メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byankou_onna

空港に早く着きすぎる理由

    夏壽姫

    私は空港に早く着きすぎる。

    早め、ではない。
    かなり早い。
    4時間前にだいたい着く。

    普通に考えたら、さすがに早すぎると思う。
    まだチェックインカウンターもそこまで混んでいないし、搭乗口も静かで、どう考えてももう少し遅く家を出ても間に合う。

    でも、私はいつもかなり早く空港へ行く。

    それは乗り遅れたくないから、というだけではない。
    もちろんそれもある。
    飛行機は一回置いていかれると面倒だし、電車みたいに「次でいいか」とはならない。
    だから慎重になる、というのはわかる。

    でも4時間前に着く理由としては、それだけでは足りない。

    たぶん私は、飛行機に乗る前に、ちゃんと空港にいたいのだと思う。

    空港という場所には、街とも家とも違う時間の流れがある。
    まだどこにも着いていないのに、もう日常ではない。
    そこがいい。

    私は空港に着いたら、まず少し落ち着く。
    荷物を持って、これからどこかへ行く人たちの中に混ざる。
    その感じだけで、もう少し旅が始まっている。

    そしてコーヒーを買って、タバコを吸う。

    この時間が格別だ。

    ただの一服ではない。
    家で飲むコーヒーとも違うし、仕事の合間に吸うタバコとも違う。
    空港で、これから飛ぶ前に、少しだけ時間を余らせた状態で飲むコーヒーと吸うタバコは、やけにうまい。

    急いでいない。
    でも確実に、どこかへ向かっている。
    まだ何も始まっていないのに、もう日常は少し終わっている。
    その中間地点みたいな時間に、コーヒーとタバコは妙に合う。

    たぶん私は、あの時間がほしくて早く行っている。

    旅って、目的地に着いた瞬間から始まるわけじゃないと思う。
    荷造りをした時かもしれないし、チケットを取った時かもしれないし、人によっていろいろある。

    でも私にとっては、空港でコーヒーを飲みながらタバコを吸っている時点で、かなり旅が始まっている。

    むしろ、あの時間がないと旅が少し雑になる。

    急いで空港に着いて、急いでチェックインして、急いで保安検査を抜けて、気づけば搭乗、みたいな流れだと、身体は移動しているのに気持ちがまだ追いついていないことがある。
    それはそれで効率はいい。
    でも、私の中では少し味気ない。

    ちゃんと空港に早く着いて、
    ちゃんと時間を余らせて、
    タバコを吸って、コーヒーを飲んで、
    「ああ、これから旅なんやな」と思う時間がほしい。

    たぶん私は、移動そのものが好きというより、移動の前にある切り替わりが好きなのだと思う。

    日常から非日常へ。
    仕事の時間から、自分の時間へ。
    いつもの速度から、少し違う速度へ。

    空港はその切り替わりが、かなりわかりやすい場所だ。

    しかも空港って、少しだけ嘘みたいな場所でもあると思う。

    朝でも夜でも、どこか人工的に明るい。
    売っているものも、食べ物も、本も、お土産も、全部「これから旅する人」のために揃えられている。
    誰かの日常のためではなく、誰かの一時的な浮つきのためにできている感じがある。

    そこが少し好きだ。

    日常って、そんなに親切に「これから何か始まりますよ」という顔をしてくれない。
    でも空港は、かなり堂々とそれをやる。
    これからどこかへ行く人たちのための場所として、最初から成立している。

    だから私は、空港に早く着きすぎる。

    ただ乗り遅れたくないからではなく、
    その場所に少し長くいたいからだ。

    旅の本番は、たぶん目的地に着いてから始まる。
    でもその本番をちゃんと楽しむためには、少し前から私自身を旅モードにしておきたい。

    空港でタバコをゆっくり吸って、コーヒーを飲んでいる時、私は自分の身体より少し先に、気分だけ出発させているのだと思う。

    そう考えると、私は空港に早く着きすぎているというより、
    旅を少し早めに始めているだけなのかもしれない。

     
     
     
    元DJ、元占い師の27歳OL 人と街の「なんか変」を言葉にするためのnote 3月4月は、書いたけど恥ずかしくて世の中に公開するのをためらっていた作品をリライトして投稿していきます。500本くらいあります。5月からは1日2本くらいになると思います。

    あなたへのおすすめ