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はなちゃんが死んだ。

    2026年4月21日 午前4時43分
    はなちゃんの呼吸が止まった。

    はなちゃんは猫。
    13年4ヶ月の間一緒に暮らした
    キジトラだ。




    始まり


    100%犬派の我が家。
    13年飼っていた実家のワンコが虹の橋を渡った後、
    ずっとペットロスを引きずっていた。
    当時多発していた犬系映画、犬系十戒など
    レンタルショップや本屋のポップすら読めない3年間を過ごしていた。

    そんな時だった。
    近所のボス猫にいじめられていた子猫を
    弟が保護した。

    その日限りのつもりだった。
    ダンボールにフリースジャケットを入れて、
    即席ベッドを作った。
    子猫は安心したように眠りについた。

    翌日、1階で仕事をしていた弟が外の箱を覗くと、
    そこに子猫の姿は無かった。

    「出て行ったのかな。」

    そう思い、2階へ続く外階段に目をやると
    踊り場でぬくぬくと日差しを浴びて
    くつろいでいる子猫を発見した。

    保護生活をエンジョイしていやがった。

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    という報告を、この写真付きで受けた。

    え?めっちゃ可愛くない?

    私は仕事を終えると、すぐに実家に向かった。
    子猫は、可愛い声で鳴きながら
    私の足元に纏わりついてきた。

    トラ柄の可愛い小さなもふもふが
    私を見上げながら
    小さく、柔らかい爪を必死に立てて上ってくるではないか。

    両手で抱き上げた。

    軽ッ!ゴロゴロ言ってる!

    猫初心者の私は、初めましてのその日に
    致死量の「可愛い」を浴びてしまった。

    これだけ人に懐いてくるのなら
    里親もすぐに見つかるかもしれない。

    そう思い、何名か当たってみた。
    やっぱり、そう簡単にはいかなかった。

    ふとした気まぐれで、
    一人暮らしをしていたアパートに子猫を連れ帰った。
    「3時間だけ」のつもりで。

    部屋に入るなり、寝室に子猫自ら入って行った。
    私が床で胡座をかくと
    その上に乗ってきて、すぐに眠り始めた。

    猫って人に懐くの??
    猫初心者の私は驚いた。

    そっと子猫を膝から下ろしてみた。

    すると子猫は目を開け、
    か細く「ニャー」と言いながら
    私の膝に戻って来た。
    その一連の動作を3回繰り返した後、
    弟にLINEを打っていた。

    「私が母になります。」

    と。

    2012年12月20日のことだった。


    母になった私


    その後の私の行動は早かった。

    ①「子猫 保護したら」とググった
    ② Amazonでケージをポチった
    ③ 近くのディスカウントショップで
      猫トイレと子猫用のカリカリを買った
    ④ お皿を買った
    ⑤ 猫のおもちゃを買った
    ⑥ ノミ取り用のコームを買った
    ⑦ Facebookで報告した(余談)

    本来はこれらを全部揃えてから
    お迎えするのが正解だろう。

    あまりにも短絡的に見えるかもしれない。
    でも、私はペットロスを経験している。
    【いきもの】を飼うことの責任の重さは
    痛すぎるほど知っていた。
    私は二度とペットを飼わないだろう。
    そう思って生きてきた。

    そんな私の前に、
    【猫】という未知の小さな命が現れた。

    猫は人に懐かない、
    ツンデレ、
    シャーシャー言う

    それまで私が持っていた猫知識だ。
    浅い。実に浅い。
    それでも、この子の母になると決めたのだ。
    ポ
    ポ
    ポ
    さて。名前だ。
    まず、この子の性別を知る必要があった。
    お尻部分を見た。

    …分からん。

    すぐにググった。

    「猫 キン○マ」

    なんと品のない検索ワードだろう。
    今なら分かる。

    「猫 性別 見分け方」

    と打つべきだったと。

    突然母になったことで吹き出してしまった
    「母性とアドレナリン」のせいだ。

    出てくる画像は成猫ばかり。
    この子のそれとは全然違う。

    「子猫 キン○マ」でググった。

    …分からん。

    お顔も可愛いし、
    なんとなく女の子じゃないか?
    と、家族の中ではまとまった。
    因みにみんな猫初心者だ。
    スーパーあてにならん族だ。

    翌日獣医さんに尋ねようということになった。

    女の子だろうという話をしていたのに
    弟は既にこの子を

    【アレキサンダー】と呼んでいた。

    意味が分からない。
    こんな可愛い子が【アレキサンダー】なるイカつい名前なわけがない。
    病院で呼ばれた時のことを考えてほしい。

    「(私の姓)アレキサンダーちゃーん」

    いや、センス!!
    私の姓も、なかなかイカつめなのだ。
    こんなん、ライオン連れてなきゃバランスとれん。

    翌日、弟が病院に連れて行ってくれた。
    生後2か月くらいとのことだった。
    お腹に虫もいたため、薬も処方された。

    弟に尋ねた。

    私「どっちだった?」

    弟「あ〜…女の子…」

    私「おけ!ありがとう!」

    私の誕生日の語呂合わせで名前を決めた。

    「はな!はなちゃん!」

    ついに子猫に名前が付いた。
    Facebookで友達に発表した。

    1週間後、病院で健康手帳を発行された。

    ページをめくるとプロフィール欄が目に入った。

    お名前:はなちゃん
    生年月日:空欄
    性別:オス
    種類:MIX

    ん…?

    性別:オス(ど〜ん!)


    …オス?オ、オ、オス?!


    動揺している私に気付くはずもなく
    獣医さんははなちゃんを撫でながら

    「男の子で【はなちゃん】は珍しいよね♪」

    と言ってきた。
    私は平静を装い、名前の由来だけを伝えた。

    「イイね!」

    と獣医さんは言ってくれた。

    弟!お前!性別訊かんかっただろ?!
    即電話で追及したら、

    「あ〜…うん。笑」

    で済ませやがった。
    アイツ、マジで適当なんだが。

    Facebookでも訂正のお知らせを流した。
    「タマ見たら分かるじゃん!」
    とコメントがきた。

    解せぬ。

    私がどんだけ猫のタマをググったかなんて
    あんたらには分かるまい。


    でも、もう決めたのだ。

    この子は「はなちゃん」。

    私の娘改め、可愛い息子なのだ。


    はなちゃんのお腹事情


    数日後、また病院へ行った。
    お腹の虫の具合を診てもらうためだ。

    若い獣医さんがニコニコと迎えてくれた。
    検査結果を聞いた。

    彼ははなちゃんの顔をフニフニしながら

    医「いや〜。君、どこにいたのぉ⤴︎??」

    私「…」

    医「僕、ちょっと興奮してるんですよ!
      まだ実物見たことない虫に出会えて!」

    私「え?!…それは…大丈夫なんですか?」

    医「ダイジョブ!
      はなちゃんのお腹にいる虫、説明しますね!」

    私「はい!!」

    医「マンソンと〜…」

    私「マンソンッッ?!」

    私の頭に反射的に浮かんだのは、言うまでもない。



    画像



    マリリン・マンソンだ。

    私「それは…極悪ですねぇ…」

    医「極悪?笑 お薬で退治できるからダイジョブですよ〜」

    軽〜いボケを軽〜く流された私は
    「おい!はなちゃんのお腹、マンソンいるぞ!」
    と弟にLINEすることで、その気持ちを成仏させた。

    はなちゃんはちゃんと薬を飲み、
    無事マンソンとおさらばできた。


    はなちゃんは、そこから1年の間に、
    保護前に損傷していたであろう
    横隔膜の再建手術をした。

    勿論、去勢手術も行った。

    そして、ペット可の物件に引っ越しもした。


    引っ越して2〜3日経った時、
    お風呂から出た私は、強烈なニオイに襲われた。

    クッッサ!!!!!

    脱衣室の扉の向こうで、
    縦横無尽に走り回るはなちゃんの音を感じた。
    というか、「に゛ゃ゛ーーーー」と、
    ロングトーンで鳴きながら暴れていた。

    扉を開けると、
    まだ引っ越して間もない部屋の白い壁に
    茶色いものがアーティスティックに散っていた。

    え?ウン…

    その瞬間、お尻から【細長い何か】を垂らした
    パニック状態のはなちゃんが目の前を走り過ぎた。

    私は咄嗟に素手でその【細長い何か】を引き抜いた。

    するとはなちゃんはスンッと落ち着き、
    私の前に座った。

    …マンソンか?…マンソンなのか?
    私は左手に持った【細長い何か】に目をやった。
    ポ
    ポ
    ポ
    15cm程の、茶色くなった毛糸だった。
    どうでもいいけど、元の色は渋いネイビーだ。

    誤飲してしまったらしい。
    危ないところだったけれど、出てきて良かった。

    とりあえず、床や壁についたアイツとはなちゃんを綺麗にした。

    これが、私の脳裏に今でも鮮明に蘇る、

    「恐怖の毛糸事件」だ。


    保護から2年半後


    はなちゃんと暮らし始める前の私は、
    職場で夜遅くまでダラダラと仕事をする日々を送っていた。

    それがだ!
    夜はとっとと帰るようになった。
    仕事は一切持ち帰らず、
    しっかり余力を残して帰宅するようになった。

    はなちゃんは偉大だ。

    2015年5月、幼馴染が子猫を4匹保護した。
    なんとなく、もう1匹増やす事を考えていたので
    顔合わせをお願いした。

    彼女が連れてきた4匹の中で、
    最も我が強そうな子を抱っこした。
    胸の辺りに引き寄せた時、
    その子がオシッコをした。

    これは…マーキングされたってことでいいかしら?

    と、その子に決めた。
    名前は【ことら】。この子もキジトラだ。
    3週間ほど別部屋で慣らし保育をした後、
    満を持しての
    はなちゃん×ことらのご対面となった。

    その翌日のことだった。
    玄関を開けると、
    いつものようにはなちゃんが、私のスリッパを温めていた。
    「ただいま」
    と手を伸ばすと、

    「に゛ゃ゛ぁ゛〜」

    と鳴いた。
    声どうした?!
    天龍なんだけど?!
    いや。何かの間違いか?
    と思い、もう一度声をかけた。

    「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛〜」

    やっぱり天龍だ。
    とりあえず様子を見ることにした。

    翌日、朝は特に変化はなかった。
    早めに帰宅し、声をかけると

    「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜(透明度20%)」

    天龍通り越して、本間朋晃やないかーい!

    すぐに病院に電話し、嫌がるはなちゃんをキャリーに入れた。
    はなちゃんは病院が死ぬほどキライなのだ。
    それでもこれは一大事過ぎる!!
    受付で症状を話し、名前が呼ばれるのを待った。
    ポ
    ポ
    ポ
    「にゃぁ〜ん」


    すっげぇ可愛い声が聞こえた。
    普通に。

    私「え?」

    医「はなちゃ〜ん、診察室どうぞ〜」

    は「にゃぁ〜ん」

    診察室に入り、私は獣医さんに説明した。

    いや。ほんとにカスカスで!
    さっきまで!本当にさっきまで!!
    なんか!すみません!

    医「最近なんか変化ありましたか?」

    私「1匹増えて、かくかくしかじかで〜」

    医「あ〜。うん。【かまってちゃん】だね。」

    私「えっと…それは、つまり、【詐病】…?」

    医「ふふふ。今日は診察代いらないんで、帰っていいですよ。」

    私「なんか、ほんと…すみません!!」

    はなちゃん、
    アカデミー俳優ではないだろうか?(親バカ)
    いや。小悪魔なんじゃないだろうか?(太客)
    すっかり手玉にとられたぜ。

    ことらも可愛がるのは前提として、
    私が「はなちゃんファースト」であることを
    今まで以上に表現しなくては。

    「私の気持ちを察してよ!」
    は、メンヘラはなちゃんには通用しないのだから。


    ことら


    2026年4月21日、はなちゃんがいなくなって以降、
    ことらは情緒不安定だ。
    ずっと鳴きながら家の中をウロウロしている。

    いつも一緒にいたからな。
    ウザがられてたけど。

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    ことらは空気が読めない子だ。
    何度はなちゃんから怒られても
    かまちょを止めない、
    メンタル鬼つよの弟分だ。
    そんなことらが、多分、今、まいっている。


    私にマーキングをカマして
    弟ポジションを獲得したことら。
    やっと目が開いたくらいの小さな子だった。
    母猫の育児放棄にあったらしい。

    顔合わせの時、寝ている他の兄弟を踏みつけてまで
    ミルクをがぶ飲みしたのが【ことら】だった。
    お腹はパンパン。
    もうこれ以上飲んだら吐くぞ?
    と思っていたら、華麗にリバースした。

    「あぁぁぁ〜」

    急いで拭き取ったのだが、
    それでもミルクを求めて飲む。
    「吐けばリセット」の酔っ払いのようだった。

    その生命力(我)の強さがヤツの持ち味だ。
    野生を知らずに育った、名実共に箱入り息子。
    それなのに、野生味がすごい。

    なんで?

    はなちゃんはスーパー穏やかさんなのに
    ことらは暴れている。

    猫界で揉まれていないせいか、
    甘噛みができない。
    ゴロゴロのどを鳴らしてスリスリしてくる
    激烈甘えんぼムーブなのに、
    すげぇガチ噛みなの、

    なんで?

    何度怒られても、
    ヤツは「はなちゃん大好きっ子」なのだ。
    果敢に纏わりつき、グルーミングをゲットしていた。
    はなちゃん的には「仕方ねぇ」って感じだったのかな。

    私に対してもそうだ。
    まず、アイツは私のことを
    キャットタワーか何かと思っている。
    とにかく肩に上って爆音のゴロゴロを響かせている。

    アイツに駆け上がられたせいで
    私の体は傷だらけだ。
    背中は特にすごい。
    私が剣士なら、それはものすごい「恥」だ。
    剣士じゃなくて良かった。

    私は人に ことら を説明する時

    【DVヒモ野郎】

    と言っている。
    これ以上にしっくりくる表現が見つからないけど、
    これは最大の愛情を込めたものだ。
    もちろん、リアル人間界でのそんな奴は
    滅びて良い。

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    これは、洗面台のライトに召喚されたことら。
    視線を感じて見上げると、いた。
    マンソン(マリリンの方)かしら?
    上るだけ上って、下りられずに
    私を使うのだけれど。

    そんなことらを生温かく眺めるのが
    はなちゃんの日常だった。

    私が帰宅すると、2匹揃って
    ドアに張り付きスタンバイ。
    「ただいま」
    と声をかけてスリッパを履く。

    温かい。

    直前まではなちゃんがそこに座していたからだ。
    これは、ことらが来る前からのルーティン。

    そして、2匹揃ってしっぽピン立てで
    にゃーにゃー言いながら私に纏わり付きつつ
    部屋に入って行くのだ。

    それが今…

    玄関を開けても誰もいない。

    スリッパも常温だ。


    部屋に入って、
    やっとことらがしっぽを立ててやって来る。
    ドア張り付きスタンバイは
    はなちゃんの号令の下行われていたのかな?



    ねぇ、ことら。マジで寂しいな。


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    最初の異変


    2023年12月3日。
    私はシンガポール旅行から帰ってきた。
    留守中のお世話は弟に任せていた。

    なんとなく元気がなかった。
    留守にしてたからかな、と思っていた。

    数日後、
    グッタリしているはなちゃんに気付いた。
    香箱座りで給水機に顎を載せて
    ずっと水を飲んでいる。

    いつもと様子が違う。
    フラフラっと歩いてトイレに向かった。

    足が変だ。
    踵がペタッと床についた歩き方だった。
    その後もやたらと水を飲んではトイレに向かった。

    明らかにおかしい。

    仕事を終えて、すぐに家に戻った。
    はなちゃんは、朝見た時以上にグッタリした状態で横たわっていた。

    目が合わない。

    動悸がした。
    すぐに病院へ向かった。

    以前通っていた動物病院は既に潰れていた。
    ずっと病院からは遠ざかっていた。
    はなちゃんは体調不良も無く
    普通に生活をしていたためだ。

    初めての病院に駆け込んだ。
    状態を伝えると、最優先で順番が回ってきた。

    獣医さんはとても穏やかで親切な方だった。
    「怖かったですよね。」
    と、不安でどうにかなりそうだった私に
    寄り添って下さった。

    即入院となった。

    夕方、病院から連絡がきた。
    嫌な知らせだったらどうしよう。
    そう思うと、スマホを持つ手が震えた。

    「危険な状態からは、一応脱しました。」


    そう言われて、ひとまず息を吐いた。


    翌日、話を伺いに行った。

    「糖尿病」

    そう伝えられた。
    本当にギリギリだったと言われて
    胸がキュッとなった。

    あと1日預からせてほしいとのことだったので
    お任せした。

    ケージに入ったはなちゃんに会えた。
    目が合った。
    か細い声で「にゃー」と鳴いた。

    少しの安心と申し訳なさとで涙が出た。


    翌日、退院のために病院へ向かった。
    はなちゃんが診察室に連れてこられた。

    獣医さんが手を伸ばすと

    「シャー!!」と、猫らしい威嚇をした。

    医「はーなーはねぇ、気ぃ強いんだよねぇ。笑」

    知らなかった。
    人に向かってシャーシャー言うはなちゃんを見たのは初めてだった。

    ことらにさえ、シャーはなかった。
    低い声で唸って猫パンチをお見舞いするくらいだった。


    インスリン注射での治療が始まった。
    朝晩、決められた量を打った。
    打ちやすいように、獣医さんが
    はなちゃんのお尻あたりの毛を刈ってくれていた。
    背骨の両サイド。縦長に。

    不憫。笑

    最初の頃は、注射が嫌すぎて
    逃げ回ってたはなちゃん。
    遂に私にまで唸り出した。

    ガーン。

    はなちゃんに嫌われた…

    なんて言っている場合じゃない。

    時にはタオルで目隠しをしながら
    体を押さえつけて、強引に行った。

    またある時は、猫以上に猫撫で声で
    甘々演出をしつつ、
    すんません、すんません、と
    下手に出て打たせてもらった。

    そのうち、はなちゃんも注射を嫌がらなくなった。
    私が冷蔵庫から注射を取り出すと
    自らベッドに上がり、「どうぞ」の体勢をとった。

    私も注射の腕を上げた。
    自認的には大門未知子だ。

    はなちゃんのお尻の毛も
    きれいに生え揃ってきた。


    その後


    インスリンの治療は、量が決まるまで
    結構時間がかかる。
    通院して少しずつ微調整して、
    「とりあえずこれでいこう」となる。

    2年4ヶ月の闘病生活だった。
    その間、瀕死の状態に何度か陥った。
    そこから何度も復活し、日常に戻っていった。

    はなちゃんは強い。

    最後の1年4ヶ月は、
    診察無しで注射だけ買いに行っていた。
    獣医さんからも、
    「様子がおかしくなったら来て」
    と言われていたからだ。

    様子はおかしくなかった。
    2026年4月17日(金)の夜までは。


    あの日、16:00過ぎに一旦帰宅した。
    お出迎えがなかった。
    部屋に入ると、私のベッドでボーっと座るはなちゃんがいた。

    寝てたのかな?

    そう思って近づいた。
    ポヤポヤしていた。
    ふとシーツを見ると、濡れていた。

    失禁?
    今まで、一度たりともそんな粗相は無かった。

    次の仕事が迫っていた。
    ひとまずシーツを剥がして洗濯機に突っ込んだ。

    はなちゃんは「普通に」歩き出した。
    不安だったが、「待っててね」と声をかけて
    仕事に出た。

    19:15過ぎ、ペット用オムツを買って家に急いだ。

    トイレで倒れているはなちゃんを発見した。

    抱き上げると、全身力が抜けて
    だらんとしていた。

    すぐにオムツをセットした。

    病院の受付時間は終わっていた。

    30分後、あと1本レッスンがある。
    ギリギリまで側にいて、
    私は私の責任を果たしに出た。
    今思えば、そこでもう覚悟ができていたのかもしれない。

    21:00過ぎ、家に着いた。
    はなちゃんは、私が家を出た時と同じ所にいた。

    夜間診療をしている病院は近くには無い。
    検索したが、1時間半は余裕でかかる。
    今のはなちゃんが
    その移動に耐えられるとは思えなかった。


    明日の朝イチ(9:00)で病院に行こう。


    その時はそう思った。

    私のベッドにペットシートを敷き、
    はなちゃんを寝かせた。
    私は床に座り、はなちゃんを撫でていた。
    名前を呼ぶと、しっぽで返事をした。

    声は聞こえている。

    …明日の朝まで保つのだろうか?

    眠れないまま、時間だけが過ぎていった。
    病院が開くまであと8時間。

    朝は全然なんともなかったのに。
    いつものように、
    「ごはーん」と、私を起こしてくれたのに。

    朝5:00前、私の指をキュッキュッと握るはなちゃんを見て、
    「病院に行かない」という決断を固めた。
    今まではなちゃんは、
    どれだけ頑張ってきたことか。
    もう、これ以上頑張らせるのは
    私のエゴじゃないかと思った。

    綺麗事を言うつもりはない。
    「何がいけなかったのか」を考えないわけがない。
    病院にすぐに連れて行けば良かったかもしれない。

    でも、あの時そうしなかったのは
    私の判断だ。
    2年4ヶ月の闘病生活をずっと一緒に過ごしてきた、
    私の判断なのだ。

    最期はいつもの場所(私のベッド)で。
    終わりの瞬間まで側にいようと決めた。


    最後の日



    2026年4月18日(土)。
    16:00頃まで、何をするでもなく
    昨夜から変わらず床に座り、
    はなちゃんの側にいた。

    何もしていないのに、時間の経過が早かった。

    小一時間程、
    どうしても出なければいけない用があった。

    はなちゃんが少しでも寂しくならないように
    いつも着ている部屋着をはなちゃんのお顔の横に置いて出た。

    用を済ませ、すぐに帰宅した。

    はなちゃんはまだ、静かに呼吸していた。
    「お待たせ」と一言かけ、
    少しひんやりとした頭を撫でた。

    シャワーを浴びた。
    昨日はそんな余裕がなかった。
    部屋に戻り、バックハグのような形で
    はなちゃんを包み、横になった。
    前日の朝以来、やっと。

    あっという間に寝落ちしてしまった。


    母からの電話で目が覚めた。
    3時間程経っていた。
    パッと飛び起き、はなちゃんを見た。

    腹部が静かに上下している。

    ホッとして電話に出た。


    「スンドゥブどうするの?」


    さっき出た時に
    母が作ったスンドゥブをもらう予定だった。
    それをすっぽかして、私ははなちゃんの元に飛んで帰ったのだった。

    そういえば、昨日の昼食を最後に
    何も食べていなかった。
    忘れてた。


    はなちゃんは時折、
    歩いているかのような脚の動きを見せた。
    初めて見る動き。
    痙攣とは違うような、
    きれいな脚の運びだった。

    夢の中で歩けていたらいいなーと思った。
    そんなワケはないのだろうけど。

    1分たりとも離れたくなかった。
    母のスンドゥブは、
    結局この日取りに行くのをやめた。


    2026年4月19日(日)。

    昏睡状態。
    時折痙攣するようになった。
    その日の夜、突然目をかっ開いて上体を起こした。
    下半身はもう動かない。
    それなのに、ベッドから這い出ようとする。
    ニャーニャー鳴いて。

    私はすぐにはなちゃんを支え、
    「いるよ。ここにいるよ。」
    と呼びかけた。

    すると目が合い、はなちゃんは落ち着いて
    体を横たえ、また静かに眠った。

    翌日の朝からのお仕事は
    事情を話してお休みをいただいた。

    2026年4月20日(月)。
    夕方からの仕事もキャンセルした。
    残された時間はもう、本当にあと僅かなのだと
    根拠のない確信があったからだ。
    21:00前、弟が夜食をデリバリーしてくれた。
    ありがたい。

    その辺りから、はなちゃんは一定のリズムで
    小さく痙攣するようになった。

    いよいよかもしれない。

    翌日もお休みをいただいた。
    上司は
    「一緒にいてあげて」
    と言ってくださった。

    小さな痙攣を繰り返すはなちゃんを
    後ろから軽く抱きながら眠った。

    それから何時間経っただろうか。
    はなちゃんの声で目が覚めた。
    パッと飛び起き、確認した。

    スー…スー…

    2回息を吐いた後、
    はなちゃんの呼吸は止まった。

    はなちゃんの体に耳をあてた。

    何も、聞こえなかった。

    静かに時間を確認した。


    2026年4月21日 午前4時43分。

    はなちゃんは死んだ。


    お別れ



    はなちゃんの体をキレイに拭いた。
    耳掃除をし、爪も切った。
    体を丸め、形を整えた。
    お腹の辺りに保冷剤を置いた。

    ことらはこの看取りの期間、
    ちょいちょい様子を見に来ただけで
    全く「かまちょ」はしなかった。
    ことらによる、「最初で最後の空気読み」だったのかもしれない。

    嘘だ。ことらは警戒していた。

    私とはなちゃんがいる世界しか
    ほぼ知らないまま、5月には11歳になることら。
    この子は、笑える程臆病なのだ。

    目の前で横たわっているはなちゃんは
    もう、ことらの知っているはなちゃんではなかったのかもしれない。

    私ははなちゃんを火葬する予定だった。
    検索して出てきた会社のサイトを見た。

    とても良かった。
    手厚いな、と思った。

    ふと、骨壷の写真を見た時、
    自分の家に、それが置かれることを
    想像してしまった。

    …あ。無理かもしれん。
    多分私は、耐えられない。
    目に入る度に「はなちゃんの不在」を実感してしまうだろう。
    見えない所に置いたとて、
    はなちゃんに申し訳ないと思うに決まっている。

    実家に埋葬することに決めた。
    前に飼っていたワンコもそこにいるし、
    いずれ自分が相続する場所でもあるからだ。

    夕方、すっかり硬くなってしまったはなちゃんを連れて、実家に向かった。

    父が埋葬料を要求してきた。
    多分私を笑わせようとしたのだ。
    マジでつまらんので、そこはスルーした。

    はなちゃんと暮らし始めた時に
    家から排除したものがある。

    香水、アロマ、そして植物だ。

    全ては、はなちゃんの安全のためだ。
    (毛糸飲んじゃったことはあったけどな。)

    初めてはなちゃんのためにお花を買った。

    画像


    オレンジと黄色が、はなちゃんの毛色に
    とても合うと思った。
    そしてそれは、その通りだった。

    はなちゃんを最初に保護した弟が
    穴を掘ってくれた。
    彼の【生類憐れみ気質】がなければ
    私ははなちゃんと出会えていなかった。
    彼もまた、はなちゃんを大事にしてくれた一人なのだ。

    はなちゃんを手離す前に、
    お髭を2本、カットした。立派なやつ。

    そして、私が13年余り吸い散らかしてきた
    フワフワの胸毛も、ひとつまみカットした。

    本当に、最後だ。
    私のバスタオルで体を包み、
    穴の中にはなちゃんを横たえた。
    お花と、大好きだったおやつも一緒に。

    弟は、「はなちゃん、頑張ったねー。」
    と、はなちゃんを労いながら
    手際よく土を被せていった。
    仕事が早い。

    最後の土を被せ終えてから
    私はその上にレンガを3本置いた。

    ただの目印だ。

    どうしたって明日はやって来る。
    私も日常に戻る時が来ただけの話だ。


    あれから1ヶ月が過ぎた。

    家では、今まではなちゃんがいた
    私のベッドの一角にことらがいる。

    スリッパを温めてくれることは無いが、
    私が一日を終えるその場所を
    温めてくれている。

    今まで、はなちゃんに100、
    私に100注いできたかまちょムーブが、
    私に200で来るようになった。

    でもそれは、猫飼いとしては、至福以外の何ものでもない気がする。

    たまに、鳴きながら部屋をウロウロすることもある。
    玄関に座り、ドアを黙って見つめる事もある。

    今まであまり見せなかった動きだから、私も少し戸惑う。
    何よりも今は、ことらのメンタルケアが先だ。
    何をどうすればいいかなんて分からないけど、
    側にいて、声をかけて、遊んで、撫でてあげることはできる。

    ことらがいてくれて良かった。

    私もまた、ことらにケアされている。


    おわり。

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    沖縄の猫飼い。 方向音痴を武器に旅を物語へ変える女。 心に時々ステイサム飼ってます。 胆石痛みLv10の実録はこちら。 👇 https://note.com/sum_87510_oki/n/nab8996c3469e

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