夏の日の感想文【灯火杯 7th】
志田陽平(サッカー部、FW)
出雲さと(バスケットボール部、PG)
戸田 実(サッカー部、MF)
柏村隆史(サッカー部顧問)
――夏の日の感想文
卒業文集が配られる。
陽平は周りの目を気にしながら3組のページをめくる。
卒業に寄せて
3年3組 出雲 さと
私は3年間好きな男子がいました。こんなことを卒業文集に書いて、何十年後かに読み返すのも恥ずかしいだろうし、クラスメイトに読まれるのも恥ずかしい。けれど、私の3年間は、その男子への恋がすべてでした。1年生の時だけ同じクラスでした。部活は違うけれどお互い運動部。試合の時のユニフォーム姿をいつもかっこいいなと思っていました。
委員会が一緒になればいいなって思ったけれど、結局3年間一緒にはなれませんでした。
その男子とは実はほとんど話したことがありません。ちょっとだけ話した時は嬉しくて、どんな会話をしたか家に帰ってノートに書いて残してあります。これも何十年後かに読み返すととても恥ずかしいと思います。
部活の最後の夏の大会の時、私が所属する女子バスケットボール部が、サッカー部の試合を応援しに行くことになりました。校庭に行き、ゴール後ろあたりでみんなで体育座りで座りました。試合は後半に入るところでした。0対1で負けていました。その男子が出ていました。その時私は心の中で決めました。その男子がこの試合でゴールを決めたら、帰りに一緒に帰ろうと声をかけようと。そして自分の気持ちを伝えようと。
でも、結果は、そのまま0対1でした。
そんな恋で始まり、言えてもいないのに失恋で終わった3年間でした。卒業文集に似つかわしくないけれど、そんな小さな恋の感想文をしたためて、私の卒業文にします。
部活のみんな、クラスのみんな、3年間楽しかったよ!ありがとう。またね!
試合は後半に入る。
1点差で負けている。最後の大会、地区大会で敗退なんてできない。
円陣を組む。陽平の手に力が入る。
フォワードを任されたんだ。ここで決めないと。
後半開始のホイッスルを待つ。
目指す相手ゴール脇に女バスが入ってきた。
あ……
つい出雲さとを探す。
体育座りで並んでいるのを見つけた。
負けられない。
もし勝てれば、もし自分が決めれば、自分の気持ちを言える気がする。
後半のホイッスルが鳴る。
開始から終始防戦を強いられる。相手は県体常連の強豪校。
わずかなカウンターチャンスを狙うがなかなか訪れない。
ジリジリと照りつける太陽が体力を奪っていく。
時間が過ぎていく。
「諦めるな!」顧問の柏村先生の声が響く。
残り1分。
ボールは相手チームがキープしパスを回している。
横パス、ミッドフィルダーの戸田の瞬間的な素早い動きを陽平は見逃さない。
陽平はすぐに向きを変え、相手ゴールに向かって走り出す。
戸田は横パスをインターセプト。
「縦出せ!」陽平は叫ぶ。
相手ゴールに向かって全開で走る。頭を飛び越えるようにボールが目の前に落ちる。相手のディフェンダーが真横を走る。
足の速さなら負けない。
ほぼキーパーと1対1になる。
地鳴りのような歓声。
うっ!
シュート態勢に入った瞬間、相手のディフェンダーと体がもつれ倒れる。ボールはキーパーがクリア。
大きなホイッスルが鳴り響く。
審判がペナルティーマークを指し示す。
PK。
最後に最大のチャンス。
決めれば延長戦。
柏村先生が叫ぶ。
「志田ー!お前が行け!」
陽平はうなずく。
ペナルティーマークにボールを置く。
ちらっとゴール脇を見る。出雲さとは祈るように両手を組んでいる。
ゴール右上を狙う。コースギリギリに蹴るのは自信がある。
割れるようなエールが乱反射する。
審判が静粛を促す。
歓声がやみ、校庭は無音になる。
祈りのような静寂の中、陽平は助走に入る。
蹴る瞬間、鉄のゴールに反射した太陽の光で一瞬目がくらむ。
陽平はかまわず思い切り右足を振り抜く。
ゴール右上に向かったボールが、ゴールポストにはじかれる。
試合終了のホイッスルが鳴る。
静寂から、徐々に歓声が耳に戻ってくる。
陽平はその場から動けない。さとの顔も見れない。
両膝に手をあて、地面を見つめる。汗がぽたぽたと落ちて、涙が交じる。
嗚咽がもれる。
チームメイトが陽平の肩を抱き、センターサークルへ歩き始める。
――中学の鮮やかな夏が、静かに終わっていく。
◇
陽平はさとのページを読み終え、卒業文集を閉じた。
(これ、俺のことかなぁ)
胸がざわざわする。
校庭。サッカーゴール。ユニフォーム。夏の日差し。夏の日の感想文。卒業。
陽平はしばらく卒業文集の表紙を眺めてから、カバンを持って立ち上がる。
(終)
