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10年かかった~やっと「可愛い」にたどり着いた話~


    「息子たち可愛すぎてもーだめなんよ」

    最近、ふとそんな言葉が口をついて出る。

    でも、私がこの言葉を言えるようになるまでに、10年かかった。


    本当は、女の子が欲しかった

    妊娠がわかったとき、正直に言うと——女の子を望んでいた。

    ぼんやりと描いていた「お母さん」のイメージは、いつも女の子と一緒だった。一緒に料理して、洋服を選んで、たくさんおしゃべりして。

    でも生まれてきたのは男の子だった。

    長男を抱っこしながら、泣いた。

    「かわいい」より先に「なんで女の子じゃないんだろう」という気持ちが来てしまった自分を、すぐに恥じた。この子は何も悪くないのに。それでも気持ちはなかなか追いつかなかった。

    男の子ママを、受け入れられなかった。


    誰にもわかってもらえなかった

    長男はとにかく目が離せない子だった。

    どこへ行っても「すみません」を言い続ける日々。児童センターに行けば、お友だちのおもちゃを取ってしまったり、順番が待てなかったり。

    ある日、長男は児童センターで何人もの子を泣かせた。「帰ろう」は通じなかった。遊び続ける息子を丸太のように脇に抱え込んで、ひたすら謝りながら外に出た。

    そのまま帰り道に泣いた。うまく育児できてない自分が情けなかったのか、それとも「こんなことしないといけないくらい大変な子なんだ」と突きつけられた気がしたのか、今でもよくわからない。

    周りのママ友は女の子ばかりだった。おとなしくて、ちょこんと座っていて、お絵描きしている女の子たち。自分の息子と比べて、また落ち込んだ。

    夫に話しても、あまりわかってもらえなかった。義実家では気を遣った。誰にも本当のことを言えないまま、ひとりで抱えていた。

    義妹が女の子を出産した。私の欲しいものを次々と手に入れているように見えた。なぜ私はこんなに苦しいんだろう、と何度思ったかわからない。


    違和感は、間違っていなかった

    ずっと「なんかこの子、育てにくいな」という感覚があった。

    でも周りには「男の子はそんなもんだよ」と言われ続けた。「あなたが神経質なだけ」という空気もあった。私の気のせいなのか、と何度も揺らいだ。

    長男に発達障害があるとわかったのは、もう少し大きくなってからだった。

    診断が出たとき、正直ほっとした部分があった。「やっぱりそうだったんだ」という気持ち。あの頃、誰かに早く気づいてほしかった。私の違和感は、間違っていなかった。


    うつになった

    「なんで私は我が子を可愛いと思えないんだろう」

    その問いが、頭から離れなかった。

    母親になったら自然に愛せると思っていた。本に書いてあるように、産んだ瞬間に愛情が溢れると思っていた。でも現実は違った。

    毎日怒ってばかりだった。怒ってから後悔して、また怒って、また後悔して。その繰り返しの中で、次第に笑えなくなっていった。

    朝が来るのが怖かった。

    今思えば、あの頃すでにうつだったのだと思う。でも当時の私は気づかなかった。「自分の頑張りが足りないだけだ」と思っていた。もっとちゃんとやれば、もっと愛せるはずだ。そう信じて、限界を超えても育児を続けた。

    次男が生まれた。

    可愛かった。でも余裕がなかった。長男のこと、次男のこと、家のこと。毎日をこなすだけで精一杯だった。

    次男が2歳になる頃、ふと気づいた。これは頑張りの問題じゃない、と。

    自分で心療内科の扉を開けた。誰かに言われたわけじゃなかった。ただ、もうこのままじゃいけないと思った。

    「うつ病です」と言われたとき、泣きそうになった。でもそれは悲しさじゃなかった。やっぱりそうだったんだ、という安堵だった。私がおかしいんじゃない。ちゃんと理由があったんだ。

    それから、わたしは治療を始めた。

    少しずつ、ほんの少しずつ、自分の中のこわばりがほぐれていった。笑えない朝が、少しずつ減っていった。


    あのコメントのこと

    以前誰にも言えないどうしようもない気持ちをSNSに吐き出していた。
    次男妊娠中に「臨月なのに全く母性が沸かない」といった内容だった。

    あるとき
    「性別じゃなく、私はこの子たちに会いたかった。別の女の子と取り替えると言われても絶対嫌です。おそらく出産されたらメロメロですよ。」

    見知らぬ誰かから、そんなコメントが届いた。

    当時の私は、

    「何を言ってるんだろう」

    と思った。

    正直、意味がわからなかった。

    そんなふうになれる日が来るとは、全然信じられなかった。むしろ、「この人、私のこと何もわかってないな」とさえ思った。

    でも、その言葉だけはなぜか、ずっと心に残っていた。



    10年後


    10年後、長男は10歳になった。

    やっと最近言葉の意味がわかった。

    今、息子たちが可愛くて仕方がない。

    玄関の音がすると、うれしくなる。帰ってきた!って思う。ご飯を食べている顔を見ているだけで、なんかもう愛しくて困る。

    あのコメントをくれた人の言う通りだった。

    性別じゃなかった。

    「この子たちに会いたかった。」

    今なら、意味がわかる。

    うん。そのとおり。
    10年かかったけど。


    長男よ。

    あの頃は毎日怒ってごめん。
    苦しくて、余裕がなくて、ごめん。
    あなたも困っていたのに、私も困っていて、どうしていいかわからなかった。

    でも今はね、あなたが帰ってくる音がすると、うれしいんだよ。


    あのコメントを書いてくれた人へ。

    あの時は信じられませんでした。

    「そんなふうになれるわけない。」

    そう思っていました。

    でも本当でした。コメント主さんにとっては何気ないSNSのコメントだったかもしれないけど。本当にありがとうございました。

    私は今、息子たちにメロメロです。

    10年かかりました。


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