
海外遠征記|アメリカ🇺🇸 セントルイスでインド人と2泊3日編
私はラケットを抱えながら小さくなって簡易ベットの中で眠っていた。ラケットはボールを打つ為の道具だ。
でもその夜だけは、もしかしたら身を守る為の用心棒になるかもしれない、なんて本気で考えていた。
人生初の15k出場のため、私はアメリカのセントルイスへ訪れていた。
到着して2日目の夜、宿泊先のAirbnbの共用ダイニングでご飯を食べていると、ご飯の準備をしに来たらしい男の人が来たので一応「Hello」と挨拶をしたら、「日本人ですか?」と聞かれた。同じ日本人という事が発覚し、異国の地での出会いということでそのまま一緒に食卓を囲むこととなった。すでに出来上がっていた、インスタントの味噌汁に追い乾燥わかめマシマシで仕上げられたものを見られるのは恥ずかしかった。
自己紹介を済まし、なんでセントルイスに来ているのかという話をしていると、その男の人(仮に山田くんと呼ぶ)は医学部生でアメリカの病院で研修の為に来ているとのこと。私と天と地の差のあるアカデミックなジャパニーズパーソンであった。
違う分野の話を聞くのは面白く、話はかなり弾んでいたのだがそろそろお開きの時間になった。そのタイミングで、山田くんが少し深刻そうに
「セントルイス、綺麗な街ですけどほんと治安悪いんで気をつけてくださいね。」と言う。私は治安が悪いと知らなかったので、「えぇ?!そうなの?!昨日夜普通に駅から歩いちゃったよ」と言うと、「2日に1回は銃創患者が運ばれてきますよ。」「重曹?」「銃創。」
ピンとこない私に、山田くんは「銃で撃たれて怪我した人のことを銃創と言うんです。」と教えてくれた。私の知識レベルが1上がった。
山田くんがわざわざ嘘を言うはずもないので、日本では即テレビでニュースになるレベル事件が日常茶飯事勃発していることになる。私、かなり危ないとこ来ちゃった…??と不安になった。
「銃創患者、明日も見れたらいいな〜」と言いながら自室へ消えていった山田くん。私で言うところの、明日いい練習できますように、くらいの感覚なのかもしれない。
彼が良い知識と現場での経験を積めますように、そう思いながら私は部屋に戻りセントルイスの治安について調べてみた。
【アメリカで治安が悪い都市として毎年名前があがる】
どうやら私は思っていたよりもずっと物騒なところに来てしまったらしい。よく調べてみると、大会のある施設は高級住宅街の中に位置していて治安の良い場所みたいだが、少しズレるとガラッと治安が悪くなるらしい。私が泊まっていた宿は安全地帯にあったのだが、最終日までの2日間だけ違う宿に泊まる予定の場所が見事に治安が悪い地域ど真ん中に位置していた。流石に怖くなったので、泣く泣く宿をキャンセル(返金不可)し、治安のいいエリアにあるエアビ(最安値)を選んで予約を完了した。
その後実際に治安の悪さを目の当たりにした出来事としては、大会会場で選手に提供されるランチを食べていた時のこと。
急に大音量で警告音が鳴り渡った。ヒェッと驚いていた私だったが、周りでご飯を食べていた人たちは「またか…」と慣れた様子。これは【アンバーアラート】という子供が誘拐された時に発令されるものらしく、テレビには車のナンバーなど誘拐犯の特徴が表示されていた。滞在期間中、なんと2度もこのアラートが鳴り響いた。
悲しい事件が解決に向かうことを祈りつつ、宿移動日の朝。
たまたま朝山田くんとリビングで出会したので、さよならをした後、次のエアビまで移動した。歩くこと5分。Google mapに示された住所まで到着するとそこは割と大きな白いマンションが建っていた。ホストが迎えに出てきてくれるということで、シャンデリアと高級そうな見た目のソファが置かれて、絶妙なラグジュアリー感を出そうとしているエントランスで待つこと数分。現れたのは愛想がいいとはいえない、インド人の男性だった。
無愛想な男の人は部屋まで案内してくれた。ドアを開けると、インド人の女の人が出迎えてくれた。奥さんだろうか?にこやかな女性は私を中へ招き入れると、生活感満載のソファベッドとテレビが置かれた小さめのリビング、バスルームにそしてキッチンを紹介してくれた。男の人は、ここが君の寝るところだよとリビングのソファベットを指差し、私に家の鍵を手渡して、そのままリビング横にある別の部屋に入って行った。ここで私は理解する。この人たちと2日間密に過ごすことになることを。
安いには安いなりの理由がある。一人暮らしするには広いが、3人暮らしをするには狭い空間。ソーシャルディスタンス違反である。
とりあえず居た堪れなくなって練習しにコートへ行くことにした。あの家でシャワーは浴びたくないと(失礼)全てを試合会場で済ませてから夕食時に家へ戻ると、部屋はカレーの香りが
充満していた。
旦那さんが、「ご飯食べていいよ、明日の朝もね」と言ってくれたので甘えることにした。インド人夫婦との生活も悪くない。奥さんが出してくれたのは茄子のカレーとパティ。本格的なスパイスの香りと、ごろっと入ったとろとろのお茄子がとても美味しそうだ。
「いただきます〜!」
パティにたっぷりカレーを乗せてパクり。本格派を全身で感じた一口目の感動の後に、暴力的な辛さが襲いかかる。間違いなく、日本でお店を出すなら本格派スパイスカレーで有名になるだろう。もちろん売りは激辛だ。美味しいのに辛くて痛くて汗が止まらなくなる、お腹は空いているのに水しか受け付けない。辛いの限界に挑戦している気分である。辛いと痛い以外は美味しいのには間違い無いので、「デリシャス〜(滝汗)」と伝えると、奥さんは満足そうにしていた。
修行のような夕食をとっていると、奥さんは「じゃあ私は帰るわね」と立ち上がった。脳内にはてなを浮かべていると、なんとその方は奥さんではなくお手伝いさんだったらしい。
つまり、別部屋に篭っているとはいえ、旦那さんだと思っていた男の人とこの一枚板を隔てただけの空間で2人きりになるということである。見た目は至って普通の会社員のような人だ。でも、私がいるのは事前情報治安最悪と言われている街。ご夫婦との共同生活と思っていたのに一転。まさかの無愛想なインド人(男)との2泊3日の同棲生活。
そして冒頭に戻る、というわけだ。
ラケットを持って眠って迎えた旅立つ前日の朝。この日はセントルイスで過ごす最後の日なので名物の超ギルティな朝食を食べに行こうと決めていた。準備をしていると、無愛想なインド人の男はのそのそと部屋から出て来て「朝ごはん食べていいよ」と言った。
私は朝ごはんを食べに外へ行くと伝えると「OK」と言った。少しだけ残念そうに見えた。あぁ、私が勝手に警戒しているだけで、親切な人なのかもしれない。
少し申し訳なくなりながらも家を出た。
その日は非常に充実した1日だった。午前中は名物のパンケーキを食べお腹を満たした後、セントルイスの動物園を観光。夕方は試合を観戦し、会場でシャワーを浴び、帰宅。その頃にはお手伝いさんは帰っていて、無愛想なインド人の男は自室でテレビを見ているようだ。少しホッとして明日は朝のフライト予定なので出発は早朝。荷造りをしなければとリュックを開ける。
そこで気付く。ポーチを会場のシャワールームに忘れた事に。
高校生の頃から使ってる水色のかわいいポーチ。その中には化粧水、乳液に、…いや、そんなものはどうにでもなる。やばい、ワンデイコンタクトに常備薬も入っている。私はこのトーナメントから直接マレーシアの大会へ向かうスケジュールだ。コンタクト無しではボールを追うことすらままならないだろう。詰みだ。諦める前に試合終了です。
時刻は丁度20時。クラブが閉館する時間である。朝取りに行くのも不可能。絶望的状況である。
クラブにせめて電話でもできれば…と、電話の手段を持ち合わせていない私。しかしここでハッと気がつく。この場には私だけじゃない。頼れる人がいるではないか!!
トントンと、部屋をノックする。
「イェス?」
「きゃん ゆ〜 ヘルプ みぃ?」
昨日まで身の危険を案じていた人間が取る行動では無いが、私は無愛想なインド人の男に助けを求める事にした。男は最初怪訝な表情をしていたが、詳細をGoogle翻訳の力を借りて伝える事に成功すると、理解してくれたのかインド人はクラブに電話をかけてくれた。
本当に不幸中の幸いで、管理人が残っていてポーチを発見、取りに行くまで待っていてくれるらしい。わたしはお礼を告げて、家を出ようとすると男が「車で送ってあげる」と鍵を取り出した。なんて優しい人なのだろうか。疑ってごめんなさい。
こうして無愛想なインド人の運転で会場に着くと管理人さんが待っていてくれた。もう忘れないようにね、とポーチを手渡してくれた。おかえり、私の大切なポーチ。今こうして手元戻ってきたのは、幸運と優しさが重なった奇跡に違いない。
私は助手席でたくさんお礼を伝えた。「よかったね」と言ってくれた。相変わらず多くを話す人ではなかった。静かな車内だった。不思議ともう居心地は悪く無かった。昨日の私なら、こんなふうには思えなかっただろう。
あの夜、ラケットを抱えて眠っていた自分には想像できない優しい気持ちで2泊3日のインド人との共同生活は幕を閉じ、私は無事セントルイスを後にした。
治安最悪と聞き、実際にそれを感じさせる出来事もあった。それでも最後に持ち帰ったのは人の心が持つ温かさと優しさだった。
後日。
感謝の気持ちを込めてAirbnbのレビューを送信すると、「thank you」とだけコメントがあった。メッセージでも相変わらず無愛想だけど私はあの人の優しさを知っている。こちらこそ、本当にありがとう。

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