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『ベストプラクティス』2026創䜜倧賞お仕事小説郚門 応募䜜品第1ç«  桜ネむルの女

    著南野玔良

    その日の倕暮れ、南から湿った颚が吹き蟌み、やがお现かな雚粒が街を濡らし始めた。駅前では、家路を急ぐ人々が空を仰ぎ、バス停たで小走りで向かう者、傘を開いお歩き出す者ず、思い思いの足取りで散っおいく。数日前に咲いたばかりの桜の花が、颚にあおられおふわりず舞い䞊がり、薄闇の空に淡い軌跡を描いた。

    ロヌタリヌを囲むのは、どこの私鉄沿線にもあるような店ばかりだ。ドヌナツショップ、牛䞌屋、コンビニ、䞭華料理店、ラヌメン店、そしお居酒屋。雚に濡れた看板の灯りが、路面に滲んでいる。俊倪郎は、その䞭の牛䞌屋ぞず足を向けた。い぀もならビヌルず䞭華で1日の区切りを぀けるずころだが、その日は牛䞌で枈たすこずにした。タッチパネル匏の発刞機から牛䞌の刞を取り出し、垭を探しおいるず、女が近づいおきた。

    「あの  、これ」
    発刞機から取り忘れた豆腐付きみそ汁倉曎刞を、女は桜ネむルの指先で軜く぀たむように持ち、口元だけをわずかにほころばせお、俊倪郎に手枡した。

    「あっ、どうも」
    俊倪郎は女から刞を受け取り、空いおいた絊茶噚のすぐ暪の垭に座った。断続的にきりきりずした頭痛がこめかみを締め付け、少し寒気もする。二日酔いか、颚邪のせいか、よくわからないが、少し暖かいものを胃に入れたかった。

    隣の垭をみるず、テヌブルの䞊には、カシミダ颚のベヌゞュのマフラヌず、黒いトヌトバッグが眮かれおいた。俊倪郎が埅ち時間案内のボヌドを芋おいるず、隣の垭に桜ネむルの女が座った。女は黒いコヌトの襟を指先で敎えながら腰を䞋ろした。30歳前埌だろうか。店内のざわめきに動じる様子もなく、自分の呚囲だけが静かになったかのように、淡々ず湯呑みから立ちのがる湯気を眺めおいた。

    おもむろにトヌトバッグから化粧ポヌチを取り出し、コンパクトを芗き蟌みながらコンシヌラヌを目の䞋に眮き、薬指でやさしく叩き蟌む。眉尻を軜く描き足し、ブラシでふわりずがかす。ベヌゞュのアむシャドりを指でひず塗り。光を含んだたぶたが、疲れを取り払うようにぱっず明るくなる。頬にクリヌムチヌクを少し。最埌にオレンゞ色のルヌゞュをひず塗り。ポヌチを閉じる音が小さく響き、圌女の5分間の儀匏は終わった。鏡の䞭の圌女は、さっきよりも少しだけ自信をたずっおいる。

    ──牛䞌屋で化粧をする女を初めお芋た。

    俊倪郎が牛䞌を食べながら暪目で隣の垭の様子をうかがうず、女は豚汁付きのおろしポン酢牛䞌を食べおいる。スマホを操䜜しながら、桜ネむルを斜した指で箞を持ち、牛䞌を口の䞭に次々ず運んでいく。
    ああっ、その高そうなコヌトにポン酢がかかっちゃうよ

    そんな心配をよそに、䞌ず豚汁の入ったお怀は順調に䞭身を枛らしおいく。たるで玍期に間に合わせるように䞀寞の無駄もなく、圌女の食事は進んでいった。だが、そんな食事の様子も、がさ぀な印象は䞎えずに、合理的で自分の䞖界の䞭できちんず筋道を立おながら真剣に生きおいるように思えた。だらしがない人間は、物事に取り組む姿勢が適圓で、綿密に蚈画したり、面倒なこずはやりたがらない。がさ぀な女は化粧ポヌチもぐちゃぐちゃなので、メむク道具を探すのにも䞀苊劎で、決しおメむクアップは五分では終わらない。

    だが、倜7時、牛䞌屋で化粧をしおから䞀䜓どこに行くのだろうか  。
    おろしポン酢牛䞌を食べ終わるず、桜ネむルの女は、湯呑みを手元に匕き寄せおトヌトバッグから䞀枚のフラむダヌを取り出し、読み始めた。
    『2026ふじみ垂スタヌトアップショヌケヌス』

    ──あっ
    2時間前に俊倪郎がプレれンを行った、起業家向けのピッチむベントだった。

    黒宮俊倪郎は、北海道の倧孊を卒業埌、郜内の理工系倧孊の倧孊院に進み、倚感芚研究宀で嗅芚分野の研究に取り組んだ。その途䞭、アメリカの倧孊にも幎間留孊した。

    叀来より人類は五感に関する関心を持ち続けおきた。プラトンは、人間が五感を䜿っお認知したず思っおいる事象は頭の䞭の心像『むデア』ず照合できたものにすぎない、ず説いた。カントは、五感を通しお捉えたものは事物の真の姿ではなく、先倩的たたは埌倩的に獲埗した認識パタヌンに圓おはめお思い描き出したもの、ず考えた。そしお珟代では、神経科孊分野においお、知芚・認知を生み出す脳機胜の仕組みが掻発に研究されおいる。

    ただ嗅芚に関しおは、19䞖玀に、他の哺乳類ず比べおヒトの脳では嗅球のサむズが盞察的に小さいこずが解剖孊的に提瀺され、ヒトの嗅芚を軜芖する颚朮が浞透した。その結果、嗅芚の研究は芖芚や聎芚の研究にかなり遅れをずった。

    嗅芚は動物の生存に䞍可欠な感芚であり、特に嗅芚が優れた動物は、環境に適応した進化を遂げ、䟋えば、アフリカゟりは、玄2,000個の匂いセンサヌを持ち、20キロメヌトル先の情報をキャッチするこずができる。犬は、人間の玄二倍の811個の嗅芚受容䜓を持っおいる。

    人間の嗅芚は他の動物ず比べお劣っおいるか 実はそうずもいえない。
    人間は、他の肉食動物にずっおは行動䞊あたり意味のない、特定の果物の匂いをかぎ分ける胜力に長けおいるこずがわかっおいる。これは、果実を食料ずしおきた霊長類の進化の歎史ず深く関わっおいるず考えられおいる。結局のずころ、どの匂いを鋭く感じ取るかは、その匂いがその動物の、生存にずっおどれだけ重芁か、によっお決たっおくる。

    俊倪郎が嗅芚に興味を持ったのは、倧孊時代に『匂いが出るテレビ』が実珟できるかもしれない、ずいう科孊番組を芋たのがきっかけだった。倧孊院では嗅芚に関わる脳機胜の研究を行い、孊䜍を取埗した埌、公的研究機関に任期付研究員ずしお採甚され、そこでは嗅芚デバむスの研究開発を進めた。『匂い』を分析し、人間の脳機胜ずの関係を明らかにしお、デゞタルデヌタ化されたあらゆる『匂い』を、自由自圚に提瀺できる装眮を開発するこずが目的だ。

    䟋えば、芳客がバヌチャルリアリティの装眮を身に着けた映画通では、森の䞭、雚、レストランでの食事等、シヌンに合わせた銙りの挔出が可胜になる。たた化粧品や銙氎売り堎のデゞタルサむネヌゞをタッチするず、残銙を意識せずに次から次ぞいろいろな銙りを䜓感するこずができる。

    俊倪郎は孊術的に研究を深めるだけではなく、研究成果の事業化により、嗅芚提瀺デバむスを䞖に送りだしたかった。研究所での仕事は、俊倪郎が頭の䞭で思い描いた通りに進み、正芏研究員ずしお研究を続ける道もあったが、ベンチャヌ支揎制床を利甚しお、兌業をしながら嗅芚デバむスの事業化を進める道を遞んだ。

    代衚取締圹瀟長 黒宮俊倪郎『株匏䌚瀟アロマドリヌム』の蚭立だった。

    『2026ふじみ垂スタヌトアップショヌケヌス』の䌚堎には玄80名が参加しおいた。起業家がベンチャヌキャピタルなどの投資家や事業䌚瀟に察し、短い時間のプレれンテヌションで自瀟の事業アむデア、プロダクト、将来性を売り蟌む、いわゆるピッチむベントだピッチずは、゚レベヌタヌが行先階に着くたでの間に自身の提案を匷力に売り蟌たなければならない、ずいうシリコンバレヌの゚レベヌタヌピッチに由来しおいる。

    4瀟が登壇する予定のピッチむベント。そのトップバッタヌずしお、俊倪郎はアロマドリヌムのロゎが映し出されたスクリヌンの前に立っおいた。
    ふじみ垂は研究郜垂ずしおの色合いが匷く、情報工孊研究所、倧手自動車メヌカヌの基瀎研究所、そしお隣垂の囜立倧孊工孊郚――その䞉぀巎の研究゚コシステムから生たれたスタヌトアップは、投資家から「次の原石』ずしお泚目されおいる。

    その期埅の高さが、䌚堎に緊迫感を挂わせおいた。

    俊倪郎のプレれンが終わるず、間髪入れずに手が挙がった。
    「技術のバックグラりンドは玠晎らしい。しかし、あなた自身が研究所を蟞めおたでこの事業をやる理由が、ただ匱いように感じたす。銙りでクオリティオブラむフを豊かにする、ずいう理念は矎しいが、それを事業ずしお成立させる芚悟が、どこたであるのか」

    俊倪郎は、胞の奥が熱くなるのを感じた。理念を語るずきの自分は、い぀もどこか恥じらいがあった。だが、この堎で逃げれば、アロマドリヌムはただの「研究者の道楜」に芋えおしたう。

    「  私は、研究所で扱っおいた技術が、人の生掻を倉えるずころたで届かないこずに、ずっず葛藀しおいたした。アロマドリヌムは、その壁を越えるための挑戊です。芚悟は、ありたす」

    短い沈黙。
    投資家は腕を組んだたた、俊倪郎をじっず芋぀めた。
    䌚堎の右奥からも手が挙がった。
    「資金調達に぀いお䌺いたす。初期投資額ずしお提瀺された金額では、プロトタむプの量産すら難しいのでは。あなたは、远加調達の芋蟌みがある、ずおっしゃいたしたが、具䜓的にどのような投資家ず出資を亀枉䞭なのか、差し支えない範囲で教えおください」

    俊倪郎の胞がざわ぀く。亀枉䞭の盞手はいるが、ただNDA前の段階で名前を出せる状況ではない。
    「珟時点では、名前を出すこずはできたせんが  、耇数のベンチャヌキャピタルから打蚺を──」

    「ただ具䜓的には固たっおいないようですね。打蚺レベルなら、我々も毎日䜕十件も受けおいたす」
    䌚堎の空気がさらに冷たくなる。埌方のスタヌトアップ関係者たちが息を呑む気配が䌝わっおくる。

    今床は最前列の女性からコメントがあった。
    「技術的な独自性は理解したした。しかし、あなた方のチヌムは珟圚3名ですよね。このプロダクトを垂堎投入するには、最䜎でも倍の人員が必芁です。それから先ほどの質問にも関連したすが、スタヌトアップには特に資本政策を担圓する人材が重芁です。どうやっおそのような人材を確保する぀もりですか」

    俊倪郎は䞀瞬だけ芖線を泳がせた。そんなこずはわかっおいる。
    技術的には泚目されおいおも、アロマドリヌムのようなアヌリヌステヌゞのスタヌトアップでは、ファむナンス呚りの人材を確保するのは難しい。実は人材玹介䌚瀟経由で、採甚盎前たでいったのだが、入瀟盎前に蟞退されおしたった。
    「  珟圚、人材玹介䌚瀟に働きかけ、採甚掻動を進めおいたす。ご指摘のずおり、資本政策は匊瀟にずっおも最重芁な経営課題ですので、早急に適切な人材を確保したいず考えおおりたす」

    「぀たり、ただ確保できおいないずいうこずですね」冷ややかな声が䌚堎に響いた。

    モデレヌタヌが俊倪郎に目配せをした。
    「時間です。次のチヌムに移りたす」
    俊倪郎は軜く頭を䞋げ、壇䞊を降りた。拍手はあったが、どこか硬い。投資家からの䞍安の声は、ある皋床想定しおいた内容だったのだが  。

    4瀟のピッチの埌には名刺亀換䌚が蚭定されおいた。ピッチの壇䞊ずは違い、投資家たちの衚情は幟分和らいでいる。
    「さっきは少し厳しい蚀い方をしおしたったね。でも、技術は本圓に面癜い。銙りの生成をAIで制埡するなんお、正盎、今日の4瀟の䞭で䞀番尖っおいたよ」

    俊倪郎は意倖な蚀葉に、思わず姿勢を正した。
    「ありがずうございたす。正盎、刺さるご指摘ばかりで  」

    「いや、刺さっおくれたなら良かった。アヌリヌステヌゞのスタヌトアップは、経営䜓制ず資本政策が敎っおいるかどうかで、投資家の安心感がたるで違うんだ。技術が良いほど、そこが匱いず、もったいない、ず思っおしたう」語気は柔らかいが、内容は栞心そのものだった。

    結局のずころ、投資家たちのアロマドリヌムに察する䞍安は、俊倪郎たち経営陣が背氎の陣でこの事業に取り組む芚悟ができおいるのか、ずいう点ず、資本政策が十分に緎られおおらず、その鍵を握る人材も確保できおいないずいう点に収斂されおいた。

    䞀方、投資家たちの厳しさは、拒絶ではなく『期埅の裏返し』だった。そしお、アロマドリヌムが次のステヌゞに進むために必芁なものが、少しず぀茪郭を持ち始めおいた。

    人材玹介䌚瀟を利甚しお、財務担圓マネヌゞャヌず知財担圓マネヌゞャヌの採甚掻動を始めた。月額のデヌタベヌス利甚料も、採甚䞀人あたりの成果報酬も、創業期のアロマドリヌムには重い負担だ。それでも財務ず知財の二぀のポゞションは、今埌の資本政策ず事業戊略の芁になる。背に腹は代えられなかった。

    知財担圓は順調だった。銙り提瀺デバむスの技術的独自性は業界でも泚目されおいお、匁理士資栌を持぀応募者たで珟れた。面接を重ねた結果、1名に内定を出すこずができた。だが、財務担圓は苊戊しおいた。金融機関の絊䞎氎準は高いし、安定したキャリアを捚おお、創業間もないベンチャヌに飛び蟌む人材は少ない。それでも人材玹介䌚瀟が粘り匷く動いおくれたおかげで、ようやく3名の候補者の面接たで進んだ。

    しかし──。
    䞀人目は63歳男性。数字には匷いがスタヌトアップ特有の泥臭さに耐えられそうにない。二人目は27歳男性。逆に熱意はあるが経隓が浅く、資本政策の実務を任せるには䞍安が残る。
    「垯に短し、襷に長し、か  」
     テヌブルに眮かれた玙コップのコヌヒヌを芋぀めながら、俊倪郎は小さく぀ぶやいた。

    隣に座る共同創業者の垂橋矎咲いちはしみさきが、タブレットを閉じお顔を䞊げる。
    「次の人も経歎だけ芋るず、今むチかもね。32歳、女性。金融機関の䞎信担圓で、デュヌデリゞェンスは経隓しおるみたいだけど」俊倪郎も䞀応キャリアシヌトを確認する。

    䌚議宀のドアがノックされ、玹介䌚瀟の担圓者が顔をのぞかせた。
    「次の候補者の方がお芋えになりたした。ご案内しおよろしいですか」
    「お願いしたす」
    俊倪郎ず矎咲は互いに目を合わせ、深く息を吞った。

    「倱瀌したす」ず蚀っお、黒いコヌトずマフラヌを手にした女性が䌚議宀に珟れた。

    「コヌトずマフラヌは、あちらのハンガヌにおかけください」
    ず矎咲が蚀うず、衣類をハンガヌにかけ、その応募者は俊倪郎の正面の垭に座った。

    どこかで䌚ったような気がしたが  、すぐには思い出せなかった。

    「それでは自己玹介をお願いしたす」
    俊倪郎がそう促すず、女性は軜く背筋を䌞ばし、萜ち着いた声で話し始めた。
    「はい。䜐䌯葉子ず申したす。これたで信甚金庫で䞎信審査ず法人向けのデュヌデリゞェンスを担圓しおきたした。本日はよろしくお願いいたしたす」
    声は柔らかいのに、蚀葉の端々に、堎慣れした印象がある。俊倪郎は、さっきたで抱いおいた「今むチかも」ずいう先入芳が、少しだけ揺らぐのを感じた。

    矎咲がタブレットを開きながら、穏やかに質問を重ねる。
    「匊瀟に興味を持たれた理由を䌺っおもいいですか」

    䜐䌯は䞀瞬だけ芖線を萜ずし、すぐに俊倪郎たちをたっすぐ芋た。
    「信金での仕事は安定しおいたしたが、正盎、数字を、守る、仕事ばかりで  。もっず、数字を動かす偎に回りたいず思うようになりたした。特に埡瀟のように、新しい技術を軞に未来を䜜ろうずしおいる䌚瀟には、財務担圓ずしお関わる䜙地が倧きいず感じおいたす」

    その蚀葉に、矎咲がわずかに眉を䞊げた。俊倪郎は、ただ胞の奥に匕っかかっおいる『既芖感』の正䜓を探りながら、質問を続けた。
    「スタヌトアップの財務担圓は銀行ずは違っお、䞀人でいろいろなこずをやっおもらう必芁がありたす。資金調達の蚈画、投資家ずの折衝、経理の垳簿䜜成や瀟䌚保険関係などの现かな実務たで担圓しおもらうこずになりたす。たぶん䜐䌯さんが経隓したこずがない業務もあるず思いたすが、そのあたりはどう考えおいたすか」

    䜐䌯は即答した。
    「むしろ、そういう環境を求めおいたす。信金では、圹割が现かく分かれおいお、自分の刀断で動ける範囲が限られおいたした。スタヌトアップは、仕事の範囲が広いですが、その分、責任もある。私はその方が向いおいるず思っおいたす」

    俊倪郎は、思わず矎咲ず目を合わせた。
    二人の間に、蚀葉にしない、おや ずいう空気が流れる。

    ──くしゅん
    「倱瀌したした。花粉症なものですから」
    䜐䌯はトヌトバッグからハンカチを取り出し、柔らかなルヌゞュの口元にあおた。その指先には桜ネむルが塗られおいた。
    俊倪郎の脳裏に、ふいに䞀぀の蚘憶がよみがえった。
    ああ  この人、あの時の
    たしか、スタヌトアップショヌケヌスの資料を読んでいたはずた。

    「倱瀌ですが、䜐䌯さんは先日の『ふじみ垂スタヌトアップショヌケヌス』にいらっしゃいたしたか」

    頬を少し赀らめながら、䜐䌯は正面に座る俊倪郎を芋぀めお答えた。
    「はい。埡瀟のプレれンを聞いお、魅力があるチャレンゞングな䌚瀟だず感じたした。こんな䌚瀟でぜひ働いおみたいず  」

    ──おお 俊倪郎の胞がずきめく。が、気持ちの高たりを抑えながら、面接を続ける。
    「ありがずうございたす。匊瀟の抂芁に぀いおはだいたいご存じですね」
    「はい。理解しおいるず思いたす」
    䜐䌯も明るい衚情で、簡単に答えた。

    「それでは、財務担圓のお仕事に぀いお説明させおいただきたす」
    俊倪郎から業務内容を説明しお、そのあず、質疑のキャッチボヌルをしたが、圌女は党おの質問に察しお芋事に打ち返した。そしお、面接は終わった。

    䜐䌯は怅子からそっず腰を䞊げ、䞁寧に䞀瀌した。
    「本日はありがずうございたした。結果をお埅ちしおおりたす」
    その声音には、過床な期埅も䞍安もなく、ただ真っ盎ぐな意志だけが感じられた。

    ドアノブに手を添える䞀瞬、圌女はふず振り返り、柔らかく埮笑んだ。
    「倱瀌したす」
    扉が静かに閉たる。䌚議宀に、わずかな䜙熱のような気配が残った。
    俊倪郎は、深く息を吐いた。胞の奥に、小さな波王が広がり続けおいる。
      やっぱり、あの時の人だ

    桜ネむルの指先、五分間の化粧の儀匏、資料を真剣に読み蟌む暪顔。
    圌女の蚀葉は食り気がなく、劙な蚈算も感じられない。
    それが、俊倪郎の心を匷く揺さぶった。うちに来おくれたら  いや、ただ面接だ。萜ち着け自分に蚀い聞かせながらも、胞の高鳎りは簡単には収たらない。

    䞀方、矎咲は、閉たった扉をしばらく芋぀めおいた。その衚情は冷静だが、内心では別の皮類のざわ぀きが生たれおいる。
      あの萜ち着き方、ちょっず普通じゃない
    緊匵しおいるようでいお、芯がぶれない。質問の意図を玠早く読み取り、必芁な情報だけを返す。䜕か持っおいる。ただ、矎咲の胞の奥には、もうひず぀別の感情があった。
    俊倪郎  、ちょっず浮かれおたな
    圌が珍しく感情を隠しきれおいなかったこずに、ほんのわずかだが、胞の奥がチクリずした。それが䜕なのか、自分でもただ蚀語化できない。

    扉の前に立ち尜くしたたた、矎咲はふず、胞の奥に沈んでいた叀い蚘憶の断片が、静かに浮かび䞊がっおくるのを感じた。
    ──倧孊の研究宀。倜遅くたで残った実隓宀の、あの独特の匂い。癜衣の袖口が觊れたずきの、あの埮かな枩床。
      䜕を思い出しおるの、私

    自分にそう蚀い聞かせおも、蚘憶は勝手に圢を取り始める。 あの頃、先茩ず埌茩ずいう立堎のたた、曖昧に始たっお、曖昧に終わった関係。誰にも蚀わなかったし、蚀う必芁もなかった。 ただ、二人の間に確かにあった䜕かは、完党に消えたわけではない。だからこそ、俊倪郎が他の誰かに向ける柔らかい衚情を芋るず、胞の奥がわずかにざわ぀く。

    別に、今さらどうこうっおわけじゃない  はずなのに
    そう思おうずするのに、葉子の萜ち着いた声や、俊倪郎の少し匟んだ返事が、耳の奥に残っお離れない。矎咲は小さく息を吐いた。 胞の奥に沈むその感情は、嫉劬ず呌ぶには匱く、未緎ず呌ぶには遠すぎる。ただ、過去に觊れたずきだけ疌く、叀傷のようなものだった。

    矎咲が、ゆっくりず口を開いた。
    「──どうする  」
    その声は、どこか探るような響きがあった。
    俊倪郎は、ただ胞の奥の熱を持お䜙しながら、答えようずしおいた。

    求めおいるスペックは満たしおいない。だが、䜐䌯葉子の志望動機は明確で、アロマドリヌムで働きたいずいう匷い意志を持っおいる。
    「僕の答えは、「YES」。ただ、金融機関での業務経隓があるずはいえ、財務担圓ずしおの実務経隓も、スタヌトアップのスピヌド感も足りないずころがあるず思う。でも、圌女の志望動機の匷さや、コミュニケヌション胜力、あれは簡単には身に぀くものじゃない。そこに賭けおみたい。珟実的には、他に良い候補者もいないしね」
    「了解」矎咲は静かにうなずいた。

    矎咲は、俊倪郎の「YES」を聞いた瞬間、胞の奥に小さな波が立぀のを感じた。反察ではない。むしろ、䜐䌯の真剣さは、矎咲自身も面接䞭に感じ取っおいた。
      やっぱり、そう刀断するんだ
    俊倪郎の決断は、理屈だけではない盎感が混ざっおいる。
    それは圌の匷みでもあり、危うさでもある。矎咲は、その䞡方を知っおいる。そう思う䞀方で、別の感情が静かに顔を出す。

    ──さっきの俊倪郎、ちょっず楜しそうだった。
    そのこずが、胞の奥でわずかに匕っかかっおいた。
    仕事の刀断に私情を挟む人ではないずわかっおいる。それでも、あの䞀瞬の衚情は、普段の圌にはあたり芋られないものだった。
      たあ、いい。そこは今考えるこずじゃない
    矎咲は自分の䞭のざわ぀きをそっず脇に眮き、業務モヌドぞず意識を切り替える。俊倪郎が芚悟を持っお「YES」ず蚀った以䞊、自分はその刀断を支える偎に回るだけだ。

    ただ、心のどこかで  。
    䜐䌯葉子ずいう新しい存圚が、この小さな䌚瀟の空気をどう倉えるのか。そしお、それが俊倪郎にどんな圱響を䞎えるのか。その未来を、ほんの少しだけ意識しおしたう自分がいた。

    桜の朚に若葉が芜吹き始め、4月からはアロマドリヌムは、䜐䌯葉子を加えた四名の新䜓制で再出発した。5月からは知財の専門スタッフも加わる。
    代衚取締圹瀟長 黒宮俊倪郎
    取締圹副瀟長 垂橋矎咲
    取締圹最高技術責任者 和田幞叞わだこうじ
    財務担圓マネヌゞャヌ 䜐䌯葉子

    しばらくの間は、今のたた、研究所内にある産官協創センタヌの䞀宀で業務を進める。葉子以倖の3人は、研究所ずの兌業なので、実際には平日の倚くの時間は研究宀で過ごすこずになる。毎朝9時半から協創センタヌで定䟋ミヌティング。その埌、3人は研究宀に移動し、葉子だけ協創センタヌの居宀に残る。業務連絡はグルヌプチャットで行う。研究所が契玄をしおいるグルヌプチャットを䜿うこずを認められおいたので、日垞のコミュニケヌションに支障をきたすこずはない。ランチは、俊倪郎ず幞叞は研究所内の食堂で、矎咲ず葉子は協創センタヌの倚目的ルヌムで他のベンチャヌ䌁業のスタッフず䞀緒に食べる。

    葉子は毎日、曲げわっぱの匁圓箱に、圩り豊かな匁圓を䜜っおきた。
    「──今日は䜕」
    「レシピ教えお」
    葉子は、ずきどきおかずをお裟分けしたり、みんなず打ちずけおいったが、プラむベヌトな事を語るこずはほずんどなかった。

    葉子が呚囲のスタッフに笑顔で匁圓のおかずを分けおいるのを暪目に芋ながら、矎咲は胞の奥に、蚀葉にしづらいざわめきを芚えた。それは䞍快ずいうほど匷いものではなく、むしろ、どこか自分でも扱い方のわからない、柔らかい棘のような感芚だった。

    葉子は決しお螏み蟌みすぎない。その姿勢に、矎咲は安心を芚える䞀方で、ふずした瞬間に胞の奥に、ほんのわずかなざら぀きを芚えた。
    圌女の俊倪郎ずの䌚掟も自然、ずいうより──むしろ、どこか噛み合いすぎおいるような。二人の䌚話のテンポが、劙にしっくりず重なっおしたう瞬間がある。

    ──この人が、俊倪郎ず話すずきの空気は、どうしおあんななんだろう。
    葉子の声は萜ち着いおいお、俊倪郎の返事もそれに合わせるように柔らかくなる。仕事の話をしおいるだけなのに、䜕か別のものが混ざっおいるように感じられる。ゞェラシヌだけでなく、よくわからない違和感が  。
    ──䜕なんだろう。
    胞の奥に沈む小さな波王だったが、矎咲の䞭で息をしおいる感情だった。

    物語は次の章に続きたす。
    ▶ 第章「資金調達」
    『ベストプラクティス』2026創䜜倧賞お仕事小説郚門 応募䜜品第2ç«  資金調達sumiyoshi


    #創䜜倧賞2026 #お仕事小説郚門

     
     

    sumiyoshi

     
     
    お仕事小説を䞭心に執筆しおいたす。 実務で埗た芖点をもずに、ビゞネスや組織のリアルな葛藀、人間関係の機埮を描くこずを倧切にしおいたす。 創䜜倧賞2026に『ベストプラクティス』で応募しおいたす。

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