている人の背中に、
後ろから急ぐ気配が重なることもある。
孫と乗るときは、なんとなく緊張する。
条例や貼り紙で「止まって乗ってください」と書かれていても、
その通りにするほうが少し勇気がいる。
流されてしまう私だ。
ショッピングビルでも同じだった。
「二列になってお乗りください」
館内放送が何度も流れ、
各階にはプラカードを持った店員さんまで立っている。
それでも、なんとなく二列になりかけては、すぐに片側へと流れていく。
ビルを出れば、また左側に長蛇の列。
何が正解なのか、よくわからない。
長いものには巻かれろと言うけれど、
私たちが巻かれているのは、目に見えない「空気」という名の長いものかもしれない。
気づけば、その“空気の流れ”に自分も合わせている。
私のウエスト周りがもう少し短くなれば、
答えも見つかるのだろうか。
#創作大賞2026 #エッセイ部門#エッセイ #日常 #気づき #共感 #暮らし #社会 #つぶやき