メインコンテンツへスキップ
見出し画像

『完璧な男』第14話02「奪われた者の発見」14-04

    画像

    ■【前回までの話】

    画像
    葛城立真は警視庁特別取調室で、
    構造支援関連事件の重要参考人として取り調べを受ける。
    だがその受け答えは終始静かで揺るがず、
    自らの立場を崩さないまま、その場は一度打ち切られた。

    翌日、第5取調室で馬場房子が証言する。
    彼女は、いま“完璧な男”と呼ばれる葛城立真こそ、
    少女たちを“男”へと変えてきた構造の最初の被害者だったと語る。

    髪を刈られ、名前を与えられ、声も手足も奪われて
    “都合のいい男”に作り替えられていった過去が、捜査員たちの前に突きつけられる。

    その証言は捜査本部に衝撃を走らせ、事件は単なる組織犯罪ではなく、
    人格の剥奪と未成年への暴力を含む重大事案として再定義された。
    そして深夜、指令室では葛城立真を「少女X」として
    最優先保護対象に位置づける緊急対応が始まっていく。

    ◆年表:奪われた者の発見◆

    ◆構造起点◆
    葛城立真は、もともと少女として生まれた。
    十三歳の春、父・葛城顕臣の判断により、
    「完璧な男」を実現する国家計画の中核に据えられた。
    その過程で身体は制度的に再構築され、
    声を失い、戸籍は上書きされ、
    女性としての将来は完全に断絶された。
    この改変は不可逆であり、
    彼の人生は父の決断から始まっている。
    【第一段階:再構築】
    2019:団地→愛宕邸(01-01〜01-05)/監視選定開始
    2019:身体改変・声喪失/完璧な男の誕生
    2019年4月:嶺征学園高等部2年に13歳で編入
    2019秋:「ドーナツ事件」
    2019晩秋:「桐塚高校事件」
    【第二段階:制度への固定】
    2021:成人式、「成人登載儀礼」
    2022:性別変更に抵抗、タカ(高橋孝)と共に逃亡
    2023:捕縛・タカの死/「再構成」による少女性の根絶
    2024:国際戦略応用大学(ISAU)開校 
    2026:メディコア・ホールディングス登壇式、身体完全体へ
    2029:北郷と会い、目覚める
    【第三段階:覚醒】
    2035:制度輸出段階(虎ノ門・ISAU)
    2038夏:立真長女の認知
    2038冬:芝浦マザー号制圧戦
    2041冬:構造庁解体
    2058:カフェ再会・告白開始(01-01)/過去記録の覚醒

    ■ 本編


    Scene14-04【場所:首都圏・街頭〜ネット空間/2046年 初夏 深夜】

    雨の降る六本木の路上で、
    スマホの画面をタップする指が止まった。
    高架下の薄暗いアスファルトに、
    交差点の大型ビジョンが落とす青と赤の光がぬめりと反射している。

    画面には、
    太字の見出しが躍っていた。

    【独占スクープ】
    「完璧な男」葛城立真・狂気の独裁帝国!
    六本木地下の“拷問部屋”と、謎の「少女大量監禁」の不気味な真実

    『若きカリスマとして政財界から絶大な支持を集めていた
    メディコア・ホールディングスの葛城立真CEO(当時)が、
    突如として不可解な辞任を発表した。

    世間では
    「自社の不正を暴いた正義のヒーロー」と持てはやされているが、
    小誌の徹底取材により、
    彼の「血塗られた裏の顔」が浮かび上がってきた。』

    『■「言い訳は三秒だ」幹部を次々と病院送り

    「葛城前CEOは、
    背広を着たヤクザです。
    いや、
    それ以上に冷酷な戦闘マシーンでした」

    そう怯えながら語るのは、
    元メディコア幹部のA氏だ。

    「彼は自社の不正を疑うと、
    法務部や警察を通さず、
    深夜のクラブの地下室や裏路地で自ら『制裁』を下していました。
    私も首筋にナイフのような手刀を受け、
    関節をあり得ない方向に曲げられて病院送りにされました。

    社内では
    『社長に目をつけられたら物理的に骨を折られる』
    という恐怖政治が敷かれていたんです」』

    『■キュレノス水没事件と「少女たち」の謎

    さらに不可解なのは、
    彼が自ら破壊したとされるデータセンター「キュレノス」の事件だ。

    あの日、
    施設からは多数の10代の少女たちが保護されている。

    公式には「不適切に収容されていた少女を解放した」とされているが、
    別の関係者B氏はこう語る。

    「あの施設は、
    もともと葛城前CEOの肝煎りプロジェクトでした。

    彼があの地下室に多数の少女を囲い込み、
    自らの『個人的なハレム』として楽しんでいたという
    黒い噂は社内でも絶えませんでした。
    今回、
    それが警察にバレそうになったため、
    証拠隠滅のために自ら施設を破壊し、
    美談にすり替えたのではないでしょうか」』

    『完璧な男の仮面の下に隠された、
    暴力と欲望のワンマン帝国。
    小誌は次号で、
    彼が少女たちに行っていた
    「恐るべき洗脳教育」の全貌に迫る──。』

    ビジョンの下でビニール傘をすぼめた二人の若者が、
    足を止めて画面を見上げた。

    一人がポケットから煙草を取り出し、
    ライターの火を風から遮る。

    「これマジかよ。
    あの社長、
    裏で少女囲い込んでハーレム作ってたとか終わってんな」

    「自ら施設壊してヒーローぶってたってことだろ。
    胸糞悪いわ」
    「結局、
    金と権力持った奴の行き着く先なんてみんな同じだな」

    濡れた吸い殻が水たまりへ落ち、
    じっと小さな音を立てて火が消えた。

    信号が青に変わり、
    靴音が遠ざかる。

    雨音が強くなり、
    スマホの画面を打つ雨粒が文字を歪ませていった。

    Scene14-05【場所:東京都港区青山 メディコア本社大会見室〜社長室/2046年 初夏 翌日午前】

    大会見室の壇上。

    無数のフラッシュが交差し、
    レンズのモーター音が重低音となって部屋を揺らしていた。

    黒いスーツを完璧に着こなした岩村成忠は、
    一切の表情を動かさずに演壇に立つ。

    手元のタブレットを静かにタップすると、
    背後の巨大スクリーンに証拠資料が次々と映し出された。

    「本日発売の『週刊文界』の記事につきまして、
    株式会社メディコア・ホールディングスとしての
    公式な見解を申し上げます。
    ……結論から申し上げますと、
    当該記事は、
    1ミリの真実も含まない完全な妄想と悪意の産物です」

    ざわつく記者席を、
    岩村の冷ややかな眼光が射抜いた。

    フラッシュの連続光の中でも、
    その瞬きは少ない。

    「まず、
    記事内で『不当な暴力を受けた』と証言している元幹部A氏について。
    彼の正体は特定済みです。
    彼は当社の極秘技術データを中東のダミー企業へ
    無許可で輸出しようとした、
    外為法第25条違反の国賊です。
    当時の葛城CEOが彼を『制圧』したのは、
    国家の安全保障を揺るがすデータ流出をコンマ数秒で阻止するための
    『極めて適法かつ最小限の物理的措置』です。
    むしろ、
    五体満足で病院のベッドで目覚められた
    自身の幸運に感謝すべき事案であり、
    小誌で被害者ぶるなど片腹痛い」

    最前列の記者が席を蹴るようにして立ち上がり、
    マイクを強く握りしめた。

    「では、
    保護された少女たちの存在はどう説明されるのですか!
    彼女たちが施設で特殊な管理下におかれていたのは事実でしょう!」

    岩村は記者の声を遮らなかった。

    ただ、
    視線をその記者の眉間へ固定する。

    「次に、
    キュレノスに関する『少女の囲い込み(ハレム)疑惑』について。
    これは、
    葛城前CEOの尊厳に対する、
    決して許されざる冒涜です。
    葛城前CEOは、
    不当な制度によって搾取されそうになっていた彼女たちを、
    自らの地位と人生をすべて投げ打って、
    文字通り血を流して救い出しました。
    その気高い自己犠牲を、
    下劣な三流週刊誌のゲスな欲望のフィルターを通して
    捏造した罪は──万死に値する」

    マイクが低く響く声を拾い上げる。
    会場は完全に静まり返っていた。

    「先ほど、
    当社法務部および提携する国際弁護士チームを通じ、
    発行元である文界社に対し、
    名誉毀損、
    信用毀損、
    および偽計業務妨害による『総額50億円の損害賠償請求』と
    『出版差し止め仮処分』の申し立てを東京地裁に完了いたしました。
    加えて、
    証言者A氏・B氏につきましても、
    刑事告発の手続きを進めております。
    我々は、
    示談にも応じません。
    謝罪広告でも許しません。
    法廷という合法的な戦場において、
    文界社の息の根が完全に止まるまで、
    徹底的に追い詰める所存です」

    岩村は一礼すらすることなく、
    冷ややかな目で記者たちを一瞥した。

    「……葛城立真の歩いた道に、
    泥を塗るような真似は私が許さない。
    記事を書いた記者には、
    せいぜい優秀な弁護士を探しておくことをお勧めします。
    ……私からの報告は以上です」

    岩村は演壇を離れ、
    一度も振り返ることなく重い扉の向こうへ消えた。

    背後で怒号のような質問とフラッシュの連続光が弾けたが、
    重い防音扉が閉まると同時に、
    すべての音が遮断された。

    十七階、
    社長室。
    重い防音扉が閉まると同時に、
    岩村は首元のネクタイをゆっくりと緩めた。

    革のソファに深く腰掛けた日下部が、
    両手を頭の後ろで組み、
    肩を揺らして笑った。

    「うわぁ……岩村さん、
    会見見たけど完全にキレてましたね。
    『万死に値する』とか、
    上場企業のCEOが公式会見で使う言葉じゃないっすよ」

    窓際のデスクでマルチモニターの画面を叩いていた松村が、
    キーボードから指を離さずに口を開いた。

    「文界社のサーバー、
    とりあえずBGPルーティング弄って、
    アクセス先を全部『シベリアの無人島』に飛ばしといたけど、
    これでよかった?」

    岩村はネクタイを緩めながら、
    デスクの縁に手をつき、
    忌々しげに舌打ちをした。

    「……あんな三流の便所の落書きに、
    立真の名前を消費されてたまるか。
    松村、
    文界社の親会社の株、
    市場で買い占められるか調べろ。
    出版社ごと物理的に解体する」

    日下部がソファから跳ね起き、
    大げさに手を広げた。

    「出たよ、物理処理!
    コンプライアンスどうなってんだこの会社!」

    松村は端末の画面をタップし、
    ニヤリと唇を歪めた。

    「買い占めの板、
    もうセットしてあります。
    明日の一番で筆頭株主ですね」

    「よし。
    記者個人の資産口座、
    およびSNSの関連アカウントのトラフィックも
    すべて第三者機関経由で監視下に置け。
    法廷で声を上げる猶予すら与えん」

    岩村は冷えたミネラルウォーターのボトルを掴み、
    一気に喉へ流し込んだ。

    静かな室内で、
    端末の駆動音だけが低く響いていた。

    画像

    >>第14話03「札を剝がす夜」15-06へ


     
    阿野全成研究32年。沼津週末移住、阿野館こと大泉寺で2021年より土日祝に観光ガイド実施中。小説『阿野全成伝』を2025年に全50話、毎週土曜21時更新で連載予定。エジプト考古学からイスラーム法学と性別越境を研究。平日は「IT傭兵」稼業中。AL-QASAS株式会社代表取締役。

    あなたへのおすすめ