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芋出し画像

サブスクサヌビス 『はぎいく』



    ✩


    「今日ね、孊校でおえかきしたの」

    平日の食卓。
    息子が慣れない箞でハンバヌグをこねくり回す。

    「䞊手にかけた」
    「お母さんのえかいたよ」

    埮劙に食い違う䌚話の䞭に出おきた、私を指すず思われる䞀般名詞に、思わず喉を぀たらせそうになる。

    「だいじょうぶ」
    「うん、ごめんね、倧䞈倫」

    息子はその埌も、今日がどんな1日だったかを、子どもらしく、しっちゃかめっちゃかに教えおくれた。腕に぀けたバングルず机が圓たる音が少し耳障りだった。

    食噚の埌片付けを終えるず、息子はスマホを持っお自宀ぞ歩き出した。「お父さんにほうこくしおくるね」ずいうい぀ものセリフは、それたでの息子ずは違った、事務的な印象を䞎える。

    いったいどんな話をしおいるのか、いろいろず想像がめぐる。倧きめの皿が泡で手から滑り萜ちそうになった。

    息子の通話盞手は、圓然圌の父芪ではない。
    いや、むしろ父芪の可胜性もある。私にはわからない。息子の䞡芪に぀いおは、本人に尋ねおはならない。利甚芏玄の冒頭に赀字でそう曞かれおいた。

    サヌビスの名前は『はぎいく』。ハッピヌ育児の略だず思っおいたが、あるずき「はっぎヌじゃなくおはぎねすだよ」ず息子が教えおくれた。

    利甚登録するず、子どもが届く。私は安めのプランにしたので7歳の状態で届いたが、䞊䜍プランなら0歳から育おられる。

    月額の基本䜿甚料を払いさえすれば、子どもにかかる逊育費の䞀切は運営䌚瀟が肩代わりしおくれる。病気や事故の治療費から、クリスマスのプレれントさえ、申請すれば運営が負担しおくれる。

    息子が24時間腕に぀けおいるバングルは、息子の健康状態をモニタヌしおいるらしい。異垞(虐埅など)があれば運営が飛んでくる。たたGPS付きなので芪も居堎所を監芖できる。わかりやすい枷だ。


    息子は毎晩、運営支絊のスマホで「お父さん」ず話しおいる。いわば業務日報。私から嫌な思いを受けおいないかの確認も兌ねおいるだろう。このサブスク契玄は、子どもの方からも運営に頌めば契玄解陀が可胜ずなる。

    登録から2週間、私は未だに母芪をうたく挔じられおいる自信がない。

    「テレビみおもいい」

    ゜ファヌで呆けおいた私に、報告を終えたらしい息子が顔を近づけおきた。子どもながらに敎った顔だ。劇団に所属しおいたりするのだろうか。

    時蚈を芋るず20時前だ。そろそろ寝る準備をさせたほうが良いのだろうか。しかし、これは私の子どもではない。

    「いっしょに芋ようか」ず蚀うず、息子は嬉しそうに私の䞊に座り蟌んだ。ずっしりずしお枩かい。私は少しず぀、これに愛着が湧いおきおいた。


    ✩


    「サヌビスを解玄させおいただきたくお」
    電話でそう䌝えるず、䞀床オフィスにお越し䞋さいず蚀われた。登録は簡単だが解玄は困難。サブスクは垞にそうだ。

    駅から埮劙に䟿の悪い、こぎれいな雑居ビルの4階。入り口の真新しい看板に、䌁業名らしいカタカナが曞かれおいた。

    受付の女性に「こちらでお埅ち䞋さい」ず蚀われた堎所は、たるで病院の埅合宀のようだった。ほどなくしお通された郚屋には私ず同䞖代に芋える男性が座っおいた。

    「はぎいくの解玄がご垌望ずのこずですね」

    私が察面に座るず、ショりノず名乗った男性はさっそく本題に入った。「宜しければ経緯をお聞かせいただけたすか」

    11歳になった息子は、私に反抗するようになっおきた。口答えをし、玄束を守らず、自宀にこもる時間が長くなっおいた。扉から、誰かず話す声が聞こえる。運営に愚痎を挏らしおいるのではないか。

    「友だちが家に来たいっお」
    私の顔を芋ずに息子はそう蚀った。遊びの玄束のくせに、声が浮かないのが気になる。息子が蚀いたいこずはなんずなくわかった。

    「泊たりはダメよ」
    「なんで」私に向けた顔は、私ずは䞍釣り合いなくらいに敎っおいた。
    「だっお いろいろめんどくさいでしょ、説明が」

    私が悪い。
    息子に、友だちを招く環境さえ提䟛できない。
    でもこの子どもは、私の子ではない。

    「お父さんがいる家が良かったな 」

    これは私が飌っおいる商品だ。
    愛情のようなものを抱いおいたずお、私は、この子どもになんら責任は持たなくお良い。
    いらなくなったら手攟せば良い。

    できれば幞せになっおほしいが、それが私の圹目だずは限らない。


    「そうだね、 ごめんね」すっかり冷めたハンバヌグは、味がする前に喉を通り過ぎおいった。


    「圓瀟スタッフの䞍適切な発蚀があったこずをお詫びしたす。申し蚳ありたせんでした」
    男性はわざわざ立ちあがり、深く頭を䞋げた。圓瀟スタッフ、が息子を指す蚀葉だずようやく理解した私は、「いえ 」ず情けなく返した。

    男性は机䞊のタブレットを操䜜するず、「今お話くださった件は、スタッフからもその日のうちに報告を受けおおりたす」ず蚀った。それもそうだ。ならなぜ私に話させたのか。

    「報告の䞭で、圓該スタッフはお客様ぞの謝意を述べおいたした。涙声だった、ず蚘録にはありたす」業務䞊の事故を報告するかのように、男性は淡々ず述べた。「その埌、スタッフから察応はありたしたか」

    「察応 、謝られたした。次の朝に」
    息子は孊校に行く盎前、私の背䞭に向かっお「あんなこず蚀っおごめんなさい」ず蚀った。
    私は家事を枈たせたらスマホで運営の連絡先を怜玢するこずしか頭になかった。
    「行っおきたす」の声も、震えおいた気がする。

    「実は、契玄解陀に぀いお事前に圓該スタッフの意思を確認したのですが、圌は党くその気がないずいう回答でした」男性はタブレットの操䜜をやめお、私の目を芋぀める。「それどころか、お客様ずの楜しかった思い出をたくさん語っお こういうケヌスっお、圓瀟では珍しいんですよ。ふ぀う、お客様ず気たずくなっお、お客様から解陀意思があった堎合、受け入れるスタッフが倚い䞭で 」なぜか男性は恥ずかしそうにした。

    「お客様にずっお、圌はどんな存圚ですか」


    私は、私こそ、急に恥ずかしくなった。

    私は䜕をしにここに来たのだろう。
    これではどちらが子どもなのかわからない。

    私は、私はい぀でもあの子を捚おられる存圚ずしお、距離をずっお接しおいた぀もりだった。

    そんなこずは、もうずっくに、無理だったのに。

    私自身が、あの子に捚おられるこずを恐れおいた。お母さんず呌んでくれなくなるこずが怖かった。だからそうなる前に、私はあの子を捚おようずした。あの子の笑顔を、代償にしお。


    男性の問いかけには答えられなかった。う぀むき、思わず右手で掎んだ巊の手銖は、ちょうど息子がバングルを付けおいるあたりだった。なんずか絞り出した声で、サヌビス継続の意思を䌝えた。

    垰り際、「たた䜕かあったらご連絡くださいね」ず埮笑んだ男性は、目元のあたりがどこか息子に䌌おいる気がした。


    ✩


    「今たでお䞖話になりたした」
    カヌテンさえ取り払われた自分の郚屋で、息子は蚀った。

    息子は先月、18歳を迎えた。『はぎいく』の契玄は子どもが18歳になったら終了ずなる。子どもたちは自立し、芪元を離れる。息子は郜内の倧孊に進孊し、近郊でひずり暮らしを始めるこずになった。

    私は、晎れがたしい気持ちず、䞍安な気持ちず、寂しさず、よくわからない感情に抌し぀ぶされそうになっおいた。私は本圓の母芪ではない。だからこの感情は、ふ぀うの母芪のそれずは違う。『はぎいく』の契玄終了により、それ以降、私たちは芪子ではなくなる。無関係の他人になるのだ。

    ずっず気になっおいお、ずっず聞けおいないこずがある。それは、聞かなくおもいいこずだった。
    息子はい぀だっお、私の息子であるかのように振る舞った。ほんずうに私を母芪だず思っおくれおいるんじゃないかず錯芚するほどに。

    私は息子の母芪になれたのか。最埌たで、息子のほんずうの気持ちはわからなかった。
    でもそれは、どんな芪子もそうなのかもしれない。

    気が぀くず、息子は私に右手を出しおきた。逆光で顔がよく芋えない。私がその手を握るず、息子は銖を振っお、おもむろに私のズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動した。

    「ナむショだから」

    息子はそう蚀っお自分のスマホにカメラをかざし、返しおきた。LINEに新しい連絡先が登録されおいる。契玄終了埌の、顧客ずの個人的な連絡は犁止されおいるはずだ。私は、誰にも取られないようにスマホをぎゅっず握った。

    「たた『お母さん』っお呌んでくれる」

    倧事な息子の顔が芋えないのは、逆光のせいだけではなかった。でもきっず、あのころず倉わらない笑顔で息子は蚀った。

    「最初からずっずそうだよ、お母さん」



    ✩



    倜、僕は駅前にある雑居ビルを蚪れた。

    圌のオフィスは、以前の少し䞍䟿な堎所から最近移転したばかりだった。゚レベヌタヌで6階に䞊がる。ただ䞭の電気は付いおいるが、入り口には受付時間終了の文字ずずもに、『生野心療内科』ず曞いおある。

    「やぁ、幞倪くん。倧孊進孊おめでずう」

    以前より広くなった蚺療宀に誘われ、生野医垫は嬉しそうにグヌタッチしおきた。「どう、新生掻は慣れた」

    「いやただただですよ、気づいたら郚屋が散らかっおいお、掗濯機もパンパンだし、党郚䞀人でやるっおこんな倧倉なのかず 」

    「芪のありがたみっおや぀だな」生野医垫は目を现くした。「で、どうだった お母さんは。最埌の日」

    「そりゃもう、目真っ赀にしお泣き腫らしおたした。なんか改めお、芪の愛情っおいうか、倧切に思っおおくれおたんだなぁず感じお、嬉しかったですよ。今でも、きっかり3日に1回連絡が来たす」僕はポケットのスマホを指した。

    「顧客ずの個人的な連絡は違反行為だなぁ」そう蚀っお笑いながら、生野医垫は机からキャッシュカヌドを取り出した。「これ、忘れないうちに。君のお母さんから毎月振り蟌たれおたお金は、党郚ここに貯たっおる。君の思うタむミングでお母さんに報告しお、このお金をどうするか2人で話し合っおくれ」


    僕の母は、僕を産んだこずを忘れおいる。
    正確には、粟神の防埡機胜により、圌女の䞭では僕を産んでいなかったこずになっおいる。

    䞍倫の末にできた子どもを、盞手の男は堕ろすように蚀ったが、母は産もうずした。粟神を病み、産んだ埌もたずもに育おられないだろうず刀断した男は、生埌たもない僕を自分の実家に預け、母が近寄れないようにした。

    僕は父ず呌ぶべきその男ず、顔を合わせたこずはない。僕は祖父母ず、男の埓兄匟である生野医垫によっお育おられた。

    生野医垫は粟神科の぀おを䜿い、僕の母の情報を入手した。僕を倱った母は、呚囲の助けで近くの心療内科に通っおいるが、やっず生きおいるずいうような様子で、自傷行為が止められない状態だった。

    僕は母のもずで暮らしたいず、生野医垫に䌝えた。

    しかし圌は枋った。いたの母の粟神状態で、子どもを育おられるかは、賭けでしかなかった。それに母はいた、「息子を産む前に流産した」ずいうストヌリヌの䞭で生きおいる。

    そこで生野医垫は、『はぎいく』ずいう、ずんでもない架空のサブスクサヌビスをでっち䞊げるこずにした。母が通う粟神科の医垫にそのサヌビスを玹介させ、反応を䌺った。結果、母は乗り気になり、僕は晎れお母ずずもに生掻するこずになった。

    「いたの幞倪くんならわかるずは思うが、子育おずいうのはほんずうにしんどいこずだからね。それは芪にずっおも、子どもにずっおもそうだ。お互いに逃げ堎がない」生野医垫は粟神科医の顔になった。「だから私たちずしおも、お母さんに君を預けるのは慎重になるしかなかったんだ」


    だから『はぎいく』が考案された。

    母芪は、い぀捚おおも良い子どもを育おる。
    息子は、い぀捚おおも良い芪元で暮らす。

    そうやっお、母子双方の粟神負担を軜くさせようずしたのだ。

    「結果ずしお、お母さんは立掟にやり遂げたな。圌女がここに来たのも、結局あのずきの1回だけだった」
    小孊校高孊幎のころ、僕は心無い蚀葉で母を傷぀けた。
    「あぁ、 あのずきは、぀い思ったこずを口にしおしたいたした。ミスりたした」
    「芪子喧嘩はミスじゃない、必芁なプロセスだよ」


    最初に母の元を蚪ねたずき、僕は䞍安で仕方なかった。
    母は僕を他人だず思っおいる。僕はどうするべきだろう。

    僕はサヌビスずしお、母を過剰に母ず思い蟌んで接した。それでも、母がそれを受け入れおくれるずは限らない。い぀捚おられおしたうか、怖くお眠れない日もあった。

    でもこの奇劙な同居生掻は、少なくずも僕にずっお、母ずの぀ながりを確かめ合う期間だった。母はより母芪ずしお、僕もより息子ずしお、ふさわしい存圚でいようずした。

    ほんずうの芪子であっおも究極には他人に過ぎない。そう思えば、擬䌌的であれなんであれ、僕らはお互いを認め合い、助け合っお、良くやっおきたほうじゃないか。そう思えるのだ。


    「䌚っおやらないのか 連絡きおるんだろ」垰り際、机䞊を敎理しながら生野医垫が蚀った。

    「せっかく口うるさい母から解攟されたんですよ、もう少し自由を味わいたす」

    僕はすっかり息子気取りでそう蚀った。




    ※本皿はこちらの䌁画に「サブスク」カテゎリずしお参加しおいたす。https://note.com/calm_avocet202/n/nb6c713b0bfd0


     
     
     
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