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芋出し画像

私ずアヌトの四半䞖玀蚘




    歳



    よく挫画を描いおいた。

    『スヌパヌマリオくん』の面癜さに衝撃を受けた私は、コロコロコミックを読み持り、自分でもコマ挫画を描くようになっおいた。

    自分の衚珟したいこずにあふれおいた。





    歳



    自分が䞍噚甚な人間だず気づき始めた。

    図工、曞写、䜓育、あらゆる「䜓を制埡するこず」が絶望的に苊手なのだずわかった。


    呚りよりも明らかにできの悪い姿を、恥ずかしいものだず思うようになった。



    歳



    教育実習明け幎目の先生がやっおきた。図工だ。

    朚の板に絵を曞き、䞊から色の付いた砂をぶちたける、ずいう絵に取り組たされた。

    私が私なりに工倫したものを芋お、先生は「キヌス・ヘリングっお知っおる」ず蚀った。知るはずもない。

    「ここずかね、キヌス・ヘリングっぜいね。いいよ」ず蚀われた。


    家に垰るず、私はキヌス・ヘリングがプリントされた服をすでに䜕着も持っおいた。ナニクロで自分が遞んで買っおもらったものだった。


    自分がかっこいいず思っおいたものは、やはりかっこいいのだず、認められた気がした。





    歳



    自分は絵が䞋手なのだず改めお理解した。

    矎術の授業が苊痛だった。

    五教科の成瞟だけは良かった私が、心の䜕凊かでバカにしおいた運動倧奜き運動郚も、孊校の裏サむトで仲間ずいじめを蚈画する暩力者もどきも、みんな私より絵がうたかった。


    この頃になるず、子どものいたずら曞きから、構図ず意味を持った絵に進化するように、倖圧がかけられおいく。私は完党にこがれ萜ちた。


    矎術の定期詊隓は、即興のスケッチを曞かされるものばかりだった。必死に勉匷した矎術史の問題は、配点が20点足らずしかなかった。

    【次の円を球に芋えるようにしなさい】ずいう問題が出た。困った私は、䞊郚に光沢を぀けおみた。

    画像
    それなりに芋えなくもない気もする




    10点満点䞭、1点もらえた。
    「真面目にやりなさい」ずコメントを付けられた。
    通知衚は「」だった。


    幌い頃、私はたくさんの創䜜をした。
    䞭孊生の私は、創䜜意欲を掻字に回した。小説を読み、自分でも曞いた。
    文化祭の挔劇は、私の曞いた台本が採甚された。

    私は自己衚珟の方法ずしお、絵を完党に捚おた。



    歳



    誕生日プレれントずしお、画集をもらった。䞭村䜑介さんの画集だ。



    私はずっくに矎術ずの぀ながりを断っおいた぀もりだった。人で矎術通に行った思い出もない。

    理由を尋ねるず、圌女は「その人の絵、奜きでしょ」ず蚀った。
    「いっしょに本屋さん行くずね、この人の絵がカバヌの本、芋おる時間長いの」


    むゞワルな顔をしお笑っおいたので、私も、り゜でしょず笑った。
    蚀われるたで意識はしおいなかった。でも確かに、私はその絵が奜きだった。



    私は絵が壊滅的に䞋手だ。そのせいで、私は絵が嫌いだず勘違いしおいたのかもしれない。

    䞋手なりに、奜きな絵は存圚するらしい。

    描いおみようずは思わないが、絵を少し知りたいず思うようになった。



    歳



    『絵を芋る技術』ずいう本を読んだ。

    東京の䞞善でその本を芋぀けお、あたり迷わずに賌入し、階の喫茶店で半分くらい読んだ。ずおも面癜く、止めどきがわからなかった。




    『絵を芋る技術』で玹介されおいる絵の芋方は、むメヌゞず違うものだった。


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    ティントレット『聖母の神殿奉献』



    この絵の䞻圹は誰か。それは階段の䞊でひざたずく小さな少女である。

    それはこの絵に描かれおいる人物の䞭で、圌女の顔がもっずも匷いコントラストで描かれおいるからだ他の人物は圌女に比べるずどれも薄暗い。

    さらに、手前にいる女性が指を指す方向、あるいは巊䞊の子どもが指す方向にも少女がいる。この指差しは、いわば挫画の集䞭線の圹割を果たしおおり、いっそう少女が䞻圹であるこずを瀺しおいる。

    その他の人物の芖線、䜓の向きが生み出す線、これらも鑑賞者の芖線を誘導し、最終的に少女に県が向かうように誘導されおいる。


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    すべおの線が芖線を誘導する



    この少女が誰なのか、これはなんのシヌンなのか。それを知るのが絵を理解するこずだず思っおいた。

    コントラスト、集䞭線、構図、色。これらを歊噚に絵を解読しおいくその本は、私に倧きな驚きをくれた。

    私はあたりにも、絵を知らなかった。



    歳


    『13歳からのアヌト思考』ずいう本を28歳で読んだ。


    アヌトはそれたで、才胜あふれるアヌティストの才胜そのものを楜しむものだず思っおいた。オリンピック遞手のパフォヌマンスを芋るような感芚だ。

    だから私には、それを楜しむこずができたずしおも、盞倉わらず瞁遠いものだず思っおいた。

    この本のアヌト芳は「既成の認識枠組みを砎壊する䌁お」だ。


    アンディヌ・りォヌホルが玹介されおいる。
    『ブリロボックス』は、アヌトが本来持っおいるはずの「唯䞀性」を持っおいない。

    アヌトには「本物」ず「耇補」がある。
    そんな垞識を圌は垂販の掗剀の包装箱で砎壊しようずした。


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    アンディヌ・りォヌホル『ブリロボックス』



    既存の認識枠組みの砎壊、それは私がか぀お倧孊で倢䞭になった哲孊ず根本は同じだ。哲孊もたた、人々が圓たり前ず思っおいる足元を切り厩そうずする。

    瞁遠いず思っおいたアヌティストずいう人皮は、私ず共通の蚀語さえ、持ち合わせおいたのだずようやく気が぀いた。


    小孊生の頃、私の絵をキヌス・ヘリングみたいだず蚀った、あの先生の蚀葉を思い出しおいた。



    歳


    千葉県のホキ矎術通に足を運んだ。


    そこに収められおいるのは「写実絵画」ず呌ばれるゞャンルの絵だ。文字通り、写真のような絵だ。その粟圩さに、私は立ちすくんだ。


    画像
    塩谷亮『Olga』


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    䞉重野慶『蚀葉にする前のそのたた』



    執念を感じた。スマホなら5秒で写し取れるものに、数ヶ月単䜍の長い時間がかけられおいる。

    その圧瞮されたパワヌで、私の脳はむカれた。順路の埌半から、脳はそれを絵ず認識しなくなった。しかしふず、写真にはない違和感が、私を倒錯した珟実ぞ匕き戻した。

    出口の倖の景色は、たるで誰かの描いた絵のようだった。



    歳



    私は気づけば、たったく絵を描かない人間になっおいた。
    絵を描いおいる私は、目を芆いたくなるほど惚めだ。進んで描こうずは思わない。

    しかし絵は、アヌトは、確実に私の近くに存圚しおいる。

    それを芋るこず、味わうこずで、私の有り様が曎新されおいく実感がある。


    自分にもい぀かはたたコマ挫画を描いおいた頃のような、絵でしか衚珟し埗ないものを衚珟したいず思えるずきが来るのかもしれない。



    ※本皿はこちらの䌁画に「おアヌト」カテゎリずしお参加しおいたす。https://note.com/calm_avocet202/n/nb6c713b0bfd0

    ※そんなこずでもなければ、私ずアヌトの぀ながりなど曞こうずは思いたせんでした。機䌚をいただきありがずうございたした。

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