
【イラスト+児童小説】ポニーのそつぎょう
「兄に、早く早く!こっち来て」
妹のみちるが、ケージの外から、大きく手をふって、ぼくをよんでいる。
めんどうくさいから、ぼくは聞こえなかったふりをして、ひざの上のモルモットをなでつづけた。フワフワして、あったかい。すると、
「何してんの!早く来て!」
とみちるは、もっと大きな声で、ぴょんぴょんとびはねながら、ぼくをよんだ。
ぼくは、しぶしぶ、ひざの上のモルモットを、そっと地めんにおろすと、ベンチから立ち上がった。モルモットは、トコトコ走っていって、ケージのすみっこにできた、おちばプールにカサカサともぐりこんだ。

ポカポカした日ざしの秋のおわり、にわのかきの木に、かきが、たっぷりみのっている。今日は、いどうどうぶつ園の日。年に一ど、ぼくのようち園にやって来る。ぼくは、もう年長だから、いどうどうぶつ園も三回目なんだけど、来年、ようち園に入るから、とくべつしょうたいされた、みちるには、はじめてなもんだから、さっきから、ずうっとはしゃいでいる。
「何だよ」
ケージのそばまで行くと、ぼくは、もったいぶって妹にたずねた。足下をニワトリがコッコッコ、とのどを鳴らして通りすぎていく。後でニワトリも、だっこしよう、なんて思ってたら、みちるが、グイッとぼくのうでを、つかんだ。
「兄に、早くオリから出て来て。あっちにシツジがいたの」
早口でまくしたてながら、したっ足らずに話すみちるに、ぼくは「えぇっー」と顔をしかめた。
「ヒツジなんて見に行きたくないよ」
大きいどうぶつは、にが手だ。どっしりして、何だかこわい。ぼくは、ケージの中でちょこちょこうごき回っている、小さい生きものたち――ウサギとか、モルモットとか、ニワトリとかヒヨコとか――そういった丸くてやわらかいどうぶつを、さわっていたいのだ。

妹の手をふりはらって、ぼくがさっきすわっていたベンチにもどろうとすると、みちるの声が、すすりなきにかわった。
「だって……みちる一人じゃ、行けないもん……兄にに、ついてきてほしいんだもん」
みちるがなき出したもんだから、まわりにいた子たちが、ちらちらとぼくらの方を、うかがいだした。やばい。ぼくが、なかせたみたいじゃないか。
「分かったよ。今行くよ」
ぼくは、あわててケージを出て、妹の方へ小走りに行った。
みちるは、ぼくが来たとたん、ケロリとなき止んだ。そして、また、ぼくのうでをつかむと
「ほら!早く行こう」
と、グイグイ引っぱった。
何だ、さっきのウソ泣きじゃないか。
文くを言おうと思ったけど、またなかれるとめんどうなので、ぼくはだまって、妹について行った。

みちるがつれて行ったのは、ヤギがいるところだった。
「何だ、ヒツジじゃなくてヤギじゃないか」
「シツジじゃないの?」
「うん、これはヤギ。ヒツジはあっち」
ぼくは、ヤギからちょっとはなれてつながれていたヒツジを、ゆびさした。ヒツジの方が、毛がフワフワだからか、ヤギより人気もので、たくさん人があつまっていた。
「兄に、よく知ってるね」
みちるは目を丸くした。
「まあね」
と、ぼくは、ちょっと、はなを高くして言った。
ヤギは、「こびとさんのお家」の前に、つながれていた。「こびとさんのお家」は、ようち園のにわのすみっこにある、小さな家だ。赤いやねと青いかべ、そして、外にまあるい黄色のテーブルがついていて、お昼ごろになると、やねの上に木のかげがおちて、ちょっとふしぎなもようができる。すると、本当にこびとがすんでるみたいに見えるから、ようち園のみんな、「こびとさんのお家」ってよんでるんだ。でも、こうやってヤギがそばにいると、ヤギのお家みたいだ。

ふと、みちるは、何かに目を止めた。ぼくも、みちるの見ている方を見て、やばい、と思った。
「こびとさんのお家」のよこに、みどり色の大きなタライと、ぎん色のブリキバケツが、おかれていた。バケツの中には、ようち園のみんなが、家からもってきた野さい――ニンジンやキャベツ、キュウリにリンゴの皮なんか――が入っている。みんなが、どうぶつたちに、エサをあげられるように、おかれているものだ。
思ったとおり、妹は言い出した。
「兄に、ヤギにごはんあげよう!」
「うん……」
ぼくは、気のりせずに言った。
「みちる、あげてきなよ」
ヤギだろうがヒツジだろうが、こんなに大きなどうぶつに、エサをやるなんてむりだ。
「みちる、あげ方わかんないもん。兄、見本、見せて」
「えぇー……むりだよ」
「何でよ、見せてよっ」
妹は、ふくれっつらになってきた。また、ウソなきはじめるんじゃ、とぼくが、みがまえたとき、後ろから「こうやるんだよ」と声がした。そして、ぼくとみちるの間から、キャベツをもった手がひょいと出てきた。
ふりかえると、同じクラスのヒロくんだった。ヤギは、ヒロくんのもってるキャベツのはっぱにパクっとくらいつくと、モグモグと食べ始めた。

「すごーい」
みちるは目をかがやかせた。
「ぜんぜんこわくないよ、みっちゃんもやってみなよ」
「かじられない?」
「キャベツのはじっこもってたら、だいじょうぶだよ」
みちるはおそるおそる、キャベツのはっぱをさし出した。ヤギは、いきおいよく、みちるのはっぱにかじりつくと、あっという間に食べてしまった。
「やったぁ!」
はじめてのエサやりに、みちるは手をたたいてよろこんだ。
「やるじゃん、みっちゃん」
ヒロくんもニコニコしながら、みちるの方をふりかえり、その時はじめて、ぼくがそばに立っていたことに気づいたようだった。
「何だ、ショウヤいるじゃん」
「いたよ、さっきから」
ぼくはむっとして言った。
「いるんだったら、ちゃんと妹にエサやり教えてやんなよ」
ヒロくんはあきれたように言った。
「だって……」
ぼくは下を向くと口をモゴモゴさせた。大きいどうぶつこわいし、とは何か言いにくい。そんなぼくのようすを知ってか知らずか、みちるは、
「兄に、本当はモルモットさわってたの。でも、みちるがヤギ見たかったから、ついて来てもらったの」
と、せつ明した。何だか、妹にかばわれたみたいだ。ぼくは、ますますうつむいてしまった。
しかし、ヒロくんは、そんなぼくを、気にするふうもなく、
「ふーん、そうなんだ。あ!そうだ、ショウヤ、今年もポニーのろうよ」
と手をポンとたたいた。

やだやだ、とぼくが文くを言おうとする前に、みちるがヒロくんにたずねた。
「ポニーってなに?」
「小さい馬のこと。ぼくらより、ちょっと大きいくらいだよ。それで、せなかにのれるんだ」
ぼく行かないからね、ともう一ど、ぼくは反対しようとしたが、あっさり、みちるの大声に、かきけされてしまった。
「行きたーい!」
「よし、みっちゃん、こっちだ!」
あっという間に、二人は走って行ってしまった。しかたなく、ぼくは二人にノロノロついていった。
去年も、ポニーはようち園に来ていた。きれいな明るい茶色の体に、クリーム色のボサッとしたたてがみが、ふわりと首にたれ下がったポニーだ。テレビで見るような、すらっとした、かっこいい馬じゃなくて、ずんぐり小さくて、うごくのも何だかのんびりしていた。
そして、去年も、ヒロくんは、ポニーにのっていた。ヒロくんたら、のってるとちゅうで、くらから、かた一方の手をはなして、
「ショウヤー!」
と、さくの外で見ていたぼくに、手をふったんだ。

ポニーにのったヒロくんは、とても高いところにいるように見えた。ヒロくんの体は、大きくゆれていた。ぼくは、ヒロくんを見ているだけで、足がふるえたけど、当のヒロくんは、あんまり気にしてないようだった。
「ショウヤものりなよ」
ピョン、とおりてきたヒロくんに言われたけど、ぼくには、とてもむりだったんだ。
今年も、ぜったいにのらないから、と心にきめて、二人におくれて、ポニーのところについたとき、ぼくは「あれっ」と思った。
明るい茶色の体に、クリーム色のたてがみは、たしかに去年と同じだけど、何かが足りない。ぼくはじーっと見つめて、はっと気づいた。
去年はせなかにくらをのせていたけど、今年はせなかの上には何もなかった。
でも、ヒロくんはくらのことには気づかなかったみたいで、ポニーのよこで、たづなをにぎっていた、しいくいんのおじさんに、
「ねぇ、のせて!」
と元気よく言った。
でも、おじさんは、少しざんねんそうに首をふった。
「ごめんね、今年はポニーにはのれないんだ」
「えぇー!」
「何で!?」
ヒロくんとみちるはおどろいて、いっしょにさけんだ。

「ハナコ、もう年とっちゃってね」
「ハナコ?」
みちるが首をかしげた。
「この子の名前。ハナコっていうんだ。ついこの間まで、のせてたんだけど、ちょっとしんどくなってきちゃってね」
「そうなんだ」
ヒロくんは、がっかりしたように、かたをおとした。
ぼくはハナコをまじまじとながめた。たしかに、のんびりしてるし、せなかも、ちょっとへっこんでて、なんだかおばあさんみたいだ。
「女の子だったんだね」
みちるがハナコをのぞきこんだ。
「何才なの」
ぼくが聞いた。
「もうすぐ20才。人間だと、60才くらいかな」
「えー!うちのばあちゃんと同じくらいだ」
ヒロくんは目を丸くした。
「たしかに、ばあちゃんも、こないだのうんどう会でオンブきょう走してから、もうオンブしてくれなくなっちゃったもんなー」
ヒロくんがぶつぶつつぶやくと、しいくいんさんがちょっと笑った。

「いどうどうぶつ園だから、いどうもきつくなっちゃってね。今年いっぱいで、いどうどうぶつ園も、引たいするんだ」
「インタイってなに?」
みちるが、ぼくの方をふりかえって。たずねた。
「やめるってこと」
妹の知らないことを、教えられるので、ぼくは、ちょっとすまし顔で言った。
「そう、来年からは、ぼく場にひっこしして、お客さんをお出むかえすることになってるんだ」
しいくいんさんは、となり町にある、ふれあいぼく場の名前を言った。
「あー、オレそこ行ったことある」
ヒロくんがうなずいた。

「でもさー、オレとショウヤも、来年小学生だし、ようち園インタイだからさ、ハナコといっしょだね!」
しいくいんさんがおかしそうに笑った。
「きみたちの場合は、引たいじゃなくて、そつぎょうだね」
「え、そうなの」
ヒロくんはキョトンとした。
「じゃ、ハナコもインタイじゃなくて、そつぎょうじゃないの?」
ヒロくんのことばに、ぼくもうなずいた。
「ホントだ、そつぎょうだ」
「そうだね」
しいくいんさんも、ほほえんだ。大きくてこわかったはずなのに、ぼくは、ちょっぴりハナコのことが、すきになった。
「そつぎょうおめでとう!ね、さわってもいい?」
みちるは、ハナコをのぞきこんだ。
「さわるのは、ハナコ、きんちょうしちゃうからダメなんだ。でも、かわりにエサやりしていくかい?」
「え!いいの?」
「やった!」
ヒロくんとみちるは、いっしょにとびあがってよろこんだ。
でも、ぼくは思わず後ずさりした。ハナコのことがちょっぴり、すきになったけど、エサやりとなると話はべつ。ヤギだってむりなのに、こんなに大きいどうぶつにエサをやるなんて、考えただけで、足がふるえてくる。かまれるかもしれない。
ぼくがモタモタしている間に、ヒロくんとみちるは、しいくいんさんがもってきたバケツから、ハナコのエサを取り出した。
「リンゴも食べるんだ」
ヒロくんがカットされたリンゴを手に取って言った。
「大体、ニンジンとリンゴが多いかな」
しいくいんさんが言うと、
「ふーん。オレもどっちも好きだよ」
と、なぜかヒロくんは、ちょっと、とくいげだった。
「手のひらに、のせてあげてね。ゆびはまっすぐのばして。ゆびがまがってると、エサとまちがえて、かじっちゃうことがあるからね」
しいくいんさんが、ていねいにせつめいしてくれた。
「うっひょー。気をつけよ」
ヒロくんは、せすじをピンとのばすと、ハナコの前にそっと、リンゴをのせた手のひらを、さし出した。

ハナコの方も、ちょっとうかがうように、ヒロくんの手の方に、はなを向け、フンフンとにおいをかいでいたけど、次のしゅん間には、ペロリとリンゴを食べた。
「おー!すごーい!」
はじめてのポニーのエサやりに、ヒロくんは目を丸くした。
「つぎ、みちる!」
みちるがまちかねたように、イソイソとハナコの前にやってきた。ハナコの方も、ぼくらにちょっとなれたのか、さっきのヒロくんほど、うかがうようすもなく、パクっとみちるの手のひらのニンジンに食らいついた。
「やったぁ!じゃあ、兄に!」
みちるはひょいとハナコの前からしりぞくと、ぼくの手を引っぱった。ぼくはぎょっとした。
「いいよ、ぼくは」
「えー!」
「何でだよ」
ヒロくんとみちるはびっくりしたように、ぼくの方をふりむいた。
「ハナコ、もうようち園に来るの、さいごなんだよ」
ヒロくんがちょっとつめるように言った。
「いや、それは知ってるけど……こわいし……」
「みちる、ぜんぜん平気だったよ」
みちるは、ぼくの手をひっぱったまま言った。
「みちるは、平気かもしんないけどさ」
ぼくら三人がワイワイやっているのを、しいくいんさんは、ニコニコと見ていたけど、しばらくして、やさしく、ぼくに声をかけた。
「むりに、とは言わないけど、せっかくだから、もしできそうだったら、もう少しハナコに近づいてみない?」
「う……」
ずっと、遠まきに、ハナコを見ていたぼくは、ことばにつまった。
「だいじょうぶ。ちゃんと、たづなも、しっかり持っているし、ハナコ、おばあさんだから、のんびりしているし」
しいくいさんのことばに、ぼくは、おそるおそるハナコに近づいた。
ハナコの前に立ったら、ハナコもふし目がちに、ぼくを見た。長いまつ毛のおっとりした、やさしい目だった。ハナコの方も、ときどき目をそらすけど、ぼくのことを、おずおずと、うかがっているようだ。もしかしたら、ハナコも、ぼくと同じで、きんちょうしているのかな。
ハナコの目を見ていると、何だか、こわい気もちも、だんだん小さくなった。そのとき、よこから、何かが、そっと手に当たった。見ると、みちるが、ぼくの手に、ニンジンをのせようとしていた。
ぼくは、みちるから、ニンジンをもらうと、ごくん、とつばをのみこんだ。そして小さく、ヨシ、とうなづくと、ハナコにニンジンをのせた手を、おそるおそる、さし出した。

ハナコは、はなをそっと、ぼくの方にむけた。ぼくは、ちょっと手がふるえた。ハナコは、しばらくフンフンフン、とぼくの手とニンジンのにおいをかいでいたけど、やがて、パクっ、とぼくの手からニンジンを食べた。
「やったなショウヤ!」
「兄にがんばった!」
妹にほめられて、何だか気はずかしかったけど、それでもぼくはうれしくて、顔がにやけた。いっしゅん、ふれたハナコのはな先は、あったかかった。ぼくといっしょだ。
「また、ぼく場にも、会いに行ってやってよ」
しいくいんさんが言った。
「うん。……そうだ、お母さんに言ってさ、ショウヤんとこと、いっしょに行こうよ」
「みちるもお母さんに言ってみる!」
ぼく場は、やっぱりちょっとこわい気もするけど、でも、ハナコがいるんだったら行ってみたい。
「そうだね」
ぼくもうなずいた。
「じゃあさ、ようち園そつぎょうして、春休みになったら会いに行こう」
「春って、まだずうっと先じゃん」
ヒロくんが口をとんがらせた。
「でもさ、ぼくたちも、ちゃんとそつぎょうしたとこ、ハナコに見せたいでしょ」
「そっか」
ヒロくんはうなずいた。
「ずるーい、兄にとヒロくんは、そつぎょうして。みちるだけ、そつぎょうなしだよー」
みちるが、ほっぺたをふくらませた。
「みっちゃんはー……」
ヒロくんは、ニヤニヤすると
「赤ちゃん、そつぎょうですっ!」
と、大きな声で言った。
「赤ちゃんなんか、もうとっくに、そつぎょうしてるもん!」
みちるが手をふりあげると、ヒロくんは笑いながら、にげ出した。みちるも「赤ちゃんじゃないよ!」と、追いかけていく。
二人が行ってしまってから、ぼくはハナコをちらりと見た。ハナコはあいかわらず、モグモグと口をうごかしている。ポカポカした秋のひざしで、ハナコのせなかは、くり色にツヤツヤ光っている。
たくさん、人をのせてきだんだよな。まぶしいせなかに、ぼくは、目をほそめた。
「また、会おうね、そつぎょうしたら」
ぼくはハナコに小さく手をふった。そして、ハラハラと、サクラの赤いはっぱが、まいおちる中、ヒロくんとみちるの後をおって、いきおいよく元気に走り出した。

