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『完璧な男』第8話04「六本木KK抗争」08-10

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    ■ 【前回までの話】

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    東京湾の鈍い光が、ガラスの向こうで揺れる。
    立真たちが見据えたのは、
    少女の人格を抽出して商品化する残酷な工場だった。

    夜の海風が吹き込む中、閉ざされた世界を開くための準備が進んでいく。
    作戦室には、決戦のピースが次々と整っていく。
    保護という名目で形を奪う制度が、少女たちの悲鳴を物語っていた。

    弾倉が鳴り、仲間は無言で配置につく。
    一方、財団本部の和室には青白い月明かりが差し込んでいた。
    彼は墨染めのような濃緑の和服に身を包み、
    正座して茶を点てている。洗練された所作は崩れない。

    だが、その奥には決して壊れきらなかった『少女』の意思が息づいている。
    去りゆく足音を背にして、彼は障子の向こうの闇を見つめた。
    すべてを終わらせるため、立真は再び、夜の闇へと歩みを進めていた。

    ◆年表:六本木KK抗争◆

    ◆構造起点◆
    葛城立真は、もともと少女として生まれた。
    十三歳の春、父・葛城顕臣の判断により、
    「完璧な男」を実現する国家計画の中核に据えられた。
    その過程で身体は制度的に再構築され、
    声を失い、戸籍は上書きされ、
    女性としての将来は完全に断絶された。
    この改変は不可逆であり、
    彼の人生は父の決断から始まっている。
    【第一段階:再構築】
    2019:団地→愛宕邸(01-01〜01-05)/監視選定開始
    2019:身体改変・声喪失/完璧な男の誕生
    2019年4月:嶺征学園高等部2年に13歳で編入
    2019秋:「ドーナツ事件」
    2019晩秋:「桐塚高校事件」
    【第二段階:制度への固定】
    2021:成人式、「成人登載儀礼」
    2022:性別変更に抵抗、タカ(高橋孝)と共に逃亡
    2023:捕縛・タカの死/「再構成」による少女性の根絶
    2024:国際戦略応用大学(ISAU)開校 
    2026:メディコア・ホールディングス登壇式、身体完全体へ
    2029:北郷と会い、目覚める
    【第三段階:覚醒】
    2035:制度輸出段階(虎ノ門・ISAU)
    2058:カフェ再会・告白開始(01-01)/過去記録の覚醒

    ■本編


    Scene08-10【場所:港区・六本木/クラブΩ(オメガ)──深夜】

    六本木。地下三階。 クラブΩ(オメガ)。
    重低音が床を物理的に震わせていた。
    低い天井。視界を遮る濃い煙。肌を青く染める青い照明。

    テーブルの中央に、小さなショットグラスが並んでいる。
    テキーラ。 透明な液体が、ガラスの底で鈍い光を放っていた。

    日下部はグラスをつまむ。 軽く揺らす。香りを確かめる。
    隣に座る大柄な外国人が笑った。
    「Hey. Chug?(一気か?)」
    日下部は薄く肩をすくめる。
    「まあ、そんなところだ」
    ショットを口に流し込む。 喉が焼ける。だが顔色は変えない。

    テーブルの向こう側では、男が退屈そうに見ていた。
    北郷だ。 EMPの起爆キーを指先で転がしている。

    「君、葛城プロトコルで育ったにしては、随分と“雑味”があるね」
    北郷が冷ややかに言う。

    日下部は次のショットを持ち上げた。
    「重い話は嫌いなんで」
    飲む。 二杯目。 三杯目。

    周囲の客が騒ぎ始める。
    「Chug! Chug!」 誰かがテーブルを叩く。
    外国人の笑い声。
    向けられるスマホのカメラ。

    バカな見世物だ。 日下部は思う。
    (まあ)
    (バカな男だと思わせておけばいい)

    EMP、それが必要な理由は単純だった。
    “制度中枢情報管理区画”、通称キュレノス東京本部。
    地下警備区画の電子ロック、
    自動火器、監視AI。 普通に突破するのは無理だ。
    だから一瞬。 すべての電子機器を殺す。

    ただし問題がある。強すぎる。
    地下施設だけでは済まない。
    周辺区画、ビルの電源、通信、場合によっては医療機器。、全部止まる。
    最悪、街ごと死ぬ。
    だから普通は使わない。

    だが──

    「で?」
    北郷が言う。
    「どこまで飲むつもりだ?」
    日下部はグラスを置いた。
    カウンターの端に空のショットが列をなして並んでいる。
    テーブルにはまだボトルが残っていた。
    透明な瓶の中、テキーラは半分ほど減っている。

    暴力的なまでのアルコールが喉を焼き、
    視界がわずかに揺れる。
    だが止めない。
    空になったグラスを乱暴に置き、すぐさま次を注ぐ。
    痛む胃の腑を気合いだけでねじ伏せ、
    連続でショットを煽り続ける。

    そう、それでも。必要なら。潰す。

    最後の一杯を飲み干し、
    日下部は空になったボトルをテーブルにドンと叩きつけた。

    その瞬間、店中が割れんばかりの歓声に包まれる。

    日下部は荒い息を吐きながら、
    テーブルの上のEMPキーを素早くひったくった。
    そして、周囲の喧騒にかき消されるほどの声で、
    空のボトルを見ながら小さくため息をつく。

    「……あーあ。こんないい酒、味わって飲みたかったぜ」

    Scene08-11【場所:K-Lab・作戦準備室/深夜】

    作戦開始まで、あと4時間。
    張り詰めた空気の中、立真は端末の画面を睨んでいた。
    「キュレノスのサーバーを物理的に無効化するには、
    一瞬の高電圧が必要だ。
    だが、手持ちの装備じゃ火力が足りない」
    岩村が腕を組み、渋い顔をする。
    部屋の隅には、まだ包帯の取れない松村が静かに座り、
    片手でタブレットを操作していた。

    バンッ!
    突然、鉄のドアが乱暴に開いた。
    入ってきたのは日下部だった。
    足元がふらついている。
    顔が赤い。
    そして猛烈な酒の臭いがした。

    「……うぃ〜。
    持ってきましたよ、っと!」

    ドスン、と重たいジュラルミンケースを机の上に放り出す。
    その衝撃で端末が揺れた。
    松村が驚いて顔を上げる。
    「おい日下部、お前……飲んでるのか?」
    岩村が呆れて声を上げるが、
    日下部はニヤニヤしながらケースのロックを弾いた。
    プシュ、という音と共に蓋が開く。
    中には、鈍い銀色に輝く円筒形の装置。
    軍事用EMP発生機だった。
    立真の目が点になる。

    「……これは、最新型だ。
    どこで手に入れた」
    日下部はネクタイを緩め、椅子に崩れ落ちながら言った。
    「北郷のとこ」
    その名が出た瞬間、松村の指がピクリと止まった。
    「……は?」
    立真の声が裏返った。
    「あの、北郷か?財団の?」
    「そ。
    あいつんとこ行って、言ったんですよ。
    『お宅の可愛い立真が、
    これからおイタしに行くんで、一番デカい花火くれ』って」
    日下部はゲラゲラ笑いながら、空中で手を振った。
    「そしたらあの野郎、面白がりやがって。
    『よろしい。
    だがタダではやらん』って、年代物のテキーラ出しやがった」
    「……テキーラ?」
    「『このボトル一本あけて、
    それでも立っていられたら持って行け』だとさ。
    ……ふざけた野郎だろ?」
    日下部は胸ポケットから、空になったショットグラスを転がした。

    「だから、飲んでやったよ。
    全部。最後の一滴までな。
    あいつ、最後は腹抱えて笑ってたぜ。
    『バカな男ほど美しい』とか何とか言ってよ……」

    その場の空気が、一瞬止まった。
    全員が、目の前のEMP装置と、
    酔っ払ってひっくり返りそうな日下部を交互に見た。
    ――あの冷徹な北郷が。
    ――人を「観察対象」としか見ないあの男が。
    ――日下部という「バカ」
    に、テキーラ一本で虎の子の兵器を渡した?

    松村は、信じられないものを見るように目を見開いた。
    あきれながらも少しだけ相手を見直したような、複雑な表情で。

    「……お前、死ぬぞ」
    立真が呆然と呟く。
    「へへ、死ぬかと思った
    ……でも、勝ち取ったぜ、立真……テキーラで決闘には勝ったぜ」

    立真の肩が、小刻みに震え始めた。
    「……っ、くく」
    岩村が怪訝そうに見る。
    「立真?」

    「はは……っ、あはははは!」

    立真は机に手をつき、声を上げて笑い出した。
    乾いた笑いではない。
    腹の底から、堰を切ったようにあふれ出る笑いだった。

    「あははは!違いない、命懸けだ
    ……っ、北郷の負け顔、見たかったよ……」

    岩村は目を丸くして、口を半開きにしていた。

    「……おい、マジかよ」
    松村もまた、言葉を失っていた。
    ――笑ってる、あの“完璧な男”が。
    ――感情を殺し、沈黙を武器にしていた立真が。
    ――まるで中学生のように、顔をくしゃくしゃにして笑い転げている。

    「……ああ、おかしい」
    立真は笑いすぎて涙を拭い、大きく息を吐いた。
    憑き物が落ちたような顔をしていた。
    「日下部。……でかした」
    「おう。……水、くれ」

    岩村が、呆気にとられたまま呟く。
    「……調子が狂うな」
    松村はふっと小さく息を吐き、静かに言った。
    「……でも、いいんじゃないですか。
    あの北郷ですら、計算を間違えたんですから。
    ……僕たちも、少しはバカになっても」

    立真はEMP装置の冷たい感触を確かめ、まだ笑いの残る声で言った。
    「勝てる気がしてきたよ。
    こんなバカな仲間がいるならな」
    決戦の前の、短い弛緩。
    岩村と松村の視線が交差する。
    二人は共有していた。
    今、目の前で笑っている立真こそが、
    彼らが守りたかった「人間」の姿なのだと。

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    阿野全成研究32年。沼津週末移住、阿野館こと大泉寺で2021年より土日祝に観光ガイド実施中。小説『阿野全成伝』を2025年に全50話、毎週土曜21時更新で連載予定。エジプト考古学からイスラーム法学と性別越境を研究。平日は「IT傭兵」稼業中。AL-QASAS株式会社代表取締役。

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