メインコンテンツへスキップ
見出し画像

The art of showing up|応援に行けなかったけど、少し救われた日

    応援に行かなかった日なのに、そのことがずっと引っかかっていた。

    子どもの試合があった。
    少し遠い場所での試合だった。

    でも家にはまだ小さい子がいて、数時間その場に連れていくのは難しかった。

    行きたかった気持ちはあったのに、応援には行けなかった。

    他の保護者は応援に行っているのに、自分は行けなかった。

    そのことが少し苦しかった。


    オンライン英会話で、その話をした。

    先生は少し間を置いて、こう言った。

    “The art of showing up.”

    そのときは意味がつかめなかった。

    最初はartという言葉から、芸術の話かと思った。

    けれど後から分かってくる。

    英語の“art”は、作品ではなく「うまく扱う感覚」や「型」を指すことがある。

    the art of conversation(会話の技術)
    the art of parenting(子育ての勘どころ)

    どちらも、正解がひとつではないものを扱う感覚だ。

    そして“show up”は、ただ「来る」という言葉だ。

    I’ll show up at 7.
    He didn’t show up.

    もともとは、その場に現れることを指す。

    けれど日常の中では、少し広がって使われる。

    showing up for someone
    (誰かに向き合う)
    just showing up matters
    (そこにいること自体に意味がある)

    つまり “the art of showing up” は、
    行くか行かないかを決める言葉ではなく、
    その場にどう向き合うかを表す言葉だった。

    応援に行けなかった事実は変わらない。
    すぐに「これでいい」と整理できるわけでもない。

    それでも、評価ではなく関係のほうへ視線が戻る感じがあった。

    行くか行かないかではなく、どう関わるか。

    そんな見方があることに少し救われた。

    先生は最後にこうも言った。

    上の子はきっと、小さい子がいる状況を分かっているよ。

    その言葉も、静かに心に残った。

    The art of showing up.

    それは、「その場にいること」だけではなく、関わり方をひとつに決めつけないための言葉だった。



     
     
    理系職の二児の母。20年ぶりに英語を学び直し。 英語を覚えるだけではなく、「なぜそう見えるのか」を考えながら、日々の気づきを記録。 知っているはずの英語が、ある日少し違って見える。 そんな瞬間を綴っています。 【公式QQメイトメンバー】 *Amazonアソシエイトに参加してます。

    あなたへのおすすめ