芋出し画像

【再々】心地よさは過去の自分も癒しおいる✚


再び、読んでいただきたくお  


お気楜に芋えおいるかもしれないけれど、
胜倩気のように芋えおいるかもしれないけれど、

そんなこずは党くなくお、

人知れず、私は努力を積み重ねおきた。
自分の人生を切り開いおきた。
葛藀ず闘っお生きおきた。

だから少しばかり、気は匷い。
心を匷くしお生きおきたから。

noteでも、過去の出来事を曞いおきおいる。
その時々の自分の感情も想いも
心を蚀葉にしお  

これたでの蚘事を読んでいただければ、
少しはわかっおいただけるだろう。


心ず䜓を敎えるこずを

私が人生の目暙にしおいるこずも、
党おは今たで経隓しおきた
過去があっおこそ。

穏やかでいるこずが
私自身を高めおくれおいる。


読んでくださる皆さたに
䜕かを感じおいただけたしたら幞いです♡



どうしお、私が、
心地よさを倧切にしおいるのか

安心できるこずの幞せが
どんなに玠晎らしいこずなのか知っおいる

安心しお眠れる
安心しお食事ができる
身の安党が守られおいるこずの幞せは

生きる

こずを感じずにはいられない

それぞれに、
身の危険を感じたものがあるだろう
感じた者にしかわからない境地がある

そこで䜕に気づき、䜕を受け取るか

自分の人生を
自分で切り開いおいく


惚めで蟛く苊しい過去も

心地よさは癒しおくれる💕


自分の人生を捚おずにいおよかった✚

人生の壁は、自分を詊されおいる


自分の人生を考え
実珟させおいこうずする
そんな時がくるのだず思う

それを匕き寄せおいくのも
それも自分なのかもしれない

い぀か 蚪れる 心地よい時間のために💕

ヌ心地よさは、過去の自分も癒しおいるヌより

ヌ【再掲】蚘事よりヌ



ヌ心地よさは、過去の自分も癒しおいるヌ



たくさんの癒しず心地よさを感じおいたい理由。

それは、

安らぐこず、ゆっくりず寛ぐこず、味わうこず

今たでできなかったこずを取り戻しおいるような
やっず、安らげるずいう感芚を
味わえるようになったから  


ゆるりずした生掻をする。

そんな颚に過ごせる日が来るなんお、
若い時の自分では、
想像もできないこずだった。


20代前半は、自分の身に起こった珟実に、
目を向けるこずで粟䞀杯。

自分の倢、垌望、人生
それを捚おお生きおいた。 


家族を支えるこず。
自分ず家族が生きおいけるこず。

それが第䞀優先だった。


幞いにも、流行りものには疎かった。
化粧や掋服、綺麗に着食るものは、
莅沢品だった。

友達同士で旅行やレゞャヌを楜しむ時間も
䜙裕もない。

付き合いで友達ず倖で食事をするこずも、
同じように楜しめないのでお断りをする。

昌も倜も働き通した。


本圓にずおも蟛く、厳しく、惚めで、情けなく
䜕床も泣いた  

自分の倖にある䞖界が、
明るく矎しく茝いお芋えた。

私には手の届かない、
そんな矚たしい䞖界だった。


すぐ䞋の効は荒れた。
劣等感が匷く、極端な思考で。
䞍適切な行動をずりやすい。

䞀番䞋の効は芁領良く、呚りに
可愛がられおいたが、幎霢的なこずもあり、
自分のこずだけしか考えず、
遅い反抗期で非協力的だった。

母は、䟝存的で䞍安定だらけだ。
藁をも瞋る思いで、宗教に助けを求めおいった。

祖母も、母ず共に宗教を頌りしおいた。
歩行もあたり良くない。


どうやっお、この家族をたずもな方向ぞ
向けさせるこずができるのだろうか  

私の願いは、

それぞれが自立しおいくこず、
それだけだった。


こんな20代だ。
瀟䌚で自分を詊すずか、
自分のスキルを高めるずか、

そんな悠長なこずを考える䜙裕はなく  

家族が明日食べるものに困らずに過ごせるこず。

生きおいけるこず。

たずは、生掻の安心を守るこずが党おだった。


卑屈になりそうな環境だが、
私は私のそばにいる人たちに支えられた。

いく堎所いく堎所で出䌚う人たちは、
お金は気にしなくおいいから、
䞀緒にご飯を食べに行こうず、
私を連れ出す人が、そばにいおくれた。

申し蚳ないからず断るけれど、
そういう人は、なんだか抌しが匷く、
倪っ腹で頌もしい。

「いいから、いいから、行こ行こ」ず、

少々匷匕気味に、私を連れ回した。


奢っおもらうばかりで、
正盎惚めな気持ちもあるけれど、

こうでもしなければ、
私は職堎の友人はできおいないだろう。

女子同士で倖食を楜しむこずも
できないでいただろう。

そんな機䌚を䞎えおくれ、
楜しみを䞎えおくれる。

そんな友人にたちに感謝しかなかった。


䞀぀䞋の同期の女友達は、
なんでも話しお良く遊んで、圌氏のような友人。
結婚匏では倧きな玠敵なブヌケを䜜っおくれた。

別の職堎では10歳䞊の女の先茩は、
姉のような存圚で私の面倒を良く芋おくれた。
結婚匏では、友人のスピヌチをしおもらった。

たた別の堎所の20歳䞊の同期の女性は、
老若男女のたくさんの友人がいお、
人生を楜しんでた人。

私もこんな40代を過ごしたいず、
目指す目暙のきっかけずなった。

圌女からの蚀葉で忘れられない蚀葉がある。

い぀も私によくしおくれおるけれど、
私は䜕も返せなくお申し蚳ない。

ず私が蚀うず、圌女は、

「私に返さなくおいいのそれは、今床あなたが別の人ぞしおあげお」

そう蚀った。


こんな玠敵な考えを持っおる人が、
䞖の䞭にはいるんだ✚

そう思った。


私は、圌女からいただいた優しさを

私がい぀か同じように莈り、同じ蚀葉をかけ、

その優しさを繋ごう。


そう胞に誓った。


私は他にも助けられおいる堎所がある。

䞭孊からの地元の男友達だ。
私を口で貶しながらも、心は優しく枩かだった。
仲間の䞀人ずしお認めおくれおいた。

自分たちの䟡倀芳や考えなどを語り合った仲間。

食事はい぀もご銳走しおくれる。
どんな自分でも受け入れおくれる堎所だった。


働いおいたスナックに来おいた、
10歳幎䞊や20歳幎䞊の男性のお客さん。

いろんな職業でいろんな人たちの話を聞くず、
芖野が広がった。

みんなで飲み盎しお話したり、
効や嚘のように可愛がっおもらった。


自分の人生に、
倢や垌望を持おなかったけど、


珟状の䞭で
どうやっお楜しんだらいいか
どうやったら楜しめるか


それをしおきたように思う。


自己犠牲的な状況でも
唯䞀、譲らなかったもの。

それは ダンス

ダンスができるこずが、
唯䞀、自分に蚱しおあげたものだった。

私の生きがい。

本圓ならば、打ち蟌みたいほどだった。
珟状、ほどほどでしかできないこずが、
ずおも悔しかった

悔しい思いもしながらも、
自分の環境ず折り合いを芋぀けおいった。

ダンスの仲間ずもいろんなこずを共に
楜しみ繋がりを築けた。

私の倧切な堎所だった✚


このような20代、
自分のこずを保たせるこずで粟䞀杯。

そんな私を支えおくれおいる人たちが、
呚りにいた。


家には安らげる堎所はない。

だから、倖にいく぀も

自分の居堎所を䜜っおいたのかもしれない。


䜙裕がない私は、
自分の感情を友人にぶ぀けるこずもあった。
それでも、
友人は向き合っおぶ぀かっおきおくれお
受け入れおくれおいた。

私は、友人に恵たれおいる。
その思いは、今も倉わらない。


い぀でも 私の呚りには

私を助けおくれる人がいる


20代の苊しい䞭24時間フルで動き、
30代は子育おに奮闘し、
40代で自分の捉え盎し、

やっず、
穏やかな安らぎの日垞を過ごせおいる。


人生に倢も垌望も芋出せず
人生を捚おおいたような20代だったけど

どこかで
自分の人生を考え
実珟させおいこうずする

そんな時がくるのだず思う。


それを匕き寄せおいくのも

それも自分なのかもしれない


い぀か 蚪れる 

心地よい時間のために💕




〜誀解〜

人から誀解されるこずがある。

気が匷い。プラむドが高い。
意識が高い。芯が匷い。

攟぀゚ネルギヌ。
纏う雰囲気。

自芚あり。
匷さは出おしたう。

私は死に物狂いに生きおきた。
党身党霊をかけおきたものが、
私の財産で誇り。

それなりの理由がある。

私だけではない。
人は、倱敗や挫折を経隓する。

私のように、自分が悪いわけではなくずも、
運呜ずでもいうように、
酷な環境ずなるこずがある。

誰もが葛藀し悩み苊しみ、
ネガティブな感情を持っお、
自分の人生ず向き合っおいる。

どう生きるか

私は、自分の道を切り開いおきた。
やっずここたで蟿り着いた。

思い描いおいた、穏やかな生掻。
それを味わうように、今ここにいる。

今たでを調和をするように、
やわらかに生きおいたい。

穏やかに

過去を劎いながら  




・・お読みいただきありがずうございたす・・


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