
エッセイ|春を夢見て
枯葉の鳴く音、寂しさを含んだ秋風が冬の匂いを連れてきた。澄んで綺麗な星がキラキラと光る空。冬の訪れはいつも私の心を強く揺さぶる。隣の家の石油ストーブの匂い、夜道で見る他人の家のオレンジ色の灯りは幸せの象徴そのものに思える。だから私は冬が嫌いだ。クリスマスを彩るイルミネーションも、大晦日からお正月にかけて漂う凛とした空気も私を余計孤独にさせる。
その時期になると冬眠する動物たちのように、私の心にも冬眠スイッチが入ってしまう。寒くて凍えそうなのに身を寄せ合うこともできない。そんな私はいっそのこと、本当に冬眠して暖かな春にまた目覚めたい、そんな気持ちになる。
しかし人間はすごいもので寒かったら暖かい服を着て暖房を点け、温かい食べ物を食べる。そんなことができてしまう。私はそんなことを考え出す人間を心から尊敬してしまう。とても私とおんなじ生き物とは思えない。 前向きでなかったらきっとそんなアイデアは出てこないだろう。
それでも私は春までの間の食料少しと音楽だけを鞄に詰め込み、より深く地球の真ん中を目指して土を掘り出し、この季節から逃げてしまいたいと思ってしまう。でもそんなことはできっこないと分かっている。いくら私でも地球の簡単な構造くらいは知っているから。しかし隙間風吹く暗い部屋は私をより一層悲しくさせる。
関東にも雪が降る頃になると寒さの中にも春が近づいてきたことを感じさせる。 雪が降る日は何故かあたたかさを期待させるのだ。私にとって春の足音とはたまにしか降らない雪の上を一歩一歩しっかりと踏みしめる音や深々と降る柔らかな雪の音なのかもしれない。その時期を過ぎると少しだけ、ほんの少しだけ桜の蕾も膨らんでくる。
三寒四温を繰り返し段々と暖かくなっていく様は、きっとずっと昔から変わらぬ季節の移ろい方なのだろう。まるで四歩進んだら三歩下がるような、結局一歩ずつしか進めないのは人間も自然も一緒みたいだ。春一番が吹く頃になるとみんな一気に春めいてくる。 蕗の薹や土筆が顔を覗かせ、枯れていた緑にも一気に色が付きはじめる。人間もパステルカラーの洋服や春色の髪の毛やお化粧をして、ちょっと寒くてもみんな無理をしていち早く春を迎えに行く。
春風は強いけれどいろんなものを連れてくる。だから日本は卒業や入学が春になっているのかもしれない。新しい何かを期待させる季節にこんなイベントがあるのはとても素敵なことだと思ったりもする。
桜の季節になると私も冬眠から目が覚める。明るい気持ちというよりも、本当に目が覚めたように冬にはできなかったことができるようになったりするのだ。桜は咲いてからほんの一瞬で散ってしまうから、その一瞬を自分に重ねながら私もこの儚い一生を大切にしようと思う。
そんなことを思っていたら桜の花びらが私の手のひらに舞い落ちて来た。その花びらにそっと息を吹きかけ足元に目を遣る。灰色一色だったアスファルトにピンク色の道が浮かび上がっていることに気づく。 私はそのピンク色の道を辿りながら「さぁ、これから何処へいこうか?」 そんなことを考えていた。