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昼と夜のあいだ|エピローグ はじまり色

    恋とは、誰かに出会うことではない。
    誰かと出会うことで、自分自身へ帰っていく旅なのかもしれない。

    物語は終わる。

    でも、
    人生はその翌朝から始まる。

    ⸻

    春の朝だった。

    窓の外で、小鳥が鳴いている。

    カーテンの隙間から差し込む光はやわらかく、

    部屋の中を淡い金色に染めていた。

    サンはゆっくり目を開ける。

    昨夜は雨が降ったらしい。

    窓ガラスには、小さな雫がまだ残っていた。

    ベッドの中で耳を澄ます。

    雨はもう止んでいる。

    その代わり、

    雨が世界を洗っていったあとの静けさがあった。

    ⸻

    キッチンでお湯を沸かす。

    お気に入りのティーポット。

    アールグレイ。

    ふわりと立ち上るベルガモットの香り。

    サンはマグカップを持って、

    窓辺へ座った。

    春の風がレースのカーテンを揺らす。

    向かいの家の木蓮が、

    今年も静かに咲いていた。

    白い花びらは、

    去年と同じようで、

    少しだけ違って見える。

    きっと、

    変わったのは私なんだ。

    ⸻

    テーブルの上には、

    一冊のノートが置かれている。

    『今日の宝物』

    最後のページまで書き終えたノート。

    サンはそっと表紙を撫でる。

    書き始めた頃の自分を思い出す。

    あの頃は、

    答えを探していた。

    愛される方法を。

    傷つかない方法を。

    幸せになる方法を。

    でも今は、

    そんなことを考える時間が少なくなった。

    窓を開けて、

    風を感じる。

    雨の匂いを吸い込む。

    夕焼けを見て立ち止まる。

    誰かの笑い声につられて笑う。

    そんな小さなことが、

    人生を豊かにするのだと知った。

    ⸻

    スマートフォンが震えた。

    画面を見る。

    ケイだった。

    短いメッセージ。

    ⸻

    今日の空、
    何色?

    ⸻

    サンは微笑む。

    窓を開ける。

    春の空は、

    昨日の雨を忘れたように青かった。

    その青の中へ、

    朝日がゆっくり溶けていく。

    新しい一日が始まる色。

    サンは写真を撮る。

    少し考えて、

    返信した。

    ⸻

    はじまり色。

    ⸻

    送信。

    数秒後、

    返事が届く。

    ⸻

    いい一日にしよう。

    ⸻

    たったそれだけ。

    それだけなのに、

    胸の奥がやさしく温かくなる。

    サンはスマートフォンを置いて、

    もう一度空を見上げた。

    ⸻

    今日も、

    太陽は昇る。

    今日も、

    月はどこかで空を見守っている。

    昼と夜は、

    決して離れているわけではない。

    目には見えないところで、

    互いの光を受け渡しながら、

    世界を回している。

    人もきっと同じだ。

    出会った人は、

    人生からいなくなることがあっても、

    心から消えることはない。

    言葉も、

    笑顔も、

    ぬくもりも、

    一緒に見た夕焼けも。

    その人がくれた光は、

    自分の中で静かに生き続ける。

    ⸻

    サンは深く息を吸った。

    春の風が頬を撫でる。

    どこからか、

    あの雨音が聞こえた気がした。

    安心の音。

    そして、

    海の底から聞こえるような、

    大きくて優しい歌。

    シロナガスクジラは、

    もう姿を見せなかった。

    でも、

    サンは少しも寂しくなかった。

    もう知っていたから。

    あのクジラは、

    ずっと自分の中にいたのだと。

    ⸻

    サンは笑う。

    空へ向かって、

    小さくつぶやく。

    ⸻

    「いってきます。」

    ⸻

    その声は、

    風に乗って空へ溶けていく。

    昼と夜のあいだへ。

    雨と光のあいだへ。

    昨日と明日のあいだへ。

    そして、

    誰かの心へ。

    ⸻

    空は今日も、

    静かに色を変えていた。

    はじまり色から、
    昼と夜のあいだ色へ。

    物語は終わる。

    けれど、

    人生は今日も、

    美しく続いていく。

    ⸻

    『昼と夜のあいだ』 終



    -あなたの空は、何色?-

     
     
    ここは、 光と海と星をめぐる、やさしい物語の場所。 魂の記憶のような世界を、 ひとつずつ、言葉にしています。 読む人の心が、 少しだけ軽く、あたたかくなるように。 物語というかたちで、 やさしさを紡いでいます。

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