
紆余曲折がない人生
進路に悩む高校生に、「どうやって進路を決めたんですか?」と聞かれたとき、あまりにも自分の人生は紆余曲折がなさすぎて、伝えるかどうか悩む。
中学生のころには教師を目指していたし、教師を目指すなら地元の国立大の教育学部に行ったほうが良いだろう、と、いわゆる自称進学校の高校に進学し、夢はさして大きく変わることもなくそのまま地元の国立大に入り、そのまま採用試験をパスして働いている。
あまりにも嫌味だ。客観的に見ると、なんて面白みのない、安定した人生なんだろう。
こんなルートは彼らには言えない。
で、あの頃は勉強に悩んでいたなぁ、数学と理科が伸びなくてさぁ、なんてつらつらと語って、ふーん先生も勉強で悩んでたんだね、うんうん、なんていう話をして終わる。
なんて面白みのない客観的経歴なんだろう。
でも個人的にはいろいろとあったはずで、たとえば中学では友達ができずに、教室の隅っこで本を読んで、そのくせませていたから担任の若い男の先生に恋をして、だから教師を目指したこと。
実母が精神疾患で、家がけっこう大変で、なんとか家に帰らないで済むように地元のイオンで時間をつぶしていた高校時代のこと。
大学入試の勉強の加減がわからずに、勉強のしすぎでごはんが食べられなくなってしまったこと。
大学に入ったはいいけれど、自分を客観視できずに痛すぎる日々を送り、友達なんかできなかったこと。そんな自己存在に耐えられず、朝起きるたびに鉛のような身体の重さを経験して、コーナンでロープを買ったことがあること。病院に行って泣き崩れていたこと。
大人になって発達検査を受けたこと、凸凹があったこと。
なんか、そういうあれこれがあった。
そういうディテールをわざわざ若い彼らに伝えることはないんだけれど、伝えなければあまりにも紆余曲折のない人生で、そういう、圧倒的に「ふつう」に見える自分に、まだ捨てきれない自意識が「おもしろくねぇなぁ、おまえ」と吐き捨てている。