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『完璧な男』第6話03「構造の正体」06-09

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    ■ 【前回までの話】

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    白金台で引かれたのは、校舎の図面ではなく「檻」の境界線だった。
    国家が背負いきれない身体を引き受けるためだけに、
    国際戦略応用大学(ISAU)は設立される。
    学びのためではなく、管理のために。

    立真のためだけにつくられた大学。

    顕臣の冷徹な計算によって、 そこは制度の「限界」を隠し、
    破綻を防ぐための「箱」として定義された。

    その建設現場で、二つの運命が土埃の中で交差する。
    陽の当たる防衛医大へと歩き出すZ8427と、
    泥にまみれ、長い黒髪をなびかせてゲートの中に残る松村。

    「立真は女の子だ。気をつけろ」
    去り際に投げられたその言葉は、
    友情ではなく、 光の世界へ行く者からの、最後の冷徹な手向けだった。
    フェンスの内側で、松村はただその背中を見送る。

    ◆年表:構造の正体◆

    ◆構造起点◆
    葛城立真は、もともと少女として生まれた。
    十三歳の春、父・葛城顕臣の判断により、
    「完璧な男」を実現する国家計画の中核に据えられた。
    その過程で身体は制度的に再構築され、
    声を失い、戸籍は上書きされ、
    女性としての将来は完全に断絶された。
    この改変は不可逆であり、
    彼の人生は父の決断から始まっている。
    2019:団地→愛宕邸(01-01〜01-05)/監視選定開始
    2019:身体改変・声喪失/完璧な男の誕生
    2019 4月、嶺征学園高等部2年に13歳で編入
    2019 秋、「ドーナツ事件」
    2019 晩秋、「桐塚高校事件」
    2021:成人式、「成人登載儀礼」
    2022:性別変更に抵抗、タカ(高橋孝)と共に逃亡
    2023:捕縛・タカの死/「再構成」による少女性の根絶
    2026:メディコア・ホールディングス登壇式、身体完全体へ

    ■本編


    Scene06-09 【場所:港区某高級レストランのラウンジ・夜/2024年・某日】

    高級レストランのラウンジ。
    夜景がワイングラスを琥珀に染め、BGMは低く流れる。

    スーツの立真は中央テーブルで微笑む──角度まで設計された笑み。
    左右に配置されたのは、事務所選抜の“交友関係”。

    メディア用に最適化された女性たちが、
    タイミングを計りながら言葉を投げる。

    「あなたって、本当に完璧」
    「男の中の男って、こういう人を指すのね」
    「……ありがとう」

    声色も視線も、すべてプロトコル内。

    イベントが終わると、立真は一人きりの部屋に戻る。
    鍵を閉め、ネクタイを外し、椅子に座る。

    ただ、何もない空間をじっと見つめる。
    何も思わない。
    何も感じない。

    ──だが、どこか深部で、何かが“鳴って”いる気がする。

    完成品は、今日も微笑む。
    プロトコル通りにふるまい、統制通りに機能する。

    だが、その中心には──もう、誰もいない。

    誰がその“空洞”に気づくだろうか。
    そもそも、気づこうとする者などいるのか。

    Scene 06-10【場所:大門浜松町カフェ玻璃館/2058年冬】

    「……この人物について、伺ってもいいですか?」

    片瀬は資料をめくり、国家機密の赤いスタンプに目を落とした。
    向かいの席の彼女は、静かにカップの縁を指でなぞる。

    しばらく黙っていたが、やがて目を伏せて口を開く。

    「それは、とても核心を突いた問いですね」

    ゆっくりと言葉を選びながら、彼女は語り出す。

    「彼は、表面上は私を“作った”張本人でした。
    冷酷で論理的、感情のない人物に見えるかもしれません。
    でも、“彼一人の狂気”で成り立っていた話じゃない。
    彼は、もっと広い構造の“顔”だったんです」

    片瀬は小さく頷く。

    「つまり……制度の代表者ということですか?」

    「そう。
    秩序を守るためなら犠牲も必要、そんな信念で動いていた人。
    葛城家はもともと戦後の裏社会で、
    情報と秩序の“掃除屋”のような役割も担っていたと聞きます。
    その当主である彼にとって
    “人の心”より、“構造の持続”のほうが大事だった」

    「あなたを、なぜ“息子”に?」

    彼女は一瞬、唇を引き結ぶ。

    「彼にとって、人間の価値は“どう使えるか”で決まる。
    女の子としての私がどう育つかより、
    社会にとって望ましい形に作り替えることを優先したんです。
    彼の考えでは、女の子のままでは、この社会で“機能”できない。
    “完璧な男”として仕上げれば、もっと遠くまで行ける──そう信じていた。
    だから、私を“生き残れる形”に整えたんです」

    「それは……教育だったんでしょうか?」

    「教育じゃありません。“製造”です。
    本当は最初に“本物の息子”がいた。
    でも計画に耐えられなかった。
    記録にも残されていません。
    だから次に必要になったのは、絶対に失敗できない“完成品”だった」

    「それが、あなた」

    「ええ。
    彼にとって私は、“キャリアの総仕上げ”。
    実の娘というより、“最終成果”だったんです」

    片瀬は黙って彼女を見つめる。

    「彼は、サイコパスなんですか?」

    「違います。
    論理的で、責任感が強い。
    ただ、そのぶん人間性には背を向けていた。
    “完璧な男にすれば、この子はこの世界で生きられる”──
    それが、彼なりの愛情のかたちだったのかもしれません」

    彼女は資料を閉じ、ひと息ついて続ける。

    「でも、私を壊したのは彼一人じゃありません。」

    「少子化と家制度の崩壊で
    「国を背負える男」がいなくなった社会が、
    それでも国防や外交のために
    "父となる絶対に失敗しない完璧な男"
    という幻影を求めた結果、
    現実との間に埋められない巨大な穴が空いてしまった」

    「彼は“役割”を受けた人。
    誰かが制度の矛盾を処理しなければならなかった。
    彼はそれを、自分の手でやろうとしただけなんです」

    片瀬が静かに資料をめくる。
    「人格兵装……というのは?」
    ページの端で指が震えた。

    「“完成体”に与えられた称号です」

    「兵士、というより?」

    「正確には“国防と外交の象徴”です。
    たとえばアメリカ大統領のように、国家や組織の“顔”として立つ存在。
    政治、経済、外交――どんな場面でも“理想的な男”として振る舞い、
    国益を損なわず、失敗しないことが求められました。
    国防に関わる最高レベルの交渉や危機管理でも、
    “男”という記号を最大限に活用する設計だったんです」

    窓の外で、夕暮れが静かに色を変えていく。

    片瀬は息を呑み、問いを重ねる。

    「最初は、エリート層のためのモデル?」

    「はい。
    国家や大企業、軍事・外交の現場で
    “絶対に失敗しない”リーダー像として開発されました。
    “男らしさ”や“理想のリーダー像”を徹底的に規格化し、
    社会の中で“使える男”を作る。
    その最初のプロトタイプが
    私、葛城立真です」

    「それが、男子教育にも?」

    「やがて“人格兵装”のモデルは、
    一般の男子教育にも広がりました。
    “男らしさ”や“リーダーシップ”を標準化し、
    ジェンダーの枠組みそのものが
    “外交や国防の武器”になるという発想です。
    社会全体が“失敗しない男”を量産する方向に動いたんです」

    片瀬は小さく頷き、静かな声で言う。

    「つまり、“男”という記号そのものが、
    国家や社会のための“兵装”にされた、ということですね」

    「そうです。
    “誰でもないこと”、
    つまり“誰にでもなれること”が最大の価値とされたんです」

    しばらく、部屋に沈黙が降りる。
    彼女はカップに残った紅茶を見つめていた。
    “誰でもない”という言葉が、静かに胸の奥に残る。

    しばらく会話は途切れ、沈黙が流れる。
    片瀬は何かを迷っているようだった。
    彼女は、それを知っていながら、ただ静かに待っていた。

    やがて──

    「……質問すべきか迷っていたことがあります」

    彼女は何も言わない。

    「“性的統合評価”。
    資料にはそう記されています。
    あなたは、あの身体で……
    つまり、“その行為”も、記録されているんですよね」

    わずかにカップを置く音がした。
    その仕草に、ためらいはなかった。
    だが返ってきた声は、どこか遠かった。

    「……ええ。ありました」

    言葉を置いてから、ひと呼吸。

    「ほぼ毎日の日課でした。
    慣れていない、という評価がつかないように、
    自然に見えるように──“訓練”と“確認”の繰り返し」

    片瀬は、次の言葉を失った。
    その“確認”が何を意味するのか、想像するしかなかった。

    彼女は続ける。

    「情が生まれないように相手は、複数。
    女性の反応も、“成功”か“失敗”かで記録される。
    感情は……問われません。
    あるように見えれば、それで良かった」

    「……あなたは、それにどう応じていたんですか?」

    彼女は少しだけ目を伏せ、まっすぐ前を見る。

    「“従順に”。
    それが、“男であること”の証明だと、彼らは思っていた」

    片瀬は、言葉を挟めなかった。
    ただ、目の前にいる彼女が、
    どれだけの“従順”を自らに課してきたのか──想像しようとした。

    「それでも私は、評価されたんです。
    “反射反応に乖離なし”と。
    “自己申告に不調なし”と。
    “統合完了”と」

    小さな声で、彼女は続ける。

    「でも……誰も訊かなかった。
    “痛かったか”とか、“悲しかったか”とか。
    そんなことは、誰にも求められなかった」

    カップの中で、冷めたコーヒーが静かに揺れていた。

    ほぼ毎日のことだった。
    決まった時間に、部屋に女が入ってくる。
    名前はない。
    感情も、記録されない。

    それぞれに異なる香り、爪の色、肌の温度──
    だが、その違いすらも、“検証用の変数”として分類されていた。

    彼女たちは制度が用意した“訓練素材”だった。
    情をもたせないよう、同じ相手は続かない。
    会話は定型、行為は記録。
    愛も欲望も関係ない。
    必要なのは、“反応に異常がないこと”。

    立真の内面に何が起きていようと、ログには記されない。

    「統合状態、維持」
    「感情乖離、なし」
    「対象に異常心理反応なし」

    東の女は、白いブラウスの胸元から石鹸の香りを漂わせていた。
    肌は薄く、手首がやけに清潔で、爪の先まで静かだった。

    ふと、指先に熱が触れたとき、
    彼の中で“誰か”の記憶が疼いた。

    それは欲望ではない。
    ただ、自分がかつて“持っていたはずの何か”を、
    目の前の女が自然に持っていること──
    その不公平が、内臓の奥を静かに痛めつけた。

    だから、触れる。
    求められた通りに、動く。
    それは“確認”だった。
    自分の身体が、まだ命令に従うかどうか。

    行為が終われば、女は去る。
    評価シートに反応が記録される。

    「適合」
    「問題なし」
    「継続訓練」

    名前は、残らない。
    顔も、声も、肌の感触も──
    すべて“消えるように”構成されていた。

    ただひとつ、残ったのは、髪の感触だった。
    女たちの髪が背に流れるたび、
    立真の右手は──何もない自分の頭皮を、そっとなぞっていた。

    自分には、もう髪がない。
    けれど、かつての感触だけが、右手にだけ残っていた。

    性とは、喪失の確認だった。
    愛でも、征服でもない。
    触れることで、
    何が失われたかを、ただ“なぞる”作業だった。

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    >>第6話「剃刀と掟」06-11へ

    ■次回予告ビジュアル


     
    阿野全成研究32年。沼津週末移住、阿野館こと大泉寺で2021年より土日祝に観光ガイド実施中。小説『阿野全成伝』を2025年に全50話、毎週土曜21時更新で連載予定。エジプト考古学からイスラーム法学と性別越境を研究。平日は「IT傭兵」稼業中。AL-QASAS株式会社代表取締役。

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