
ユーモア
おもしろい人だねとよく言われる。ウィットに富む人。冗談のわかる人。
自分でもその通りだと思う。ユーモアセンスを磨いてきた。研ぎ澄まし続けた。そうすることでしか、自分を守れなかった。
思うに、ユーモアとは自己防衛のための道具である。おもろい奴を誰も攻撃しない。自分の弱点をユーモアというオブラートに包んで他者に表出させ続けることで、こいつはそういう奴なんだとそれとなく理解され、その点について責められることがなくなる。逆に、自分の痛みをユーモアで包装することによって、それを他者から隠すこともできる。
高校三年生の夏休み明け。私は学校に行かなかった。行けなかった。うつ期の底にいたから。
それでも私には焦燥感があった。学校に行かなければ卒業できない。卒業できなければ進学できない。進学できなければ一体何ができるだろうか。
だから私は学校に行くことにした。枷鎖のような身体を引き摺って。
私が教室の席に着くと、何人かのクラスメイトたちが集まってきた。私はクラスメイトと仲が良かった。始業式から数日、ずっと欠席続きの奴がついに登校したのだ。当然私に関心が集まるのだった。
クラスメイトたちが口々に言う。よー、超久しぶりじゃーん、夏風邪こじらせたの、やっぱずる休みか。
おい、なんで学校来てなかったんだよ。
うつで毎秒死にたいからです、と返答する代わりに、私はこう言った。
「おれだけ夏休みが終わらなくてさー」
クラスメイト一同の笑う声が耳に届いた。そっかー、終わらなかったなら仕方ないな、無事に今日来てくれてよかったよ。
私は、他者から自分を守ったのだった。
大学一年生の夏、私は二度目の底にいた。骨を砕いて入学した大学に行かなくなってから二か月が経とうとしていた。メンタルクリニックに行く力がなかったので、私は布団の上で死を待っていた。
夕方に目を覚ますと、必ずラジオをかけた。人声によって思考をジャミングするためだった。朝方になって眠りにつくまで絶えずかけていた。
パーソナリティたちが繰り広げる軽妙なやり取りに、思わず笑みがこぼれることがあった。自分が笑っていることに気づいた瞬間、自らの気分と顔面の不協和が気持ち悪くなって、その笑みは消えてしまう。だがそれでも、自分の笑顔に気づくまでの数瞬、私は絶望から目を逸らすことができていた。
他者の存在しない空間で、私はまたユーモアによって、自分を自分から守っていた。
私はこうして、自己防衛のためにユーモアを使い続けた。少しずつ磨り減っていった。痛みやグロテスクさを消臭するためのユーモアが苦手になった。
大学二年生になった今年の春、私はある人物について調べていた。オードリー・タンという人物だ。タン氏は台湾の元デジタル担当大臣で、デジタル民主主義やオープンガバメントを推進してきた。
タン氏の有名な考え方に、“humor over rumor”(噂よりもユーモアを) がある。これは、噂やデマに対して怒りや否定だけで応じるのではなく、素早く、わかりやすく、ユーモアを含んだ形で返すという姿勢である。
コロナ禍の台湾においてトイレットペーパーの買い占めデマが広がったとき、台湾政府は「私たちのお尻はひとつしかない(だからそんなに買わなくていい)」というキャッチーな文句と、お尻を振る首相のアニメーションを発信した。その結果、混乱は数日で収束したそうだ。
率直に驚く。ユーモアとは、自己防衛だけのための道具ではないのだろうか。自分以外の誰かを守るためにも、使えるのだろうか。
もしそうなのであれば。いつか、私にとって大切な存在が増えたとき、私もユーモアで誰かを守りたい。そう思った。そのための力量も経験も、まだ足りないけれど。
私がユーモアによって誰かを守る。その地点まで、あと何マイルだろうか。