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リミックスを禁じる前に

    ― Scratchから考える、創作者としてのデジタル・シティズンシップ ―

    「捕まるの?」から始まる著作権教育

    低学年向けに著作権の授業をしていると、子どもたちはすぐに「それって捕まるの?」と口にします。大人が思っている以上に、子どもたちは「ネットのものを勝手に使ってはいけない」「悪いことをすると警察に捕まる」という言葉を、どこかで聞いています。

    ところが、その先をたずねると、急に答えが曖昧になります。
    何がなぜ問題なのか。誰が困るのか。自分の絵や写真やゲームが、だれかに勝手に使われたらどう感じるのか。そこまで考える前に、「ダメなものはダメ」「見つかったら怒られる」というところで話が止まってしまうのです。

    これは、子どもたちが幼いからではありません。
    著作権が「創作者の権利」や「作品への敬意」としてではなく、「してはいけないこと」「見つかると怒られること」「捕まるかもしれないこと」として先に教えられてきた結果です。子どもは創作者の側に立って考える前に、大人に怒られないための境界線を覚えてしまっています。

    もちろん、著作権を軽く扱ってよいわけではありません。
    友だちの描いた絵を勝手に自分の作品として出す。だれかが作った写真や音楽やゲームを、まるで自分が作ったもののように使う。作品を作った人の時間や工夫を、見えなくしてしまう行為です。

    ただし、著作権教育が「捕まるからダメ」という話に終始すると、子どもたちは作品の向こうにいる創作者を意識出来なくなります。そこにある時間、工夫、表現、願いを考える前に、「これは使ってよいのか」「バレるのか」「先生に怒られるのか」という発想になってしまいます。

    そこで改めて考えたいのが、Scratchのリミックス文化です。

    Scratchは作って終わりの教材ではない

    日本では、Scratchは小学校プログラミング教育の代表的な教材として広く知られています。文部科学省の研修教材でも、Scratchを使って正多角形を作図する教材が示されており、学校現場では「プログラミング的思考」を学ぶための環境として紹介されることが多くあります(文部科学省, 2019)。

    けれども、Scratchは本来、単なるブロック型プログラミング環境ではありません。Scratch公式は、Scratchを「interactive stories, games, and animations」を作ることのできるプログラミング言語であり、オンラインコミュニティであると説明しています(Scratch Foundation, n.d.)。Scratchは、作品を作るだけでなく、他者の作品を見て、仕組みを読み取り、改変し、共有することまで含んだ環境として設計されています。

    その中心にあるのが「リミックス」です。

    Scratch公式は、リミックスを、他者のプロジェクトに自分のアイデアを加えることとして説明しています。他者のプロジェクトをリミックスすることは、プログラミングを学び、面白い作品を作るためのよい方法だともされています(Scratch Help Center, 2024)。

    ※ 2026年1月22日のScratch利用規約改定により、共有プロジェクトの扱いは従来のCreative Commons BY-SA 2.0から、Scratch独自の利用規約に基づくライセンスへ移行しています。本稿ではリミックス文化の教育的意味を中心に扱い、このライセンス変更の意味は別稿で整理します。

    ここには、著作権教育にとって重要な転換があります。

    従来の著作権教育は、他者の作品を「勝手に使ってはいけないもの」として扱いがちです。Scratchのリミックス文化では、他者の作品は、構造を読み、自分のアイデアを加え、元の作者を明記して、次の創作へつなぐ対象です。

    コピーとリミックスは違う

    Scratchのリミックスは、コピーを正当化する仕組みではなく、コピーとリミックスの違いを学ぶための環境です。

    そのまま複製して、自分の作品のように見せること。少しだけ変えて、元の作者を隠すこと。元の作品の仕組みを読み取り、自分の目的に合わせて作り替え、何を借り、何を変えたのかを説明すること。これらは同じではありません。

    Scratchは、この違いを子どもが実際の作品を通して考えられる場を提供しています。元作品を見る。スクリプトを読む。背景や動きやルールを変える。自分なりの工夫を加える。クレジットを示す。その過程の中で、子どもは「使う」と「盗む」と「受け継いで変える」の違いを経験的に学ぶことができます。

    研究の側から見ても、リミックスは単なる遊びや模倣にとどまりません。Scratchオンラインコミュニティの大規模データを分析した研究では、リミックス経験の多いユーザーほど、より広い種類のプログラミング命令を使う傾向があり、リミックスを通じて計算概念に触れることが、その後の自作プロジェクトでの概念利用と関連していることが示されています(Dasgupta et al., 2016)。

    他者の作品を読んで変えてみることは、プログラミング学習の重要な経路になりうるのです。

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    ゲームを遠ざけると何を失うのか

    日本の学校現場では、Scratchの教育的な可能性が十分に理解されているとは言いにくい状況があります。とりわけ大きいのは、Scratchがゲーム的であること自体への嫌悪です。子どもが休み時間にゲーム作品を探して遊んでいる。友だちの作ったゲームを見ている。自分でもゲームらしいものを作ろうとしている。その姿だけを見ると、学校側には「学習用端末で遊んでいる」と映ります。

    しかし、Scratchのゲーム性は、本来、余計な誘惑ではなく、公式が想定する表現形式の一つです(Scratch Foundation, n.d.)。動き、条件分岐、得点、失敗、再挑戦、操作感、ルールの設計を含むゲーム制作は、きわめて強い創作対象です。

    特に、ゲームに魅力を感じる子どもにとっては、「自分で操作できるものを作る」「ルールを変える」「友だちに遊んでもらう」という経験が、プログラミングへの大きな動機づけになります。ゲーム的な作品を遠ざけても、子どもたちの創作意欲が消えるわけではありません。学校がそれを学習として受け止められないとき、子どもは大人の目を避けて遊ぶか、与えられた課題だけをこなすかのどちらかに追いやられます。

    そのうえで、共有機能やコメント機能への不安が重なります。
    子どもが外部ユーザーと不用意に関わることへの心配、コメント欄でのやりとり、作品群を回遊してしまうことへの懸念は、安全管理として理解できます。実際に、自治体によっては、本家Scratchの共有機能やコメント機能を問題視し、区内限定の環境やアプリ版へ誘導する例もあります(東京都北区, n.d.)。

    ただし、教育的には別の問いも立てなければなりません。
    Scratchから共有、コメント、リミックスを取り除くと、Scratchは安全な制作アプリにはなりますが、創造の公共圏としての性格を大きく失います。子どもはコードを書く経験はできても、他者のコードを読み、借り、改変し、元の作者にクレジットし、自分の作品もまた誰かに使われるかもしれないと考える経験を失ってしまいます。

    Scratchのリミックス文化が示しているのは、子どもの興味を管理の対象にするのではなく、創造の入口として扱う可能性です。ゲームを作り、他者の作品を開いて改変し、公開する。その一連の過程に、プログラミング、著作権、メディアリテラシー、デジタル・シティズンシップが重なっています。

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    Common Senseが示す「判断」の学び

    Common Sense Educationのデジタル・シティズンシップ教材も、リミックスを単なる自由な創作としては扱っていません。
    旧カリキュラムでは「Creative Credit & Copyright」という領域のもとに、「A Creator's Rights」「A Creator's Responsibilities」「Rework, Reuse, Remix」「Rights, Remixes, and Respect」などの授業が配置され、創作者としての権利と、他者の創作物を尊重する責任を扱っていました(Common Sense Education, n.d.-a)。

    この組み立ての特徴は、子どもをメディアの消費者としてだけでなく、創作者として扱う点にあります。自分の作品にはどのような権利があるのか。他者の作品を使うときには、どのような責任が生じるのか。どのような素材なら再利用しやすいのか。クレジットはなぜ必要なのか。リミックスは、こうした問いの中に置かれています。

    その延長上で、Common Senseの教材は、パブリックドメイン、Creative Commons、フェアユースといった考え方も扱います。
    現行カリキュラムの「The Four Factors of Fair Use」では、子どもたちがcopyright、public domain、fair useの意味を確認したうえで、実際の利用場面に照らして判断する構成になっています(Common Sense Education, n.d.-b)。つまり、フェアユースは突然出てくる例外規定ではなく、創作者として他者の作品をどう使うかを考えるための判断枠組みとして扱われています。

    米国のフェアユースをそのまま日本の法制度に持ち込むことはできません。それでも、目的を考える、使う量を考える、どれくらい変えたのかを考える、元の作品や作者にどのような影響があるかを考える、という観点は、日本の教室でも大きな意味を持ちます。

    ここでScratch型とCommon Sense型は、互いに補い合う関係にあります。Scratchは、リミックスを創造的参加として経験させます。他者の作品を開き、自分のアイデアを加え、公開し、さらに誰かに使われる可能性を持つ環境です。一方、Common Senseは、リミックスを権利と責任の判断として扱います。素材を使うときに、どのような条件を確認し、どのようにクレジットし、どのような使い方なら妥当なのかを考えさせます。

    この二つを組み合わせると、著作権教育は大きく変わります。

    • 「捕まるからやめる」から、「創作者に敬意を示す」へ。

    • 「ネットのものは使ってはいけない」から、「条件を確かめ、使い方を考える」へ。

    • 「ゲームだから禁止」から、「ゲームを作り、読み、改変する経験を通して創造の作法を学ぶ」へ。

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    子どもを創作者として扱う

    デジタル・シティズンシップの立場から見ると、著作権は単なる法的知識ではありません。それは、デジタル世界で他者の創造にどう関わり、自分の創造をどう社会に差し出すかという、市民性の問題です。

    ここには三つの観点があります。

    第一に、尊厳です。作品の向こうには作った人がいます。たとえそれが小さな絵、短い音楽、簡単なゲーム、数行のコードであっても、そこには誰かの時間と工夫があります。クレジットは、その人を見えない存在にしないための作法です。

    第二に、主体性です。子ども自身も創作者です。作文、絵、写真、動画、プログラム、スライド、発表資料。学校の中にも、子どもの創作物はたくさんあります。自分の作品をどう扱ってほしいかを考えることは、他者の作品をどう扱うかを考える入口になります。

    第三に、参加です。デジタル世界の創造は、完全な無から始まるとは限りません。見て、まねて、分解して、組み替えて、自分の意味を加える。創造はしばしば、他者の創造との関係の中で生まれます。だからこそ、リミックスには作法が必要です。何を借りたのか。何を変えたのか。どこまで公開してよいのか。相手にどう敬意を示すのか。これらを考えることが、デジタル・シティズンシップとしての著作権教育です。

    子どもを違反者予備軍として見る限り、著作権教育は取り締まりのようになっていきます。しかし、子どもを創作者として扱えば、著作権はまったく違う意味を持ち始めます。それは、他者の創造を尊重しながら、自分も創造の連鎖に参加するための社会的な作法になります。

    Scratchのリミックスは、その入口になります。

    もっとも、学校でいきなり本家Scratchのオンラインコミュニティを全面的に使う、という話ではありません。低学年には低学年なりの公開範囲があり、教師の足場かけも必要です。最初は、教師が選んだ作品をもとに、どこが残っていて、どこが変わっているかを比較するだけでもよいでしょう。次に、元作品を使ってよい条件を確認し、クレジット欄に何を書くべきかを考えます。さらに、自分が作品を公開するとしたら、どのように使ってほしいかを話し合います。

    このような小さな活動を通して、子どもたちは、著作権を「怖いルール」としてではなく、「創作に参加するための作法」として学び始めます。

    デジタル世界では、子どもたちは日常的に、画像、音楽、動画、ゲーム、ミーム、キャラクター、AI生成物に触れています。それらを一律に遠ざけても、子どもたちの生活から消えるわけではありません。だからこそ、学校は、禁止の言葉だけでなく、創造に参加するための言葉を持たなければなりません。

    リミックスとは、何でも自由に使ってよいという合図ではありません。リミックスとは、他者の創造に出会い、それを読み、自分のアイデアを加え、敬意を示しながら、次の創造へつなぐことです。

    著作権教育を、違反を避けるための知識から、創作者として生きるためのデジタル・シティズンシップへ。Scratchのリミックス文化は、その転換を考えるための、いまなお重要な手がかりです。


    参考文献

     
     
    国際大学GLOCOM・主幹研究員・准教授/ 日本デジタル・シティズンシップ教育研究会JDiCE共同代表理事 学習者中心の文具的ICT活用やデジタル・シティズンシップの普及のために活動しています。

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