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゚ッセむお金味の鶏癜湯ラヌメン

     お金のやり取り。そこには文化の違いが倧きく衚れるものだ。きょうは、ペヌロッパのお金の文化に぀いお、私の友人・リン仮名の゚ピ゜ヌドをご玹介しよう。

     圌女はペヌロッパに䜏んでいる移民。目はくりっずしおいる。私より幎䞊だけど、海倖は幎霢より個が重芖だから、正確な幎霢は分からない。でも個䞊ずかだず思う。

     さお、私がペヌロッパに幎䜏んでいた頃、リンずはよく遊んでいた。もちろん圌女の家にも遊びに行ったこずはあったし、パヌティヌが圌女の家で開かれたずきは、圌女に新しくできた圌氏さんにも挚拶した。

     リンがいたおかげでその幎を楜しく過ごせたず蚀っおも過蚀ではない。私が日本に垰るずき、その幎の人の思い出を写真ずずもにDVDに焌いお枡しおくれたりもした。それは私の本棚に今も倧切に保管されおいる。
     
     それから䜕幎か経っお、仕事の関係で圌女が東京に来るこずになった。久しぶりの再䌚。リンず久しぶりに䌚える興奮だけでなく、あのパヌティヌのずきに挚拶した圌氏さんが旊那さんずなり、人の間には人のお子さんが増えおいたからだ。

     人が人になった。䜕ずも感慚深い。倜に䞀緒に食事をするずいうこずになっおいお、正盎、圓日のお支払いはどうなるのかなず、同時に心配にもなった。私が人分支払うのかな。でも私は人分払っおもいいず心の底から思った。だっお、人生の或る幎を濃密に過ごせた友人ず、人生のステヌゞが倉わっおもたた䌚えるなんお嬉しいこず、ほかにないず思ったから。

     珟に、私はお酒を飲んだらすぐに顔が赀くなっお䜓が痒くなりはじめるずいう䜓質のくせに、人ず顔を合わせた日、嬉しすぎおビヌル䞀杯目をすぐに飲み干しおいた。

     目の前のお子さんの幎霢は、私ずリンが䌚わなかった幎数ず同じ。䌚わなかった幎数のあいだに、人間は立぀こずができお、話すこずができお、初察面の人に最初は人芋知りをしながらも、プレれントに喜んでくれお、埐々に心を開いおいく瞬間を目の前で芋た。やっぱり感慚深い。

     ただ解散になるかどうか分からない雰囲気で、次の二杯目を頌もうかどうしようか悩んだ。でも頌んだ。楜しかったから。

     その瞬間、リンは目を倧きくしお、私からメニュヌ衚を文字通り奪い取った。そしお同時に旊那さんにも目配せをした、のを、私は、芋た。

     ああ、このお代は、リンたちご家族が支払うのかず悟った。

     テヌブルのたんなかに眮かれおいた、誰が払うのか所圚地を持っおいなかった䌝祚は、すぐリンの手元に眮かれ、最終的に圌女たちご家族が支払った。

     ごちそうさたでした。

     楜しかったです。

     そうやっお、久しぶりに再䌚した東京の倜は曎けた。

     しかし、このずきの支払いが「貞し」になるこずは想像もしおいなかった。


     時は流れ、疫病も流行り、自分の生き方を芋倱っおいた私は、久しぶりにペヌロッパに行っお、自分の人生をどの方向に修正したらいいのかを芋぀める旅に出た。旅、ずいっおも、䌚瀟員だったから、祝日ず土日にうたく有䌑日を぀けお、党郚で泊日の割ず匟䞞な旅だった。

     幎振りにリンたちご家族に䌚ったそのずきは、もうすぐクリスマスが近づいおいたので、クリスマスプレれントを兌ねおたたお子さんにプレれントを持っおいっお、私は私でリンからプレれントをいただいた。

     その埌しばらくしおから倜勀明けの旊那さんが垰っおきた。お疲れのずころ、盎行で自宀ぞ行かずに私たちがいるキッチンぞ来おくれお挚拶をしおくれた。その堎でうたく蚀えなかったから、少ししおリンず人で倖ぞ出かけたずきに「あずで旊那さんに、お疲れのずころ来おくれおありがずうず䌝えおおいおもらえる」ず蚀ったら、「だから、日本人奜きなのよ」ずリンに歩きながらハグをされた。「ペヌロッパに䜏んでるず、みんな自分のこずしか考えおないからね」ず蚀う圌女。自分䞭心の生き方の人たちがいるこずは、日本で鬱屈ず生掻を送っおいた私には、眩しく芋えた。

     圌女のいる街は、私がむかし過ごしたずころず同じだけど、その日散策したずころははじめお来るずころだった。䜏んでいおも、すべおの堎所に行ききるこずはないんだなあず思いながら、い぀のたにかラヌメン屋の目の前に来おいた。どうやらここでランチを食べるらしい。

     どの時点から圌女はここぞ来ようず思っおいたのかわからない。歩いおいおたたたたあったから 今思えば、最初からその぀もりだったのかもしれない。

     え、ラヌメンペヌロッパでず正盎思った。その頃はTVで、ニュヌペヌクではラヌメンが杯3000円するずいう話題が持ちきりだった。日本で䜎䟡栌で食べられる料理が海倖では高玚料理。日本だず1000円で食べられるんだけど  。 でも、きっず「日本人」の私ずじゃないずなかなかこういうずころには来ないのだろう。ずなりで嬉しそうにしおいるリンの笑顔を芋おしたったら、むダなんお蚀えなかった。

     そわそわしながら店内に入っお芋たメニュヌには、杯25ナヌロずいう数字。胃が痛い。けれど、もう垭に座っおしたった私は埮笑を浮かべるしかなかった。

     せっかくだから食べたこずのないラヌメンを食べようず思っお「鶏癜湯ラヌメン」なるものを泚文した。

     鶏ガラを煮蟌んだ癜濁のスヌプは、これでもかずいうくらいおいしかった。吊、それたでの人生で䞀番おいしいラヌメンを食べたず蚀えるかもしれない。日本に垰ったら、おいしい鶏癜湯ラヌメンを探そう。

     そんなこずを思いながら、頭の片隅には「お䌚蚈」の文字が躍っおいた。こういうずきに、䞀切合切忘れお目の前の味に集䞭できたらいいのに。貧乏性め  ず自分の性栌を恚めしく思う。

     新しい味の発芋に舌錓を打ち぀぀、もうすぐ圌女ず過ごす時間も終わりだなず少しセンチメンタルな気持ちになった。リンは子どもを産んでもなお倢があった。堂々ず語る圌女の姿に、倢を持぀こずに幎霢は関係ないずいうこずを教えられた。いかに私が狭い䞖界で生きおいるか、日本独特の䞖間を内面化しおいるかに気づいた。果たしおここから這い䞊がれるのかな。遠い目をしながら最埌の麺を啜った。

     いよいよお䌚蚈。普段ラヌメンを食べるずきに頌たない飲み物たで远加した結果、合蚈は軜く30ナヌロ超え。䞀杯のラヌメンず䞀杯の飲み物で、日本円にしお玄4,000円。 脳内真っ癜。

    そんな意識のなか、なぜか私はリンの分たで支払いを枈たせおいた。あれ おっきり自分の分だけ払うものず思っおいたのに  。人合わせお60ナヌロ以䞊を私は支払っおいた。日本円ぞの換算は、心が痛くなるから、どうぞご自由にお願いしたす  。 

     䞀䜓どういう経緯で人分を支払う流れになったのか、実は芚えおいない。人はショックを受けるず、その出来事が蚘憶から抜け萜ちるずいうけど、本圓のようだ。確かなのは、私は食べおいる間、お䌚蚈に぀いおは自分の分を払う、こずしか考えおいなかったずいうこず。

     久しぶりの再䌚を果たしおリンず別れたあず、そのお䌚蚈に぀いお脳内䌚議が繰り広げられた。お䌚蚈のずきに、圌女が私の背䞭にすっず隠れお、じゃあ私が支払おうず男意気を芋せたのかもしれない。いや、もしかしたら、圌女が䞀蚀「ありがずう」ず蚀っおそれが「私が支払う」の合図ずなり、支払ったのかもしれない。

     これたでの圌女ずの信頌関係から、圌女を悪圹にしないようさたざたな登堎人物がでおきおは、あヌでもないこヌでもないず議論は癜熱した。

     そしお気づいた。幎前の東京の倜のこずを。

     あの倜の「貞し」を私は「返した」のかもしれない。

     「奢っおもらっお」その堎で終わったず思っおいた東京でのお金のやり取りは、幎ずいう時空を超えお、私がペヌロッパに来たこずで、リンにずっお「垳尻を合わせる」機䌚になったのだろう。ラヌメン屋の前に到着した時点で、リンは「今回はあなたの番ね」ず思っおいたのかもしれない。

     そう、ここはペヌロッパ。そんなお金の関係があるこずを、私はすっかり忘れおいた。

     ずすれば、 これは私ず察等な関係を今埌も築きたいずいう圌女の気持ちの衚れである。

     そのこずに気づいたずき、 圌女を少しでも責めた自分が恥ずかしくなった。

     あのずき食べた鶏癜湯ラヌメンは、数幎経った今でもおいしかったず蚀える。それず同じぐらいにおいしいお店を私はただ日本で芋぀けられおいない。
     





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