
短編:【さぶいぼ】
「あ〜、さぶいぼできた〜!」
トイレから帰ってきたアキラが言った。
「さぶいぼ?」
「ほら!」
アキラが半袖から出ている右腕を目の前に見せてくる。
「あ、鳥肌ね?」
「さぶいぼだろ!」
「さぶいぼは関西の方言だよ。寒い時にできるイボからの、さぶいぼ」
呼び名というのは色々ある。
「え、で、なんでさぶいぼ?」
「あ、そうそう、トイレに入ったらさ、誰もいないから、つい口笛吹いたワケ」
その居酒屋は、裏の非常口から出て少し廊下を歩き、ビルの共有トイレを使う。
「夜中に口笛って…」
共有トイレは、BGMも流れていない殺風景な場所。
「そしたらさ、うわ、思い出して、またさぶいぼ!」
「なになに?」
アキラはやたらと腕を擦っている。
「誰もいないはずのトイレで、俺の口笛と違うメロディの口笛が聞こえたワケ!」
ジョッキのビールに口をつける。
「で?」
「で、口笛やめて、急いでトイレを済ませたのね」
真剣に話を聞く。
「手を洗おうと洗面台に立った時に、ブワッとさぼいぼが立ったのね」
「ほぉ!」
「で、目の前の鏡見たら…!」
全員が腕にザワザワした感覚。
「鏡の中にいたのよ、お化け!」
シラケる一同。
「んだよ!いい感じで怖かったのに!」
「そこはお化けじゃないよ。悪霊とか、怨霊とか、あるだろうよ、言い方!」
「それにやっぱ、さぶいぼって緊張感ないよ。鳥肌の方が恐怖感が伝わる…」
「言い方じゃなくてさ…え、あ、またさぶいぼ…」
アキラは壁を見る。
「うわぁ!」
立ち上がり指を指す。
「うわあ!」
一同壁を見て驚く。
「ね、ゾワゾワしたでしょ?」
「鳥肌…」
「おどかすなよ!」
ひと通りの賑わいのあと。
「え、結局アキラは見たの?トイレで、霊を」
ひとりの言葉で、一同の腕にザワザワした感覚。
「…さぶいぼ」
ビールに手を伸ばす一同。
「見た。何も音を立てず、すぐ後ろに立ってたんだよ!鈍く光るナイフを持った髪の長い白い服の女…」
その場にいた全員が「またまた〜」っとツッコミを入れる。
しばらくは誰もトイレにいかなかった。
我慢が出来なくなって、連れションに行った仲間ふたりは、そのあと戻って来ることはなかった。
「つづく」 作:スエナガ