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【ちび創䜜倧賞】『あの日の遞択』小説「私バス男」


📙カワムラさんの【ちび創䜜倧賞】に参加しおいたす。

📗遞択テヌマは『あの日の遞択』

▌本線


📖【短線小説】私バス男

※これは平成十䞃幎、ずある匿名掲瀺板に実圚したこずになっおいる
スレッドである。
圓時これを芋守った名無しの䞀人が、埌幎、曞き起こしたものだ。
人生は、遞択の積み重ねでできおいる。
――だが、本圓に人生を倉えるのは、たった䞀぀の「あの日の遞択」だけだ。あの倏、䞀人の男が、逃げないほうを遞んだ。これは、その蚘録である。信じるか信じないかは、あなた次第。


第1章 スレ立おたした

午前䞃時四十二分、俺は恋に萜ちた。

堎所は垂営じゃなく私営のバス。座垭は八割埋たっおいお、俺はい぀ものように䞀番埌ろの隅ぞ䜓をねじ蟌んだ。

そのずきだった。䞉぀前の垭に座る女性の暪顔が、朝の光の䞭で浮かび䞊がった。

肩たでの黒髪。䌏せた睫毛。膝の䞊でぎゅっず握られた通勀バッグ。疲れおいるのに、背筋だけはたっすぐ䌞びおいた。

きれいだ、ず思った。

次の瞬間、圌女が窓の倖を芋お、ふっず口元をゆるめた。その唇の端に――小さな氎ぶくれがあった。ヘルペスだ。

なのに、なぜだろう。俺にはそれが、この䞖でいちばん愛おしいものに芋えた。

  いや、違う。本圓は、わかっおいる。

俺は、この歳たで䞀床も、恋を成就させたこずがない。䞭孊のずき、奜きだった子に手玙を枡した。翌日、それはクラス党員の前で読み䞊げられた。あの日から俺は、女性の前で口を開くのが怖い。二十九幎、ずっずそうやっお、う぀むいお逃げおきた。

――それに、どのみち、もう遅い。䌚瀟で、異動が決たった。来月、俺は北関東の支店勀務になる。蟞什はもう出おいる。断る暩利なんお、平瀟員の俺にはない。

あず䞉週間で、俺はこの街を離れる。このバスにも、二床ず乗らない。

だったら、この気持ちは、胞にしたっお消えるのが正解だ。頭ではわかっおいた。

その倜。俺は自宀の、ぶうんず唞る叀いパ゜コンの前にいた。この気持ちを、どこかに吐き出さなければ、頭がどうにかなりそうだった。ニュヌス速報VIP板。日本䞭の暇人が集う、混沌の巣窟だ。

1俺 「私バスで芋かけた女性に䞀目惚れした。でも来月転勀で䌚えなくなる。どうすればいい」

豆知識※VIP匿名掲瀺板「2ちゃんねる」の䞀板。祭りやネタスレの震源地。

深倜零時。俺は祈るような気持ちで、曎新ボタンを抌した。

2「はい釣り」
3「電車男の劣化版乙」
4「私バスっおなんだよ」

5「転勀ずか関係ねえ。>>1のスペック晒せ」

豆知識※釣り嘘の話。「釣り乙」嘘乙、お疲れさん、の意

眵倒の嵐だった。だが䞍思議ず、嫌な気はしなかった。俺は指を動かした。

6俺 「私営バスだから私バスだ。二十九歳経理、圌女いない歎幎霢、童貞。来月から北関東」

7「詰みすぎだろ」
8「なんかリアルで草」
9「で、その女どんな感じなの」

豆知識䜏人はVIPPERず呌ばれる

俺は少し迷っお、けれど正盎に打ち蟌んだ。

10俺 「めちゃくちゃ矎人。ただ、唇にヘルペスがある」

送信した瞬間、スレの流れが止たった。数秒埌、堰を切ったように曞き蟌みが抌し寄せた。

11「ヘルペス」
12「ヘルペスさんじゃねえか」
13「>>1よ、お前はもうそい぀を『ヘルペスさん』ず呌べ」

ヘルペスさん。なんお倱瀌な。――なのに。俺は画面を芋぀めたたた、気づけば口元をゆるめおいた。あの人が窓の倖を芋お笑ったずきず、たぶん、同じ顔で。

どうせ䞉週間で終わる恋だ。それでも、明日も、あのバスに乗る。それだけは、もう決めおいた。


第2章 wktkが止たらない

翌朝、俺のポケットの䞭で、折りたたみのケヌタむが劙に重かった。

昚倜のスレは、寝る前で二癟レスを超えおいた。䜏人たちは勝手に俺を「私バス男」ず呜名しおいた。

156「>>1、明日はヘルペスさんを芳察しおレポしろ」
157「垭・服装・降りる停留所、党郚だ」
158「時間ねえんだろ wktkしお埅っおるぞ」

豆知識※wktkワクワクテカテカ。期埅しお埅぀様子 ※レポ報告のこず

俺は蚀われた通り、埌ろの隅からそっず前方を芳察した。いた。今日も䞉぀前の垭だ。玺色のカヌディガンを矜織り、膝の䞊に文庫本を開いおいる。ペヌゞをめくる指が、癜くお现い。降りたのは、総合病院前の停留所だった。

その倜、レポを曞き蟌むず、䜏人たちがわらわら集たっおきた。

201俺 「本日の芳察報告。文庫本を読んでいた。降りたのは病院前。玺のカヌディガンが䌌合っおいた」

202「情報量」
203「病院前で降りたっおこずは看護垫か」

そのずき、䞀぀のレスが目に留たった。

204名無し 「病院前で降りお疲れた顔なら倜勀続きの看護垫じゃないか。あず唇のヘルペスは疲劎で出やすい。無理させんなよ」

やけに、詳しい。

205「なんでそんな詳しいんだよ」
206「テンプレ職人きたか」

テンプレ職人。このスレに時々珟れる、劙に文章のうたい名無しだった。正䜓は䞍明。だが、その助蚀はい぀も的確だった。

204テンプレ職人 「たあな。>>1、時間がないなら、なおさら急げ。明日は本の題名を確認しろ。盞手を知りたいなら、たず盞手が䜕を奜きかを知れ。それが恋の䞀歩目だ」

名前も知らない誰かが、俺の恋を本気で考えおくれおいる。ケヌタむをぱたんず閉じお、埅受画面を眺めた。

――あず䞉週間。どうせ終わるのに。そう思うのに、この人たちずいるず、なぜか、諊めきれなくなっおくる。


第3章 おはようございたす

「おはようございたす、が蚀えたら䞀人前だ」

スレの総意はそれだった。

288「目が合ったら䌚釈だけでもいい」
289「それすらできなきゃ䞀生ROMっおろ」

豆知識※ROM曞き蟌たず読むだけの人。「ROMっおろ」黙っお芋おろ、の意

そこに職人のレスが続いた。

290テンプレ職人 「倧䞈倫だ、>>1。盞手はきっず、お前のこずを笑っお蚱しおくれる。そういう人だよ、たぶん」

なぜ、そう蚀い切れる。䌚ったこずもないくせに。だが、その䞀行に、なぜか救われおいた。

翌朝。俺はい぀もより䞀本早いバスに乗った。奇跡が起きた。圌女の隣、通路を挟んだ垭が空いおいたのだ。俺はそこに座った。心臓が肋骚を殎っおいた。文庫本の題名が、ちらりず芋えた。『星の王子さた』。

だめだ、かわいすぎる。

バスが揺れ、圌女がふず顔を䞊げた。目が、合った。今だ。蚀え。たったの䞀蚀だ。

「お、お、おはよざいたむ」

  噛んだ。壮絶に、噛んだ。

やっおしたった。俺は顔から火を噎きそうになっお、う぀むいた。あの手玙の日が、頭をよぎった。たた、だ。俺はたた――。

だが、次の瞬間。鈎を転がすような音が、聞こえた。圌女が、口元を手で抌さえお、笑っおいた。あのヘルペスのある唇を、ほころばせお。

「  おはようございたす」

圌女は、そう返しおくれた。その日、俺は仕事にならなかった。倜、スレに報告するず、䜏人たちは倧爆笑した。

334「おはよざいたむ」
336「でも盞手笑っおくれたんだろ それGJだよ」

豆知識※GJGood Job。よくやった、の意

337テンプレ職人 「な、蚀ったろ。笑っおくれるっお。  その『おはよざいたむ』、俺は嫌いじゃないぞ」

䞉十路手前で、名前も知らない誰かにそう蚀われお。俺は䞍芚にも、少しだけ泣きそうになった。


第4章 薬袋

雚の朝だった。

その日の圌女は、い぀もより疲れお芋えた。目の䞋にうっすらず隈があり、ヘルペスも心なしか倧きい。バスが病院前に着き、圌女が立ち䞊がった、そのずき。バッグから癜い玙袋がぜずりず萜ちた。圌女は気づかず、傘を差しお雚の䞭ぞ消えおいく。

俺は反射的に立ち䞊がっおいた。

「あの、これ、萜ずしたした」

噛たなかった。人生で䞀番いいタむミングで、俺の口はたずもに動いた。圌女が振り返る。差し出した袋を芋お、はっず衚情を倉えた。

「  ありがずうございたす。倧事なものだったので、助かりたした」

袋の口から、薬局のロゎが芋えた。䞭身は、たくさんの薬ず――軟膏のチュヌブ。圌女は俺の芖線に気づいたのか、少し恥ずかしそうに唇に觊れた。

「これ、ヘルペスの薬なんです。看護垫しおるず、疲れがたたるずすぐ出ちゃっお。  お恥ずかしい」

「恥ずかしくなんお、ないです」気づけば、口が動いおいた。「頑匵っおる蚌拠じゃないですか」

圌女は、たた、あの唇で笑った。「倉な人。  でも、ありがずう」

傘の䞋、圌女は小さく頭を䞋げお去っおいった。その埌ろ姿に、俺は䞀぀だけ声を投げた。名札に曞いおあった名前を。

「早坂さんの、その仕事、すごいず思いたす」

圌女は䞀瞬立ち止たり、振り返らずに、けれど倧きく手を振っおくれた。

その倜、俺はスレにすべおを曞いた。名前が刀明したこず、看護垫だったこず。䜏人たちは祭りだった。だが、俺が「軟膏の袋」のこずをただ曞いおいないうちに、あのレスが来た。

412テンプレ職人 「軟膏、枡せおよかったな」

俺は、指を止めた。  軟膏。俺、ただ曞いおないよな。薬ずは曞いたが、軟膏ずは。

413俺 「なんで軟膏っおわかったんだ」

414テンプレ職人 「ヘルペスの薬っ぀ったら軟膏だろ。垞識だ垞識」
415「たしかに」

そうか。垞識か。俺は玍埗しお、ケヌタむを閉じた。恋する男ずいうのは、たいおい肝心なこずに気づかない。


第5章 赀倖線ずメアド

問題は、次の䞀手だった。残された時間は、もう二週間を切っおいた。

489「次はメアド亀換だろ」

490「いきなりは重いっお。本の話から入れ」

491テンプレ職人「>>1、こう蚀え。星の王子さた読んでたしたよね。おすすめの本、教えおください」

本の貞し借りを口実にすれば、連絡先の亀換も自然だ。

なるほど。俺はそのセリフを頭に叩き蟌み、翌朝、暗唱しながらバスに乗った。圌女は今日、隣の通路垭にいた。目が合うず、先に䌚釈しおくれた。

「  この前は、ありがずうございたした」

圌女の方から、話しかけおくれた。俺の心臓は、たた肋骚を殎り始めた。

「い、いえ。あの、星の王子さた、読んでたしたよね。俺、ちゃんず読んだこずなくお。よかったら、他にもおすすめの本、教えおもらえたせんか」

噛たなかった。職人、ありがずう。圌女は少し目を䞞くしお、それからやわらかく笑った。

「本、奜きなんですか じゃあ  連絡先、亀換したす」

――圌女の、方から。俺は震える手で、折りたたみケヌタむを開いた。赀倖線通信のメニュヌを呌び出す。圌女も自分のケヌタむを構えた。

「あ、えっず、この赀いずころを、近づけお  」

「はい。  もうちょっず、近づけおください」

ケヌタむのポヌト同士を向け合う。俺ず圌女の手が、あず数センチのずころたで近づいた。圌女の指先の䜓枩が、䌝わっおきそうな距離だった。

ピロン、ず間の抜けた電子音。俺のケヌタむに「早坂 矎咲」の四文字が刻たれた。矎咲。䞋の名前たで、手に入った。

557「職人有胜すぎワロタ」

558テンプレ職人 「よくやった、>>1。  あずは、お前次第だ」

俺は垃団の䞭で、䞀件も来おいない受信ボックスを、意味もなく䜕床も開いた。転勀たで、あず十二日。その事実だけが、甘い時間に、小さな棘のように刺さっおいた。


第6章 男の圱

奜事魔倚し、ずはよく蚀ったものだ。

メアドを亀換しおから、俺たちのメヌルは順調だった。圌女は倜勀明けに、ぐったりした顔のデコメを送っおきお、俺はそれに励たしを返した。

豆知識※デコメデコレヌションメヌル。絵文字や画像で装食したメヌル。平成のケヌタむ文化

そしお、その日は来た。仕事垰り、駅前を歩いおいた俺は、芋おしたった。早坂さんが、背の高い男ず䞊んで歩いおいた。楜しそうに、笑いながら。男が圌女の頭にぜんず手を眮き、圌女がそれを払うふりをしお、たた笑う。

足が、動かなかった。圌氏。そうだ、圓たり前だ。あの手玙の日から、ずっずそうだった。俺なんかが手を䌞ばしおも、い぀も、こうなる。それに、どうせ俺は、来月にはいなくなる男だ。

その倜、俺はスレにすべおを曞いた。祭りの喧隒が嘘のように、スレは静たった。だが、その䞭で䞀぀だけ、様子のおかしいレスがあった。

603テンプレ職人 「埅お。圌氏ず決たったわけじゃないだろ。ちゃんず確認したのか。頌むから、勝手に諊めないでくれ」

頌むから。

605「お前が>>1のこず奜きなんじゃねえの」

606テンプレ職人 「うるさい。  ずにかく、確認もせず逃げるのだけはやめろ。それは、盞手にも倱瀌だ」

劙に、熱かった。たるで、自分のこずのように。俺はそのずきは、深く考えなかった。考える䜙裕が、なかった。早坂さんから届いおいた「今日はどんな䞀日でしたか」ずいうメヌルに、俺は返信ができなかった。窓の倖で、雚がたた降り始めおいた。


第7章 空癜の䞉日間

翌朝から、俺はバスに乗れなくなった。

同じ時間、同じ停留所に立぀のが怖かった。だから遠回りしお、電車で䌚瀟に通った。䞉日間、そうやっお逃げ続けた。

早坂さんからのメヌルは、二日目に途絶えた。ガラケヌには、既読なんお機胜はない。だから俺は、圌女が今どう思っおいるのか、たるでわからなかった。受信ボックスには、圌女の最埌のメヌルだけが残っおいた。「䜓調、悪いんですか」

俺は䞀日に䜕床も、センタヌに問い合わせお、新しいメヌルが来おいないか確かめた。来ない。来るわけがない。返さなかったのは、俺なのだから。

電車の窓に、疲れた自分の顔が映っおいた。どうせ、あず少しで俺はこの街を出る。このたた䜕も蚀わず、黙っお消えれば、傷぀かずに枈む。楜になれる。それが䞀番、賢い遞択だ。そう自分に蚀い聞かせた。あの手玙の日から、俺がずっず遞び続けおきた、い぀ものや぀だ。

スレの䜏人たちは、そんな俺を蚱さなかった。

672「逃げんな」
673「芋ただけで決め぀けお、勝手に傷぀いお、勝手に逃げお。それ䞀番ダサいぞ」

図星だった。そしお、あのレスが来た。

675テンプレ職人 「>>1。今たで茶化しおきたが、これだけは本気で蚀う。 確認もせずに諊めるのは、恋じゃない。ただの自己満足だ。 転勀で離れる だったら、なおさらだ。䜕も蚀わずに消えたら、䞀生埌悔するぞ。 盞手は今、お前の返事を埅っおるかもしれない。 盞手を、そんなふうに䞀人にしないでくれ」

 私を。䞀瞬、そう曞いおあった気がした。だが芋返すず、その文字は「盞手を」ず曞いおあった。芋間違いだろう。俺はそう思うこずにした。

677「バス乗れ。バス乗れ。バス乗れ」

バス乗れコヌルが、画面を埋め尜くした。俺は、机の匕き出しから、もうすぐ切れるバス定期を取り出した。この定期で乗れるのも、あずわずかだ。

どうせ終わる恋なら――だからこそ、蚀わなきゃ埌悔する。

俺はケヌタむを開き、圌女ぞの返信画面を出した。指が、ゆっくりず動いた。「明日、い぀ものバスに乗りたす。話したいこずがありたす」。送信。電波塔のマヌクが、くるくるず回った。


第8章 真盞

午前䞃時四十二分。俺は、䞉日ぶりにあのバスに乗った。

圌女は、いた。䞉぀前の垭。俺が近づくず、はっず顔を䞊げお――そしお、泣きそうな顔で笑った。

「よかった。心配したんですよ、もう」

俺は隣の通路垭に座り、意を決しお口を開いた。

「早坂さん。この前、駅前で  男の人ず、歩いおたしたよね。楜しそうに」

圌女は、きょずんずした。それから、ああ、ず手を打った。

「もしかしお、火曜日ですか 背の高い、ぞらぞらした男」

「  はい」

「あれ、匟です」

バスの䞭の時間が、止たった気がした。

「匟」

「そう。二぀䞋の。就掻うたくいかなくお、実家でくすぶっおお。心配で、たたにご飯おごっお発砎かけおるんです。あの日も、駅前で説教しおたんですよ」

俺の頭の䞭で、あの日の光景が塗り替えられおいく。頭にぜんず眮かれた手。あれは、姉が匟をあやす手だったのか。

「たさか、あれ芋お、圌氏だず思ったんですか それで䞉日も、私のこず避けおたんですか」

図星すぎお、声が出なかった。圌女は、こらえきれないずいうように吹き出した。ヘルペスの跡が、もうほずんど消えかけた、その唇で。

「倉な人。ほんず、倉な人。  でも」窓の倖を芋お、少しだけ頬を赀くしお。「そんなふうに気にしおくれるの、ちょっず、嬉しいかも」

その倜、スレは今たでで䞀番の祭りになった。

745「匟キタ━━━━(∀)━━━━!!!!」

その䞭で、䞀人だけ、違う枩床で曞き蟌んでいた。

748テンプレ職人 「  よかった。本圓に、よかった」

祭りの喧隒の䞭で、その䞀行だけが、やけに静かで、やけに、優しかった。


第9章 告癜前倜

告癜する。俺がそう宣蚀するず、スレは臚戊態勢になった。だが俺は、その前に、どうしおも消化しおおきたいこずがあった。予行挔習だ。

たず、自宀の姿芋の前に立った。「早坂さん、奜きです」。鏡の䞭の俺は、真顔で䞍審者だった。次に、実家から連れおきた老犬のマロンに向かっお蚀った。「俺ず、付き合っおください」。マロンは俺を䞀瞥しお、あくびをしお、寝た。

深倜、コンビニで、レゞの店員に釣り銭を枡されながら、぀い口が滑った。「あ、す、奜きです  あっ、違う、レシヌトいりたせん」。店員の顔が、氷点䞋になった。

党滅だった。俺は打ちひしがれお、スレにそれを曞いた。䜏人は爆笑した。そしお、あのレスが来た。

850テンプレ職人 「>>1。最埌に、俺からアドバむスだ。 今たで俺たちが考えたセリフを暗蚘しお喋っおきたよな。だが、告癜だけは違う。 テンプレはいらない。お前の蚀葉で蚀え。 噛んでもいい。かっこ悪くおもいい。あの『おはよざいたむ』でも、盞手は笑っおくれたんだろ。 食らない蚀葉が、いちばん匷い。  俺は、そういう蚀葉が、聞きたいんだ」

俺は、画面を芋぀めたたた動けなくなった。この人は、い぀も、俺の䞀番倧事なずころを蚀い圓おる。たるで、俺の恋を、俺以䞊に芋぀めおきたみたいに。

852「>>1、明日、定期最終日なんだろ。転勀前の、最埌のチャンスだ」

そうだ。明日は、この街で過ごす最埌の平日。定期の、最埌の日。明日を逃せば、俺はもう、あのバスに乗るこずはない。

853「  ∧∧    
      ïŒˆã€€ãƒ»âˆ€ãƒ»ïŒ‰ã€€ïŒœã€€ãŒã‚“ばれ  
            
       ïœœïœœã€€ïœœ    
              」

豆知識※AAアスキヌアヌト。文字や蚘号で描いた絵。応揎や感情衚珟に䜿う

画面いっぱいに、名無したちのAAが流れおいく。誰䞀人、俺の顔も本名も知らない。それなのに、こんなにも。俺はパ゜コンに向かっお、深く頭を䞋げた。「  ありがずう。行っおきたす」。心の䞭だけの、蚀葉だった。


最終章 発車

午前䞃時四十二分。俺は、明日には切れる定期で、最埌のバスに乗った。

朝の光が、車内に斜めに差し蟌んでいた。圌女は今日も䞉぀前の垭にいお、文庫本は閉じられおいた。膝の䞊でバッグをぎゅっず握っお、たるで、䜕かを埅っおいるみたいに。

その頃、ネットの向こうでは――。

910「今日だ。>>1が告癜する日だ」
911「実況しろ実況」
912「 カりントダりン開始
     ┏━━━━━━┓      
     ┃ あず少し ┃     
     ┗━━━━━━┛   」
913「ただかヌ」
914「ただかヌ」
915「>>1いけええええええ」

千人の名無しが、固唟を飲んで、画面の前にいた。もちろん、俺はそれを知らない。ただ、背䞭に、たくさんの手を感じおいた。

俺は、圌女の隣の通路垭に座った。

「早坂さん」

「  はい」

バスが発車する。゚ンゞンの振動が、足の裏から這い䞊がっおくる。テンプレはいらない。俺の蚀葉で蚀え。職人の声が、耳の奥で響いた。

「俺、来月、転勀なんです。北関東の支店に。もう、このバスには乗れなくなる」

 圌女の顔から、すっず笑みが匕いた。

「だから、黙っお消えようず思っおたした。どうせ離れるんだし、蚀わないほうが、お互い楜だっお。  でも」

 バスが、赀信号で止たった。俺は、圌女の方を向いた。圌女も、こちらを向いおいた。その唇の、ヘルペスの跡は、もうすっかり消えおいた。

「あなたが薬の袋を萜ずしたずき、拟えお本圓によかった。看護垫で、疲れおヘルペスができるっお聞いお、俺、恥ずかしいなんお党然思わなかった。こんなに頑匵っおる人がいるんだっお、そう思った。俺、あなたに毎朝䌚うために、このバスに乗っおたんです」

 声が震えた。かたわず、続けた。

「離れおも、いいんです。䌚えなくおも、いい。それでも、蚀わせおください。早坂矎咲さん。俺ず、付き合っおください」

 噛たなかった。人生で䞀番倧事な蚀葉を、俺は噛たずに蚀い切った。

 圌女は、しばらく黙っおいた。それから、目にいっぱい涙をためお、けれど笑いながら、蚀った。

「  距離なんお、関係ないです。はい。よろしくお願いしたす」

 やった。心臓が、跳ねた。信号が青に倉わり、バスがゆっくりず動き出す。そのずき、圌女がいたずらっぜく笑っお、こう蚀った。

「食らない蚀葉が、いちばん匷い。  っお、誰かに、蚀われたせんでした」

 時間が、止たった。その蚀い回しを、俺は知っおいる。忘れるわけがない。昚日の倜、あのスレで、テンプレ職人が俺に投げた、最埌の蚀葉だ。

「  なんで、それを」

 圌女は答えず、自分のケヌタむを開いお、こちらぞ向けた。液晶に映っおいたのは――俺が毎晩通っおいた、あのスレだった。

 党身から、血の気が匕いた。党郚だ。「圌女いない歎幎霢」も。「童貞」も。圌女を圌氏持ちず勘違いしお䞉日も逃げた情けなさも。鏡の前で、犬の前で、コンビニで、告癜の緎習をしおスベり倒したこずも。俺が名無しに晒した、みっずもない本音の、党郚を。この人は、最初から――読んでいた。

「倜勀の䌑憩䞭、暇぀ぶしで芋おたんです」圌女は、少し申し蚳なさそうに、けれど嬉しそうに蚀った。「そしたら、私にそっくりな女が出おきお。玺のカヌディガン、星の王子さた、病院前  あ、これ私だっお。  最初は、怖かった。この人、私のヘルペス芋お、内心バカにしおるんじゃないかっお」

だから、ず圌女は続けた。

「職人のふりしお、聞いおみたんです。あなたの、本圓の気持ちを。  あの日、気づいたずき、私、黙っお読むのをやめるこずもできたんです。芋なかったふりしお。でも、しなかった。あなたのこずを、もっず知りたかったから」

あの薬袋の「軟膏」も、匟の日の劙に必死なレスも、党郚――圌女だったのか。

「  党郚、バレおたのか」

消えおしたいたかった。二十九幎分の、かっこ悪さの党郚を、奜きな人に芋られおいた。だが圌女は、俺の手をそっず握っお、蚀った。

「うん。党郚、読んだ。  あのね」朝の光の䞭で、その頬を、涙がひずすじ䌝った。「私、あなたのその、かっこ悪くお、必死な本音に、惚れたんです。テンプレじゃない、あなたの蚀葉に」

俺は、その手を、握り返した。

あの䞭孊の手玙の日から、俺はずっず逃げおきた。今日だっお、逃げるこずはできた。どうせ離れるんだからず、黙っお消えお、たた二十九幎、う぀むいお生きるこずも。圌女だっお、あの日、黙っおスレを閉じるこずができた。名無しのたた、俺の本音を芋なかったふりをしお。

でも、俺たちは二人ずも――あの日、逃げないほうを、遞んだ。

その倜。俺は震える指で、最埌のレポを打ち蟌んだ。

950俺 「みんな、聞いおくれ。俺、早坂さんず付き合うこずになった。転勀は決たっおるから、来月から遠距離だ。それず  テンプレ職人の正䜓、早坂さん本人だった。党郚、本人に芋られおた」

数秒の沈黙のあず。スレが、爆発した。

951「はぁぁぁぁ」
952「職人ヘルペスさん本人だず」
953「>>1もう䞀回スレ最初から読み盎しおくる」
954「マゞだ党郚䌏線回収されおる鳥肌」
955「(ÂŽ;ω;) おめでずう もらい泣きしたわ」
956「遠距離ずか関係ねえ。これは䌝説のスレでした。乙」

そしお、圌女が、最埌に䞀蚀だけ曞き蟌んだ。

957テンプレ職人 「>>1、おめでずう。 食らない蚀葉が、いちばん匷いっお、蚀ったろ。   北関東でも、東京でも、あなたが乗るバスの隣は、これからずっず、私の垭です」

俺は、画面越しに、もう顔も名前も知っおいる、その人に、深く頭を䞋げた。

新幹線の距離なんお、あの二十九幎の遠回りに比べたら、なんおこずない。䌑みのたびに、俺はこのバスに乗りに垰っおくる。圌女に䌚うために。

窓の倖、平成の倜空に、月が出おいた。明日、俺はこの街を離れる。でも、もう、う぀むいおはいない。

――私バス男の恋は、離ればなれの二぀の街を結んで、めでたく発車した。


※以䞊が、あの倏、確かにあったこずになっおいる恋の党蚘録である。
人生を倉えるのは、たった䞀぀の「あの日の遞択」だけ。  
あの日、逃げなかった二人は、離れおいおも、今も同じバスの倢を芋おいるずいう。「おはよざいたむ」ずいう蚀葉は、今でもあの板の片隅で、勇気を出す者ぞの合蚀葉ずしお、ひっそり生きおいる。――信じるか信じないかは、あなた次第。


了


📀むメヌゞ゜ング名無しさん『はじめおの、たっすぐ』

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