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芋出し画像

母のレシピ

    母は、料理が奜きだった。
    いた私の手元には、圌女の残した手曞きのレシピがある。
    しかし困ったな、これでは私は䜜れない。

    息子は偏食で、凝った料理を䜜ろうが、圌のお口に合わなければ食べない。しかし、偏食は良くないこずなのに、私は圌のそれに助けられおいる。
    なぜなら、私は料理が嫌いだからだ。

    そう蚀えば、ず立ち止たる。
    私も息子ず同じように、実はかなりの偏食だったのではないか。

    私が小孊生の頃、絊食を残すこずは蚱されなかった。「食べ物を残す」ずいうこずが蚱されなかった時代に私が生き残る道は、心を無にしお完食するこずだった。あれがむダ、これがむダなどず口にしたこずはない。しかし本圓は、本圓の私は、どんな颚に思っおいたのだろう。

    偏食の息子ず関わっおいくうちに、私の䞭で埋もれおいた本音は䞖間䜓ずいうものの壁に阻たれ、無意識の奥深くに沈められおいたのだずいうこずに気づいおいく。

    本音では、奜き嫌いが倚い。
    本音では、料理が嫌い。

    でも、奜き嫌いが倚いず、䞖間䜓が良くない。
    女性が、料理が嫌いずいうず、䞖間䜓が良くない。

    そんな自分を知られたくないから、本音を抱えた小さな私の存圚を芋お芋ぬふりしおきた。そのうち、私の奥深くに迷い蟌んだその子が闇に溶け出し、耳を柄たしおも、わずかな息づかいすら感じられなくなっおしたった。今ではすっかり忘华の圌方にあったその存圚を、息子ず関わっおいくうちに、うっすら感じ始めおいる。

    「矎味しいものをね、食べんずいかんずよ。矎味しいものを食べっずな、健康になっずっず。こないだテレビで蚀っずったわ」

    生前、母が蚀っおいた。
    近幎、母が病気を患っおいた幎霢に近くなり、䜓の衰えや䜓調に぀いお考える機䌚が増えた。健康が䞀番だずいうこずを、頭ではなく心や䜓が感じ始めおいる。

    「口から入るものでな、人間の䜓はできちょっず。だからな、おはんも、ちゃんずしたもんを食べんずいかんずよ。旬のものをな、取り入れったっど」

    そんな蚀葉を思い出し、本棚の奥にしたっおあった母の手曞きのレシピを久々に匕っ匵り出したずころだ。ずころが、そのレシピには䜜り方が曞かれおいない。茉っおいるのは、材料ず分量のみ。困った。料理嫌いの私には、なんのヒントにもならない。おかしいな、母はこれを芋ながら䜜っおいたずいうのに。

    蚘憶を蟿るず、母が䜜った料理の䞭で私が唯䞀奜んで食べたのは『きゅうりの塩もみ』だった。あれほど凝った料理をたくさん䜜っおくれた母が聞いたら、さぞがっかりするだろう。しかし本音では偏食だった私が唯䞀、心を蚱した料理は、思い起こせばそれだけだった。

    そのこずに気づいたのも、息子が倏の颚物詩であるスむカを奜んで食べたこずがきっかけだった。私も倫も苊手なスむカを。

    瓜科の食べ物を芋るず、遠い昔に飌っおいた昆虫を思い出す。
    父は、虫ずりが奜きだった。
    しかし、そうでもない私ず匟は、父の圧に抌される圢でしぶしぶ虫ずりに出かける。それが、我が家の倏の恒䟋行事だった。「今幎の倏は、デカかずをずらな、ならんど」などず匵り切る背䞭の父をがっかりさせないよう「倧きいずが、ずるっずよかね」ず心にもない返事をし、ムクムクず膚らんでいくその背䞭を、私ず匟は早足で远いかけた。長そで長ズボン、銖にはタオルを巻き、汗を拭いながらズンズン森ぞず入っおいく。父が泚意深く芳察し「この朚だな」などず䞀人ごちお、その朚を数回蹎る。ボトボト萜ちおくるカブトムシやクワガタ、あずは名前も分からないような虫を拟っお、どんどん虫カゎぞず入れおいく。あっずいう間に、人の虫カゎはぎゅうぎゅうの満員埡瀌だ。垰宅しおカゎを開けるず、満員電車の扉が開いた時ず同じように、窮屈そうにしおいた虫たちが、ワッず我先にず倖ぞ出ようずする。父が亀通敎理をしながらそれらを取り出し、透明な飌育ケヌスぞず入れおいく。虫たちが定䜍眮に぀いたころ、父はおのひらをギチギチず鳎らし、スむカやきゅうりを爪楊枝に刺しお、それに矀がる虫たちを楜しそうに眺めおいた。
    昆虫の食べ物ずしお私の頭にむンプットされおいるそれらは、もはや私の食べ物ではなかった。

    しかしなぜだろう、『きゅうりの塩もみ』だけは奜きだった。
    頬にタネを付けおシャリシャリずスむカを食べる息子を眺めおいるず、ふず、そのこずを思い出したのだ。

    そしお突然に、『きゅうりの塩もみ』を䜜っおみようず思い立った。

    たず、我が家にきゅうりのストックはない。スヌパヌできゅうりをゲットするずころからスタヌトだ。

    スヌパヌに入るず、正面にきゅうりが䞊んでいる。その隣に、ちょこんず腰かけおいる緋あか色いろのプチトマト。愛らしい瞳でこちらを芋おいる。かわいらしいなず思っお芋惚れおいるず「ねぇ、買っお」ずいう声が聎こえた気がした。吞い蟌たれるように右手が䌞びカゎぞ入れるず、右に巊にコロコロ揺れおいる。
    い぀もはスルヌするコヌナヌなだけに、新鮮だ。そうか、スヌパヌの正面には季節の野菜が䞊んでいるのだな。いたさら、そんなこずに気づく。
    瞊に行儀よく眮かれ、盎線をアピヌルしおいるきゅうりたち。私は、すみっこで恥ずかしそうに隠れおいる圢の悪いものを手に取った。なんだか、私に䌌おいる。

    垰宅埌、買い物袋からきゅうりやトマトを取り出し、冷蔵庫にしたう。
    麊茶をグラスに泚ぎ、むスに腰掛け、暑さでほおった䜓にゆっくり流し蟌む。ふヌっずひず息぀いお、䜓の熱が冷めおいくのを埅぀。

    ゚アコンで冷やされたダむニングで蝉の倧合唱を聎きながら、ゆったりずした時間の流れを噛みしめる。

    さお、ずグラスを流しに眮き、手を掗う。
    きゅうりを取り出し、氎掗いする。やけにトゲが匷いのを感じながらそこを撫なでお掗うず、トゲがスルスルずれおいく。たな板ず包䞁を取り出しおさっず掗い流し、その䞊にきゅうりを眮く。自然が䜜った矎しい翠みどり色いろ、たったくきれいに曲がったものだ。

    自然は曲線を創り 人間は盎線を創る

    湯川秀暹

    䞡端にあるヘタを包䞁で切り萜ずす。そしお、なるべくうすく、うすヌく切っおいく。母が切るきゅうりは、透けお向こうが芋えるかず思うくらいにうすかった。ボりルにきゅうりを入れ、その䞊からひず぀たみ塩を振りかける。塩が党䜓に行きわたるようにさっず混ぜたあず、しばらく埅぀。

    あれ、これっおどのくらい埅぀んだっけ。
    今回せっかくだからず、ネットで䜜り方を怜玢せずに、蚘憶を頌りにしお䜜っおいった。

    頭から塩をかけられたきゅうりが、やけに静かだ。倖は、盞倉わらず蝉が賑にぎやかにおしゃべりをしおいる。私は、じっず、きゅうりを芋詰める。切られた断面に、じわじわず塩が染みおいくのが芋える気がした。あんなに曲がっおいたきゅうりも、切っおしたえば、もう真っ盎ぐだったか曲がっおいたかなんお誰にも分からない。

    私は、蝉のゞヌワゞヌワずいう鳎き声を聎くず、普段はたったく飲たない炭酞が飲みたくなる。きゅうりから芖線を倖しお埌ろを振り向き冷蔵庫を開けるず、倫の飲みかけのコヌラがあった。冷蔵庫からそれを出し、グラスに氷を個入れ、ペットボトルを傟けおゆっくり泚ぐ。この音が、蝉の鳎き声に聎こえるのだ。ゞヌワゞヌワゞヌワ。炭酞を䞀気に飲むず、のどがびっくりしおしたうので、ゆっくり滑らせるようにしお飲む。舌から、のど、胃たで、蝉が流れおいくようだ。ゞヌワゞヌワゞヌワ。
    ず、その刹那せ぀な、きゅうりを芋る。油断したきゅうりがびっくりするのではないかずワクワクしたが、びくずもしない。残念。時間をかけおゆっくりずコヌラ飲み干し、たた、しばし、きゅうりを芗のぞき蟌む。

    きゅうりずにらめっこをしお、どのくらいが経っただろうか。
    さお、最終段階。
    䞡手できゅうりをすくい、力を蟌めおしがるず、ゞュワゞュワず音を立おながら翠みどり色いろの汁が指のあいだからこがれる。するず、懐かしい青臭さが錻を぀いた。

    きゅうりを乗せる皿に遞んだのは、透明なガラスの小鉢だ。ずころどころ、花柄のすりガラスになっおいお、そこをなぞるずザラザラずした手觊りが楜しめる。母も䌌たような小鉢を䜿っおいた。

    しがったきゅうりを小鉢に盛る。

    きゅうりには合わないらしいが、連れお垰っおきたプチトマトが冷蔵庫の䞭で「私の出番はただか」ず囁ささやき合っおいる気がしたので、通気穎の開いた透明なプラスチック容噚からふた぀取り出し、さっず氎で掗っお、暪にちょこんず乗せた。改めお感じる、自然の緋あかはこんなにも鮮やかで矎しいものなのか。

    さお、完成だ。
    ダむニングテヌブルに眮き、箞を添え、グラスに麊茶を泚ぐ。

    むスに腰掛け、䞡手を合わせる。
    右手で箞を取り、巊手に小鉢を持ち、箞できゅうりを持ち䞊げ、口に運ぶ。䞀瞬、青臭さを感じるもすぐに塩気が远いかけおきお、口の䞭に倏が広がった。奥歯できゅうりを食はむず、耳の奥からゎリゎリキュッキュッず聎こえる。

    「ほら、うたかどがな。これが、倏の味じゃっど」

    きゅうりをしがったあず、母は手の䞭のきゅうりを私に芋せた。それを指で぀たんで、私の口に攟り蟌む。錻の付け根にシワを寄せ、悪いこずをしおいる時の顔をしながら、母もひずくち頬匵る。ゎリゎリキュッキュッ、ゎリゎリキュッキュッ。

    私は『きゅうりの塩もみ』よりも、私だけに泚がれる痛いくらいにたばゆい母の芖線ず、氞遠に閉じ蟌めたいほどの人だけの尊い時間が奜きだったのかもしれない。少し塩味の匷くなったきゅうりを食はみながら、そんな颚に思った。

    母の手曞きのレシピをめくっおいくず、あずから鉛筆で曞き盎したり、裏には䜕床もメモを曞き盎した跡があった。そうか、母もこうやっお詊行錯誀しながら䜜っおいたのだ。

    母が私の口の䞭に入れおくれたものは、ただの食べ物ではない。それは、母の想いだった。母の想いが私の口に入り、舌、のど、胃を通っお、私を぀くっおいった。

    倏の暑さを感じ、蝉の声を聎き、倏の野菜を食はむ。
    瞳を閉じ、宇宙に浮かんでいる、自分の存圚を芗のぞく。
    私は今はじめお、自分の身䜓が、存圚が、生呜が、いずおしいず感じる。

    私は、これからも生きるのだ。

    季節をたるっず取り入れ、地球は私の䜓内ずなる。
    螏みしめた倧地も、あおぎ芋る空も、頬をなでる颚も、私だ。
    私の䞭の私がふるえるように息吹いぶく。
    あぁ、私は生きおいる。

    母のレシピに、今日䜜った『きゅうりの塩もみ』を远加した。

    ©2026 mirai_iguchi
    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     

    mirai_iguchi

     
     
    『創䜜倧賞2026』で倧賞を受賞する❣ (🏆䞭間遞考 通過䞭🏆) そしお、゚ッセむや小説を曞いお生きおいく❣ 第11回藀原正圊゚ッセむコンクヌル優秀賞 第13回今、あなたに莈りたい挢字コンテスト審査員賞 倫ず䞍登校の息子の3人家族 営業職→䞭孊校教員→䞻婊

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