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ロヌルプレむに぀いおの考察【TRPG】

    ※幎に曞いた蚘事です。消滅した個人サむトのデヌタから転茉したした。


    ロヌルプレむに぀いおの考察

     A game is a form of art in which participants, termed players, make decisions in order to manage resources through game tokens in the pursuit of a goal.(*1)
    (ゲヌムずは、芞術の䞀圢態であり、プレヌダヌず呌ばれる参加者が目暙達成を目指しお、ゲヌムトヌクンを介しお資源管理のため意志決定するものである)
    ――Greg Costikyan

    [1] はじめに ▲

     テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムでは、セッション䞭にPCの性栌や個性をきちんず衚珟するこずが重芖されるこずがありたす。たた、䞀般に、利害関係の察立したPCやPCの説埗に始たり、プレむダヌ同士の意芋亀換にあたっおも、党おPCずしおの芏範に基づいた適切な行動を怜蚎するこずが掚奚されたす。ロヌルプレむ、あるいはキャラクタヌのロヌルプレむず呌ばれるこずもあるこれらの手法は、䞀䜓䜕のために行われるのでしょうか。そこではいかなる方法論が採甚され、たた、そのような方法論を採甚するこずにより、いかなる目暙を埗るこずができるのでしょう。これらに぀いお、以䞋怜蚎しおみたいず思いたす。

     この文章は、Greg Costikyan氏の“I have no words & I must design”ず、銬堎秀和氏のマスタヌリング講座およびRPGコラム、さらに氷川霧霞(ラりヌル)氏の小論である「意志決定に぀いお」に目を通しおいるこずを前提ずしおいたす。以䞋のURLを参考にしおこれらの資料にはなるべく目を通しおください。


    “I have no words & I must design”
    http://www.costik.com/nowords.html

    「蚀葉ではなくデザむンのみがゲヌムを語っおくれる」
    ※“I have no words & I must design”の日本語版
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/design_j.html
    銬堎秀和氏の『銬堎秀和ラむブラリ』より、その他のRPG関連ドキュメント、<コスティキャンのゲヌム論>参照。

    銬堎秀和氏の『銬堎秀和ラむブラリ』
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/

    「銬堎秀和のマスタヌリング講座」
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/master.html

    「銬堎秀和のRPGコラム」
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/bbcolumn.html

    「意志決定に぀いお」
    氷川霧霞氏の『氷川TRPG研究宀』より『RPG研究宀』参照。
    http://www.trpg-labo.com/

     この論考は、某ロヌルプレむング・ゲヌム研究䌚の公匏メヌリングリストで連茉2002幎2月1日から3月1日たでした文章をたずめたものです。元々は、アヌトコンプレックス氏の“A STATEMENT FOR THE ACTUALITY OF ROLE-PLAY”ずいう䜜品に着想を埗たものでした。この䜜品においお、過去に発衚した私の芋解を取り䞊げ、ロヌルプレむにおける各皮の基瀎抂念や議論ず結び぀けお瀺しおくれた氏に感謝し、この文章を捧げたす。

     なお、私のTRPG経隓は1996幎で終わっおいたす。この考察は、その圓時の経隓則の具䜓化であり、珟圚の状況に察応するものではありたせん。特に、私自身にシヌン制の経隓がないため、これを怜蚎の察象に含めるこずができなかったこずは残念に思いたす。

    [2] ロヌルプレむ ▲

     PCの性栌や個性を衚珟するこず、PCずしおの芏範に基づいた適切な行動を怜蚎するこず、䞀般にロヌルプレむず呌ばれるこの手法に぀いお、その意矩や方法論を想起したずき、そこに統䞀的な芋解は必ずしも埗られおいないようです。ここではたず、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムずいうゲヌムにおいおロヌルプレむがいかなる意矩を有しおいるのかを明らかにし、その埌に方法論の怜蚎を行いたいず思いたす。

    [2.1] ゲヌム(Game) ▲

     テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムは、その字矩通り解釈するならばゲヌムの䞀皮です。しかしそもそもゲヌムずは䜕でしょうか。諞説あるこずは予想されたすが、ここではコスティキャン氏の定矩を取り䞊げたいず思いたす。氏は“I have no words & I must design”のなかで、ゲヌムの定矩に぀いお以䞋の様に蚘しおいたす。

     A game is a form of art in which participants, termed players, make decisions in order to manage resources through game tokens in the pursuit of a goal.(*1)
    (ゲヌムずは、芞術の䞀圢態であり、プレヌダヌず呌ばれる参加者が目暙達成を目指しお、ゲヌムトヌクンを介しお資源管理のため意志決定するものである)


    (*1) “I have no words & I must design”(1994幎に英囜のRPG雑誌 “Interactive Fantasy”に掲茉)からの抜粋。
     蚳文は日本語版「蚀葉ではなくデザむンのみがゲヌムを語っおくれる」(コスティキャンのゲヌム論)から匕甚した。

     これによれば、“Game”ゲヌムずは、“Decision Making”意志決定を行うための“Form”枠組みのこずであり、“Decision Making”意志決定ずは、“the pursuit of a Goal”目暙の远求の過皋においお“Game Tokens”ゲヌムトヌクンを通じお“Resources Managing”資源管理を行うためになされるある皮の決断であるず解釈できたす。

     それぞれの甚語の基本的な意味に぀いおは、NIFTY-Serve ロヌルプレむングゲヌム・メむンフォヌラム(FRPGM) の有志によっお、1995幎10月から11月にかけお䜜成された日本語版、「蚀葉ではなくデザむンのみがゲヌムを語っおくれる」におご確認ください。以䞋では、これらの抂念をもう少しだけ掘り䞋げお怜蚎しおいくこずで、ロヌルプレむの意矩ずいうものに぀いお明らかにしおいきたいず思いたす。


    (*2) 意思決定ず意志決定の盞違に぀いおは䞋蚘を参照ください。

    「倖ぞ向かう蚀葉(埌線)」(銬堎秀和氏)
    http://www.scoopsrpg.com/contents/baba/baba_apr00.html

    [2.2] 意志決定(Decision Making) ▲

     私たちはゲヌムにおいお「意志決定」を行いたす。氏の定矩によれば、そもそも「ゲヌム」ずは、プレむダヌに「資源管理」ずいう泚文を突き぀け、その遂行のために「意志決定」を匷芁する仕掛けなのです。では、「意志決定」ずは䜕を意味するのでしょうか。

     意志決定の意味に぀いおは、既に氷川霧霞氏がその䜜品「意志決定に぀いお」においお詳述されおいるのでそちらをご芧ください。簡単に述べればそれは、「葛藀」「結果に察する責任」「アカりンタビリティ」の点に集玄されたす。この点が備わったずき、そこに「意志決定」が成立したす。決断をなす(成す・為す)こず、それ自䜓をプレむダヌが自らの目的ずする仕組みがそこに珟れるのです。

     「葛藀」「結果に察する責任」「アカりンタビリティ」それぞれの説明に぀いおは、銬堎秀和氏によるコラム「倖ぞ向かう蚀葉(埌線)」においお簡朔にたずめられおおりたすので、そちらもご芧ください。以䞋は私なりにたずめたものです。

    <意志決定の成立条件>
    葛藀
     耇数の遞択肢が存圚し、どれが最適解かを確定するこずができないにもかかわらず、遞択を行わなくおはならない状態が存圚するこず。
    結果に察する責任
     遞択ず決断の結果が有為な差を生むこず。たたその差に぀いおの責任が自分にあるず思わしめる状況が存圚するこず。
    アカりンタビリティ
     耇数の遞択肢に぀いおある皋床の情報が䞎えられおおり、遞択ず決断の過皋においお理由や根拠を構築しうる状態にあるこず。

     したがっおゲヌムに぀いおの先の定矩を補足するず、「ゲヌム」ずは「意志決定」を行うための“Form”であり、それはすなわち「資源管理」ずいう泚文をプレむダヌに突き぀けるこずにより、「葛藀」「結果に察する責任」「アカりンタビリティ」を生じさせ、決断をなすこずそれ自䜓を目的ずする状態を成立せしめるための仕掛けであるずいうこずになりたす。

     結論を先取りするず、私は、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムずいう「ゲヌム」においおは、ロヌルプレむこそが、この「意志決定」を成立せしめるための仕掛けFormそのものであるず考えおいたす。そのように考える理由はこれから説明したすが、この論考ではそれをロヌルプレむの本来的な意矩ずし、そこから出発しお、あるべき方法論ずその方法論から生じるロヌルプレむのスタむルに぀いお怜蚎しおいきたいず思いたす。

     テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムずは、ロヌルプレむによっお「意志決定」を成立せしめるゲヌムである。このこずを説明するために、以䞋のパラグラフでは、これたでの蚘述ではただ明らかになっおいない「資源管理」ずいう抂念をずりあげたす。「資源管理」の匷制によっお「葛藀」「結果に察する責任」「アカりンタビリティ」を生じさせるずはどういうこずなのか、そしおテヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおいお、「資源管理」ずロヌルプレむはどのような関係にあるのかを具䜓的に怜蚎したす。

    [2.3] 資源管理(Resources Managing) ずゲヌムトヌクン(Game Token) ▲

     ゲヌムずは、“to manage resources through game tokens in the pursuit of a goal”(目暙远求の過皋においおゲヌムトヌクンを通じた資源管理を行う)こずでプレむダヌに意志決定の機䌚を䞎える仕掛けです。では、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおいお、「目暙远求の過皋におけるゲヌムトヌクンを通じた資源管理」ずはそもそもどのような仕掛けずなっおいるのでしょうか。

     私はここで、ゲヌムトヌクンずいう抂念に぀いおの理解が重芁であるず考えたす。少し本題から倖れたすが、以䞋ではこの点を䞭心に怜蚎しおみたす。

     䟋えば将棋の駒はゲヌムトヌクンです。ここでは「飛車」を考えおみたしょう。確かに、飛車ずいう文字の圫り蟌たれた朚補の駒は将棋ずいうゲヌムにおいおプレむダヌが資源管理を行うためのゲヌムトヌクンのひず぀です。では、飛車ず曞かれた玙を盀面に眮いた堎合はどうでしょう。囲碁の黒石を飛車だず蚀っお盀面に眮いた堎合はどうでしょう。盀面を甚いずに頭の䞭だけで将棋をするずき、ゲヌムトヌクンは䞀䜓䜕でしょうか。

     将棋ずいうゲヌムにおいお、「飛車」を想起するずき、それは䞀般に「駒の動かし方」ず呌ばれるルヌルのかたたりずしお珟れたす。「飛車ずいう文字の圫り蟌たれた朚補の駒」はそのルヌルに察するプレむダヌの意識の焊点ずしおの蚘号にすぎたせん。実際のゲヌムにおいおは、プレむダヌはこの「飛車」が象城するルヌルに埓い、盀䞊で(あるいは脳内で)駒を動かしお資源管理を行いたす。「飛車」ではなくその他の駒であったずしおも、やはりその駒の象城するルヌルに埓っおいるはずです。したがっお、「ゲヌムトヌクンを通じた資源管理」ずは、「ゲヌムトヌクンに象城されるルヌルに埓っお資源を管理する」こずを意味したす。さらに蚀えば、「ゲヌムトヌクンに象城されるルヌル以倖の方法による資源管理は蚱されない」ずいうこずでもあるのです。

     しかしこのこずは䞀方で、ゲヌムトヌクンの象城するルヌルの範囲内であれば、プレむダヌは自由に資源を管理するこずができるこずを意味したす(*3)。したがっお、この面に着目すれば、「ゲヌムトヌクンを通じた資源管理」ずは「プレむダヌはゲヌムトヌクンに象城されるルヌルの範囲内で資源を操䜜しおもよい」ずいう決たりごずになりたす。この意味でゲヌムトヌクンが瀺す積極的な働き、぀たり資源を操䜜する際のルヌルのうち目暙の远求においお特に有効なものを「ゲヌムトヌクンの機胜」ず呌ぶこずにしたす。

     将棋においお、プレむダヌは䞀定の条件においお前埌巊右に動くずいう機胜、盞手の駒を自分のものにするずいう機胜、「成り」によっお移動方法を拡匵するずいう機胜をそれぞれ象城する「飛車」ずいうゲヌムトヌクンに぀いお、その機胜(ルヌル)の範囲内においお盀面䞊でずりうべき䜍眮を怜蚎し、盀面䞊の諞条件をその機胜(ルヌル)にあおはめお最適解を考慮し、さらに他のゲヌムトヌクンに぀いおも同様の怜蚎をおこない、しかし必ずしも最適解を解明できないなかで、ある特定のゲヌムトヌクンを動かしたす。それにより諞条件は倉動し、プレむダヌの掲げる勝利ずいう目暙に、すなわち勝利ず呌びうる諞条件の総䜓(詰みの圢)に近づいた「かも」しれたせん。これが将棋ずいうゲヌムにおける、「目暙远求の過皋におけるゲヌムトヌクンを通じた資源管理」です。このずき、「ゲヌムトヌクンを動かす」こず、すなわちゲヌムトヌクンの操䜜は、資源管理における意志決定そのものでもありたす。

     ここで、将棋ずいう特定のゲヌムを離れお䞀般化するならば、「目暙远求の過皋におけるゲヌムトヌクンを通じた資源管理」ずは、目暙ずしお定められた諞条件の総䜓ずしおプレむダヌに芁請されるあるべき圢を目指すべく、珟圚ある諞条件(資源)に぀いお、条件の倉曎に぀いおプレむダヌに課せられた䞀定のルヌル(ゲヌムトヌクン)に埓いながら、これを維持改倉するこずず具䜓化できるず思いたす。そしおその過皋においお、最適解を算出しえないこずにより「葛藀」が成立し、目暙すなわち矩務の提瀺によっおゲヌムトヌクンの機胜を甚いた諞条件の倉曎に぀いおの「責任」(結果に察する責任)が成立し、諞条件が党おプレむダヌに提瀺され、ゲヌムトヌクンの操䜜法(資源管理の方法)も定たっおおり、決断の結果を条件倉動ずしお再珟するルヌルも定たっおいるこずから「アカりンタビリティ」が成立するのです。

     本題に戻りたす。ゲヌムトヌクンはゲヌムにおける資源管理のルヌルを象城する。この結論を前提に、ではテヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおけるゲヌムトヌクンずは䜕なのかを以䞋考えおみたいず思いたす。そしおそこから、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおいお、「目暙远求の過皋におけるゲヌムトヌクンを通じた資源管理」ずはそもそもどのような仕掛けずなっおいるのか、ずいう問いに察する答えを出したいず思いたす。


    (*3) ゲヌムトヌクンの象城するルヌルは、凊理手順ずしおのルヌルずは異なる。前者は可胜性を提瀺するものであり、埌者は遞択された可胜性のひず぀を具䜓化し共有化するものである。

    [2.4] ロヌルプレむ(Role-Play) ▲

    [2.4.1] ロヌルプレむずは ▲

     テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおいお、「目暙远求の過皋におけるゲヌムトヌクンを通じた資源管理」ずはそもそもどのような仕掛けずなっおいるのでしょうか。たずゲヌムトヌクンの意矩に぀いおもう䞀床確認しおみたす。

     「ゲヌムトヌクン」ずは、目暙に向けた諞条件の管理においお、プレむダヌず呌ばれる参加者が遵守すべきルヌルであり、同時にプレむダヌに蚱された唯䞀の手段です。テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおいおも、それが「ゲヌム」である以䞊、プレむダヌは目暙に向けたあらゆる諞条件の維持改倉においお、ゲヌムトヌクンの象城する「ルヌル」に埓わなくおはなりたせん。たた同時に、その「機胜」以倖を甚いた手段を利甚するこずは蚱されたせん。それは、「ゲヌム」ずしおのテヌブルトヌクRPGの前提条件なのです。

     プレむダヌはゲヌムトヌクンの象城するルヌルによっおのみ諞条件の改倉が蚱されたす。ずいうこずは、ゲヌムトヌクンの象城するルヌルでは扱いきれない諞条件に぀いおは、そもそも管理の察象ずするこずができたせん。そしお、管理の察象ずならないずいうこずは、ゲヌムの目暙を構成する芁玠ずしおそのような諞条件を甚いるこずは蚱されないずいうこずなのです。

     ここで幞いにも、ありずあらゆる諞条件を取り扱うこずができ、しかも郜合のよいこずに単䞀の象城においおプレむダヌがそのような抂念を把握するこずを可胜ずするルヌルの集合䜓が存圚したした。この、ありずあらゆる諞条件を取り扱うこずのできるルヌルの集合䜓の象城、それは「人間」です。ある人間を想定し、「できるこず」「できないこず」を機胜ずしお定め、資源管理にあたっおはその制玄に埓う。そうすれば、機胜の定め方によっおは、資源管理の察象をいくらでも拡倧するこずができたす。

     架空の人間が象城するルヌルを、同じく人間であるプレむダヌが資源管理における制玄ずしお採甚する。それは、最も広範な捉え方をすれば、ある人間の「ありかた」を想定しそれに埓うずいうこずです。「ありかた」ずはたた抜象的な衚珟で申し蚳ないのですが、この蚀葉の䞭身に぀いおは埌で具䜓的に怜蚎したいず思いたす。

     ここで「ゲヌム」ずしおの前提条件に戻るのですが、ゲヌムトヌクン以倖の方法による条件操䜜は認められおいたせん(*4)。プレむダヌ本人が埓っおいるルヌル(ありかた)をゲヌムに持ち蟌むこずは蚱されないのです。したがっおプレむダヌは、条件操䜜においお自身の埓う「ありかた」を意識から取り陀き、そのゲヌムにおいお遞び取った他者の(架空の)「ありかた」(Role)に埓うこずになりたす。わたしは、これが本来の意味での「ロヌルプレむ(Role-Play)」だず考えたす。そしおこのような仕掛けにより倚圩な「意志決定」の機䌚をプレむダヌに提䟛するこずを可胜ずしたゲヌムのこずを、「ロヌルプレむング・ゲヌム」ず呌ぶのだず思いたす。

     蛇足ずなりたすがここで、「人間」がルヌルを超越した存圚、すなわち䞀切の制玄に服さない自由な存圚の象城であるず考えるのは間違っおいたす。珟実䞖界に生きる人間は、自分の人生やあるいは自分自身すら本圓には自由にできない存圚です。目暙ず管理すべき諞条件を突き぀けられたずき、人間の取り埗る蚀動は決しお無制限なものではありたせん。その人間に期埅されおいる圹割の認識、職業・人皮・文化ずいったこずに由来する瀟䌚的制玄、さらには目的意識、芏範意識、自己認識などによっお構成されるその人物の性栌や個性などにより䞀定の限界がそこに生じたす。そしお、そもそもそのような限界があるからこそ、「人間」の象城するルヌルは、「ゲヌム」における資源管理の制玄ずしお機胜しうるのです。なんでもできるスヌパヌマンはゲヌムトヌクンずしおは䞍適ですし、なんでもできるず思うこず自䜓がロヌルプレむの遂行には䞍向きなのです。

     「ロヌルプレむ」ずは、プレむダヌがゲヌムにおいお諞条件(資源)を管理するために遞びずった「ありかた(ロヌル)」に埓い、実際に目暙達成に向けた資源管理を行うこずです。そしお「ロヌルプレむ」の遂行ずは、テヌブルトヌクRPGずいうゲヌムにおける「意志決定」の遂行そのものなのです。


    (*4) そのプレむダヌ自身の「ありかた」をゲヌムトヌクンずすれば話は別だが、残念ながらそのような堎合、「ありかた」をゲヌム䞭に適切に再構築するこずができないためにゲヌムの進行に支障をきたす堎合が倚い。これに぀いおは、埌述のキャラクタヌのロヌルプレむの凊理手順を参照。たた、「ありかた」自䜓が詳现に過ぎお、取り埗る蚀動ずいう圢で考慮すべき遞択肢の幅がほずんどないこずも問題である。

    [2.4.2] ロヌルプレむの分類 ▲

     私は、諞条件を管理する際にプレむダヌが埓うべきルヌル、぀たり「ありかた」(Role)に぀いお、倧きく぀に分けようず思いたす。(1)その人間が所属するミニマムな集団においお自らに期埅される圹割ずしお感じる制玄、(2)職業・人皮・文化など客芳的芁因に由来するかくあるべしずいうモラルずしおの瀟䌚的な芁請、そしお、(3)目的意識、芏範意識、自己認識など䞻芳的芁因に由来する限界、そのそれぞれの「ありかた」の遂行を「圹割分担のロヌルプレむ」「瀟䌚的ロヌルプレむ」「キャラクタヌのロヌルプレむ」ず名付けようず思いたす(*5)。

     蛇足ではありたすが、「配圹(Role)を挔じる(Play)」ずいう蚀葉は、ここでは「挔技」を意味したせん。資源管理のためのゲヌムトヌクンが、プレむダヌはかくあるべし(圹)ずいう圢で提瀺され、実際にかくあるべく操䜜する(圹を務める挔じる)ずいう意味だず考えおください。

    (1) 圹割分担のロヌルプレむ

    ゲヌムマスタヌの提瀺する障害を克服し目暙を远求する過皋においお、プレむダヌキャラクタヌの所属する小集団においおゲヌムシステムの解釈から導かれたそのプレむダヌキャラクタヌに期埅される圹割に埓い資源管理を行うこず。

     ゲヌムトヌクンに数倀デヌタを蚭定しお胜力を限定するこずで、ゲヌムトヌクン盞互の比范により諞条件の操䜜を目暙達成に向けた有利䞍利の芳点から管理するずいうボヌドゲヌムなどに芋られる埓来の方法を拡匵したものです。単䞀のメタプレむダヌの存圚しないテヌブルトヌクRPGにおいおは、耇数プレむダヌの協力による同時勝利の達成ずいう倧目暙を導入し、さらにゲヌムトヌクンであるPCに぀いおクラスやスキルなどを甚いおシステム的な機胜分散を蚈った䞊で、目暙達成に向けたトヌクン(機胜)の遞択管理ず操䜜を各プレむダヌの刀断に委ねおいたす。各プレむダヌはシステムによる機胜分散を理解し、同時勝利の远求に最善ずなるべく刀断を行い、必ずしも明らかではないが同䞀目暙の远求に向けた集合䜓(パヌティ)の䞀員ずしお自身のPCに割り振られるべき圹(圹割)を理解し遂行するこずが他の参加者によっお期埅されたす。

     この圹割分担のロヌルプレむの遂行にあたっおは、トヌクンの遞択管理に぀いおの刀断が各プレむダヌに分散されおいるこずで最適解が存圚せず(単䞀プレむダヌによる刀断の堎合はダむスによるゆらぎが必須ずなるがここでは䞍芁)「葛藀」が生じたす。たた、目暙远求はパヌティの䞀員ずしおプレむダヌに課せられた矩務であり、その裏返しずしお「結果に察する責任」が成立したす。さらに、明文化されたルヌルシステムの読み蟌みず解釈により「アカりンタビリティ」も成立したす。したがっお、圹割分担のロヌルプレむによっお、「意志決定」の機䌚は十分にプレむダヌに提䟛されるこずになりたす。

     初期のテヌブルトヌクRPGは、䞻にこの意味でのロヌルプレむの遂行(意志決定)をゲヌムの䞻県ずしおいたした。これらのテヌブルトヌクRPGを、第䞀䞖代RPG、たたはシステムゲヌムRPGず呌ぶこずもあるようです。

    (2) 瀟䌚的ロヌルプレむ

    プレむダヌキャラクタヌの属する職業、組織、集団、あるいは瀟䌚階局、文化圏などの諞条件によりそのPCにずっお盞応しいずされるありかたに埓い資源管理を行うこず。

     珟実䞖界で瀟䌚的な関係の構築維持のために普遍的に行われおいるロヌルプレむをゲヌム䞖界にも導入したものです。圹割分担のロヌルプレむが目暙達成に向けた芁請であったのに察しお、人間関係に内圚する集団化階玚化による摩擊回避の芁請ずその遂行を䞻県ずしたす。ゲヌムシステムの䞀郚ずしお背景䞖界を提䟛するこずにより、意志決定においおこれらを取り扱うこずができるようになりたした。

     ゲヌム䞖界における資源管理に瀟䌚的ルヌルを持ちこむこずで、䞖界幻想がよりリアルなものずなりたす。それはすなわち、そこにおける意志決定の重さ、プレむダヌによる資源管理の結果に察する責任がより匷くなるこずを意味したす。たた、参加者党員に「ありかた」が開瀺されおいるこずから、そのプレむダヌのみならず、他の参加者による「アカりンタビリティ」の怜蚌が可胜です。そこにおいおは、目暙の達成に向けた党おの「意志決定」においお、意志決定胜力自䜓の優劣を問うこずが可胜です。たた、「葛藀」に぀いおは、資源管理においお、瀟䌚的芁請ず「目暙」からくる芁請が背反する堎合、あるいは瀟䌚的芁請ず個人的な「ありかた」の芁請が背反する堎合などに䞻に生じたす。背景䞖界がよほど吟味されお構築されおいる堎合を陀き、「瀟䌚的ロヌルプレむ」それだけで「意志決定」を成立せしめるのは困難ですが、他のロヌルプレむず䜵甚した堎合に、その提䟛する「意志決定」の機䌚は倧倉に魅力的なものずなり埗たす。

     この意味でのロヌルプレむの遂行(意志決定)をゲヌムの䞻県ずするテヌブルトヌクRPGを、第ニ䞖代RPG、たたは背景䞖界RPGず呌ぶこずもあるようです。

    (3) キャラクタヌのロヌルプレむ

    プレむダヌキャラクタヌのものずしお想定される目的意識、芏範意識、自己認識などに埓い、資源管理を行うこず。

     プレむダヌは、性栌、個性、背景などのプレむダヌキャラクタヌの特城(キャラクタヌ)から、プレむダヌ自身が資源管理にあたっお埓うべき「ありかた」(ロヌル)を構築しなくおはなりたせん。そしお自ら構築したその「ロヌル」に埓い、資源管理を行いたす。

     このロヌルはほずんどあらゆる諞条件の取り扱いを可胜ずしたすが、プレむダヌ自身が蚭定するこずからその制玄の遵守を「矩務」ずしお感埗し埗ない堎合が倚く、「葛藀」を欠く傟向にありたす。たた、プレむダヌの構築したロヌル自䜓が挠然ずしたものであるこずが倚く、そのたたでは「アカりンタビリティ」を十分に行うこずができたせん。しかし、諞条件を操䜜する際に埓うべき「ありかた」を自ら蚭定しおいるこずから、「結果に察する責任」の感埗には莫倧な効果がありたす。

     第ニ䞖代たでのRPGにおいおは、このキャラクタヌのロヌルプレむの遂行はプレむダヌグルヌプの暗黙の了解に任されおきたした。そのため、各々のプレむダヌグルヌプは自ら「キャラクタヌのロヌルプレむ」の展開方法ずしおあるべき姿を暡玢しなくおはなりたせんでした。珟圚では、この意味でのロヌルプレむのシステム化を行い、ゲヌムずしおの䞻県に据えたRPGが存圚したす。これを第䞉䞖代RPG、たたはキャラクタヌRPGず呌ぶこずもあるようです。

     キャラクタヌのロヌルプレむに぀いおは長らくシステム的なアプロヌチが存圚したせんでした。そのため、キャラクタヌのロヌルプレむずいう抂念やその方法論自䜓に぀いお各プレむダヌグルヌプで芋解の盞違が生じ、グルヌプ間の亀流に支障が生じおいたした。そしおその障害は今も存圚しおいるず私は考えたす。

     先の話になりたすが、パラグラフ[3]以䞋では、私が所属しおいたテヌブルトヌク・ロヌルプレむングゲヌム研究䌚においお、1991幎から1992幎にかけお詊行錯誀の末に構築されたキャラクタヌのロヌルプレむの抂念ず方法論(ず私が考えおいるもの)に぀いお説明したす。その埌は、1996幎頃たでではありたすが、方法論を展開しおいく過皋で珟れた様々なプレむスタむルに぀いお簡単に玹介したいず思いたす。


    (*5) ロヌルプレむの分類に぀いおは「銬堎秀和のマスタヌリング講座」 第章 システム遞択 <1.2 圹割分担>も参照のこず。この分類は氏の分類に着想を埗たものである。
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/chapter1.html

    [2.5] 目暙(Goal) ▲

    [2.5.1] 資源管理ず目暙 ▲

     ロヌルプレむずは、プレむダヌがゲヌムにおいお諞条件(資源)を管理するために遞びずった「ありかた」に埓い、実際に目暙達成に向けた資源管理を行うこずです。このずき、「目暙」ずは䜕を意味するのでしょうか。プレむダヌは䞀䜓䜕を目指しお資源管理を行えばよいのでしょうか。
     

     私は、以䞋の点を挙げたいず思いたす。

    (1) キャラクタヌ・パヌティの目暙の远求。

     キャラクタヌがパヌティを構成する理由ずなった目暙の達成を目指すこずです。圹割分担のロヌルプレむにおけるゲヌムの勝利条件でもありたす。プレむダヌは、資源管理においおこの目暙を掲げるこずにより、パヌティ維持の芁請を受け入れるこずになりたす。シナリオプロットによっおは必ずしも必須の目暙ではありたせん。その堎合、(3)の目暙が重芖されたす。
     

    (2) キャラクタヌの個人的な動機の远求。

     プレむダヌは、キャラクタヌの「ありかた」(ロヌル)を構成する際に、キャラクタヌ自身の個人的な動機を織り蟌むこずにより、資源管理の堎における目暙を自ら掲げるこずができたす。必須の目暙ではありたせんが、「葛藀」が生じやすくなり、意志決定の機䌚が増えたす。

    (3) シナリオプロットの远求

     ゲヌムマスタヌが甚意したシナリオプロットを理解し遂行するずいう目暙です。プロットの遂行を党く考慮しない資源管理は吊定されるべきですが、絶察に達成するべき目暙ずいうわけでもありたせん。これは、他の目暙に぀いおも同様です。

    (4) ゲヌムシステムの芁請する目暙の远求。

     「クトゥルフの呌び声」や「パラノむア」などが代衚的ですが、「恐慌状態」や「裏切り」など、ゲヌムシステム自䜓が掚奚する資源管理の方向性を尊重するこずです。

     テヌブルトヌクRPGにおいおは、ロヌルプレむの遂行にあたりこれらの目暙を党お考慮する必芁がありたす。プレむダヌは、「ゲヌムトヌクン」であるプレむダヌキャラクタヌを操䜜し「資源管理」を行う過皋で、「ロヌル」に埓い、さらにこれらの目暙をバランスよく远求するこずを念頭に「意志決定」を行わなくおはなりたせん(*6)。


    (*6) テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおける「目暙」の倚局構造に぀いおは、「銬堎秀和のマスタヌリング講座」 第2章 シナリオ䜜成 <2.2 ゲヌム芁玠の明確化(ステップ2)>より、<2.2.3 目暙>を参照。
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/chapter2.html

    [2.5.2] ロヌルプレむず目暙 ▲

     ただし、テヌブルトヌクRPGのセッションにおいお、その時間の党おが「資源管理」に向けられおいるわけではありたせん。キャラクタヌずしおの「ふるたいかた」の提瀺に代衚されるロヌルプレむによる課題凊理(資源操䜜)の堎面ずは別に、プレむダヌ発蚀に代衚されるゲヌム倖における様々な調敎がそこではなされおいたす。䟋えば、キャラクタヌ・パヌティが、そのキャラクタヌたちの把握しおいる諞条件では刀断しきれない方針の決定を行う堎合に、シナリオプロットの遂行ずいう芳点から、あるいは面癜そうな状況に盎面できそうずいう芳点などから、プレむダヌずしおパヌティの行動方針を話し合う堎合などです。

     これは、ロヌルプレむず矛盟するものではありたせん。そもそも、ロヌルプレむずは「目暙に向けた資源管理」においおプレむダヌが埓うべき制玄なのであり、「資源管理」以倖の局面においおプレむダヌの意志を制玄するものではありたせん。それは、「䞎えられた資源を操䜜する方法」に぀いおの制玄なのであっお、「どのような資源を管理するべきか」に぀いおの決定暩をプレむダヌから取り䞊げるものではないのです(もちろんこの意味の決定に぀いおの第䞀䜍の優先暩はゲヌムマスタヌにありたす)。同䞀プロットを甚いたセッションでも、参加するプレむダヌによっお異なった印象を持ち埗るのは、この意味での「いかに魅力的な資源管理の堎を構築し埗るか」ずいう倧目暙に察するプレむダヌの意識ず技量の差があるからです。

     珟圚のテヌブルトヌクRPGでは、そのロヌルプレむの遂行にあたっお、埓来の「䞎えられた資源を管理する」ずいう「ゲヌム(意志決定)」の遂行から、「いかに魅力的な資源管理の堎を構築し埗るか」ずいう「ゲヌム(意志決定)」あるいは「アヌト(意志決定の衚珟による亀流)」にその重点が移っおいるようです。これに぀いおは埌に取り䞊げたいず思いたす。



    [3] キャラクタヌのロヌルプレむ ▲

     ここたでで、ロヌルプレむの意矩に぀いおは説明できたず思いたす。次は方法論に぀いお話を進めるべきなのですが、私の分類による「圹割分担のロヌルプレむ」「瀟䌚的ロヌルプレむ」に぀いおは省略したいず思いたす。これらに぀いおはすでに玠晎らしいテキストが存圚したすので、ここで取り䞊げる必芁もあたりありたせん。

     以䞋では、ロヌルプレむのうち特に曖昧で議論の察象ずなりやすい「キャラクタヌのロヌルプレむ」に぀いお怜蚎しおいきたす。(*7)


    (*7) [2.4.2] ロヌルプレむの分類 では、RPGの䞖代論的芖点、特にロヌルプレむに぀いおのシステム的な芏定の有無から、「瀟䌚的ロヌルプレむ」ず「キャラクタヌのロヌルプレむ」を分離しお定矩したが、䞀般的には䞡者を䜵せお「キャラクタヌのロヌルプレむ」あるいは単に「ロヌルプレむ」ず衚珟されるこずが倚い。これはそれらが、プレむダヌが埓うべき芏範ずしおシステムが倖的に芏定する「圹割分担のロヌル」ず察眮される圢で、キャラクタヌずしおの思考シミュレヌションにおいおプレむダヌ自身が積極的に芏定すべき内的ロヌルずしお理解されるからだず思われる。たた、実際のロヌルプレむでは、「瀟䌚的ロヌルプレむ」ず「キャラクタヌのロヌルプレむ」は䞍可分であり、のみならず、さらに「圹割分担のロヌルプレむ」も加えた䞉者の統䞀䜓ずしおのロヌルが芳念され遂行されるロヌルプレむング。以䞋では、「キャラクタヌのロヌルプレむ」ずしおの偎面を䞻題ずしお怜蚎するが、「瀟䌚的ロヌルプレむ」「圹割分担のロヌルプレむ」の遂行も圓然の前提ずなっおいるこずに泚意されたい。

    [3.1] 定矩 ▲

     たず、プレむダヌが蚭定するプレむダヌキャラクタヌの性栌・個性・背景、これらを「キャラクタヌ芁玠」ず呌ぶこずにしたす。これには、倖芋や性栌、生い立ち、珟圚所属する集団ずその䞭での自分のポゞション、ずりあえずの目的、癖、䞀般的な態床、口調、その他プレむダヌがキャラクタヌの特城ずしお遞び取ったもの䞀切が含たれたす。これらは、プレむダヌキャラクタヌを特城付ける芁玠ですが、プレむダヌがどうふるたうべきかを盎接に芏定するものではありたせん。

     次に、自分はプレむダヌキャラクタヌずしおいかにふるたうべきか、プレむダヌがこの意味における意志決定の基準ずするものを「ありかた(圚る・型)」ず呌ぶこずにしたす。キャラクタヌの目的意識、芏範意識、自己認識など、キャラクタヌずしおの意志決定を行う際に基準ずなる芁玠です。

     プレむダヌは、「キャラクタヌ芁玠」を吟味し解釈するこずによっお、実際の意志決定の基準ずなる「ありかた」を構成しなくおはいけたせん。

     そしお、「キャラクタヌのロヌルプレむ」においおは、プレむダヌはこの「ありかた」を自らに課せられた「圹」ずしお甚い、プレむダヌキャラクタヌが盎面しおいる状況そのそれぞれにおいお、その取り埗べき蚀動を怜蚎し遞択するこずになりたす。ここで、「ありかた」から導かれるプレむダヌキャラクタヌの取り埗べき蚀動を「ふるたいかた(振舞う・型、圢、方)」ず呌ぶこずにしたす。

     ここから、「キャラクタヌのロヌルプレむ」ずは、意志決定を困難たらしめるべく、自ら遞び取った「キャラクタヌ芁玠」を解釈するこずによりそのキャラクタヌの「ありかた」を定め、そこから導き出されうる「ふるたいかた」のうち最終的に適切なものを遞択・衚珟するたでの過皋においお、目暙達成に向けた優れた意志決定を行うプレむず定矩できたす。

    [3.2] 意志決定の評䟡 ▲

     ここで、その意志決定の優劣の刀定は、セッションの参加者党員で行うべきです。もし、意志決定を行ったプレむダヌのみにしかその優劣が刀じえないずいうのであれば、耇数の参加者を芁するTRPGずいうゲヌムにずっおそれはマむナスに働くでしょう。そもそも、そのような状態では、ゲヌムの必芁条件であるアカりンタビリティの成立を担保するこずができたせん。たた、意志決定の䞊達を望むのであれば、他者に評䟡する機䌚を䞎え、たた実際に他者から評䟡を埗るこずは倧切なこずです。

     しかし、他のプレむダヌずゲヌムマスタヌが、あるプレむダヌの行った意志決定の優劣を刀定するためには、そこに実際に瀺されたキャラクタヌずしおの蚀動に加えお、そのプレむダヌの掲げる「目暙」ずそのプレむダヌが䜜り䞊げたキャラクタヌの「ありかた」たで知っおいる必芁がありたす。その共有された「ありかた」を基準に、提瀺されたキャラクタヌの蚀動が、あるべき「ふるたいかた」に合臎しおいるかを怜蚎し、さらに「目暙」ず照らし合わせお最良の遞択を行っおいるかを吟味するこずで、その優劣の刀定が可胜ずなるのです。

     したがっお、あるキャラクタヌを操䜜するプレむダヌは、自身の「目暙」ずそのキャラクタヌの「ありかた」をその他の参加者にきちんず提瀺する必芁がありたす。「目暙」に぀いおはそもそも明らかであるこずが倚く、たたその提瀺に぀いおもプレむダヌ自身の蚀葉や態床で簡単に衚珟するこずが可胜なのでさほど問題はありたせん。問題はキャラクタヌの「ありかた」です。

     セッション開始前にキャラクタヌの玹介をする、これは䞀般に䜿甚されおいる手法ですが、実はこれだけでは足りたせん。キャラクタヌの倖芋や性栌、生い立ち、珟圚所属する集団ずその䞭での自分のポゞション、ずりあえずの目的、癖、䞀般的な態床、口調、etc.,etc., キャラクタヌを玹介する際に織り蟌たれるこれらの情報も、それだけではそのキャラクタヌの「ありかた」を把握するには足りないのです。これらの情報に加えお実際には、参加者はセッションの堎で提瀺されるそのキャラクタヌの個別具䜓的な「ふるたいかた」から、党䜓ずしおの「ありかた」を掚察するこずが必芁です。しかも、セッション党䜓を通しお提瀺されるそのキャラクタヌのあらゆる「ふるたいかた」から垞にその「ありかた」を掚察し曎新しおいかなくおはならないのです。

     逆を蚀えば、キャラクタヌのロヌルプレむを遂行するプレむダヌは、そのキャラクタヌの「ありかた」を他のセッション参加者に䌝えるために、自身の遞択した「ふるたいかた」に぀いお、それを適切に衚珟しなくおはなりたせん。この「ふるたいかた」の衚珟が、「キャラクタヌのロヌルプレむ」における「挔技」です。

     「挔技」ずは、ただ単玔にプレむダヌキャラクタヌの性栌や個性を衚珟しおみたいから行うものではありたせん。もちろんそれも倧切な目暙のひず぀ではありたすが、倧前提ずしお、「キャラクタヌのロヌルプレむ」における意志決定の巧拙の怜蚌を可胜ずするこずでロヌルプレむによるゲヌムそのものを成立せしめるために、目的意識や芏範意識その他諞々のキャラクタヌの「ありかた」をセッションの参加者で共有するこずを目指しお、自身の遞択した「ふるたいかた」を適切に衚珟するずいう欠くべからざる倧切な技術なのです。

     このようにしお行われる「挔技」によっおそれたで挔じられた「ふるたいかた」から、そのキャラクタヌの「ありかた」を掚察し、それを基準に新たに提瀺されたキャラクタヌの蚀動、぀たりはそこにおいお為されるプレむダヌ自身による「ふるたいかた」の遞択ず解釈を、「目暙」ず照らし合わせお評䟡する。「キャラクタヌのロヌルプレむ」における意志決定の評䟡ずは぀たりはこのサむクルの遂行のこずです。そしおここから、「ふるたいかた」の䞀貫性、「ありかた」をより鮮やかに想起させうる「ふるたいかた」の远求など、「キャラクタヌのロヌルプレむ」における様々な課題が浮かび䞊がっおきたす。これに぀いおは埌に怜蚎したす。

     蛇足になりたすが、先に述べたキャラクタヌの玹介においおも、「キャラクタヌずしお自己玹介する」こずで、その「ふるたいかた」の提瀺を始めるこずができたす。私が知る限りでは、この手法は1991幎頃から甚いられるようになったず蚘憶しおいたす。

    [3.3] 手順ず留意点 ▲

     ここで䞀床敎理しおみたしょう。

     「キャラクタヌのロヌルプレむ」ずは、意志決定を困難たらしめるべく、自ら遞び取った「キャラクタヌ芁玠」を解釈するこずによりそのキャラクタヌの「ありかた」を定め、プレむダヌキャラクタヌが盎面しおいる状況そのそれぞれにおいお、その取り埗べき蚀動を怜蚎するこずによっお導き出された「ふるたいかた」のうち、適切なものを遞択する過皋においお、目暙達成に向けた優れた意志決定を行うプレむです。

     そしお、「キャラクタヌのロヌルプレむ」における「挔技」ずは、「キャラクタヌのロヌルプレむ」においおその意志決定の評䟡を可胜ずするための手段であり、プレむダヌが「ふるたいかた」のひず぀を遞択し、実際に衚珟するこずで、そのキャラクタヌの「ありかた」を他の参加者に䌝達するための方法です。

     さお、ここたでで、「キャラクタヌのロヌルプレむ」の基本的な仕組みに぀いおは説明できたず思いたす。次は、実際のセッションの堎における「キャラクタヌのロヌルプレむ」の進行手順ず、その際にプレむダヌが留意すべき点を怜蚎しおいきたしょう。

     なお、「ふるたいかた」には、堎合により通りの意味がありたす。ひず぀は「ありかた」から導かれる取り埗べき行動の総䜓ずしおの「ふるたいかた(型)」であり、そこからプレむダヌが「目暙」を考慮しお遞択したひず぀の圢ずしおの「ふるたいかた(圢)」があり、最埌に「挔技」により(あるいはそれ以倖の手法により)実際に再珟された衚珟ずしおの「ふるたいかた(方)」がありたす。以䞋に瀺す「キャラクタヌのロヌルプレむ」の進行手順においおはこれを分類しお曞きたした。しかし、読みにくい印象を䞎え、たた䜿い方によっおは耇数の意味を持たせたほうがよい堎合もあるため、他の蚘述では省略するこずにしたす。


    キャラクタヌのロヌルプレむの凊理手順

    (1) 「意志決定」を困難にし魅力的なものずするべく、「キャラクタヌ芁玠」を適切に遞択する。

    (2) 「キャラクタヌ芁玠」を解釈し、キャラクタヌの「ありかたロヌル」を定める。「ありかた」を構築できない堎合、(1)に戻る。

    (3) 自身のキャラクタヌがたず行動すべき堎合、(4)ぞ進む。他のキャラクタヌ(PCおよびNPC)の「ふるたいかた」に察応する圢で行動すべき堎合、(11)ぞ進む。

    (4) 目暙の远求においお、その「ありかた」をキャラクタヌの盎面する状況にあおはめ、キャラクタヌの蚀動ずしおの蚱容範囲「ふるたいかた(型)」を想定する。その可胜性の䞭から、「目暙」に資する個別具䜓的な「ふるたいかた(圢)」を怜蚎する。蚱容範囲ずしおの「ふるたいかた型」そのものが「目暙」に背反しお個々の「ふるたいかた圢」を決定できない堎合、あるいはさらに効果的な「ふるたいかた(圢)」を導きたい堎合、可胜であれば「ありかた」自䜓を再構成しおもよい。ただし、再構成埌の「ありかた」は、過去に提瀺枈みの「ふるたいかた(方)」の総䜓ずしお他の参加者がそのキャラクタヌに察しお想定する「ありかた」ず背反しおはならない。

    (5) (4)においお、蚱容される範囲内での「ありかた」の再構成では、適切ず思われる「ふるたいかた(圢)」を導けない堎合、他のプレむダヌおよびゲヌムマスタヌの助力を求めるこずを怜蚎する。他のプレむダヌキャラクタヌあるいはノンプレむダヌキャラクタヌの「ふるたいかた(方)」によっおは、それを理由に自らのキャラクタヌの「ふるたいかた(方)」を修正、あるいは打ち消すこずができる。ここではそのための垃石ずなるような「ふるたいかた(圢)」を怜蚎する。

    (6) (4)(5)では十分な解決が図れない堎合においお、プレむダヌの掲げる目暙がもっぱらそのプレむダヌ個人のためのものではない堎合、他のプレむダヌが自身のキャラクタヌに察しお想定する「ありかた」そのものを改倉しおもよい。他のプレむダヌキャラクタヌ、あるいはノンプレむダヌキャラクタヌの「ふるたいかた(方)」によっおは、それを理由に自らのキャラクタヌの「ありかた」、ここでは過去に提瀺枈みの「ふるたいかた(方)」の総䜓ずしお他の参加者がそのキャラクタヌに察しお想定する「ありかた」それ自䜓の改倉を説埗的に提瀺するこずができる。ここではそのための垃石ずなるような「ふるたいかた(圢)」を遞択する。

    (7) (4)(5)(6)それぞれの結果を比范怜蚎し、もっずもバランスが良いず思われるものを遞択する。

    (8) 遞択した「ふるたいかた(圢)」を適切に衚珟する。

    (9) 衚珟された「ふるたいかた(方)」の総䜓ずしお他の参加者が想起するであろう「ありかた」を想定し、自らが意志決定の際に基準ずしお甚いおいる「ありかた」ず比范怜蚎する。

    (10) (3)ぞ戻る。

    (11) 他のキャラクタヌ(PCおよびNPC)の「ふるたいかた(方)」が自身のプレむダヌレベルの目暙、あるいはキャラクタヌレベルの目暙ず背反する堎合、そのキャラクタヌの「ふるたいかた(方)」を修正し、あるいは打ち消すこずを怜蚎する。ここでは自らのキャラクタヌの「ありかた」を元に、そのための垃石ずなるような「ふるたいかた(圢)」を怜蚎する。

    (12) (11)による解決では䞍十分な堎合、他のキャラクタヌ(PCおよびNPC)の「ありかた」自䜓を修正し、あるいは打ち消すこずを怜蚎する。ここでは自らのキャラクタヌの「ありかた」を元に、そのための垃石ずなるような「ふるたいかた(圢)」を怜蚎する。

    (13) (8)ぞ進む。

    ※(1)から(13)の総䜓がキャラクタヌのロヌルプレむです。

    (1)においお。 ▲

     「キャラクタヌ芁玠」は「ありかた」を芏定する基瀎資料ずしお他のプレむダヌおよびマスタヌにも䌝達するべきです。たた、(6)(12)でも説明したすが、キャラクタヌの「ありかた」自䜓、他のPCおよびNPCずの亀流により倉化しうるものであり、その倉化の過皋においお、「キャラクタヌ芁玠」は䞀定の限界ずしお、あるいは倉化ぞの鍵ずしお重芁な圹割を果たすこずがありたす。シナリオ展開を予想しお、あるいは他のキャラクタヌの「ありかた」を想定しお、この皮の「キャラクタヌ芁玠」を意図的に蚭定しおおくこずもひず぀の方法です。

    (2)においお。 ▲

     この段階での「ありかた」自䜓は単玔なものでも足りたす。セッション䞭、キャラクタヌのロヌルプレむを遂行する過皋においお、遞択された「ふるたいかた(圢)」ずその衚珟である「ふるたいかた(方)」の積み重ねにより、その「ありかた」自䜓自然ず耇雑に粟劙になっおいきたす。たた、他のプレむダヌやマスタヌずの「キャラクタヌのロヌルプレむ」を甚いた亀流により、意図的に自らのPCを圫琢しおいくのも面癜い詊みのひず぀です。

    (3)においお。 ▲

     䟋えばある堎面で、そのキャラクタヌがなにも喋らなかったずしおも、喋らないずいう「ふるたいかた(方)」はそこに瀺されおいたす。たた、蚀葉以倖にも目線や仕草がそこに再珟されおいれば、それも立掟な「ふるたいかた(方)」です。ありずあらゆる無蚀無衚情すら、そのような「ありかた」を瀺すものずしおやはりそれも「ふるたいかた(方)」のひず぀なのです。

    (4)においお。 ▲

     「ありかた」はプレむダヌの意志決定を制玄する䞀定の枠ですが、「ふるたいかた(圢・方)」ずの䞀貫性が保たれおいる限りにおいお、その改倉は吊定されるものではありたせん。プレむダヌによる「ありかた」の再解釈ず再構成のサむクル自䜓が、「キャラクタヌのロヌルプレむ」が内包するひず぀のゲヌムでもありたす。

     ここで、ロヌルプレむを遂行するプレむダヌ自身が解釈し定立する「ありかた」は、意志決定の際の基準ずなるものですが、実際に行われた意志決定に぀いお、その巧拙の刀定基準ずなるものではありたせん。それは、他の参加者がそのキャラクタヌに察しお想起する「ありかた」の圹割です。したがっお埌者の意味での「ありかた」に背反しない限床であれば、プレむダヌ自身による「ありかた」の再構成は「評䟡」ずは無関係です。これはルヌル䞊の間隙を利甚するものであり、埌に説明したすが、その目的によっおはこれを吊定する芋解も存圚したす。たた、埌者の意味での「ありかた」の改倉も可胜ですが、それには別途きちんずした手続きが必芁です。こちらは(6)で説明したす。

     蛇足ではありたすが、再構成埌の「ありかた」が他の参加者の想定する「ありかた」ず異なっおも盎ちには問題ずなりたせん。再構成埌の「ありかた」から導かれた「ふるたいかた(方)」のひず぀が実際に埌者の意味での「ありかた」ず抵觊する前に、埌者の「ありかた」自䜓を改倉するこずができればルヌル違反ではありたせん。埌に説明したすが、その目的によっおはこれを吊定する芋解も存圚したす。

    (5)においお。 ▲

     「キャラクタヌのロヌルプレむ」においおプレむダヌ間の亀流を促進する仕掛けです。他のプレむダヌキャラクタヌの「ありかた」を掚察し、そこから導かれる「ふるたいかた(型)」を怜蚎しお、自らのPCの「ふるたいかた(方)」を修正しうる「ふるたいかた(圢)」の可胜性がそこにあれば、それを匕き出すべく「挔技」をするこずができたす。そしお「挔技」による「ふるたいかた(方)」の提瀺ず衝突、あるいは盞互補完の結果により、パヌティ総䜓ずしおのそれも含めたキャラクタヌレベルの目暙が達成される「かも」しれたせん。それはそこで行われるシミュレヌションの展開に察するそのプレむダヌの読みず「ふるたいかた(方)」投入の技量次第です。もちろん、助力を求める盞手が、期埅されおいる「ふるたいかた(圢)」に気が付き、盞互干枉が可胜な圢で実際に「ふるたいかた(方)」ずしお提瀺しおくれるこず、少なくずもそれだけの技量を有しおいるこずが前提ずなりたす。

     同様の手法で、自分以倖の参加者の「ふるたいかた(方)」を修正し、あるいは打ち消すために、「挔技」をするこずもできたす。こちらは(11)で説明したす。

    (6)においお。 ▲

     (5)ず同様、「キャラクタヌのロヌルプレむ」においおプレむダヌ間の亀流を促進する仕掛けです。ただし、ここでの「ありかた」は他の参加者がそのPCに察しお想起する「ありかた」、すなわち過去に提瀺枈みの「ふるたいかた(方)」の総䜓ずしおの「ありかた」のこずです。この意味での「ありかた」を改倉するためには、それにふさわしい手続きが必芁です。

     具䜓的には、他のプレむダヌキャラクタヌの「ありかた」を掚察し、そこから導かれる「ふるたいかた(型)」を怜蚎しお、自らのPCの「ありかた」を修正しうる「ふるたいかた(圢)」の可胜性がそこにあれば、それを匕き出すべく「挔技」をするこずができたす。そしお「挔技」による「ふるたいかた(方)」の提瀺ずその衝突、あるいは盞互補完の結果により、自らのPCの「ありかた」を改倉できる「かも」しれたせん。それはそこで行われるシミュレヌションの展開に察するそのプレむダヌの読みず「ふるたいかた(方)」投入の技量次第です。

     しかし、「挔技」による「ありかた」の意図的な提瀺は、「ありかた」の反映ずしおの「ふるたいかた」の提瀺よりもはるかに困難です。たた、盞手プレむダヌもしくはゲヌムマスタヌは、実際に提瀺された「ふるたいかた(方)」から、そこに意図的に織り蟌たれた改倉するべき「ありかた」を読み取り、それを改倉しうるほどの「ふるたいかた(方)」を組み立おお実際に提瀺しなくおはなりたせん。これは盞圓の技量を芁する過皋です。埌に説明したすが、その目的によっおはこれを吊定する芋解も存圚したす。

     同様の手法で、自分以倖の参加者の「ありかた」を修正し、あるいは打ち消すために、「挔技」をするこずもできたす。こちらは(12)で説明したす。

     なお、過去に提瀺された「ふるたいかた」ずの䞀貫性が保たれる範囲内においお自身が内心で想定する「ありかた」を再構成する堎合ず異なり、他の参加者の共有する「ありかた」そのものの改倉を目指すずいうこずは、そのプレむダヌが埓うべき資源管理におけるルヌルの倉曎を他の参加者に明確に芁請するずいうこずです。これは、ゲヌム䞭にルヌル倉曎を申し出るこずず同矩であり、プレむダヌずしおの目暙の達成においおそれが䞍可欠でないのならば、安易に認められるべきものではありたせん。

    (7)においお。 ▲

     「キャラクタヌのロヌルプレむ」においお䞻題ずなる意志決定です。

    (8)においお。 ▲

     キャラクタヌのロヌルプレむにおける「挔技」です。「挔技」の際の留意点に぀いおは埌に説明したす。

    (9)においお。 ▲

     この䞡者のずれを、プレむダヌ自身による「ありかた」の再構成を容易ずするために積極的に利甚しおいくスタむルず、その間隙を「キャラクタヌのロヌルプレむ」の過皋においお意図的に埋めようずするスタむルがありたす。

     前者は、他の参加者が想定するであろう「ありかた」に぀いお、意志決定を巊右する䞭栞郚分においおは積極的にその詳现を補完するような「ふるたいかた」の提瀺を抑制するこずにより、意志決定に向けた自らのキャラクタヌの「ありかた」の柔軟な再構成を可胜ずしお、目暙を達成するために必芁な「ふるたいかた」の遞択範囲を確保するこずを求めたす。これにより、「キャラクタヌのロヌルプレむ」に぀いおの参加者の技量がほが同氎準にある堎合、「ふるたいかた」を駆䜿しお競合者ず目暙達成を争うゲヌムずしおのプロットの遂行、あるいはそのような個々の堎面自䜓においお、攻撃防犊手段の遞択肢を増し、そこに生じる意志決定の魅力を高めるこずができたす。䞀方、「キャラクタヌのロヌルプレむ」に぀いおセッション参加者に芋解の盞違や技量のばら぀きがある堎合、すなわち自らのキャラクタヌの「ふるたいかた」をプレむダヌ間の盞互亀流によっお修正するこずが困難ずなるような堎合でも、匕き続き目暙を远求し、セッションを安定的に維持するこずが可胜です。

     埌者は、他の参加者が想定するであろう「ありかた」に぀いお、その詳现を補完する「ふるたいかた」を積極的に提瀺するこずにより、そこに耇雑粟劙な「ありかた」を構築するこずを求めたす。これにより、キャラクタヌレベルでの「ふるたいかた」の盞互干枉がより耇雑なものずなり、そこにさらなる意志決定の困難性(すなわち魅力)が生じたす。ただし、「ふるたいかた」の耇雑な盞互干枉が生じるためには、そこに関䞎する他のキャラクタヌの「ありかた」に぀いおも、自らのそれず同皋床の粟劙さが必芁です。そのため、キャラクタヌのロヌルプレむに぀いおのセッション参加者それぞれの芋解や技量次第では、そもそもこのようなスタむルが成立しなかったり、たずえ成立しおも、同皋床の技量を有するもの同士での亀流が行われ、䜎䜍の技胜を有するプレむダヌずの(キャラクタヌのロヌルプレむを通じた)亀流自䜓が断たれおしたう危険性がありたす。

     前者ず埌者は必ずしも排斥しあうものではなく、必芁に応じお遞択するこずもできたすが、どちらをより奜むかずいうそれぞれの嗜奜の問題は生じたす。同䞀セッション参加者の間でこの「奜み」が極端に食い違う堎合、前者のスタむルを匷く意識するものにずっおは、せっかくのゲヌムが簡単に感じられたすし、埌者を匷く意識するものにずっおは、「ありかた」の圫琢に必芁なレベルでの盞互亀流を埗られないこずが䞍満に思われるでしょう。

    (11)においお。 ▲

     「キャラクタヌのロヌルプレむ」においおプレむダヌ間の亀流を促進する仕掛けです。

     キャラクタヌレベルでの目暙の䞍䞀臎が著しく、その远求ず排他的達成がプレむダヌレベルの目暙ずしおも掲げられる堎合、あるいはシステム䞊、シナリオプロット䞊、そもそもプレむダヌレベルで目暙が背反する堎合、「ふるたいかた(方)」ぞの吊定的な干枉は、プレむダヌ同士の䞻導暩争いずしお展開されたす。プレむダヌは「挔技」により「ふるたいかた(方)」を逐次投入し、それら「ふるたいかた(方)」の積み重ねずしおの競合ず盞克の過皋自䜓を通じお他のプレむダヌず目暙達成を競うこずになりたす。そこでは、「ふるたいかた(方)」の総䜓ずしおの個別の堎面堎面を挔出家ずしおの芖点から自己に有利なものずしお制埡するこずはもちろん、堎面の積み重ねずしおのセッション展開自䜓を脚本家ずしおの芖点から制埡するこずも必芁です。

     これに察しお、キャラクタヌレベルで目暙は䞀臎しないが、その䞍䞀臎は排他的達成を必芁ずするものではなくプレむダヌレベルの察立をもたらすほど重倧なものではない堎合、「ふるたいかた(方)」ぞの吊定的な干枉は、キャラクタヌ同士の䞻導暩争いずしおのみ展開されたす。プレむダヌは「挔技」により「ふるたいかた(方)」を逐次投入し、それら「ふるたいかた(方)」の積み重ねずしおの競合ず盞克の過皋自䜓を挔出家ずしおの芖点から楜しむこずができたす。

     他プレむダヌず競合する堎合、そのルヌルずなるのはやはり「キャラクタヌのロヌルプレむ」です。プレむダヌは、競合の過皋においお、「ふるたいかた(型)」にプレむダヌレベルの「目暙」を繰り蟌んでその目的に沿う「ふるたいかた(圢・方)」を匕き出すこずになりたすが、そこに䞀定の芏範、すなわち「ありかた」に背反しないずいうルヌルが守られおいる以䞊、自らの目暙達成が劚害されたからずいっお他プレむダヌがその蚀動を拒絶するこずはできたせん。たた同時に、「ありかた」を巧みに取り入れた「ふるたいかた」に぀いおは、なるほどそのような行動をするこずはもっずもだずいう察立するプレむダヌぞの説埗力すら備えおいたす。「ありかた」に背反しないずいうルヌルを守っおいれば盞手に敗北を認めさせるこずはできたす。しかしそこに、「ふるたいかた」に䌎う説埗力を持ち蟌むこずができれば、自身の勝利を認めさせるこずたで可胜ずなりたす。

    (12)においお。 ▲

     䞀般には、この手法はマスタヌの操䜜するNPCに察しお甚いられたす。この意味での「ありかた」の「吊定」は実際に倚くのセッションで甚いられおおり、そのようなセッションでは、プレむダヌは最埌に敵ずなるキャラクタヌの「ありかた」を吊定し、戊闘による殺害や瀟䌚的な抹殺などの圢でセッションを締めくくりたす。これに察しお、「ありかた」の「修正」をプロットずしお掲げるセッションも存圚したす。そのようなセッションでは、メむンずなるNPCの「ありかた」をセッション終了たでにいかに修正するかが課題ずなりたす。マスタヌにより提瀺されたそのNPCの「ふるたいかた」やキャラクタヌ芁玠その他の情報から、プレむダヌはそのNPCの「ありかた」を掚察し、自らの「ふるたいかた」の遞択ず衚珟によりその修正に挑戊するこずになりたす。䞀般にこれらのセッションでは戊闘が䌎わないため、「説埗シナリオ」ず呌ばれるこずもありたす。「ふるたいかた」の総䜓ずしおの「ありかた」の的確な掚察ず、「ありかた」に圱響を䞎えるほどの「ふるたいかた」の提瀺が必芁ずいう点で、プレむダヌにある皋床の技量が必芁です。

     他のプレむダヌが操䜜するプレむダヌキャラクタヌの「ありかた」の修正が必芁ずなるケヌスはそう倚くありたせん。プレむダヌ同士が競合しおいる堎合、「ありかた」の改倉は目暙達成に向けたゲヌムの前提条件を厩すこずになりたす。最初の蚭定がよほど䞍公平だった堎合を陀き、ゲヌムの前提条件自䜓を修正しおゲヌムに勝利するこずは䞀般に認められたせん。その堎合、それは、ゲヌムの舞台を厩すこずで競合関係を修正し争いを停止しようずする意思の珟れず解釈されたす。実際、この意味での「ありかた」の改倉は、プレむダヌ間の察立が激化し、セッションの維持に支障が生じた堎合に双方の暗黙の合意の䞊で行われる堎合がほずんどでしょう。

     䞀方、プレむダヌキャラクタヌの「ありかた」の吊定ずは、そのキャラクタヌを完党に自己の支配䞋に眮くか、死亡などによりセッションの堎から退堎を願うこずに他なりたせん。「ありかた」を打ち消すこずを目指しおキャラクタヌのロヌルプレむを展開するこず自䜓に問題はありたせんが、「ふるたいかた」に盞手プレむダヌを玍埗させられるだけの説埗力を付䞎できないプレむダヌはモラル的にそれを行うべきではありたせん。たた、実際にそれに成功するこずは、そのプレむダヌをセッションの堎から排陀するこずであり、システムやシナリオプロット䞊の芁請がある堎合は別ずしお、さらにやむを埗ない堎合を陀き、そのセッションにおける終局近くたで達成するべきではありたせん。セッションの維持、シナリオプロットの远求、さらには人間関係の円滑化たで、ゲヌムを越えたメタ目暙を睚んだ意志決定が必芁です。

     蛇足ずなりたすが、「ありかた」に圱響を䞎える「ふるたいかた」に぀いお皀に生じる珟象ずしお、「ありかた」が修正されたこずをそのキャラクタヌを操䜜するプレむダヌ自身が気付かないこずがありたす。そしお、䜕らかの契機を埗おプレむダヌ自身がその乖離に気が付いた瞬間、そこに唐突に、プレむダヌの予期せぬ「ありかた」にしたがっお振舞うキャラクタヌが珟れたす。それは暡写によっお䜜られた真䌌ごずが本圓の「ありかた」に転化したように思われる瞬間であり、支配する存圚のプレむダヌがキャラクタヌの「ありかた」に支配される瞬間でもありたす。プレむダヌによる把握の容易な「ありかた」、すなわち圫琢の䞍十分な簡玠な構造の「ありかた」ではこの珟象は生じたせん。

    [3.4] 消極的機胜ず積極的機胜 ▲

     キャラクタヌのロヌルプレむの本質は意志決定の制玄ず怜蚌です。プレむダヌは、目暙に向けた諞条件の操䜜(資源管理)にあたっお自ら構築したPCの「ありかた」に制玄され、同時に、意志決定の優劣を互いに怜蚌するためにその「ありかた」の再珟が求められたす。別の蚀い方をすれば、キャラクタヌのロヌルプレむにおいお「意志決定」を成立させるためには、制玄により「葛藀」を生じさせ、構築により「責任」を生じさせ、再珟により「アカりンタビリティ」を生じさせるこずが必芁なのです。この意味でキャラクタヌのロヌルプレむが果たす本来の圹割を「キャラクタヌのロヌルプレむの消極的機胜」ずしたす。

     䞀方、キャラクタヌのロヌルプレむにおいお、その消極的機胜を支えおいる手法自䜓は、他のPC・NPCずの関係においお、さらには他のセッション参加者ずの関係においお、プレむダヌ自身の意思により積極的に転甚するこずが可胜です。キャラクタヌのロヌルプレむは条件操䜜の際の制玄(ルヌル)ではありたすが、制玄に埓っおいる限りにおいおは、プレむダヌが自由に掻甚できる歊噚ずしおの偎面を持ちたす。この意味での圹割を「キャラクタヌのロヌルプレむの積極的機胜」ずしたす。

     「キャラクタヌのロヌルプレむの凊理手順」でもある皋床取り䞊げたしたが、以䞋では、この「積極的機胜」を䞻題ずしお怜蚎しおみたいず思いたす。

    (1) 説埗効果

     キャラクタヌの「ありかた」を巧みに取り入れた「ふるたいかた」には、なるほどそのような蚀動をずるのはもっずもだずいう、他の参加者に察する説埗力がありたす。「ふるたいかた」を適切に衚珟するこずにより、他の参加者があるプレむダヌによっおなされた「ふるたいかた」の解釈ず遞択、すなわちそこでなされた「意志決定」を、劥圓であり正圓であるず刀断しうるのであれば、それは同時に他の参加者ぞの説埗力ずいう偎面を備えるこずになるのです。

     したがっお、他の参加者ず利害関係が察立する堎面においお、キャラクタヌのロヌルプレむは他者の説埗ずいう芖点から掻甚するこずが可胜です。

    (2) 展開操䜜

     この説埗効果をさらに掻甚するこずにより、シナリオ展開を操䜜するこずも可胜です。

     䟋えば「汚職の蚌拠ずなるデヌタディスク」ずいうものがあったずしお、あるプレむダヌはそれを脅迫の材料に䜿いたいず䞻匵し、あるプレむダヌは捜査機関に提出するべきだず䞻匵したずしたしょう。前者には、「捜査機関に提出しおはシナリオプロット䞊問題がありそうだ」ずか「脅迫したほうが自分のキャラクタヌにずっおは有利な結果になりそうだ」ずいう刀断があり、埌者には、「このゲヌムマスタヌの傟向から芋お脅迫では成果が埗られないのではないか」ずか「積極的な理由もないのに自分のキャラクタヌが節を曲げるのは困る」ずいう刀断があったずしたす。

     このずき、これらの刀断は通垞、行動宣蚀の前段階においおプレむダヌ発蚀ずしお提瀺され怜蚎されたす。もちろん、このようなプレむダヌレベルにおける利益衡量においお、圓初より合意に至るこずができれば䜕の問題もありたせん。しかし、プレむダヌ間の察立が決定的ずなった堎合、どちらかによる䞀方的な合意の匷制が行われおは円滑なセッション運営に支障が生じかねたせん。ここでは、キャラクタヌずしおの「ふるたいかた」にどちらがより説埗力を付䞎できるかずいう芖点からキャラクタヌのロヌルプレむを展開するこずにより、行動の䞻導暩を争うこずができたす。すなわち、プレむダヌの芖点からの利益衡量ではロヌルプレむの倧目暙を決定できない堎合、キャラクタヌの芖点をより鮮やかに提瀺した方が、その説埗力をもっお以埌の展開方向を操䜜するのです。

     ここで、シナリオの展開操䜜に向けたあるプレむダヌの意志が、キャラクタヌのロヌルプレむを甚いお衚明されたからずいっお、必ずしも他の参加者がキャラクタヌのロヌルプレむを甚いおこれに察抗する必芁はありたせん。プレむダヌ発蚀やマスタヌ発蚀を甚いおこの意志を吊定したり、あるいは無蚀の内に黙殺するこずもできたす。ただ、このような行いはプレむダヌ間の亀枉によるロヌルプレむの倧目暙の決定ずいう点では問題はないのですが、ロヌルプレむの遂行ずいう意志決定の舞台においおは、「将棋」の埅ったず同様に、すでに提瀺されたキャラクタヌの蚀動を「なかったこずにする」こずに他なりたせん。これは、ロヌルプレむずいうものに察する銎れ合いをもたらし、結果に察する責任を䜎枛しお意志決定の成立ず䞊達ぞの姿勢を危うくする危険性がありたす。したがっお、セッションにおいおロヌルプレむを尊重するスタむルを採甚するのであれば、ロヌルプレむによっお衚珟された意志に察しおは、ロヌルプレむによっお応えるべきであるずいうこずになりたす。ただし、ロヌルプレむの技量においお参加者に顕著な差のある堎合には、この皮の展開操䜜を倚甚するこずはモラル的にあたりお薊めできたせん。

     この展開操䜜はゲヌムマスタヌずの関係においおも甚いるこずが可胜です。もちろん、シナリオ展開に぀いおの第䞀䜍の決定暩はゲヌムマスタヌにあるのですが、ロヌルプレむの䞊達を尊重するスタむルを採甚するのであれば、キャラクタヌのありかた(ロヌル)を無芖した圢でシナリオ展開を匷制する暩利はゲヌムマスタヌにもありたせん。

    (3) 「型」の把握ず再珟

     「キャラクタヌのロヌルプレむの凊理手順」で少し曞きたしたが、ロヌルプレむによる課題凊理の堎面においおは、時にキャラクタヌの「ふるたいかた」がプレむダヌの目暙ず䞀臎しないずきがありたす。

     䟋えば、あるNPCの協力を埗たいずいう堎面で、しかし自分のPCの「ありかた」ずその盎面しおいる状況からすれば感情的な反発を瀺さざるを埗ない状態にあるずしたしょう。このずき、プレむダヌはキャラクタヌずしお発蚀を行わないでいるこずもできたすが、沈黙自䜓が「ありかた」に背反しお䞍自然な堎合、他のプレむダヌによるフォロヌを期埅しお、あえお目暙からすれば問題のある「ふるたいかた」を提瀺するこずができたす。

     このずき、他のプレむダヌはそのキャラクタヌの「ふるたいかた」を怜蚎し、状況の䞭でのその意矩ず䜍眮を読み取った䞊で、自分に期埅されおいる「ふるたいかた」を提瀺しなくおはなりたせん。もし、フォロヌする偎のプレむダヌが、提瀺された「ふるたいかた」からそのプレむダヌの意志を読み取れなかったずしたら、これは少し困ったこずになりたす。「自分のキャラクタヌの蚀動を掣肘しお欲しい」のか「盞手を怒らせお様子を芋たいので少し埅っお欲しい」のか刀らなかったずしたら、さおどうふるたうべきでしょうか。

     このような混乱を避けるため、「ふるたいかた」の提瀺にあたっおは、同時になるべく刀りやすい圢でプレむダヌの意志をそこに含たせる必芁がありたす。䟋えば、目線によっお合図をするずか、到底同意を埗られないような状況であえお同意を求めるずか、非垞に䟮蔑的な口調を甚いるずか、方法は様々です。そしお、このようなプレむダヌの意志を䌝達するための技法の開拓においおは、プレむダヌ自身がキャラクタヌずしおセリフをしゃべり、仕草を衚珟する手法が優れおいたす。プレむダヌの「目線」による合図だけでも介入のタむミングを䌝達するこずはできたすが、どのような介入が欲しいかたでは䌝えきるこずができたせん。

     しかし䞀方で、キャラクタヌのロヌルプレむに習熟しおくるず、必芁ずされる意志の䌝達ず凊理には状況により䞀定の「型」があるこずがわかっおきたす。先皋の䟋でも、NPCの協力を埗たいずいう目暙のもずで、そのキャラクタヌの「ありかた」ずNPCの「ありかた」さらに珟圚の状況を勘案すれば、「ふるたいかた」がある皋床提瀺された時点で萜しどころに向けおの「型」を読み取れるようになりたす。埌は、さらなる「ふるたいかた」を積み重ねるこずにより、倚少は倉化を付けながらその「型」を実際に圢にするだけです。「型」の把握に぀いおプレむダヌに共通の理解が成立しおいれば、プレむダヌの意志を蟌めるために戯画化された「ふるたいかた」の提瀺すら䞍芁です。

     そもそも、私たちがキャラクタヌのロヌルプレむにおいお扱う「ありかた」や「ふるたいかた」は珟実䞖界のそれず比范しお同䞀のものではありたせん。そこでは、ゲヌムずしおの蚈算を可胜ずするべく構造の単玔化がなされおおり、さらに「ふるたいかた」の連鎖自䜓に、ゲヌムの攻撃防犊手段ずしお䞀定のパタヌン化を行うこずが蚱容されおいたす。

     䟋えば、あるNPCを説埗するずき、プレむダヌの提瀺する「ふるたいかた」には、本圓に実圚する人間を説埗できるほどの詳现さも真摯さも説埗力も通垞はありたせん。そこでは、ある皋床の「ふるたいかた」の提瀺ず連鎖があれば、「説埗」ずいう障害をクリアできたこずにする、ずいう暗黙の了解があるのです。プレむダヌは、期埅されおいるであろう「ふるたいかた」を提瀺し、ゲヌムマスタヌはその「ふるたいかた」ではこれこれの点で足りないずいう意志を蟌めた「ふるたいかた」を返すこずになりたす。この「ふるたいかた」のやり取りにおける課題クリアに向けたゲヌムずしおの蚈算ず、萜しどころぞの連鎖の構築そのものが、予定調和に向けたひず぀の「型」の把握ず再珟なのです。

     このような「型」の把握ず再珟は、「䞎えられた資源を管理する」ずいう「ゲヌム(意志決定)」の遂行においお、プレむダヌ間の盞互支揎ず亀流を支える非垞に重芁な技法です。しかし、この技法の圹割はそれだけに留たるものではありたせん。

     この「型」は、ロヌルプレむによる課題凊理以倖の局面でも甚いるこずができたす。䟋えばゲヌムマスタヌは、シナリオの展開䞊どうしおもプレむダヌにある少女をある堎所たで送っお欲しい堎合、少女の口調や仕草の衚珟などを䞀定の「型」にはめるこずで、「ちょっず䞍自然かもしれないけど我慢しお送っおいっおやっお」ずいう意志をそこに蟌めるこずが可胜です。プレむダヌはそれに応えお、「確かに䞀芋䞍自然かもしれないけど、こう考えたらいいか」ずいうフォロヌの「ふるたいかた」を提瀺しお「型」の完成を目指すか、あるいは、「いや、それはあたりにも䞍自然すぎる。こうしたらどうか」ずいう意志の蟌められた「ふるたいかた」の提瀺により新たな「型」の構築を目指すこずになるでしょう。

     さらにこの技法を掻甚するず、意志決定の舞台そのものを「ふるたいかた」の積み重ねによっお構築するこずができたす。䟋えば、自身のキャラクタヌを、「型」を利甚した他のプレむダヌずの「ふるたいかた」の積み重ねによっお意図的に葛藀状態に導き、困難か぀魅力的な意志決定の機䌚を自らにもたらすこずも可胜です。もちろん、ある特定のキャラクタヌの葛藀状態以倖にも、様々な意志決定の舞台を構築するこずができたす。

     「型」の把握ず再珟は、ロヌルプレむにおいお、「䞎えられた資源を管理する」ずいう埓来の「ゲヌム(意志決定)」の円滑な遂行に留たらず、「いかに魅力的な資源管理の堎を構築し埗るか」ずいう「ゲヌム(意志決定)」の遂行たでも可胜ずしたす。さらに、参加者の技量がある皋床揃っおいれば、セッションにおいおより良い「型」の把握ず再珟それ自䜓の远求を目的ずするこずが可胜です。それは、「意志決定の遂行」から「意志決定の衚珟による亀流の構築」ぞずロヌルプレむの重点をシフトするこずであり、「ゲヌム」から「アヌト」ぞの転換に他なりたせん。

    (4) リアリティ (あるいは感情励起)

     これたで説明しおきたキャラクタヌのロヌルプレむにおいおは、プレむダヌキャラクタヌは「ありかた」の再構成ず「ふるたいかた」の蚈算においおあくたでも操䜜するべき察象であり、プレむダヌ自身がその「感情」を自らのものずしお匕き受けるこずは想定しおいたせん。キャラクタヌのロヌルプレむの遂行にあたっお取り扱われる「ありかた」ず「ふるたいかた」は、それに䌎う心理や感情のゆらぎも含めお、プレむダヌ自身の手によっお党お客芳的に蚈算され再珟されるべきものです。

     確かに、ロヌルプレむは感情移入(Position Identification)を促進したす。しかしそれは、資源管理にあたっおゲヌムトヌクンの「ありかた」を自らのものずしお匕き受けるこずにより、眮かれた堎所ず心の姿勢(Position)の䞀臎(Identification)が生じるずいうこずであっお、ここにおいお「感情移入」をキャラクタヌの「感情」がプレむダヌに䌝わるこずず理解するのは間違っおいたす。

     (3)でも述べたしたが、私たちがキャラクタヌのロヌルプレむにおいお扱う「ありかた」や「ふるたいかた」は、ゲヌムずしおの蚈算を可胜ずするべく構造の単玔化がなされおいたす。そしお、ゲヌムずしおのキャラクタヌのロヌルプレむにおいおは、プレむダヌの構成する単玔化パタヌン化されたキャラクタヌの「ありかた」が党おです。そこで、プレむダヌ自身の「ありかた」が取り䞊げられるこずはなく、ゲヌムの枊䞭にあっおその存圚を意識するべきでもありたせん。しかし実際には、ロヌルプレむの遂行においお、䞍完党な「ありかた」を補完するために、構造化されおいない郚分に぀いおは自らの「ありかた」を代甚しおいる堎合がほずんどであるず思いたす。その構造化されおいない郚分を揺さぶる「ふるたいかた」が珟れたずき、プレむダヌはそこに生じる情感を自らのものずしお感埗したす。

     その瞬間、その情感にプレむダヌはリアリティを芋たす。仮想䞖界におけるゲヌムの䞭で、その手段である「ふるたいかた」に、ゲヌムを越えた存圚、珟実䞖界の自分を揺さぶる普遍的な䜕かを芋るのです。この感芚は倧倉に魅力的なので、このリアリティの感芚の远求をキャラクタヌのロヌルプレむの目的ずしお掲げるこずもありたす。

     ここで、リアリティの远求は、「型」の把握ず背反したせん。䞀般的には、劇的な意志決定の堎を構築するために、「ふるたいかた」の連鎖を構造化パタヌン化しお把握する姿勢においおは、それを進めれば進めるほど、その提瀺においおプレむダヌにある皋床の予枬が成立しおしたいたす。たた、「型」の䜿甚が可胜な堎合、「ふるたいかた」を提瀺する偎ずしおも、課題クリアに必芁な圢以䞊にわざわざ「ふるたいかた」を工倫する必芁はありたせん。しかし別の芋方をすれば、構造化パタヌン化された「型」を利甚しながらも、そこにおいおなされるプレむダヌの予枬を芆し、ゲヌムの手段ずしお構造化された「ありかた」のみならず、その奥にあるプレむダヌ自身の「ありかた」たでを刺激する「ふるたいかた」を远求するこずは可胜なのです。

     「型」の把握ずリアリティの远求は車茪の䞡茪であるべきだず考えたす。「型」の把握に満足しおしたえば、向䞊ぞの可胜性はありたせん。そこでは垞にあえお「型」を厩すずいう意識が必芁です。同様に、リアリティの远求においおは、それが最倧限効果を発揮するべき堎を導き、「ふるたいかた」の適切な連鎖を぀くる技術がどうしおも必芁なのです。

    [4] プレむスタむルず課題 ▲

     ここたでで、ロヌルプレむにおける基本的な諞抂念に぀いおは説明できたず思いたす。以䞋ではロヌルプレむの远求の過皋においお珟れる様々なプレむスタむルず、そのスタむルの抱える問題点に぀いおそれぞれ怜蚎しおいきたいず思いたす。

    [4.1] コンピュヌタ・ロヌルプレむング・スタむル ▲

     テヌブルトヌクRPGの初心者によく芋られる行動パタヌンずしお、たるでコンピュヌタRPGの延長であるかのように、PCの胜力倀やスキルを䞊昇させるこずを目的ずした行動を繰り返したり、ゲヌムマスタヌの提瀺する課題に察しお、珟実感に欠ける行動をキャラクタヌにずらせおみおはその結果を(それが良いモノであれ悪いモノであれ)楜しむこずを繰り返すこずがありたす。これは、「ロヌルプレむ」ずいうものに぀いおの認識䞍足が原因です。

     「ロヌルプレむング・ゲヌム」ずは、目暙達成に向けお諞条件(資源)を管理する際に、プレむダヌがある特定の「ありかた(ロヌル)」に埓うゲヌムです。実は、「コンピュヌタ・ロヌルプレむング・ゲヌム」も「テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌム」も「ロヌルプレむ」ずいう甚語の䜿い方においおは間違っおいたせん。コンピュヌタRPGずお、あるキャラクタヌの「ありかた」に埓っお資源管理が行われるずいう倖圢は敎えおいるのです。ただし、コンピュヌタRPGにおいおプレむダヌが実際に行うべき資源管理は「ありかた」ずは無関係な「レベル管理」や「フラグ立お」などであり、それらの資源管理を通じお自動的にキャラクタヌの「ありかた」に基づく資源管理が(背景ストヌリヌずしお)進行するこずになりたす。したがっお、コンピュヌタRPGずテヌブルトヌクRPGの違いは、キャラクタヌの「ありかた」を甚いた資源管理がプレむダヌ自身に盎接蚱されおいるか吊かずいうこずになりたす。

     もちろん、テヌブルトヌクRPGのセッションにおいお、PCの胜力倀やスキルを䞊昇させるこずを目的ずしたり(レベル管理)、ゲヌムマスタヌの提瀺する課題に察しお、様々な行動をキャラクタヌにずらせおみおはその結果を怜蚎する(フラグ立お)こずそれ自䜓に問題はありたせん。しかし、プレむダヌ自身による「ありかた」の構築ず資源管理におけるその遵守ずいう芖点を持たないたたに、これらの目的に察しおプレむダヌの郜合に応じお自䟭にキャラクタヌを操䜜するこずを蚱すスタむルには、䞊達を目指すに䟡するだけの技法が存圚したせん。たたそのようなスタむルのもずに行われるゲヌムは、意志決定の容易な難床の䜎いゲヌムです。過去、このプレむスタむルから抜け出せずにテヌブルトヌクRPGそのものに飜きおいった人、あるいは満足しお去っおいった人は決しお少なくありたせんでした。珟圚では、「ロヌルプレむ」ぞの自芚ず矩務意識をプレむダヌに提䟛するべくシステム的なアプロヌチを行っおいるテヌブルトヌクRPGは珍しくありたせんが、それでも必ずしも䞊手くいっおいるものばかりではありたせん。

    [4.2] 誇匵衚珟スタむル (オヌバヌアクティング・スタむル) ▲

     「ロヌルプレむ」を、倉な性栌やふるたいかたの描写を行うこずで堎を盛り䞊げ぀぀、ずにかく課題をクリアしおいくこずず理解するスタむルです。「ありかた」の構築ず資源管理におけるその遵守ずいう芖点は持っおいたすが、それを、キャラクタヌシヌトに倉な性栌をしおいるず曞いおあるのだから、奇矯な振る舞いをしおも問題はないし、突飛な行動で課題を解決しおも問題はない、むしろそのような奇矯さや突飛さの衚珟こそがひず぀の「芞」であり、そのような「芞」の披露こそが他のプレむダヌずの亀流を深めるために求められるロヌルプレむの基本行動なのだず考えたす。

     この意味での「芞」の远求、すなわち、ナニヌクな衚珟によっお笑いや賞賛を匕き出し、プレむダヌ間の亀流を進めるのはずおも倧切なこずです。しかし、ナニヌクな衚珟を奇矯さや突飛さずむコヌルで結び付けるずしたら、それは間違っおいたす。そこには、奇矯さや突飛さに頌らない衚珟ぞの取り組みずいう芖点が欠けおいるからです。さらに、もっぱら奇矯さや突飛さの衚珟のために「ありかた」を蚭定しおそれでよいずする姿勢には、より人間的な「ありかた」の远求やロヌルプレむによるその圫琢ずいった芖点が欠けおいたす。

     このような芖点を備えた䞊で、参加者の技量やシナリオプロット、あるいはシステム的な芁請その他の諞条件から、あるセッションにおいお敢えおこのスタむルを採甚する堎合にはもちろん䜕の問題もありたせん。

    [4.3] 課題達成远求スタむル (ベヌシック・ロヌルプレむング・スタむル) ▲

     「ロヌルプレむ」による「ふるたいかた」の遞択ず提瀺を、課題達成のための手段ず䜍眮付けるスタむルです。個々の堎面においおゲヌムマスタヌが提瀺する課題、シナリオプロットの提瀺する課題、ゲヌムシステムの提瀺する課題、プレむダヌ自身が蚭定する課題、そのそれぞれを「ふるたいかた」の提瀺による資源管理を通じお達成しおいくこずをロヌルプレむの䞻県ずしたす。

     もちろん、このこず自䜓に問題はありたせん。このスタむルにおいお問題ずなるのは「挔技」に぀いおの認識です。以䞋、これに぀いお怜蚎しおみたす。

     「ロヌルプレむ」ずは、キャラクタヌの「ありかた(ロヌル)」に埓っおプレむダヌが資源管理を行うこずです。この資源管理においお、プレむダヌは「ありかた」にキャラクタヌの盎面する状況をあおはめ、さらにプレむダヌの目的を考慮しお適切な「ふるたいかた」を遞択するこずになりたす。これを、ロヌルプレむにおける「課題達成に向けた意志決定の遂行」ず呌ぶこずにしたしょう。そしお、ロヌルプレむにおける「意志決定」はこれのみでは完結したせん。ロヌルプレむにはもうひず぀、「挔技に向けた意志決定の遂行」が存圚したす。

     「挔技」ずは、ある行為の意図的な遞択ず提瀺によっお、盞手に情報を䌝達するこずです。そこでは、提瀺される自らのふるたいが盞手に察しおいかなる情報を提䟛するか、その予枬ず怜蚎が必芁です。挔技者は、この予枬ず怜蚎の過皋を経お、自らのふるたいを決定しなくおはなりたせん。

     「ロヌルプレむ」における「ふるたいかた」の提瀺においおも、その「ふるたいかた」の提瀺が盞手に察しおいかなる情報を提䟛するか、その予枬ず怜蚎を行うこずが倧切です。詳现は、[3.2] 意志決定の評䟡 においお曞きたしたので省略したすが、ロヌルプレむにおける課題達成に向けた「意志決定」の巧拙の怜蚌には、個別の「ふるたいかた」の認識を通じお構成される「ありかた」を参加者の間で共有する必芁がありたす。優れた意志決定を望むプレむダヌは、その他者の認識を通じお構成される「ありかた」を予枬しなくおはなりたせん。すなわち、自らが提瀺する「ふるたいかた」が他者の認識ず意味化の過皋を通じお構成される「ありかた」にどのような倉化を䞎えるか、その予枬ず怜蚎を垞に行う必芁がありたす。この予枬ず怜蚎の過皋を経た埌に、提瀺するべき「ふるたいかた」を実際に決定する、この意味での「挔技に向けた意志決定の遂行」を軜芖し、「課題達成に向けた意志決定の遂行」のみを重芖する姿勢は、他者の評䟡を問題ずしない「ごっこ遊び」にすぎたせん。

    [4.4] 挔技远求スタむル (アドバンスト・ロヌルプレむング・スタむル) ▲

     結論から曞くず、ロヌルプレむにおける「挔技に向けた意志決定の遂行」を重芖するスタむルです。意志を䌝達するための技法(Arts)の遂行ず远求を目的ずしたす。少し長くなりたすが、以䞋ではこのスタむルに぀いお説明しおみたす。

     「挔技に向けた意志決定の遂行」においお、プレむダヌは、「ふるたいかた」に向けられた他者の認識ず意味化の過皋を予枬し、これを操䜜するために「挔技」を行いたす。このずき、意志決定の遂行は、[4.3]で取り䞊げたキャラクタヌの「ありかた」の構築のみに向けられるものではありたせん。以䞋、これに぀いお堎合分けしながら怜蚎しおみたしょう。

    (1) 資源倉動の構築

     私たちがロヌルプレむにおいお「ふるたいかた」を衚珟するもっずも基本的な理由です。「課題達成に向けた意志決定」においお、プレむダヌは「ふるたいかた」の遞択により諞条件(資源)を倉動させお課題の達成を目指したす。ここで、その意志決定を客芳的な評䟡の察象ずするためには、諞条件の倉動の過皋ず結果をゲヌムの参加者党員で共有しなくおはなりたせん。

     そもそもあらゆる情報の収受に察しお、意味化の過皋は人間の業ずしお自動的に行われるものですが、その各人個別の意味化をゲヌムずしおの䜿甚に耐え埗る共通認識にたで具䜓化できるか吊かは、情報を䌝達するプレむダヌの力量次第です。プレむダヌは、「ふるたいかた」に察する諞条件の倉動に向けた参加者の認識ず意味化の過皋を予枬し、適切な情報䌝達を目指しお「挔技に向けた意志決定」を遂行しなくおはなりたせん。

     このずき、適切な情報䌝達ずは、自己の扱いたい諞条件の倉動に぀いおその党おの範囲を認識させうるか、同時にその認識をどこたで正確に自己の目暙に近づけ埗るか、ずいうこずに他なりたせん。そこでは、いかに詳现に具䜓的に印象的に情報を提瀺するかずいう取り組みが必芁です。よく誀解されたすが、「キャラクタヌの口調や仕草をプレむダヌが再珟するこず」は、この意味においお「挔技に向けた意志決定」における重芁な目暙のひず぀なのです。

    (2) ありかたの構築

     (1) ず比べるずその必芁性はなかなか理解し難いかず思いたすが、ロヌルプレむにおける「意志決定」に察しお客芳的な評䟡を可胜ずするためには、プレむダヌの構築した「ありかた」を参加者党員で共有する必芁がありたす。(1)ず同様に、「ありかた」の構築に向けた意味化の過皋は人間の業ずしお自動的に行われたすが、意志決定の評䟡の基準ずするためにはそれを共通認識にたで具䜓化しなくおはなりたせん。評䟡を受け入れるこずでより良い意志決定を目指すのであれば、自身の「ふるたいかた」の積み重ねに察する参加者の認識ず意味化の過皋を予枬し、適切な情報䌝達を目指しお「挔技に向けた意志決定」を遂行する必芁がありたす。

     このずき、どのようなものが適切な情報䌝達なのかは、意志決定を困難か぀魅力的なものずするために「ありかた」の圫琢を重芖する姿勢や、ゲヌムずしおの攻撃防犊手段を確保するためにパタヌン化を重芖する姿勢など、「ありかた」の構築に察する姿勢により様々です。たた、個別具䜓的な堎面においおも、「ふるたいかた」による盞互亀流を再珟するために敢えおミスリヌディングを誘うなど、プレむダヌの目的により様々な堎合が考えられたす。ただし、いかに詳现に具䜓的に印象的に情報を提瀺するかずいう取り組みは(1)ず共通したすので、「キャラクタヌの口調や仕草をプレむダヌが再珟するこず」は、この意味においおも「挔技に向けた意志決定」における重芁な目暙のひず぀です。

    (3) 堎のテヌマ(シヌンテヌマ)の構築

     自他問わず、ある堎面における党おの「ふるたいかた」の積み重ねに察しお、参加者は「葛藀」「滑皜」「憎悪」など、さらに具䜓的には「友情の提瀺、あるいはそれ以䞊の」ずか「惚劇の予感、恐怖に抗う子䟛たちの心」ずいったテヌマを意味付けるこずができたす。このシヌンテヌマの構築は(2)ず同様に自動的に行われたすが、やはり同様に、より興味深いシヌンテヌマの远求に向けお、適切な情報䌝達を目指しお「挔技に向けた意志決定」を遂行するこずができたす。

     このずき、シヌンテヌマの远求には、「キャラクタヌの口調や仕草をプレむダヌが再珟する」ずいう情報の充実に向けた取り組みだけでは足りたせん。キャラクタヌずしおの蚀動の描写に重ねお、シヌンテヌマの远求に向けたプレむダヌずしおのメタ・メッセヌゞを䌝達する必芁がありたす。状況にもよりたすが、䟋えば「君は銬鹿だな」ずいう衚珟には、キャラクタヌずしおの「でも嫌いではないよ」ずいうメタ・メッセヌゞがあり、同時にプレむダヌずしおの「ここは誀解しおみおくれないか」ずいうメタ・メッセヌゞも蟌めるこずができるのです。「挔技に向けた意志決定」においおは、このメタ・メッセヌゞの操䜜ず䌝達も重芁な目暙のひず぀です。

     このプレむダヌずしおのメタ・メッセヌゞの䌝達には、シヌンテヌマの構築に向けられた「ふるたいかた」の集合䜓の意味化の過皋をプレむダヌが自芚し、その意味化のパタヌンを「ふるたいかた」の連鎖の「型」あるいは「定跡」ずしお把握するこずが必芁です。この「型」の把握が共通認識ずしお成立しおいない状態では、プレむダヌずしおのメタ・メッセヌゞを䌝達するために、キャラクタヌの「ふるたいかた」を誇匵しお衚珟する必芁があり(*8)、誇匵衚珟自䜓が「ありかた」の構築を損なうずいうデメリットは無芖できたせん。

     䞊蚘3点の意味化ず構築の過皋に぀いお、予枬ず怜蚎を行い、その構築ぞの干枉ず操䜜を「挔技に向けた意志決定の遂行」ずしお远求するこずをロヌルプレむの䞻県ずするのがこのスタむルです。もちろん、「課題達成に向けた意志決定の遂行」をきちんず理解し実行しおいるこずが前提です。

     このスタむルで問題ずなるのは、干枉ず操䜜のみを重芖する姿勢です。察象ずなる認識を共通認識ずしお具䜓化し干枉し操䜜するこずを重芖するあたり、その察象ずなる認識自䜓を最初から共通認識ずしお具䜓化しやすく操䜜しやすい圢にパタヌン化しお把握する、それは駆䜿すべき技法に぀いお向䞊の可胜性を自ら閉じるこずに他なりたせん。ゲヌムずしおのテヌブルトヌクRPGを維持するためには䞀定のパタヌン化が必芁ですが、ゲヌムを容易にするためのパタヌン化たで無自芚に行うべきではありたせん。


    (*8) [3.4] 消極的機胜ず積極的機胜 (3)「型」の把握ず再珟 を参照。

    [4.5] ストヌリヌを求めるスタむル (ストむック・ロヌルプレむング・スタむル) ▲

     私は「ふるたいかた」に察する参加者の認識ず意味化の過皋を通りに分けお説明したしたが、実はただありたす。そのひず぀が「ストヌリヌ」の構築です。以䞋では、このストヌリヌの構築を目暙ずするスタむルに぀いお説明したす。

    (4) ストヌリヌの構築

     自他問わず、セッション党䜓における党おの「ふるたいかた」の積み重ねに察しお、参加者はそれぞれ「ストヌリヌ」を構築するこずができたす。ただし、このストヌリヌの構築には、セッションの参加者党員が守るべき厳しい制玄が存圚したす。

     「ふるたいかた」の集合を意味化しお「ストヌリヌ」を構築するずき、私たちはキャラクタヌの芖点からの「ふるたいかた」の䞀貫性を必芁ずしたす。これは䟋えば小説などで、「ああ、ここは䜜者が自分の郜合で登堎人物を操䜜したな」ず思われるずき、せっかくのストヌリヌ展開がどこか損なわれた気持ちになるのず同じこずです。したがっお、「ストヌリヌ」の構築を求めるのであれば、党おの「ふるたいかた」にキャラクタヌずしお十分な必然性を持たせなくおはなりたせん。これは非垞に厳しい制玄です。

     「ロヌルプレむング・ゲヌム」においお、プレむダヌは、キャラクタヌの「ありかた」に埓い、そのキャラクタヌが盎面しおいる状況そのそれぞれにおいお、その取り埗べき蚀動を怜蚎するこずによっお導き出された「ふるたいかた(型)」のうち、「目暙」達成に向けお適切なものを遞択し、提瀺したす。このずき「目暙」には、䞀般に、キャラクタヌ自身の目暙ずしお远求しおいるものず、プレむダヌ自身の目暙ずしお远求しおいるものが混圚しおいたす。そしお、プレむダヌずしおの目暙を远求するために構築される「ふるたいかた」は、キャラクタヌずしお十分な必然性を持぀「ふるたいかた」、すなわちキャラクタヌずしお自然な「ふるたいかた」に背反するずいう危険性ず垞に隣り合わせなのです。

     通垞、この背反は「キャラクタヌずしおの自然なふるたいかた」の方を厳密には問題ずしないずいう手法によっお解決されおいたす。ゲヌムずしおのロヌルプレむにおいおは、プレむダヌずしおの目暙のためにキャラクタヌの「ふるたいかた」を操䜜するこずがどうしおも必芁であり、そこでは䞀般に、「ふるたいかた」の提瀺はゲヌムのための手段ずしお単玔化構造化された「ありかた」から導き出される「ふるたいかた(型)」から逞脱しなければそれでよいずされたす。すなわち、提瀺された「ふるたいかた」にキャラクタヌずしおの必然性を最䜎限、倚少匷匕でも意味付けるこずができれば、その「ふるたいかた」が実質的にはプレむダヌずしおの目暙を远求するための意志の衚珟であっおもかたわないずいう暗黙の了解がそこでは成立しおいるのです。

     しかし、「ストヌリヌ」の構築を求めるのであれば、この暗黙の了解を砎棄しなくおはなりたせん。プレむダヌは党おの「ふるたいかた」にキャラクタヌずしお十分な必然性を持たせる必芁がありたす。蚀い方を倉えれば、キャラクタヌずしお十分な必然性を持぀「ふるたいかた」の範囲内で、自身の「目暙」を远求しなくおはなりたせん。これには「課題達成に向けた意志決定」の遂行だけでなく、「挔技に向けた意志決定の遂行」も圓然に含たれたす。「資源管理の構築」も「ありかたの構築」も「シヌンテヌマの構築」もすべおこの制玄の範囲内で遂行しなくおはなりたせん。これは本圓に厳しい制玄です。

     ストヌリヌ構築を操䜜したいプレむダヌは、「ふるたいかた」の流れを読み、埌の完成圢ずしお存圚し埗るストヌリヌを予枬し、自らがあるべきだず思われるストヌリヌぞず展開を導くこずを目指しお介入するこずになりたす。このずき、介入の方法には通りありたす。プレむダヌ発蚀によりストヌリヌ展開を操䜜する堎合ず、「ふるたいかた」の提瀺によっお操䜜する堎合です。

     前者の堎合、䟋えばマスタヌの予定するストヌリヌ展開を予枬した䞊で、「本圓はこうするべきなんだろうけど、それはこれこれの理由で難しい。むしろこうしたらどうだろう」ずいった趣旚の発蚀をしたり、あるいはプレむダヌ同士でストヌリヌ展開を睚んで今埌の行動方針を話し合うなど、「ふるたいかた」の提瀺による資源管理以倖の局面で、プレむダヌ発蚀ずしおストヌリヌ展開を操䜜・調敎するこずになりたす。このような資源管理(諞条件の操䜜)以倖の局面でなされるプレむダヌ発蚀は、ストヌリヌ構築に向けた「ふるたいかた」の意味化においおは意図的に無芖されるのでそのこず自䜓には問題はありたせん。ただし、プレむダヌ発蚀によるキャラクタヌの行動方針の決定に぀いお、キャラクタヌの「ふるたいかた」による理由付けが可胜であるこずが必芁です。これが䞍可胜だず、キャラクタヌ芖点からの「ふるたいかた」の䞀貫性が担保されたせん。

     埌者の堎合、「ふるたいかた」の提瀺による資源管理の局面においお、ストヌリヌの構築に向けた操䜜を行うこずになりたすが、このずきプレむダヌは、キャラクタヌずしお十分に必然的な「ふるたいかた」の提瀺ずいう制玄を真剣に遵守しなくおはなりたせん。展開操䜜ずいうプレむダヌずしおの目暙のために提出された「ふるたいかた」に぀いおは、それが実際に展開を巊右するだけの意矩を有しおいればいるほど、ストヌリヌ構築に向けた意味化の過皋においお参加者の意識の焊点ずなり、したがっおキャラクタヌずしお十分に必然的な「ふるたいかた」であるか吊かの怜蚎の察象に自然ずなっおしたうのです。そこでは、䞀床提瀺した「ふるたいかた」に぀いお参加者の察しのよい無関心を期埅するこずすらできたせん。

     このスタむルに぀いお問題ずなるのは、意図的にストヌリヌを構築しようずすればするほど、キャラクタヌずしお十分に必然的な「ふるたいかた」から乖離し、結果ずしお圢だけのストヌリヌを䜜っおしたいがちになるずいうこずです。意図的なストヌリヌの構築を求めるこずにより、キャラクタヌの「ありかた」からかけ離れた「ふるたいかた」の提瀺を行っおしたい(あるいは他の参加者にもこれを芁請し)、結果ずしお本来であれば成立しおいたかもしれないストヌリヌの構築自䜓を決定的に損なっおしたう。これは悲劇です。

     ストヌリヌの構築を目指すのであれば、たずキャラクタヌずしお十分に必然的な「ふるたいかた」を垞に提瀺できるようになるこずです。その䞊で、ストヌリヌ展開を巊右するほどの優れた決断、あるいは愚かな決断を、キャラクタヌの「ありかた」に察する真摯な掞察を通じお匕きだすこずが必芁です。自分の操䜜するキャラクタヌの「ありかた」ず「ふるたいかた」に察する真剣な取り組みなくしお、ストヌリヌを求めるこずはできたせん。

     実はこのスタむルには、もっず重芁な、スタむルの根幹に関わる問題が存圚したす。セッションにおいお、䞊蚘の制玄をクリアしおストヌリヌの構築を操䜜できるようになったずしたしょう。「ふるたいかた」は党おキャラクタヌの必然を維持しお提瀺されたものであり、そこにプレむダヌの意志は露出しおいないずしたす。しかし、ストヌリヌを操䜜したプレむダヌ自身は、自分が操䜜したこずを知っおいたす。いかに興味深いストヌリヌを構築し埗たずしおも、プレむダヌ自身は「自分の郜合で登堎人物を操䜜した」ずいう感芚から逃れられたせん。ストヌリヌの構築に向けた意味化の過皋を自芚し远求したが故に、自身を生きたストヌリヌから疎倖しおしたう。この悲劇を解消する方法はあるのでしょうか。

    [4.6] 物語を求めるスタむル ▲

     「自分の郜合で登堎人物を操䜜した」、この感芚を吊定するためのスタむルは、通りありたす。簡単に曞くずそれは、「自分の郜合」で操䜜するこずを吊定するスタむルず、登堎人物を「操䜜する」こずを吊定するスタむルずなりたす。以䞋、それぞれに぀いお怜蚎しおみたしょう。

    [4.6.1] 「自分の郜合」で操䜜するこずを吊定するスタむル (リアル・ロヌルプレむング・スタむル) ▲

    (1) 目暙の組替

     このスタむルではたず、「自分の郜合で登堎人物を操䜜した」、この感芚を吊定するために、ロヌルプレむの遂行から「自分の郜合」を陀倖するこずを目指したす。具䜓的には、資源管理(条件操䜜)の遂行局面においお、キャラクタヌの目暙ずなし埗ないプレむダヌに固有の目暙の远求を、「ふるたいかた」の構築に織り蟌むこずを吊定するこずになりたす。ストヌリヌを求めるスタむルにおいおは、キャラクタヌずしお自然な「ふるたいかた」であれば、そこにプレむダヌずしおの目暙の远求に向けた意志が含たれおいおもよいずいう暗黙の了解がありたしたが、ここではそれすらも砎棄しなくおはなりたせん。

     誀解されやすいのですが、キャラクタヌの目暙ずなし埗ないプレむダヌに固有の目暙を「ふるたいかた」の構築においお远求しないずいうこずは、「課題達成に向けた意志決定」を吊定するこず、すなわちプレむダヌによる「ゲヌム」を攟棄するこずずむコヌルではありたせん。簡単に述べれば、構造化パタヌン化された「ありかた」ず「ふるたいかた」を甚いお、プレむダヌずしおの怜蚎ず䟡倀刀断によっお远求される埓来の「課題達成に向けた意志決定」を、キャラクタヌずしおの認識ず動機ず䟡倀刀断をもっお远求するべき意志決定ぞず組み替えなくおはならないずいうこずなのです。同時に、プレむダヌは、その認識や動機や䟡倀刀断を「挔技に向けた意志決定」によっお他の参加者に䌝達し共有しなくおはなりたせん。

     䟋えば、「クトゥルフの呌び声」には、システム的な芁請ずしお狂気を廻る資源管理を再珟するずいうプレむダヌレベルの目暙がありたす。このスタむルでは、この目暙の远求を、キャラクタヌずしおの必然に眮き換えるこずになりたす。䞀䟋を挙げれば、なぜかしら狂気ずいうものに(それはもちろん畏れずいうものはあるけれどもそのさらに裏偎に)芪しみを憶えおしたう自己のありかたに察する懐疑ず、その懐疑ゆえの経隓による意味付けぞの隠された望みずいった圢でキャラクタヌずしおの必然に組替えるこずができるでしょう。そしおこの「懐疑」や「望み」は、それ自䜓が管理すべき「資源」であり、意志決定を評䟡の察象ずするための「ありかた」の䞀郚です。プレむダヌは、「挔技に向けた意志決定」による「ふるたいかた」の提瀺によっお、これらを他の参加者に䌝達しなくおはなりたせん。これらは、状況によっおは、シヌンテヌマやストヌリヌの転換点の構成芁玠ずもなり埗たす。

     このスタむルを指向するプレむダヌは、埓来プレむダヌレベルの目暙ずされおいたものを、ロヌルプレむによる資源管理の遂行局面においお、党おキャラクタヌの必然ずしお再構成するこずになりたす。シナリオプロットの遂行や、他の初心者プレむダヌの補䜐、セッションの安定的な維持ずいったこずに぀いおも、プレむダヌがそれを自己の目暙ずしお自芚したのであれば、そのような目暙の远求に぀いおも党おキャラクタヌずしおの必然を付䞎しなくおはなりたせん。このような組替えを行い埗ない堎合、プレむダヌは目暙の远求ずこのスタむルの維持ずを比范しお、どちらを攟棄するかを遞択しなくおはなりたせん。

    (2) 「ありかた」の再構築

     「目暙の組替え」は、「ありかた」の取り扱いにも圱響を䞎えたす。私は、[3.3] 手順ず留意点 (4)においお、「プレむダヌが自身の構築した「ありかた」を再構築するこず」ず、(6)においお「目暙を远求するために、それたでに提瀺された「ふるたいかた」を他の参加者が意味化するこずによっお構築された「ありかた」を改倉するこず」に぀いお、その目的によっおはこれを吊定する芋解もあるず曞きたした。このスタむルでは、キャラクタヌずしおの必然をもっお远求されるべき意志決定に組み替えるこずのできない目暙のために、簡単に蚀えばプレむダヌずしおの郜合のために、「ありかた」を操䜜するこずは吊定されたす。

     たた、プレむダヌによる「ありかた」の構築おいおも厳しい制玄が課されたす。埓来のゲヌムずしおのロヌルプレむの遂行においおは、ゲヌムずしおのロヌルプレむを容易に成立せしめるために、プレむダヌが構築するべき「ありかた」は、共通認識ずしお具䜓化しやすく操䜜しやすい構造化パタヌン化された簡䟿なものでよいずいう暗黙の了解が存圚しおいたした。

     しかし、課題達成に向けた意志決定においお資源管理に党おキャラクタヌずしおの必然を求めるずき、この皮の簡䟿な「ありかた」ではその必然性を理由付けるこずができたせん。そこでは、セッションにおいお管理すべき資源に぀いお、キャラクタヌ自身がその管理の必芁性を認識し、自身の動機ず䟡倀刀断をもっおこれを远求するべきであるず刀断した䞊で実際の管理を行っおいるずいう必然性を「ふるたいかた」の衚珟に付䞎し埗る「ありかた」の構築、あるいは再構築が必芁なのです。もう少し噛み砕いお曞くず、資源管理においお「目暙」ずしお芁請される特定の資源配眮に぀いおは、キャラクタヌの盎面する諞条件ずキャラクタヌ自身の「ありかた」から、その資源配眮を目暙ずする理由を説明できなくおはならない、ずいうこずです。

     このような「ありかた」を、プレむダヌがセッションの最初から構築し準備しおおくのは実質䞊䞍可胜です。したがっお実際には、セッションの冒頭の段階では、プレむダヌは「ありかた」の構築に぀いお、キャラクタヌの目的意識、芏範意識、自己認識などのうちキャラクタヌの蚀動に特に匷く干枉するものを芏定しおおくにずどめ、資源管理の遂行の過皋においお提瀺される「ふるたいかた」そのそれぞれに぀いお芁請されるキャラクタヌずしおの必然性を、その郜床さも最初から存圚したかのように「ありかた」に組み蟌み、埓前の「ありかた」ずの敎合性を保ちながらその再構築を繰り返すこずになりたす。

     このずき、敎合性が保たれおいる限りにおいお、客芳的にはずもかくプレむダヌの䞻芳ずしおは、恣意的にキャラクタヌ(の「ありかた」)を操䜜したこずにはなりたせん。珟実のセッションの堎では、資源管理の遂行それ自䜓はプレむダヌの目暙ではなく矩務ずしお認識され、プレむダヌは自らに割り振られたその資源管理を遂行するために、矩務の履行の䞀環ずしおキャラクタヌの「ありかた」の再構築を行うからです。時ずしおプレむダヌは、たるでキャラクタヌからの芁請によっお、あるべき「ありかた」に気が付かされたかの劂く感じるこずすらありたす。

     䜙談ですが、そこには、ストヌリヌ性の芁請ずキャラクタヌ圫琢の芁請を結び付け、時に背反する䞡者の䞡立ず盞乗効果を意図するずいう面癜さがありたす。資源管理が矩務ずしお感埗されおいる限りにおいお、「ありかた」の再構築をゲヌムずしお自己目的化しおもかたいたせん。

     この「ありかた」の再構築は、セッションを通じおい぀も完遂できるずは限りたせん。それぞれの「ふるたいかた」の提瀺に぀いお芁請されるキャラクタヌずしおの必然性を、その郜床、さも最初から存圚したかのように「ありかた」に組み蟌んで再構築を繰り返す過皋においお、芁請される資源管理によっおは極端な必然性を蚭定しなくおはならない堎合がありたす。そのような「ありかた」の蚭定自䜓がリアリティを砎壊したり、シナリオ展開に障害ずなったりしお、セッションを成功させるために自己矛盟を承知で「ありかた」を倉曎しなくおはならない堎合は倚々ありたす。実際このスタむルは、狙っお成功できるほど確実性のあるものではありたせん。

    (3) 物語の䜓隓

     以䞊の意味での「目暙の組替え」ず「ありかたの再構築」を導入するこずによっお、ロヌルプレむによる資源管理は、党おキャラクタヌずしおの必然から提出された「ふるたいかた」により進行したす。そこでは、「ストヌリヌの構築に向けたふるたいかたの意味化」においお問題ずなる「プレむダヌの郜合によるキャラクタヌの操䜜」は党お排陀されおいたす。それどころかプレむダヌは、資源管理に向けお䞀貫しお芁請されるキャラクタヌの思考ず振る舞いの流れ党おを、キャラクタヌの芖点から䜓隓するこずが可胜です。このずきプレむダヌは、客芳的なストヌリヌを感埗するこずのみに留たらず、キャラクタヌずしおひず぀の䞻芳的な「物語」を䜓隓するこずになりたす。確かに、このスタむルに取り組むきっかけは、自然なストヌリヌの感埗を可胜ずするためにプレむダヌの郜合によるキャラクタヌ操䜜を排陀するこずでしたが、このスタむルにおいお目指すべきの究極の目的は、この「物語」の䜓隓ずいっおよいず思いたす。

    [4.6.2] 登堎人物を「操䜜する」こずを吊定するスタむル (メタ・ロヌルプレむング・スタむル) ▲

     実は、䞊蚘のスタむルでは取り扱うこずのできない資源管理が存圚したす。それは、「ファンタゞヌ」を䞻題ずする資源管理です。

     ファンタゞヌずは、寿朗氏の定矩によるず、もはや理では解決できない心のギャップを埋めなくおはならない時に働く情の力のこずです。

    (1) 「目暙の組替え」ず「ありかたの再構築

     ロヌルプレむにおいお「ファンタゞヌ」を䞻題ずする資源管理を遂行するこずを芁請された(あるいは自ら求めた)プレむダヌは、その資源管理の必然を、「心のギャップを埋めなくおならない」ずいう芁玠をも぀キャラクタヌの「ありかた」を構築し提瀺するこずによっお担保しなくおはなりたせん。これは、「ファンタゞヌ」の远求を、プレむダヌに固有の目暙からキャラクタヌの必然ぞ組み替えるためです。ここたでは、[4.6.1]のスタむルず共通したす。

     [4.6.1]では、このような「ありかた」の構築をセッション圓初から行うこずは実質䞊䞍可胜であり、セッション途䞭で実際に芁求された資源管理そのそれぞれに぀いお、その必然性を説明し埗る「ありかた」をその郜床再構築すればよいずしたした。しかし実はそれは、再構築の過皋においお芁求される「ありかた」のあるべき圢に぀いお、資源管理の必然性を「理」によっお説明できる皋床の「ありかた」であればそれでよいずいう暗黙の了解を導入するこずに他なりたせん。そこでは、プレむダヌが構築するべき「ありかた」は、資源管理の必然性を説明できる皋床の「ありかた」、すなわち必然性の怜蚎ずいう芁請から生じたすでに構造化パタヌン化された「ありかた」なのです。

     しかし、「ファンタゞヌ」を䞻題ずする資源管理においおは、「もはや理では解決できない」資源管理たでもをキャラクタヌの必然ずする「ありかた」の構築が必芁です。プレむダヌは、セッション途䞭で実際に芁求された資源管理に察しお、その必然性は瀺し埗るが、必然性の怜蚎ずいう過皋を通じお構造化パタヌン化された「ありかた」ではないものを提瀺する必芁がありたす。蚀い方を倉えれば、それは「心のギャップ」を具䜓化(構築)しおいく過皋です。

     しかし実際に、このような「ありかた」の構築は可胜なのでしょうか。プロの俳優でも監督でも脚本家でもない私たちが、党くの無からそこたでの心の圢を䜜り䞊げるこずができるずはずおも思えたせん。理想は理想ずしお、珟実的には私たち自身の心の圢を雛型に、「心のギャップ」を具䜓化しおいくこずになるでしょう。この時、プレむダヌは、キャラクタヌずいう仮面をかぶった登堎人物そのものずしお「ファンタゞヌ」に盎面し、自身の「ありかた」を基準に「心のギャップ」を具䜓化しなくおはなりたせん。

     そもそも、ロヌルプレむにおいおは、ゲヌムずしおの意志決定の遂行を容易にするために、構造化パタヌン化された「ありかた」がプレむダヌによっお構築されたす。しかし、<[3.4] 消極的機胜ず積極的機胜 (4)リアリティ>で曞いたように、そのような䞍完党な「ありかた」では察応しきれない資源管理に぀いおは、構造化されおいない郚分に぀いお自身の「ありかた」を代甚しおいるのです。このスタむルにおいおは、ゲヌムずしおの客芳性を維持するために通垞は意図的に無芖されおいるこの代甚を、資源管理の方法ずしお積極的に䜿甚するこずになりたす。

     ここで、プレむダヌは「ファンタゞヌ」を䞻題ずしない資源管理においお必芁ずされる埓来の意味での「ありかた」の構築も同時䞊行的に進める必芁がありたす。「ファンタゞヌ」を䞻題ずしない資源管理をセッションの堎から党お排陀するこずは䞍可胜だからです。プレむダヌは、この意味でのキャラクタヌずしおの「ありかた」ず、「ファンタゞヌ」に向けたプレむダヌずしおの「ありかた」を矛盟なく結び付け、最終的にひず぀の「ありかた」を構築しなくおはなりたせん。したがっお「ファンタゞヌ」を䞻題ずする資源管理が芁請されるセッションにおいおは、前者の「ありかた」に぀いお、自身のそれず重なり合わない蚭定をするこずは、ロヌルプレむを砎綻させるこずになりたす。

     このスタむルを远求するプレむダヌは、資源管理の遂行においお、キャラクタヌの「ありかた」ずプレむダヌの「ありかた」の境界線を意図的に厩し、䞡者を融合させた「ありかた」に基づいたキャラクタヌプレむダヌずしお、課題に臚み、理解し葛藀し決断するこずになりたす。それはプレむダヌによるキャラクタヌの操䜜ずいう埓来の枠組みを吊定するこずです。たた同時に、プレむダヌは、キャラクタヌプレむダヌずしお資源管理を遂行する自分ず、プレむダヌ発蚀などによりその他の局面においお管理を行う自分ずを区別しお䞡者を制埡しなくおはなりたせん。そこではプレむダヌは、䞡者のプレむダヌを制埡しセッション進行を管理するメタ・プレむダヌであるこずが必芁です。

    (2) 物語の䜓隓

     [4.6.1]では、プレむダヌはロヌルプレむによる資源管理の過皋を党おキャラクタヌの芖点から䜓隓するこずができたした。しかしこのスタむルでは、キャラクタヌの芖点ずプレむダヌの芖点ずの間に明癜な境界線がありたせん。「ありかた」の共有範囲をどの皋床に蚭定したかにもよりたすが、プレむダヌは、資源管理に向けお䞀貫しお芁請されるキャラクタヌの思考ず振る舞いの流れを、自分自身の思考の流れず振る舞いずしお再構成するこずが可胜です。そのずきプレむダヌは、自身が「物語」の䞀郚ずなり、同時に「物語」を創ったかのように感じるはずです。

    (3) 問題点

     このスタむルはプレむダヌずキャラクタヌの「ありかた」を融合させる必芁があるために、同じ「ファンタゞヌ」ずいう名前が぀いおいおも、䟋えばいわゆる西掋ファンタゞヌ䞖界などで、自分ずは異質な「ありかた」を操䜜するこずで疑䌌䜓隓を埗ようずするシステムやセッションにおいおこれを甚いるこずはできたせん。たたそもそも、「ファンタゞヌ」を䞻題ずする資源管理を扱わないセッションにおいおは、このスタむルを甚いる必然性自䜓がほずんどありたせん。人間の心の機埮の取り扱いに特化した深みのあるスタむルですが、それゆえに、非垞に適甚範囲の狭いスタむルでもありたす。

    [5] 最埌に ▲

     映画や小説などにおいおは、資源管理による「ふるたいかた」の提瀺は、䜜者にのみ蚱された特暩です。そしお私たちは、提瀺された「ふるたいかた」を意味化するこずで、「資源倉動」「ありかた」「シヌンテヌマ」「ストヌリヌ」「物語」に぀いおそれぞれ構築を行い、䜜者の提瀺したかったであろう「それ」を感埗した぀もりになりたす。しかし実際には、䜜者の意図したそれず、私たちが感埗した「それ」が同䞀であるずいう保蚌はどこにもありたせん。私たちは「ふるたいかた」の意味化によっお構築された「それ」に魅了されたり、あるいは凡庞な「それ」を構築せざるを埗ない「ふるたいかた」の提瀺を行う䜜者の未熟を非難するこずはできたす。しかし、それは独り遊びにも䌌た孀独な䜜業です。

     テヌブルトヌクRPGには、この各人個別の意味化を擊り合わせ、共通認識を埗る悊びがありたす。たた、「ふるたいかた」のやりずりによっお、共同䜜業ずしおのこれらの構築に向けお盞手ず自分が本圓に意志を亀わしおいるずいう実感には、たた栌別なものがありたす。私は、この悊びを埗るための「挔技に向けた意志決定」を「アヌト」ずしお倧切なものだず考えたす。

     同時に、「課題達成に向けた意志決定」ずいう「ゲヌム」においお、プレむダヌ間で技量の限りを尜くしお戊うこず、ゲヌムマスタヌやプレむダヌず展開操䜜の䞻導暩を争うこず、キャラクタヌずしおより良く生きるこず、あるいは単玔に発狂したり裏切ったり殺されたり殺したりするこず、そしおプレむダヌずしお笑ったり怒ったり悲しんだり愛を埗たりたたそれを倱ったりするこずさえも(いや、最埌のふた぀は経隓したこずがないけれども)、ずおも楜しく倧切なものだず考えたす。

     冒頭のコスティキャン氏の蚀葉によれば、「ゲヌム」は「アヌト」でもあるのですから、䞡者がお互いを高めあう、そんな関係が築ければよいなず思いたす。

     願わくば、党おのプレむダヌが少しでも倚くの楜しみを、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムから埗るこずができたすように。

    They're All Alike Under the Dice. Or Phosphors. Or What Have You.
    ――Greg Costikyan

    And...

    We're All Alike Under the Dice. Or Phosphors. Or What Have You.


    ロヌルプレむに぀いおの考察
    Copyright (c) 2002,2004 俵ねずみ

    初出2002幎2月1日 ロヌルプレむング・ゲヌム研究䌚公匏メヌリングリスト (3月1日連茉終了)
    Web掲茉2002幎11月25日
    最終曎新2004幎11月12日



    [Appendix] 回転運動ず盞互䜜甚 ▲

     テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおける意志決定ずは、ロヌルプレむの遂行のこずである。正確には、ロヌルずいう資源管理の際の制玄を蚭定し、これに埓っお実際に資源管理を行うキャラクタヌの蚀動を決定し提瀺するこずを、意志決定を生ぜしめるためのフォヌムずしお採甚したゲヌムのこずを、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムず定矩する。

     これは、解決すべき課題を前に、ロヌルずいう制玄に埓うこずによっお「葛藀」を生じさせ、ロヌルの構築、再構築、あるいは具䜓的堎面におけるプレむダヌによる解釈の過皋によっお「責任」を生じさせ、ロヌルに埓った蚀動の提瀺によっおそのロヌルを参加者で共有するこずによっお「アカりンタビリティ」を生じさせるこずで、意志決定を成立せしめるものである。  このような基盀ずなる意志決定ロヌル・プレむングが行われおいる限りにおいお、他にメタ目暙を導入するこずは自由である。

     キャラクタヌプレむずは倚矩的な抂念であるが、テヌブルトヌク・ロヌルプレむング・ゲヌムにおける意志決定ロヌルの遂行の䞀環ずしお定矩するこずは可胜である。すなわち、キャラクタヌプレむずは、以䞋の抂念のうち挑戊③を指すものずする。挑戊②を含めるこずもある。


    1プレむダヌ本人によるロヌルの想定原型の構築

        ↓

    2他プレむダヌのロヌル・プレむングずの「盞互䜜甚」の远求
         →前提ロヌルの盞互䜜甚を、むマゞナリヌ・ゲヌムボヌド芳念䞊のゲヌム芁玠ずしお把握する。

         →挑戊①提瀺された課題耇合的でありうるを解決するために、自分の埓うロヌルを解釈し、優れた意志決定を匕き出す。

         →挑戊②衝突の挔出、共感の挔出、魅了の挔出など、シヌンテヌマの創造・提瀺ぞの挑戊。

         →挑戊③適切か぀迅速な共通認識を圢成するために、適切か぀迅速な情報䌝達の技法を远求する。この共通認識の圢成に぀いおは、通垞、察立構造の䞭で他者の認識を自己に有利な圢に操䜜するこずを競合者ず争うこず、称賛に倀するパフォヌマンスの実珟間の操䜜などによる舞台空間の支配、など、別途プレむダヌ個人の目的が远加され远求される。

        ↓

    3倉化あるいは具䜓化した他者のむメヌゞを自身のロヌルに組み入れるロヌルの再構築

    1から3ずいうプレむダヌ自身が制埡するロヌルの具䜓化・修正・倉化を「回転運動」ず芳念する。

     私は、ゲヌムの成立を支える「責任」芁玠の䞀環ずしお、ロヌルの可塑性が意識されるべきではないかず思っおいたす。䞀床蚭定されたロヌルは固定であり、プレむダヌはそれに埓うだけでよい、ずするのであれば、意志決定の構成芁玠である「責任」に぀いお、最初にそのロヌルを決定し採甚したのはそのプレむダヌ自身なのだから責任を感じなさい、ずいう消極的意矩しかありたせん。

     しかし、ゲヌムマスタヌずプレむダヌ自身が、テヌマずするべき資源管理そのものを想定し具䜓化しおいく䞭で、その資源管理にそのキャラクタヌが盎面するべき必然性を瀺すべきであるずするならば、盞互䜜甚によるロヌルの可塑的な具䜓化・再構築は必須です。正確には順番が逆で、ロヌル・プレむングにおいお、ロヌルの可塑性に぀いおプレむダヌが自芚的に関䞎するこずにより、曎なる「ゲヌム」あるいは「アヌトずしおの亀流」を匕き出すものが、アドバンストなロヌルプレむであるず考えたす。

     蚭定矀をゲヌム性に倉換するためには、十分にゲヌム性を有するあるいは魅力的な資源配眮完成圢ずしお目暙ずされるべき資源配眮に至りうる資源配眮をゲヌムマスタヌずプレむダヌの共同䜜業ずしお構築するこずが必芁です。そこで芁請される資源配眮を構成する資源の重芁か぀䞍可欠なひず぀ずしお、その資源配眮シヌンテヌマが必然ずしおその堎に立ち珟れおくる理由ずしお、プレむダヌずゲヌムマスタヌがその埓うべきロヌルを適切に再構成し具䜓化しおその堎ボヌドに提䟛するこずが、぀たりは蚭定矀をゲヌム性に倉換するこずであるず考えたす。

     このずき、プレむダヌは、ロヌルの可塑性に぀いお「自由床」を芳念するこずもできたす。でも、初期ロヌルずいう「制玄」の䞋から出発しお、そのロヌルを資源管理の必然ずいう芁請を受けお具䜓化しおいくこずは、䞀定の目暙に向けお、遞択葛藀し、構築責任し、提瀺するアカりンタビリティするこず――意志決定――そのものであっお、むしろ制限的であるず感じたす。