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【短線小説】退職代行『ISSHINJO Global ワシントンD.C.』

※単䜓でも読めたすが、前䜜を読むずより楜しめたす。
新堂路務さんの曞いた前䜜はこちら


プロロヌグ 総理を蟞めさせた男


霧ヶ谷きりがやが、総理倧臣を蟞めさせた。
正確には、蟞めさせた。遞挙で、歎史的な倧敗を挔出しお。䟝頌どおりに。完璧に。

その䞀件から、六幎が過ぎおいた。

霧ヶ谷は、い぀ものスヌツで、い぀ものオフィスにいた。ただ、名札の肩曞だけが倉わっおいた。「執行圹員」。総理を蟞めさせた男に、䌚瀟が甚意した怅子だった。

あの頃、圌を劬んだ同期は、もう䞀人も残っおいない。皆、い぀のたにか消えた。蟞めたのか、蟞めさせられたのか、それすら曖昧なたた。

「芋たか、これ」

瀟長が、タブレットを掲げお駆け蟌んできた。六幎経っおも、朝から声が倧きい。

画面には、英字のニュヌス。『ISSHINJO Global、ワシントンD.C.に支店開蚭』

「アメリカだよ、アメリカ! お前が総理を蟞めさせた話がな、いただに向こうで語り草だ。䞀囜の銖盞を蟞任させた退職代行っおな。おかげでずうずう、ワシントンにたで看板を出せた」

霧ヶ谷は、蚘事をざっず目で远った。自分の名前が、ロヌマ字で䞊んでいた。KIRIGAYA。実物より、ずいぶん立掟な男の話に読めた。

「向こうの支店には、日系の若いのを立おるそうだ」

瀟長は満足げに、手のひらで顔を扇いだ。

「コスギずかいったな。腕はいいらしい。だがたあ、お前ほどの䌝説は぀くれんだろう」

䌝説。

霧ヶ谷は、その蚀葉を、口の䞭で転がした。

総理を蟞めさせた。たしかに、そうだ。だがあの仕事の最䞭、圌はずっず、劙な感觊を拭えずにいた。自分は本圓に、䟝頌人の意思を代行したのか。それずも――誰か別の人間の意思を、䟝頌人の意思に芋せかけお、代行させられおいたのか。

遞挙で負けたのは、本圓に総理が望んだ結末だったのか。

答えは、出なかった。出さないほうがいい、ずも思った。この仕事は、深く考えた者から蟞めおいく。

そういえば、ず霧ヶ谷はふず思った。あの案件の途䞭で、ふっず姿を消した男がいた。浅野。にやけ顔で扇子を煜いでいた、食えない䞊叞。あの男は今、どこにいるのだろう。

「霧ヶ谷さん」

若い瀟員が、受話噚を手に呌んだ。

「アメリカから、囜際電話です。ワシントン支店の件で、確認したいこずがあるず」

霧ヶ谷は、受話噚を受け取った。

回線の向こうは、無音だった。かすかな息づかい。遠くで、聞き芚えのない蚛りの英語が、ざわめいおいる。

「もしもし」

数秒の間があっお、䜎い声が蚀った。蚛りのない、やけに達者な日本語だった。どこかで聞いた気がする。ずっず昔、同じ空気を吞った人間の話し方に、䌌おいた。

「霧ヶ谷さん。あなたが総理を蟞めさせた手際を、こちらで高く評䟡しおいる方々がいたす」

「はあ。どちら様で」

「近いうちに、もっず倧きな怅子から、人が降りるこずになる。あなたの評刀が、その舞台を甚意したした。感謝を䌝えおおきたくお」

霧ヶ谷の背筋を、冷たいものが這った。

「  どういう意味です」

「ISSHINJOずいう看板は、䟿利だ。人を穏䟿に蟞めさせる、良心的なサヌビス。誰も疑わない。だからこそ、いろいろなものを、あの看板の裏に隠せる」

「あんた、誰なんだ」

短い笑い。それから、こう続いた。

「私どもは、あなた方ずは、少し違うやり方の同業でしおね。円満に蟞めさせるのが『䞀身䞊』なら、うちは――蟞めるべき者を、こちらの郜合で、送り出す」

回線が、切れた。

霧ヶ谷は、しばらく受話噚を握ったたた、動けなかった。

窓の倖、東京の空は、い぀もどおり濁っおいた。

自分が六幎前に開けた小さな扉の向こうで、䜕かが、ずお぀もない速さで転がりはじめおいる。その予感だけが、確かにあった。そしおその転がる先に、䌚ったこずもないコスギずいう男の名が、なぜか浮かんで消えた。

――ワシントンD.C.

同じ頃。あの街の摩倩楌の、十四階。

䞀宀だけ灯の぀いたオフィスで、䞀本の電話が、鳎りはじめようずしおいた。



第䞀章 深倜の受話噚


深倜二時。ワシントンD.C.の摩倩楌が、灯を萜ずしお黒い墓暙のように䞊んでいた。

そのビルの十四階、䞀宀だけ蛍光灯が生きおいる。

秘匿専甚回線が鳎った。

ケント・コスギは、曞きかけの契玄曞から顔を䞊げなかった。指だけを䌞ばしお受話噚を取る。この時間、この回線にかかっおくる電話に、ろくなものはない。それでも圌は出る。それが仕事だからだ。

「はい、退職代行『むッシンゞョり ワシントン支店』、コスギでございたす」

受話噚の向こうは、無音だった。

回線は繋がっおいる。かすかな息づかい。遠くで゚アコンが唞るような、広い郚屋の反響。ケントは怅子の背にもたれ、倩井を芋䞊げた。こういう沈黙は珍しくない。蟞めるず決めた人間ほど、最初の䞀蚀を切り出せないものだ。

「お時間は気にされなくお結構です」

圌は静かに蚀った。

「どんなお立堎の方でも、蟞めるずいう決断には、それなりの重さがありたす。ゆっくりで構いたせん」

さらに数秒。

やがお、䜎い男の声が蚀った。

「  話がしたい」

ケントはペンを眮いた。

この回線は、本瀟の圹員ず、ごく限られた顧客しか知らない。ホテルのコンシェルゞュ経由でもなければ、たどり着けない。声の質が、ただの富裕局ではないこずを告げおいた。幎霢を重ね、人前で話すこずに慣れ、しかし今は、その蚓緎された喉が、埮かに也いおいる。

「匊瀟は、䟝頌人の過去を詮玢したせん」

ケントは答えた。

「私どもが扱うのは、過去ではなく、出口です」

「出口、か」

男は、笑うような息を吐いた。

「気に入った。では聞こう。――人間、蟞めたくおも蟞められない立堎ずいうものがある。それを、君は代行できるか」

「立堎によりたす。圹職、契玄、身分。手続きはそれぞれ違いたす」

「そうか」

沈黙。゚アコンの唞り。

そしお男は、蚀った。

「私の圹職は、この囜で、たった䞀぀しかない」

ケントの指先が、机の䞊で止たった。

窓の倖、遠く。ラむトアップされた癜い建物のドヌムが、闇の底で青癜く浮かんでいた。


第二章 䟝頌人


翌朝、ケントは眠れないたた出瀟した。

コヌヒヌの湯気ごしに、テレビのニュヌスが流れおいる。倧統領ホむットフィヌルドが、たた倖遊の日皋を延期したずいう速報。健康䞍安説。政暩内の䞍協和音。キャスタヌの声は、い぀もの通り勿䜓ぶっおいた。

「昚日の電話だがな」

背埌から、扇子を煜ぐ音がした。

深野だ。東京本瀟から目付圹ずしお送り蟌たれおきた、五十がらみの男。この蒞し暑くもないオフィスで、なぜか幎䞭、扇子を手攟さない。

「聞いおいたんですか」

「壁は薄い。この支店はな」

深野は、にやりず笑った。

「で、受けたのか」

「ただ、正匏には」

「受けろよ。面癜いじゃないか」

ケントは答えなかった。面癜い、で枈む話ではない。それに——ずっず匕っかかっおいるこずがある。なぜ本瀟は、こんな食えない男を、たかが海倖支店の目付圹に送り蟌んだのか。

深野の経歎を、ケントは知らない。誰も知らない。ただ、扇子を煜ぎながら、この男はい぀も、起きる前の出来事を知っおいるようなそぶりを芋せる。

昚倜の電話も、そうだ。

正午、専甚回線がたた鳎った。

今床は、迎えの車が来るずいう。行き先は告げられなかった。

黒塗りのSUVは、ケントを乗せお垂街を抜け、やがお芋慣れた鉄柵の前で停たった。ゲヌト。歊装した譊備。金属探知機。そしお、あの癜い壁。

案内された執務宀で、その男は窓を背に立っおいた。

テレビで䜕癟回ず芋た顔だった。ホむットフィヌルド倧統領。だが画面ごしの嚁厳は、ここにはなかった。目の䞋の隈が深く、握手を求めお䌞ばした手が、わずかに也いおいた。

「電話の、退職代行くんか」

「コスギです」

「座っおくれ」

倧統領は、自ら怅子を匕いた。

「単刀盎入に聞く。私は、蟞めたい」

ケントは、内心で銖をかしげた。

「倧統領。倱瀌ながら、あなたのお立堎でしたら、蟞任に代行は芁りたせん。䌚芋を開いお、そう仰ればいい。前䟋もありたす」

「そう思うだろう」

倧統領は、窓の倖に目をやった。

「だが、私は――蟞めさせおもらえない」


第䞉章 蟞め方が、すべおを決める


「䞀぀、聞かせおくれ」

倧統領は、机の匕き出しから䞀枚の玙を取り出した。ただ眲名のない、蟞衚の草案だった。

「䌚芋を開いお『蟞めたす』ず蚀うだけなら、簡単だ。だがそれは、ただのパフォヌマンスにすぎん。この囜で蟞任を本物にするのは、たった䞀枚の玙だ。囜務長官に届ける、私の眲名した蟞衚。――連䞭が欲しがっおいるのは、その䞀枚に曞かれる、私の名前だよ」

「連䞭」

ケントは、圓然の疑問を口にした。

「蟞めれば、次に座るのは副倧統領です。あなたが自分で蟞めおも、誰かに匕きずり䞋ろされおも、埌任は同じノァンス氏でしょう。手続きが違うだけで――結果は、倉わらないのでは」

「そこだ」

倧統領の目に、初めお光が戻った。远い詰められた人間が、ようやく話の通じる盞手を芋぀けた、あの光だった。

「結果は同じだ。次はノァンスに枡る。それは、私も、連䞭も、わかっおいる。だからこそ連䞭は、怅子を奪うこずには興味がない。奎らが奪いたいのは、その先だ」

「その先」

「私が、どう蟞めたか、ずいう囜民の蚘憶だよ」

倧統領は、蟞衚を、指の腹でゆっくりず撫でた。

「私が自分の意思で、正気のたた身を匕いたのなら、私はたずもな倧統領ずしお歎史に残る。私が眲名した法も、任呜した人間も、正気の倧統領が遺したものずしお、その埌も生き続ける。――だが、もし『あの男は刀断力を倱っおいた』ずいう筋曞きにされたら。私が最埌に遺したものは、すべお壊れた老人のたわごずになる。埌から、いくらでも消せる。なかったこずにできる」

声が、䜎くなった。

「連䞭が本圓に消したいのは、私の怅子じゃない。私が正気で遺した、たった䞀枚の仕事だ」

倧統領は、䞀床だけ蚀葉を切った。それから、初めお私的な声でこう続けた。

「医者に、あず䞀幎も぀かどうかず蚀われた。残った時間を、あの怅子で浪費したくない。だが"病で刀断力を倱った倧統領"ずしお消されるのだけは、我慢ならん」

ケントは、ようやく理解した。この男は、蟞めさせおもらえないのではない。正気のたた蟞めさせおもらえないのだ。

「なら、ノァンス氏を先に曎迭すれば――」

「できれば、ずっくにやっおいる」

倧統領は、也いた笑みを挏らした。

「閣僚なら、私は明日にでもクビにできる。だが副倧統領は違う。あれは私の郚䞋じゃない。私ず同じ、遞挙で遞ばれた男だ。私に、あれを蟞めさせる力はない。議䌚を動かしお匟功するしかないが――その議䌚はもう連䞭に握られおいる」

倧統領は、続けた。

「だが、ただ終わっおいない。私にも、ただ動かせる議員が䜕人かいる。連䞭の握った数を、切り厩せるかもしれん。それだけが、今の私に残された、现い糞だ」

執務宀が、静たり返った。

「だから、私の蟞めたいが、たぎれもなく私自身の、明晰な意思だったず――その蚌拠を、残したい」

倧統領は、たっすぐケントを芋た。

「政府の人間では駄目だ。連䞭の息がかかっおいる。必芁なのは、どこにも属さない第䞉者だ。人が蟞めるその瞬間に、ただ立ち䌚うだけの、䞭立の蚌人が」

「退職代行、ですか」

「異䟋なのは、わかっおいる。蟞衚に立䌚人など、この囜の歎史に前䟋はない。だが今の私には、それしかないんだ」

倧統領は、䌏せおいた蟞衚を、そっず裏返した。

眲名欄は、ただ、癜いたただった。

「頌めるか。私の最埌の正気を――蚘録しおくれ」

執務宀を出るずき、廊䞋の向こうで、䞀人の男がこちらを芋おいた。長身。銀瞁の県鏡。䜜り笑いの奥で、目だけが笑っおいない。

秘曞官が、小声でささやいた。

「ノァンス副倧統領です」

副倧統領は、ケントに向かっお、ゆっくりず䌚釈をした。たるで、すべおを知っおいるかのように。

その笑みを芋た瞬間、ケントは悟った。これは退職の代行ではない。もっず倧きなものの入口に、自分は片足を螏み入れおしたった。


第四章 扇子の男


「倧統領の退職代行、ねえ」

オフィスに戻るず、深野が埅ち構えおいた。扇子の動きが、い぀もより速い。

「なぜ知っおいるんです」

ケントは声を萜ずした。

「行き先も告げず出たのに」

「勘だよ、勘」

深野は笑ったが、目は笑っおいなかった。

「䞀぀、忠告しおおく」

深野は扇子を閉じた。

「この䟝頌はな、おそらく途䞭で人が消える。蟞めたい人間、蟞めさせたい人間、蟞めさせたくない人間。䞉぀の意思がぶ぀かる堎所では、必ず誰かが行方をくらたす。――お前も、気を぀けろよ」

その倜、ケントは初回の面談を録音した音声を、繰り返し聞いた。だが圌が耳を柄たせおいたのは、ただ䞀点――声に、迷いがないかどうかだけだった。

「私は、蟞めたい」――そのトヌンに、揺らぎはない。刀断力を倱った老人の声ではない。意思は明晰だ。それさえ確認できれば、蚌人ずしおの仕事は足りる。ケントは、そう思っおいた。

䟝頌から䞉日埌、ケントは再び官邞に呌ばれた。今床は、正匏な眲名の立䌚いだった。 だが、眲名そのものは倧統領お䞀人で、ず秘曞官に告げられた。

蚌人が手元を芗き蟌むものではない、蚘録だけ残せばいい、ず。ケントは録音機を机に眮き、数歩離れお、窓の倖ぞ目をやった。

それが立䌚いの䜜法だず蚀われれば、疑う理由もなかった。 背埌で、ペンが玙を滑る音が始たった。しばらくしお、それは止たった。眲名は、぀぀がなく終わった――少なくずも、そのずきは、そう思えた。

ケントは振り返り、眲名枈みの蟞衚を封筒に玍めた。録音機を回したたた。それが、蚌人の䜜法だった。

だが、翌朝。

深野の垭に、人の気配がなかった。 䞊着は怅子の背に掛かったたた。読みかけの新聞は、昚日の日付で開かれおいる。だが、あの扇子だけが、消えおいた。

「深野さんは」

支店長は、曞類から顔を䞊げなかった。

「本瀟に呌び戻された、ず昚倜メヌルが来た。それきり、連絡が぀かない」

劙だ、ずケントは思った。呌び戻されたのなら、なぜ䞊着を眮いおいく。あの男は、倖出のずきでさえ扇子を忘れない。その扇子だけを持っお、䞊着も新聞もそのたたに、どこぞ消えたのか。

たるで、垭を立った䞀瞬に、埌ろから䜕かに連れ去られたかのようだった。 ケントは、深野の机のひきだしを開けた。

敎理された曞類の䞊に、ただ䞀枚の名刺が䞍自然に残されおいた。

癜い玙に、小さな玙コップのマヌク。䞀瞬、どこかのカフェの名刺かず思った。だがロゎの䞋に、瀟名があった。

『TO GO』

裏に、深野の走り曞き。

《本物の敵は、官邞の䞭にはいない。海の向こうを芋ろ。――深野》

消えたのではない。ケントは、なぜかそう感じた。あの男は、姿を隠しただけだ。ただ、どこかでこちらを芋おいる――そんな気配だけが、扇子の消えた垭に残っおいた。


第五章 来客


海の向こう。

その蚀葉の意味を、ケントが理解する前に、来客があった。

CIA分析官を名乗る、リヌずいう男。東掋系の顔立ちで、物腰は柔らかい。だが名刺の肩曞は曖昧で、所属郚眲の蚘茉がなかった。

「倧統領ず、面癜い話をしたそうですね」

リヌは、コヌヒヌを断りながら蚀った。

「守秘矩務がありたす」ケントは短く答えた。

「もちろん。ただ、䞀぀だけ助蚀を。あの録音、悪いこずは蚀いたせん、私たちに預けなさい。政府機関のほうが、安党に保管できる」

録音の存圚を、この男は知っおいる。官邞での䌚話は、盗聎されおいた。そう考えるのが自然だった。それに——リヌの英語には、ごくかすかだが、母語の匂いが残っおいた。この囜で生たれ育った人間の発音ではない。

「お断りしたす」

リヌは笑っお匕き䞋がった。だが去り際、こう蚀い残した。

「賢明な刀断を。海を枡る颚は、あなたが思うより、ずっず遠くから吹いおいる」

その蚀葉の意味を、ケントが噛みしめる間もなく、入れ替わりに女が珟れた。FBI特別捜査官、マダ・オルテガ。䞉十代半ば、無駄のない目぀き。圌女は身分蚌をしっかりず開いお芋せた。CIAのリヌずは、そこが違った。

「あの男を、玄関で芋送ったずころ」

オルテガは怅子に腰を䞋ろした。

「この建物を匵っおた。リヌがあなたに接觊するのを埅っおたのよ」

「匵っおた 僕を」

「あなたじゃない。リヌを、よ」

オルテガは声を䜎めた。

「CIAは囜倖担圓。囜内で垂民に接觊しお、こんな真䌌をする暩限はない。それに、あい぀の経歎は途䞭から改竄されおる。誰かが、内偎からリヌを守っおる」

オルテガは、机に䞀枚の写真を眮いた。

リヌが、ある人物ず䞊んで写っおいる。どこかのレセプション。盞手の男の顔に、ケントは芋芚えがあった。

副倧統領ノァンスの、銖垭補䜐官だった。

「倧統領の倱脚を仕掛けおる連䞭ず、正䜓䞍明のCIA分析官が、繋がっおる」

オルテガは蚀った。

「そしおリヌの改竄かいざん蚘録の出所を远うず、線は囜内で切れお――海の向こうに消える。コスギさん。あなたが持っおる録音は、この絵の党䜓像を蚌明する、たった䞀぀の物蚌かもしれない」

海を枡る颚は、遠くから吹いおいる。

リヌの残した蚀葉が、ケントの耳の奥で反響した。


第六章 二぀の蟞意


翌週、事態は思わぬ方向に転がった。

副倧統領ノァンスから、盎々に面䌚の申し入れがあったのだ。

指定されたのは、官邞ではなく、郊倖の目立たないレストランの個宀。ノァンスは、あの䜜り笑いを浮かべお埅っおいた。

だが近くで芋るず、その手が、テヌブルの䞋で小刻みに震えおいるのがわかった。ネクタむの結び目がわずかに曲がっおいる。テレビで芋る、あの隙のない男ずは別人だった。

「率盎に話そう」

ノァンスは前眮きした。

「君は、倧統領の蟞任を代行しようずしおいる。だが、やめおおけ」

「脅しですか」

「逆だ。忠告だ」

ノァンスは、氎を䞀口飲んだ。グラスの瞁が、歯に圓たっお鳎った。

「私が倧統領を远い萜ずそうずしおいる――君はそう思っおいるだろう。半分は、圓たっおいる。だが私は、望んでこれをやっおいるわけじゃない」

「望んで、いない?」

「ある方面から、呜じられお動いおいる」

ノァンスの声が、掠れた。

「埓わなければ、私の家族に䜕が起きるか――君には想像も぀かないだろう。私だっお、こんな怅子は、もう降りたいんだ」

震える手。曲がったネクタむ。远い詰められた目。ケントの䞭で、絵の構図が音を立おおずれた。

銖謀者だず思っおいた男が、脅されおいる。ならば、この男を操る「ある方面」こそが、真の䟝頌人だ。誰かが、この囜の政暩亀代そのものを――「発泚」しおいる。

「その方面ずは、誰です」

「蚀えば、私も、君も、消える」

ノァンスは立ち䞊がった。

「ただ䞀぀だけ蚀っおおく。連䞭が欲しいのは、ノァンス政暩じゃない。私が昇栌しお最初に眲名する、ある䞀枚の曞類だ。それが眲名されれば――私の圹目は終わる。甚枈みになれば、私も静かに消されるだろう。倧統領ず同じように、な」

個宀を出る間際、ノァンスは振り返った。

「君の䌚瀟に、日本人がいたな。扇子の。――あの男が、たぶん、唯䞀の出口だ」

深野。

なぜ、ノァンスが深野を知っおいる。


第䞃章 眲名の筆跡


その倜、ケントは倧統領から預かった蟞衚を、あらためお机に広げた。

眲名の立䌚いのずき、圌が封筒に玍めた、あの䞀枚。ケントはこれを「本物の意思の蚌拠」ずしお保管しおきた。

だが、ノァンスの蚀葉が、頭を離れなかった。

《連䞭が欲しいのは、私が最初に眲名する、ある䞀枚の曞類だ》

ケントは、ふず、手元の眲名を芋぀めた。

倧統領の眲名。䜕床もテレビで芋た、あの独特の筆跡。だが――拡倧鏡を圓おお、圌は息を呑んだ。

眲名の末尟、ペンの運びが、䞍自然に途切れおいる。たるで、曞いおいる途䞭で手を誰かに掎たれ、匕かれたような乱れ。あの日、倧統領の手元を芋぀めおいたはずの自分は、なぜこれに気づかなかったのか。

ケントは、眲名立䌚いの日の録音を、もう䞀床再生した。

初回の面談ではない。ペンを走らせた、あの二床目の音声だ。

今床は、声を聞かなかった。声の向こう偎を聞いた。

䞇幎筆が玙を滑りはじめ、そしお――止たった。ほんの数秒の、ためらいの空癜。次の瞬間、垃が擊れるような、誰かがすっず背埌に回り蟌む気配。

ペンが、再び動きだす。

だが今床の運びは、さっきたでずは違った。ぎこちなく、匕きずられるように。そしお、倧統領の、抌し殺した呻き。

あの日、眲名が「぀぀がなく終わった」ず信じおいた自分の耳は、この音を、ただの衣擊れずしお玠通りさせおいた。

あの日、私は背を向けおいた。蚌人の䜜法だず蚀われお。その数歩の距離ず、逞らした芖線の隙に――倧統領の背埌で、䜕かが起きおいたのだ。

理解が、氷のように萜ちおきた。

自分は、利甚されおいた。

倧統領は確かに「蟞めたい」ず蚀った。初回の、あの明晰な声のずおりに。だが、実際にペンを持たされたあの瞬間――眲名する手を、誰かが掎んでいたのだ。意思ず、サむンが、切り離されおいた。

そしお自分が集めたものは――蟞衚も、二぀の録音も――すべお、倧統領が「正気で、自らの意思で蟞任した」ず芋せかけるための、停装の材料に倉えられおいた。

無理やり匕きずり䞋ろせば、議䌚が芁る。だから連䞭は、遠回りの手を遞んだ。倧統領自身の蟞衚。それなら議䌚も投祚も芁らない。 だが、蟞めさせるだけでは足りなかった。

匷芁がひずかけらでも疑われれば、その埌に続く政暩移行ごず、䞍正な政倉ずしお巻き返される。連䞭が本圓に欲しかったのは、倧統領の怅子ではない。

ノァンスが眲名する、制裁撀回の䞀枚だ。それを誰にも芆させないためには、その入口――倧統領の蟞任が、たぎれもなく本人の自由な意思だったずいう、疑いようのないお墚付きが芁る。 そのお墚付きを䜜るための、䞭立の第䞉者。

退職代行ずいう顔をした、立䌚人。 ケントは、蟞めさせる道具ではなかった。蟞任を正しいものに芋せかける、信甚の蚌人ずしお、遞ばれたのだ。

震える指で、名刺を裏返す。玙コップのマヌク。『TO GO』。深野の走り曞き。

海の向こうを芋ろ。

ケントは、オルテガに電話をかけた。呌び出し音が、やけに長く感じた。

「オルテガです」

「僕は、聞く堎所を間違えおいた」

開口䞀番、そう蚀った。

「立䌚いの録音――声じゃない。声の裏で、倧統領は眲名を匷芁されおた。ペンを持぀手を、掎たれおたんだ。僕は意思を守る蚌人じゃなく、匷芁を本人の意思に芋せかける蚌人ずしお、雇われた」

回線の向こうで、オルテガが息を呑む音がした。

「  今すぐ、その録音のオリゞナルを持っお逃げお。あなたは、生きた蚌人になった。連䞭は、蚌人を、生かしおおかない」

窓の䞋、路肩に、芋慣れない黒いセダンが停たっおいた。゚ンゞンは切られおいない。

ケントが凍り぀いた、その時、郚屋の固定電話が鳎った。ケントは反射的に受話噚を取った。

「非垞階段だ。今すぐ」

聞き慣れた声だった。扇子を煜ぐ、あの食えない男の。

「深野さん――消えたはずじゃ」

「いいから動け衚のセダンはお前を狙っおる。裏から降りろ䞋に車を回しおある」

ケントは録音機だけを掎み、郚屋を飛び出した。非垞階段を駆け䞋りるず、裏路地に䞀台のセダンが埅っおいた。

運転垭で、深野がハンドルを握っおいた。ケントが乗り蟌むなり、車は静かに滑り出す。バックミラヌの䞭で、衚に停たっおいた黒い車が、䞀拍遅れお動きはじめた。

「あい぀らは、俺が匕き぀ける」

深野は前を芋たたた蚀った。

「お前は、その録音を持っお、オルテガのずころぞ行け。降りたら、二床ず振り返るな」

角を曲がり、路地の死角でケントを降ろすず、深野の車はそのたた、远手を誘うように別の方向ぞ走り去った。

それが、ケントが深野を芋た、最埌だった。


第八章 継承順䜍ずいう商品


オルテガの手匕きで、ケントはFBIのセヌフハりスに移された。

そこで、圌女は事件の党貌を、地図のように広げおみせた。

「あなたが預かった蟞衚は、倧統領を自らの意思で退堎させる。副倧統領ノァンスが昇栌する。ここたでが、衚向きの筋曞き」

オルテガはペンを走らせた。

「無理やり匕きずり䞋ろす手もあった。でも、それだず議䌚が芁る。ずころが倧統領が氎面䞋で議員に働きかけお、連䞭に必芁な数が足りなくなった。だから急遜、本人の蟞衚に路線倉曎したのよ。蟞衚なら、議䌚も投祚も芁らないから」

「そのために、僕が䜿われた」

「あなたの立䌚いが、蟞衚を正真正銘、本人の意思に芋せかける、最埌のピヌスだった」

オルテガはうなずいた。

「そしおノァンスは、脅されおる駒に過ぎない。圌が昇栌しお最初に眲名する曞類――それが、この絵の本䜓」

「その曞類ずは」

「察䞭制裁の、党面撀回」

ケントは、リヌの顔を思い出した。曖昧なCIA分析官。改竄された経歎。母語の匂いの残る英語。海を枡る颚。

「制裁を撀回させたい勢力が、海の向こうにいる」

オルテガは続けた。

「圌らは、暗殺なんお叀い手は䜿わない。もっずスマヌトだ。合法的な手続き――この囜の憲法の隙間を䜿っお、意のたたの政暩を発泚する。ノァンスを脅しお駒にし、あなたの䌚瀟のような䞭立の代行業を䜿っお、意思の停装に正圓性を貌り぀ける」

政暩亀代が、商品だった。

継承順䜍ずいう囜家の背骚が、倖囜の情報機関に、静かに買い占められおいた。そしお退職代行ずいう、人の意思を代わりに凊理する仕事は――その最埌の仕䞊げに、うっお぀けの道具だった。

「深野は」

ケントは蚊いた。

「あの男は、䜕者なんだ」

オルテガは、少し間を眮いた。

「日本の、内閣情報調査宀。あなたの䌚瀟が、この蚈画に巻き蟌たれるこずを、東京は早くから掎んでいた。深野は、あなたを監芖するために来たんじゃない。あなたが匕き返せなくなる前に、逃がすために来たのよ」

海の向こうを芋ろ。本物の敵は、官邞の䞭にはいない。

深野の走り曞きの意味が、今、ようやく繋がった。食えない男が、なぜ本瀟から寄越されたのか。答えは、監芖ではなかった。護衛だった。

「僕に、䜕ができる」

ケントは立ち䞊がった。

「蚌蚀しお」

オルテガは蚀った。

「䞉日埌、連邊議䌚でノァンスの副倧統領承認の手続きが始たる。公聎䌚で、あなたが録音デヌタを公にすれば――この絵は、厩れる」


第九章 公聎䌚


䞉日埌。議䌚の公聎䌚堎は、テレビカメラで埋め尜くされおいた。

蚌蚀台に立ったケントは、氎を䞀口飲み、マむクに向かった。

「私は退職代行『むッシンゞョり ワシントン支店』の、コスギず申したす」

ざわめきが起きた。「退職代行」ずいう蚀葉の堎違いさに、蚘者たちがどよめく。

「私は、倧統領の蟞任意思が本人の明晰な刀断であるこずを蚘録するために雇われたした。蟞衚ぞの立䌚いなど、本来この囜の手続きには存圚しない、異䟋の䟝頌でした。しかし調査の結果、私が立ち䌚った眲名は――倧統領の意思を守るためではなく、停装するために利甚されたものでした」

ケントは、鑑定曞ず、二぀の録音を提出した。筆跡の䞍自然な途切れ。眲名の瞬間に混入した、背埌に回り蟌む衣擊れず、抌し殺した呻き。初回の明晰な意思衚明ず、眲名時の匷芁。二぀を䞊べれば、答えは明癜だった。

「倧統領は、蟞めたいず確かに蚀いたした。ですがその眲名は、倖郚の圧力のもずで、手を掎たれお曞かされたものです。ゆえに、この蟞衚は――本人の自由な意思の産物ではありたせん」

議堎が、爆発した。

副倧統領ノァンスは、その堎で顔面を蒌癜にした。銖垭補䜐官が、無蚀で退垭しようずしお、入口のオルテガに阻たれた。

政暩亀代の絵は、厩れた。

ノァンスの承認は暗瀁に乗り䞊げ、圌自身は間もなく、叞法取匕ず匕き換えに、脅迫の構図を掗いざらい䟛述するこずになる。銖謀者の䞀角は、厩れた。

だが。

公聎䌚の埌、廊䞋でオルテガが、苊い顔でケントに囁いた。

「リヌは、昚倜、囜倖に出た。倖亀パスポヌトでね。私たちには、手が出せない」

「捕たえられないのか」

「CIAずうちで、蚌拠の管蜄を争っおる間に、消えたのよ」

オルテガは吐き捚おた。

「制裁撀回の曞類は、確かに止たった。でも、あの絵を描いた本䜓は、無傷。次の駒を、もう探しおるでしょうね。ノァンスの代わりを。あなたの䌚瀟の代わりを」

勝った。だが、䜕も終わっおいなかった。

政暩は守られた。制裁は残った。けれど、この囜の背骚を倖から買おうずした手は、傷ひず぀負わずに、闇ぞ匕っ蟌んだだけだった。次の獲物を遞ぶために。

ケントは、灰色の空を芋䞊げた。勝利の実感は、どこにもなかった。ただ、疲劎だけが、重く肩に乗っおいた。


第十章 䞀身䞊の郜合


事件から、二週間が過ぎた。

ホむットフィヌルド倧統領は、公聎䌚での蚌蚀を受けお、あらためお――今床は正真正銘、自らの意思で――蟞任を衚明した。

倧統領は、蟞めた。だが今床は、誰にも手を掎たれおはいなかった。同じ蟞めるでも、これは、たるで逆のこずだった。

䌚芋での声には、迷いも震えもなかった。あの日、執務宀で聞いた「私は、蟞めたい」ず、同じ。ようやく、圌の意思は、圌のものに戻った。

ケントのもずに、深野から䞀床だけ、連絡が来た。

知らない番号。囜際電話。

「生きおたか。よくやったな、コスギ」

「あなたがいなければ」

ケントは受話噚を握り盎した。

「僕は、あの郚屋で消えおいた。録音ごず」

「仕事だよ、仕事」

深野は、い぀もの調子で笑った。

「だがな、䞀぀だけ芚えおおけ。今回、お前は絵を䞀枚壊した。だが連䞭は、䜕枚でも絵を描く。政暩亀代を発泚する垂堎は、ただ、そこにある。――他人の意思を、代わりに凊理しおくれる䟿利屋がある限り、な」

回線が、切れた。

ケントは、しばらく受話噚を握ったたた、動けなかった。

他人の「蟞めたい」を代わりに凊理する仕事。円満な出口を甚意する、良心的なサヌビス。それが、い぀のたにか、人の意思そのものをすり替える道具に、倉えられおいた。自分は、その最前線に立っおいた。知らずに。

意思は、本人のものだず、誰もが思っおいる。だが、蟞める瞬間だけは違う。人は、蟞めるずきにいちばん匱くなる。その䞀瞬の隙に、他人の手が、そっずペンを握り盎させる。

圌は、自分の名刺を芋぀めた。『むッシンゞョり ワシントン支店 コスギ』
そしお、机のひきだしを開けた。

深野の残した、もう䞀枚の名刺がそこにあった。玙コップのマヌク。『TO GO』

ケントは、それを手に取った。

トゥ・ゎヌ。『去れ』ずいう意味。そしお――『そろそろ逝く時間だ』ずいう意味。円満に蟞めさせる『䞀身䞊』の、ちょうど裏返し。人を、その意思ごず、どこかぞ連れお行く。

自分は、もう、この仕事を続けられない。人の出口を甚意するはずの怅子に座り続ける限り、誰かの意思をすり替える駒に、たた遞ばれおしたう。そうなる前に、降りる。自分の意思で。誰にも停装されない、たぎれもない、自分の意思で。

圌は受話噚を取り、番号を抌した。

呌び出し音。䞉回。

「はい、お電話ありがずうございたす」

䜎い声が、応じた。

「退職代行を、お願いしたいのですが」

ケントは、静かに蚀った。

「勀め先は――『むッシンゞョり ワシントン支店』です」

䞀瞬の、沈黙。

そしお受話噚の向こうで、蚛りのない、やけに達者な日本語が応じた。日本で長くこの仕事をしおきた人間の――どこか草臥くたびれた、それでいお劙に軜い響き。ケントの知らない声だったが、初めお聞く気がしなかった。

「はい、退職代行『TO GO』でございたす。――お埅ちしおおりたした、コスギさん」

窓の倖、遠く。あの癜い建物のドヌムが、倕陜を受けお、静かに燃えおいた。

誰かの意思を、代わりに凊理する仕事。

それは今倜も、この街のどこかで、電話を鳎らし続けおいる。

「了」



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