
とっておき症候群のあなたへ
あなたは昨日、いつもの店で洋服を買った。
ついにあの服を手に入れたのだ。
ラベンダー色のシフォンのブラウス。
何度も足を運んでは
「どうしよう」
「ちょっと高いな」
「セールまで待とうか」
「でも他の誰かに買われてしまうかも」
と、頭を悩ませた。
そしてあなたは
その服を手に取りじっと見つめた。
「そもそもほんとにコレ、私に似合うの?」
あなたは服を胸に当てて、店内の鏡の前に立つ。
「悪くないと思うけど」
欲しい服は知らぬ間に魔法をかける。
(皮肉な言い方をすればバイアス)
その服を着た自分を想像する。
どこへ出かける時に着ていくのがいいか、
頭のなかで思い描く。
手持ちのシルバーのネックレスを合わせて、
白いシューズを合わせればいい感じかも。
うん、悪くない。
この服は私に買われるのを待っている、
とさえ思うようになった。
店に通いつめ三度目の日、
まだあのブラウスが店頭に並んでいるのをみて、あなたは心底ほっとした。
そんな気持ちになるくらいなら、
もう買った方がいい。
この服が消えてしまったら
きっとあなたは激しく後悔する。
あなたはうなずき決心した。
服との運命の出会いを信じたあなたは、
ブラウスを手にレジへ向かった。
服を買って帰ると、
さっそく部屋で試着をしてみた。
あなたの部屋の電灯の下でみると、
自分の顔色と素敵なラベンダー色が
なんだかちぐはぐな気がした。
それでも欲しかったものを
ようやく手に入れられて、
あなたの気分は上々だった。
ひとりでに鏡の前で微笑んでしまったくらいだ。
自分のクローゼットには、今
お気に入りの服がある。
そう思うとあなたは
ぐっすりと眠ることができた。
それからあなたは暇をみてはブラウスを取り出し、どこへ着ていこうかと考えるようになった。
ふわふわした薄紫の靄のようなブラウスは、
近所のスーパーには似合わない。
少し離れた大型ショッピングモールだって、
この服にはふさわしくない。
それならばどこへ。
このよそゆきの服は、
どんな街を背景にすればいいのだろう。
どこか特別な場所。
とびきりおしゃれなカフェでの
アフヌンだろうか。
あなたは本当にそこへ行くのだろうか。
欲しくて欲しくて買った、とっておきの服。
もったいなくてなかなか着られない
宝物のような服。
それが結局は何ヶ月も、
場合によっては何年も、
クローゼットのなかでひたすら眠り続けて、
流行りも時代も変わってゆくことになるとは、
思わなかったのだろうか。
あなた自身の顔も体も年々歳をとっていき、
いつのまにかお気に入りだった服は
あなたに似合わなくなってゆく。
あのとき着ておけばよかった。
あの頃ならまだ
あなたに似合っていたはずなのだ。
着たいと思いながら着ずにとっておいた結果、
埃をかぶった服がどこか野暮ったく見え始める。
服が悪いんじゃない。
あなたが着ようとしなかっただけだ。
あんなに好きだったのに、
どうして好きな時に着てあげなかったのだ。
とにかく、私があなたに言いたいことは
ひとつだけだ。
欲しくて気に入って買った服は、
今すぐ着ろ。
いつかと思い描くシーンを待つな。
いつものショッピングモールでも、
ちょっとした散歩でも、
どこにでも着ていけ。
だって好きなのでしょう。
着ないまま歳をとって、
着ないまま死んでいくことになってもいいのか。
せっかくお金を出して
好きなものを買ったのだから、
その喜びはちゃんと肌身で味わうことだ。
お気に入りの服はいい。
あなたの気分を十センチは上げてくれる。
ブラウスを撫でる風の
さらさらした心地よさは、
あなたを輝かせてくれるはず。
服もきっと喜んでいるに違いない。
もったいないと思っても、
一度着てしまえば案外とハードルは越えられる。
次に着る機会は思ったより早く訪れるだろう。
着ることで服に皺がよったり、色褪せたり、
ランチに食べたパスタのソースが飛んで
シミができたりすることを恐れないで。
服とはそういうものだからだ。
たとえそうなっても、
着ないまま捨てることになってしまう方が、
よっぽども悲しくさみしいことだから。
とっておき症候群のあなた。
さあ、買ったばかりの新しい服を着なさい。
いまのあなただからこそ、その服は似合うのだ。
いつかくるかもしれない
とっておきの瞬間ではなく、
今を大切に生きなさい。
あなたとはすなわち、私のことだ。