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Photo byjotm5

漫画みたいな毎日。「あかりを灯すような美しさを。」

    やなぎだけいこ

    2022年の締めくくりに、「良い思い出には恩返し、悪い思い出には100倍返し」の決意について書かせていただいた。

    結論から言うと、2023年は、痩せます!という宣言だった気がしているが、
    痩せたいという気持ちはどこからくるのか?といつも考えている。

    私の中で痩せたいという気持ちは、決して誰かに綺麗だと思われたいとか、
    褒められたいとか、そういった類のところからくる気持ちではなく、あくまで、

    「自分で自分が好きな状態で在りたい」

    というところから来ているのだと思う。

    正しくは、痩せることが目的ではなく、自分が心地よく過ごすためのひとつとして、「痩せる」ことがあるのだと思っている。

    人によって体質は様々で、食べても太らない人もいれば、ちょっと食べても身になる人もいる。私は確実に後者だ。おそらく、滞りやすい体質なのだと思う。

    振り返れば、小さい頃から我慢することを美徳と刷り込まれてきたので、そういったことも要因のひとつだと思っている。刷り込まれたものを取り除くことは、多大なエネルギーと時間を要する。

    痩せる=快適な暮らし

    であると思っている。あくまで、これは私にとって。

    痩せたい理由は、もうひとつあって、やはり好きな洋服を綺麗に着たいということ。ここで言う綺麗は、先程も書いたが、対外的な価値観ではなく、洋服の本来持っている美しさや形を損なわないこと。

    人は、誰しも、自分の中で「美」というものへの基準があると思う。
    「美しい」と、心を動かす部分は、本当にひとそれぞれだろう。
    時に、「美しさ」に共感し、共有したりするが、きっと寸分違わず同じではないのだろう。

    私が、ずっと思い続けていることがある。

    美しく生きたい。

    それは外見のことを取り上げていっているのではなく、自分の中で、「美しい」と思える行為を、その一線を、忘れずに暮らしていきたいのだ。

    人に対する姿勢や、
    自ら行う行為や、
    投げかける言葉も、
    そして、自分自身への扱いも、
    できるかぎり、自分の中での「それは、美しくないんじゃない?」という側に、足を踏み入れることがないように。

    美しさとは、何か。

    私の中の美しさとは、あかりを灯すことに似ている気がする。

    派手で、きらきらと眩しくて、目を覆うようなのものではなく、
    ほんのりと煌めき、ふうわりとあたたかく
    両手でそっと包み込みたくなる。
    そして、その中の何処かに、凛とした潔さをも感じる
    そんな「あかり」。

    自分の中に、誰かの中に、「あかり」をみつける喜び。

    自分の中の「あかり」を、絶やさないように。
    誰かの中の「あかり」を、絶やさないように。

    誰かの中に、
    いつのまにか、
    そっとそっと、
    ささやかでも、ほんのりとあたたかい、
    あかりを灯すことができたなら、本望かもしれない。

    スピッツの「あかりちゃん」。
    この曲を聴くと、どこか切なくなる。でも好き。


    ヘッダーは、みんなのフォトギャラリー・みずたまさんの「ひだまりの花」をお借りしました。みずたまさん、ありがとうございます♪


     
     
     
    けいこの寺子屋主宰|東京生まれ・北海道在住|〈暮らしの中の小さな哲学〉 子どもの育ちを探究しながら、大人も学び続ける日々を綴っています。小さな本屋〈BOOKS一期一会〉棚オーナー。 あなたのココロにあかりが灯りますように。

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