
深く掘る人、遠くへ運ぶ人― ジャイアント馬場とアントニオ猪木、文化をつくった二つの生き方
序章 ラーメン屋は増えるが、名店は増えない
最近、「多角化」という言葉をよく耳にします。便利な言葉です。昔なら「迷走していますね」で終わっていた話も、「事業を多角化しています」と言い換えれば、何となく経営戦略に聞こえます。
世間というのは昔から横文字が好きです。リストラは合理化になり、値上げは価格改定になり、迷子は多角化になります。言葉とは、ずいぶん親切な化粧品です。街を歩いていても、そんな光景をよく見かけます。
ラーメン屋へ入れば、「本格スパイスカレー始めました」の貼り紙があります。カレー屋へ行けば、「肉汁ハンバーグが人気です」と書いてあります。そのハンバーグ屋では、夜になるとクラフトビールを提供しています。そのうち「当店自慢の家系パンケーキ」でも始まるのではないかと、少し期待しています。
もちろん、商売ですから理由はあります。ラーメンだけでは厳しい。カレーだけでは戦えない。客単価を上げたい。回転率も上げたい。全部正しいのでしょう。
ただ、一周回ると、こう思ってしまうのです。「結局、この店は何屋なんだろう。」もっと言えば、店主自身は、その問いに答えられるのでしょうか。
商売というのは難しいものです。一つのことを続けていると、「変化がない」と言われます。新しいことを始めると、「軸がない」と言われます。「自分らしく生きなさい」と励まされた翌日には、「もっと視野を広げなさい」と注意される。世間とは、なかなか忙しい先生です。宿題だけ増やして、模範解答は配ってくれません。
では、どうすればいいのでしょう。深く掘るべきなのでしょうか。それとも広く広げるべきなのでしょうか。
この「結局、何屋なのか」という問いは、実は今に始まった話ではありません。日本のプロレス界も、半世紀以上前に、同じ問いに向き合っていました。その問いに、まったく異なる答えを出した二人の男がいます。
日本のプロレス界を二分した二人の巨人、ジャイアント馬場とアントニオ猪木です。
世間では、この二人を「永遠のライバル」と呼びます。もちろん、それは間違いではありません。しかし、少しだけ乱暴です。「ライバル」という便利な言葉は、ときどき思考停止の言い換えになります。「あの二人は仲が悪かった。」「あの二人は人気を競っていた。」「あの二人はどちらが強かった。」そんな話で終わらせるには、この二人はあまりにも大きすぎます。
二人が争っていたのは、興行成績だけではありません。ベルトの数でもありません。もっと根っこの部分です。「プロレスとは何か。」その問いに対する答えが、決定的に違っていました。
馬場は、プロレスという井戸を誰よりも深く掘ろうとしました。掘って、掘って、また掘る。昨日より深く。去年より深く。誰にも見えない地層まで届くように。
一方の猪木は、その井戸から汲んだ水を、もっと遠くまで運ぼうとしました。格闘技へ。スポーツへ。政治へ。外交へ。世界へ。
井戸を深く掘る男と、水を運ぶ男。普通なら、どちらが正しいかを決めたくなります。世間は比較が好きです。ランキングが好きです。勝ち組と負け組に分けるのが好きです。白か黒か。成功か失敗か。一位か、それ以外か。
でも、文化というものは、そんな通知表では測れません。井戸だけ掘っても、水を飲む人がいなければ文化にはなりません。水だけ運んでも、水源が枯れてしまえば、文化は終わります。
深さと広さ。この二つは、対立するものではなく、文化を育てる両輪だったのではないでしょうか。
今回は、そんな二人の「思想」の違いについて考えてみたいと思います。もっとも、本人たちに「思想家でしたよね」と言ったら、二人とも嫌な顔をするでしょう。「哲学なんか知らねえ。」そんな声が、リングの向こうから聞こえてきそうですが。
第一章 馬場はプロレスを深く掘った
ジャイアント馬場という男は、不思議な人です。派手な世界に身を置きながら、その発想は驚くほど地味でした。もちろん、地味と言っても、暗いという意味ではありません。流行を追いかけるより、本質を磨くことに人生を使った、という意味です。
今の時代なら、きっとコンサルタントから怒られるタイプでしょう。「ブランドをもっと横展開しましょう。」「新規事業を考えましょう。」「市場を拡大しましょう。」そんな提案を受けても、馬場なら、おそらく一言で終わりです。「いや、もっといい試合をやろう。」会議は三分で終わります。株主は困るかもしれませんが、プロレスファンは少し幸せになります。
世の中には、新しいことを始める人はたくさんいます。しかし、同じことを四〇年続ける人は、驚くほど少ない。理由は簡単です。飽きるからです。人間は、昨日と同じ景色を見続けることが苦手な生き物です。だから趣味を変えます。仕事を変えます。肩書きを増やします。資格を取ります。
SNSのプロフィールも、気がつけば肩書きだらけです。「経営者」「投資家」「講演家」「コーヒー愛好家」「サウナー」。プロフィールというより、もはや幕の内弁当です。全部入っているのですが、一番の名物が分からない。そんな時代です。
ところが馬場という人は、最後まで「プロレスラー」でした。それ以上でも、それ以下でもありません。異種格闘技には、それほど興味を示しません。政治を語ることもありません。世相を斬ることもしません。リングを降りて世界を変えようとも思いません。プロレスラーなのに、「元気ですか!」と世間へ叫ぶことすらありません。
興味があったのは、ただ一つです。昨日より、もっといいプロレスはできないか。その一点でした。だから世界中から名レスラーを呼びます。NWA世界ヘビー級王者を呼びます。各地のチャンピオンを呼びます。そして、そのチャンピオン同士を戦わせます。派手な仕掛けより、試合そのものを見せる。リングの上だけで観客を納得させる。それが馬場の美学でした。
寿司職人によく似ています。流行りの創作寿司には目もくれません。キャビアもトリュフも乗せません。昨日より少しだけうまいシャリを握ることに、一日を使います。その違いに気づく客は少ないでしょう。それでも握るのです。
職人という生き物は、「分かる人だけ分かればいい」と開き直っているわけではありません。「分からなくてもいいから、本物をつくる」と腹をくくっているのです。馬場も同じでした。「プロレスとは何か」という問いを、一生かけて掘り続けました。
井戸を掘る人は、横へは進みません。ただ黙って、下へ向かいます。一〇メートル。二〇メートル。三〇メートル。周りから見れば、「そんなに掘って何になるんですか」と言いたくなるでしょう。でも本人は知っています。本当にうまい水は、地表近くには流れていないことを。
文化も同じです。表面だけをなぞれば、それらしくは見えます。しかし、本物にはなりません。深く掘るしかないのです。誰にも褒められなくても。誰にも気づかれなくても。
文化というものは、不思議です。完成した建物には人が集まります。しかし、基礎工事を見学に来る人はいません。映画のエンドロールで帰る人はいても、撮影準備のドキュメンタリーだけを見に映画館へ行く人はいません。世間は、完成品には拍手を送ります。土台には、あまり興味を示しません。
馬場は、そのことを最初から知っていたのでしょう。だから、自分が目立とうとはしませんでした。プロレスという文化そのものが、百年後も立ち続けることのほうが大切だったのです。言い換えれば、馬場はプロレスを「使う」人ではありませんでした。プロレスに「使われる」ことを選んだ人です。自分の人生を使って、プロレスという文化を少しでも高い場所へ積み上げる。その覚悟があった。
だから馬場は、「プロレスで何ができるか」とは考えませんでした。そんなことより、「プロレスそのものは、どこまで美しくなれるのか」。その問いだけを抱えて、リングの周りを歩き続けたのです。
今の時代なら、そんな生き方は「効率が悪い」と言われるかもしれません。もっと広げればいい。もっと稼げばいい。もっと目立てばいい。そんなアドバイスが、毎日のように届くでしょう。
しかし、文化というものは、効率だけでは育ちません。急いで育てた木ほど、根は浅いものです。馬場は、そのことを誰よりも知っていました。だから、急がなかったのです。いや、急げなかったのかもしれません。井戸を掘る人には、近道という発想そのものがないのですから。
第二章 猪木は井戸を飛び出し、川をつくろうとした
一方で、アントニオ猪木という男は、井戸を掘り続けられる人ではありませんでした。
誤解しないでいただきたいのですが、掘る力がなかったわけではありません。むしろ、人一倍深く掘れる人だったのでしょう。ただ、地下水が湧いた瞬間に、こう考えてしまうのです。「この水、もっと遠くまで流せないかな。」そこからが猪木でした。井戸を眺めて満足する人ではありません。川をつくります。町へ流します。隣町へ流します。そのうち国境まで越えさせようとします。
普通の人なら途中で止まります。「社長、それは本業ではありません。」「まずは井戸を完成させましょう。」「会議室はこちらです。」ところが猪木という会社には、その”総務部”や“秘書”が存在しませんでした。いや、いたのかもしれません。ただ、社長がまったく話を聞かなかっただけでしょう。
だから異種格闘技戦を始めます。ボクシング世界王者モハメド・アリと戦います。戦争中のイラクへ飛びます。北朝鮮で十万人規模の大会を開きます。国会議員になります。気がつけば、「プロレスラー」という肩書きだけでは説明のつかない人生になっていました。履歴書を書く人が一番困るタイプです。職業欄が、どう考えても足りません。
猪木にとって、プロレスとは競技ではありませんでした。作品でもありません。もっと便利で、もっと厄介なものです。道具でした。
人を驚かせる道具。人を熱狂させる道具。人を勇気づける道具。社会へ殴り込みをかける道具。世界と交渉する道具。
だから猪木は、「プロレスとは何か」という問いよりも、「プロレスで何が起こせるのか」という問いに心を奪われていました。格闘技へ持ち込めば何が起きるのか。政治へ持ち込めば何が変わるのか。外交へ持ち込めば世界は少し動くのか。その実験を、一生やめなかった人でした。
研究者なら論文を書きます。政治家なら法案をつくります。外交官なら会談を開きます。猪木は、その全部をプロレスでやろうとしました。少々無茶ですが、本人は至って真面目です。いや、真面目だからこそ、あそこまで無茶ができたのでしょう。
もちろん、うまくいったことばかりではありません。水路は何度も曲がります。途中で分岐します。決壊もします。タバスコの販売権を手にしたかと思えば、永久機関の開発を語り始める。燃料ビジネスに夢を見たかと思えば、翌日には別の夢を追いかけている。普通なら、「話が飛びすぎです」と心配されます。
しかし猪木という人は、その飛躍そのものが魅力でした。思いついた瞬間には、もう走っています。計画書はありません。稟議書もありません。プレゼン資料もありません。あるのは、「いける」という、根拠のない確信だけです。普通の会社なら、こんな社長は社員の胃薬代を経費で落とさないといけなくなります。
しかし、プロレスという世界は普通ではありませんでした。いや、正確には、猪木が普通ではなかったと言うべきでしょう。だから誰も見たことのない景色を見ることができました。もちろん、その代償として、誰も見たことのない失敗も山ほど経験しました。それでも止まりません。止まった瞬間に、猪木ではなくなるからです。
馬場が「プロレスそのもの」を信じた人だとすれば、猪木が信じていたのは「プロレスの可能性」でした。
リングは終着駅ではありません。始発駅です。そこから格闘技へ行ける。政治へ行ける。外交へ行ける。世界へ行ける。猪木の頭の中には、リングを囲むロープなど、最初から境界線として存在していなかったのでしょう。ロープは試合を成立させるためのものではあっても、自分の人生を囲うためのものではない。リングは閉じ込められる場所ではない。世界へ飛び立つための発射台である。
だから猪木は、リングそのものを世間へ運ぼうとしました。プロレスを、もっと遠くへ。もっと違う場所へ。もっと誰も思いつかない場所へ。井戸から川へ。川から海へ。その流れがどこへ着くのか、本人にも分かっていなかったのかもしれません。けれど、一つだけ確かなことがあります。猪木は、水が流れ続けることだけは信じていました。
考えてみれば、それこそがアントニオ猪木という男、最大の異種格闘技戦だったのでしょう。対戦相手は、一人のレスラーではありません。「プロレスはリングの中だけのものだ」という常識、そのものだったのです。
第三章 ライバルではなく、鏡だった
世間は、何でも勝敗をつけたがります。白か黒か。成功か失敗か。勝ち組か負け組か。右か左か。AかBか。そして、プロレスなら決まってこうなります。馬場か、猪木か。全日本か、新日本か。王道か、ストロングスタイルか。昭和のプロレスファンなら、一度くらいは酒の席でこの論争をしたことがあるでしょう。もっとも、翌朝には二日酔いだけが残り、答えは何ひとつ出ていません。
対立構造というのは便利です。テレビ番組になります。雑誌の見出しになります。YouTubeのサムネイルにもなります。「〇〇が△△を完全論破!」「結局どっちが最強なのか?」世間は比較が大好きです。比べれば理解した気になれます。順位をつければ安心できます。人間というのは、案外ランキングで世界を理解している生き物なのかもしれません。
しかし、本当に面白いものは、比較では見えてきません。補完の中にあります。
馬場が井戸を掘らなければ、水は湧きません。猪木がその水を運ばなければ、多くの人はその存在すら知りません。井戸だけでは文化にはならないのです。水道管だけでも文化にはなりません。どちらか一つでは、街はできないのです。
深さと広さは、敵ではありません。役割です。いや、役割というより宿命だったのかもしれません。馬場は深く掘るしかなかった。猪木は広げるしかなかった。それが、それぞれの才能だったからです。
考えてみれば、人は自分と似た人をライバルにはしません。本当に気になるのは、自分にないものを持っている人です。静かな人は、賑やかな人を意識します。職人は営業マンを羨ましがります。営業マンは職人を尊敬します。隣の芝生が青く見えるというより、自分の庭にない花が咲いているから目が行くのでしょう。
馬場と猪木も、おそらくそうでした。だから最後まで互いを意識した。だから最後まで交わらなかった。
ライバルとは、敵ではありません。鏡です。自分には見えない自分を映してくれる存在です。だから腹が立つ。だから目が離せない。
もっとも、鏡というものは不思議です。毎日見ているのに、自分の後ろ姿だけは映してくれません。人間も同じです。自分の生き方の価値は、自分ではなかなか分からない。だからこそ、人はライバルを必要とするのでしょう。
もし馬場がいなかったら、猪木は「自分は何者なのか」をあそこまで意識しなかったかもしれません。もし猪木がいなかったら、馬場もまた、自分の美学をあそこまで貫かなかったかもしれません。二人は戦っていたようで、実は互いを完成させていました。リングの上で試合をしなくても、人生そのものがロングマッチだったのです。
世間は今でも、「どちらが上だったのか」と聞きたがります。しかし、その問いは少しだけ野暮です。井戸と水道管を比べても意味がありません。包丁と皿を比べても意味がありません。根と枝に優劣をつけても、木は育ちません。
文化とは、誰か一人の才能だけでできるものではないからです。深く掘る人がいる。遠くまで届ける人がいる。その二人がいて初めて、一つの文化は時代を超えていきます。
ですから、馬場と猪木は「永遠のライバル」だったのではありません。互いの足りない半分を映し続けた、永遠の鏡だったのです。
もっとも、この結論を本人たちに話したら、二人とも鼻で笑うでしょう。「そんなきれいな話じゃない。」たぶん、その一言で終わりです。
第四章 世間はいつも、広がりを買い、深まりを後から評価する
ここまで読んで、「これはプロレスの話でしょう」と思われた方もいるかもしれません。もちろん、プロレスの話です。ただ、それだけなら、こんなに長々と書く意味はありません。
会社でも同じです。一つの商品を徹底的に磨き続ける会社があります。一方で、新しい事業を次々と立ち上げる会社もあります。
個人も同じです。一つの技術を何十年も磨く職人がいます。肩書きを増やし続ける人もいます。最近では、「複業」という言葉もすっかり市民権を得ました。経営者であり、作家であり、投資家であり、YouTuberでもある。肩書きが増えるたびに、人は少し安心します。名刺がにぎやかになるからです。もっとも、肩書きが増えるほど、自分が何者なのか分からなくなることもあります。人生というのは、ときどき名刺より本人のほうが情報量が少ないのです。
もちろん、広げることは悪くありません。むしろ、挑戦し続ける姿勢は尊いものです。問題は、「広がること」と「深まること」を、いつの間にか同じ価値だと思い込んでしまうことです。
この勘違いを、一番加速させたのはSNSかもしれません。フォロワー、再生回数、インプレッション、リポスト、おすすめ表示。数字は毎日、私たちを誘惑します。「もっと届け。」「もっと広げろ。」「もっと見られろ。」そんな声が、スマートフォンの向こうから聞こえてきます。
数字は便利です。昨日より伸びたか、減ったか、すぐ分かります。一〇〇万回再生された動画が、一週間後には誰の記憶にも残っていないことがあります。一方で、たった一〇〇人しか読まなかった文章が、その一〇〇人の人生を少しだけ変えてしまうこともあります。数字は横幅を測る定規です。深さを測る物差しではありません。
湖は広い。だから景色になります。井戸は狭い。だから写真には映えません。しかし、人が喉の渇きを癒やすのは、たいてい井戸の水です。
文化というものは、案外そういうものです。流行している最中は、「古い」「地味だ」「時代遅れだ」と笑われます。ところが二〇年、三〇年と時間が経つと、「あれは本物だった」と評価される。拍手というのは、不思議なくらい遅れて届くものです。
世間は、広がるものを先に褒めます。深まるものを褒めるのは、ずっとあとです。なぜなら、深さは時間が経たないと見えないからです。文化とは、待つことのできる人だけが育てられるものなのでしょう。
だから私は、ときどき思います。今の時代は、「広げる技術」はずいぶん発達しました。ボタン一つで世界中へ届けられます。けれど、「深める技術」は、むしろ衰えているのかもしれません。井戸になる前に、飽きてしまう。SNSを眺めていると、そんな光景をよく見かけます。
もちろん、それが悪いとは言いません。ただ、一つだけ確かなことがあります。広がるものは、時代をつくります。深まるものは、時代を残します。そして、本当に長く生き残る文化というのは、その両方を持っています。
馬場が掘った井戸があったから、猪木は水を遠くまで運ぶことができた。猪木が水を運んだから、馬場が掘った井戸の価値もまた、多くの人に知られることになった。深さと広さは、競争相手ではありません。リレーのバトンです。先に走る人がいて、次に走る人がいる。そのバトンを落とした瞬間に、文化は途切れてしまいます。
もっとも、今の世間を見ていると、バトンそのものより、誰が一番速く走ったかばかりを気にしているようにも見えます。ゴールテープを切った人の名前は覚えていても、その競技が何だったのかは、案外すぐに忘れてしまう。それもまた、少しだけ世間らしい話なのですが。
さて、ここで少しだけ、ご自身の仕事や生き方に目を向けてみてください。あなたは今、自分の井戸を深く掘っている最中でしょうか。それとも、その水をどこか遠くへ運ぼうとしている最中でしょうか。もちろん、どちらが正解という話ではありません。ただ、自分が今、どちらの役割に命を使っているのか。それを自覚するだけで、明日見える景色は少し変わるのかもしれません。
最終章 信じたものが違えば、生き方も違う
ここまで書いてきて、私はようやく、この二人の違いを一つの言葉で表せる気がしてきました。
ジャイアント馬場は、プロレスという「存在」を信じた人でした。アントニオ猪木は、プロレスという「可能性」を信じた人でした。同じプロレスを愛しながら、信じていたものは少しだけ違っていたのです。
馬場は、「プロレスとは何か」という問いを、一生かけて磨き続けました。もっと美しくできないか。もっと完成度を高められないか。もっと本物に近づけないか。リングという一枚のキャンバスの上で、プロレスという作品を描き続けたのです。だから、あまりリングの外へ出ていきませんでした。プロレスは、それだけで十分に魅力的な文化である。その確信があったからでしょう。
一方の猪木は、「プロレスで何ができるか」を問い続けました。格闘技と話はできないか。政治と向き合えないか。戦争を止められないか。世界を驚かせられないか。リングは終着駅ではありませんでした。どこへでも続いている始発駅だったのです。
同じ「プロレス」という言葉を使いながら、二人が見ていた景色は、最後まで交わることがありませんでした。だから対立したのでしょう。いや、正確には、交わる必要がなかったのかもしれません。文化というものは、一人では完成しないからです。
もし馬場しかいなかったら、日本のプロレスは世界に誇る完成度を持ちながらも、少し閉じた文化になっていたかもしれません。もし猪木しかいなかったら、日本のプロレスは世界中へ広がった代わりに、その足元は少し頼りなくなっていたかもしれません。
深く掘る人がいた。
一本の木に例えるなら、馬場は根でした。猪木は枝でした。根は土の中にあります。誰にも見えません。写真にも写りません。SNSで「いいね」が付くこともありません。
一方で枝は空へ向かって伸びます。花を咲かせます。鳥が止まります。人は木を見上げるとき、たいてい枝を見ています。しかし、木を支えているのは根です。
だから、序章で書いた問いに戻ります。深く掘るべきか。広く広げるべきか。答えは、おそらく「どちらも正しい」です。もっと言えば、「自分はどちらの役割を引き受けるのか」という問いなのだと思います。
誰もが猪木になれるわけではありません。誰もが馬場になれるわけでもありません。井戸を掘る才能があります。水を運ぶ才能もあります。大切なのは、自分に向いていない役を演じ続けないことなのでしょう。
世間はよく、「二刀流」を褒めます。何でもできる人を称賛します。もちろん、それは素晴らしいことです。けれど、本当に文化をつくる人というのは、案外「一刀流」の人なのかもしれません。一つのことを異常なまでに深める人。一つのことを異常なまでに広げる人。その極端さが、時代を動かします。そして、その二つが出会ったとき、文化は歴史になります。
もっとも、この原稿を馬場と猪木の前で読んだら、二人ともきっと嫌な顔をするでしょう。「俺は根っこなんかじゃない。」「俺を枝と一緒にするな。」そんな声が聞こえそうです。あるいは猪木なら、「そんなことより、お前もリングに上がれ」と笑うかもしれません。馬場なら、黙って葉巻に火をつけるだけかもしれません。
それでいいのです。思想家として生きた人は、自分を思想家だとは言いません。職人は、自分を芸術家だとは言いません。二人とも最後まで、「プロレスラー」であり続けました。だからこそ、今になって私たちは、その生き方の中に思想を見つけてしまうのです。
歴史とは不思議なものです。本人たちが語らなかったことほど、あとから雄弁になります。そして、それこそが文化なのかもしれません。言葉で残そうとしたものではなく、生き方そのもので残ってしまったもの。
ジャイアント馬場も、アントニオ猪木も、最後までプロレスラーでした。しかし、その背中は、プロレスという枠をとうに超えていました。だから今もなお、私たちはリングの外へ、この二人について語り続けているのでしょう。