
不安って、曖昧だと怪物になる。名前をつけると課題になる。
なんとなく苦しい。
なんとなく進めない。
なんとなく怖い。
そんな時期がある。
やることは、ちゃんとある。
日本語教育能力検定試験の勉強。
日本語教師としてレッスンを増やしたい気持ち。
終わらせなければいけない副業の仕事。
前に進みたい気持ちもある。
それなのに、なぜか動けない。
手は止まり、気持ちだけが疲れていく。
目の前の現実が重いのだと思っていた。
でも、本当は少し違った。
重かったのは、
曖昧なまま膨らんでいた不安だった。
不安は、混ざると大きく見える
不安が苦しいのは、
量が多いからではない。
中身が見えないからだ。
自分の中にあるものを、ひとつずつ分けてみるとこうなる。
技術が足りない不安
指名されない焦り
評価されることへの怖さ
責任を負うことへの緊張
終わらない作業への疲れ
本来は、全部別々のものだった。
それなのに、まとめて抱えてしまう。
すると、心の中では
「なんかもう無理だ」
という感覚だけが残る。
正体の見えないものは、
必要以上に大きく見える。

名前をつけた瞬間、動けるようになる
不安は、名前をつけると変わる。
たとえば、
「技術がない」
それは、まだ経験が浅いだけかもしれない。
なら、練習すればいい。
「評価が怖い」
それは、他人の反応を気にしている状態かもしれない。
なら、受け止め方を学べばいい。
「仕事が重い」
それは、抱え方の問題かもしれない。
なら、減らすことも、やめることもできる。
問題が消えるわけではない。
でも、向き合える大きさになる。
怪物だったものが、課題に変わる。
勉強も、同じだった
日本語教育能力検定試験の問題も、最初はそうだった。
選択肢が全部正しく見える。
何を問われているのか分からない。
ただ難しい。
でも、問いをやさしい言葉に置き換えると、少しずつ見えてくる。
「共生社会」なら、
“ともに生きること”と考えてみる。
すると、選択肢の違いが見えてくる。
難しい言葉のままだと止まる。
意味をほどくと進める。
不安も勉強も、構造はよく似ている。
人生は、整理できた分だけ進む
昔の私は、
気合いで突破しようとしていた。
でも今は思う。
必要なのは、根性だけではない。
自分の中を整理する力だ。
何に困っているのか
何が怖いのか
今できる一歩は何か
それが見えたとき、
人はまた動き出せる。
人生を止めるのは、
不安そのものではない。
曖昧さの方だ。
不安は敵じゃない。不安はただの感情だ。
ちゃんと整理されるのを待っているんだね。
同じように、正体のわからない不安に立ち止まったことがある人へ。
名前をつけた瞬間、
景色は少し変わり始めるのかもしれない。
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