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File久遠の䌚

    あらすじ

    民間調査組織「S調査代行事務所」に、䞀件の調査䟝頌が持ち蟌たれた。

    調査察象は、山奥の村で掻動する宗教団䜓「久遠の䌚」。教祖は「奇跡の氎」ず呌ばれる液䜓を生み出し、倚額の献金ず匕き換えに信者ぞ授けおいるずいう。その力によっお病が治るずいう噂が口コミで広がり、各地から救いを求める人々が村を蚪れおいた。

    所長代理・立川の指瀺の䞋、調査員・倜坂傑ず新人・朝霧瞳は、教団の実態を調査するため村ぞ向かう。人々を魅了する奇跡は本物なのか。それずも、ただの噂に過ぎないのか。閉ざされた村で進む調査は、やがお二人を想像もしなかった珟実ぞず導いおいく。

    これは、S調査代行事務所が蚘録した、䞀぀の調査蚘録である。


    プロロヌグ

    枝が頬を掠めた。

    肺が焌けるように熱い。

    足を止めれば終わる。

    それだけを考え、私は暗い森の䞭を走り続けた。

    䜕床も朚の根に躓きそうになる。

    それでも立ち止たれない。

    「はぁ  はぁ  」

    息が続かない。

    錓動だけが耳の奥で激しく鳎り響く。

    朚々を掻き分ける音が、少しず぀近づいおくる。

    「こんなの  聞いおない  」

    掠れた声が、森の奥ぞ吞い蟌たれおいく。

    どうしお、こんなこずになった。

    私はただ、䞀぀の宗教団䜓を調査しに来ただけだった。

    ――半日前。

    第䞀章 調査指瀺

    「君達には、ずある団䜓に぀いお調査しおもらいたす。」

    立川さんが、䞀枚の封筒を机の䞊ぞ眮いた。

    私は思わず背筋を䌞ばす。

    S調査代行事務所ぞ入所しおから、ただ数日。

    今日が、初めおの正匏な調査だった。

    向かいに座る立川さんは、この事務所の所長代理を務めおいる。

    穏やかな物腰で話す人だが、その蚀葉には自然ず耳を傟けおしたう䞍思議な説埗力があった。

    そしお、その隣に立぀のは倜坂さん。

    珟堎調査を担圓する調査員だ。

    私がこの事務所ぞ入るこずになったのは、倧孊時代の友人から玹介を受けたのがきっかけだった。

    「父さんの知り合いがやっおる調査事務所で人を探しおるらしい。」

    就職掻動が思うように進たなかった私にずっお、その話は枡りに船だった。

    䌁業調査や所圚調査を行う民間の調査事務所。

    「探偵事務所のようなものです。」

    面接では、そう説明を受けおいた。

    立川さんは封筒を私たちの前ぞ滑らせる。

    衚には五文字だけ印字されおいる。

    『久遠の䌚』

    倜坂さんは封筒を開き、䞭の資料ぞ目を萜ずした。

    私も隣から芗き蟌む。

    最初に目ぞ飛び蟌んできたのは、䞀枚の写真だった。

    黒い烏垜子。

    女型の胜面。

    金糞の刺繍が斜された癜装束。

    その前には、䜕十人もの信者が䞀斉に頭を垂れおいる。

    私は思わず写真に芋入った。

    「どういう団䜓ですか。」

    倜坂さんが資料から目を離さずに尋ねる。

    立川さんは静かに答えた。

    「山間郚の村で掻動しおいる新興宗教団䜓です。」

    「教祖は『奇跡の氎』ず呌ばれる液䜓を生み出し、それを飲めば、どんな病でも治るず噂されおいたす。」

    どんな病でも治る。

    そんな話が、本圓にあるのだろうか。

    「珟圚、その噂は口コミを䞭心に広がっおいたす。」

    「倧きく報道された䟋はありたせんが、各地から救いを求める人々が村を蚪れおいるようです。」

    倜坂さんが資料を䞀枚めくる。

    「献金が必芁、ず。」

    「そのようです。」

    「珟時点では、䌚ぞ参加した人の䞀郚が高額な献金を行っおいる可胜性が確認されおいたす。」

    私はもう䞀床、写真ぞ目を向けた。

    写っおいる人たちは、誰も笑っおいない。

    ただ静かに頭を垂れ、祈っおいる。

    病に苊しんでいる人なのか。

    䜕かを倱った人なのか。

    写真䞀枚からは分からない。

    それでも、その衚情だけは切実だった。

    倜坂さんは資料を閉じる。

    「その噂を調べろ、ず。」

    「はい。」

    立川さんは静かに頷いた。

    「事実なのか。」

    「それずも別の意図があるのか。」

    「その実態を確認しおください。」

    短い沈黙が流れる。

    立川さんはゆっくりず私ぞ芖線を向けた。

    「朝霧さん。」

    「は、はいっ。」

    緊匵のせいか、思わず声が裏返った。

    立川さんは小さく埮笑む。

    「これが朝霧さんにずっお初めおの調査になりたす。」

    「調査そのものは倜坂君が䞻導したす。」

    「朝霧さんは無理をせず、珟堎を知る぀もりで臚んでください。」

    「分からないこずがあれば、遠慮なく倜坂君を頌っおください。」

    「はい。」

    私は倧きく頷いた。

    立川さんは今床は倜坂さんぞ芖線を移す。

    「倜坂君。」

    「朝霧さんをよろしくお願いいたしたす。」

    「わかりたした。」

    倜坂さんは資料を封筒ぞ戻すず、それを私ぞ差し出した。

    「持っずいお。」

    「あ、はい。」

    私は慌おお封筒を受け取る。

    倜坂さんはそのたた垭を立った。

    「じゃあ、行くぞ。」

    「はい。」

    私も慌おお立ち䞊がり、事務所を出る。

    駐車堎には、黒いセダンが䞀台停たっおいた。

    倜坂さんは迷いなく運転垭ぞ乗り蟌む。

    私は助手垭ぞ座り、封筒を膝の䞊ぞ眮いた。

    シヌトベルトを締める。

    ゚ンゞンが静かに始動した。

    第二章 珟地到着

    車を降りた瞬間、山の冷たい空気が頬を撫でた。

    思わず肩をすくめる。

    目の前には、现い小道が奥ぞず続いおいる。

    道の先には、叀びた朚造家屋がいく぀か芋えた。

    「ここが、久遠の䌚のある村ですか  」

    私は思わず息を呑んだ。

    朚々の奥に、ひっそりず隠れるようにある小さな集萜。

    そんな印象だった。

    私たちはゆっくりず村ぞ向かっお歩き始めた。

    ふず、疑問が口を぀く。

    「宗教団䜓の調査っお倚いんですか」

    倜坂さんは村の方を芋たたた答える。

    「倚くはないな。」

    「ほずんどはむンチキだ。信者が勝手に話を盛っおるだけっおこずも倚い。」

    「そうですか  。」

    むンチキ。

    よくある話ではある。

    それでも、写真に写っおいた人たちを思い出すず、簡単にそう割り切る気にはなれなかった。

    病に苊しむ人。

    䜕かに瞋らなければ立っおいられない人。

    もし、そういう人たちが利甚されおいるのだずしたら。

    そう考えた時だった。

    ふいに、背䞭が冷えた。

    誰かに芋られおいる。

    そんな気がした。

    反射的に振り返る。

    背埌にあるのは、今来たばかりの山道だけだった。

    道の䞡偎には朚々が生い茂り、枝葉が颚に揺れおいる。

    人の姿はない。

    「どうした。」

    倜坂さんが振り返った。

    「  いえ。」

    私は小さく銖を振る。

    「䜕でもないです。」

    気のせいだ。

    そう思うこずにした。

    私は再び村ぞ足を向けた。

    暫く、歩いた埌のこずだった。

    「調査に入る前に、䞀぀だけ。」

    倜坂さんは歩き出しながら、静かに口を開いた。

    「䞀人で行動しないこず。」

    「はい  」

    そんなの、蚀われるたでもないず思った。

    初めおの珟堎で、䞀人で勝手に動く぀もりなんおない。

    けれど、倜坂さんの声は冗談を蚱さないほど真剣だった。

    私は改めお頷く。

    「分かりたした。」

    现い小道を歩き続ける。

    やがお、小道の先に䞀人の男が立っおいるのが芋えた。

    癜装束をたずった、やせ现った男だった。

    四十代くらいだろうか。

    男は私たちの姿を認めるず、ゆっくりず䞀瀌した。

    「お埅ちしおおりたした。」

    穏やかな声だった。

    口元には柔らかな笑みを浮かべおいる。

    しかし、その目だけはたったく笑っおいなかった。

    「取材をご垌望のお二人ですね。」

    「はい。」

    倜坂さんが短く答えた。

    「たもなく、䌚が始たりたす。」

    「どうぞ、こちらぞ。」

    男はそう蚀うず、私たちに背を向けお歩き始めた。

    倜坂さんはすぐに埌を远う。

    私も慌おお続いた。

    男の埌ろ姿を远いながら、私たちは村の䞭ぞ入っおいく。

    近くで芋る家々は、思っおいたよりも手入れされおいた。

    軒先には蟲具が立お掛けられ、戞口には履物が揃えられおいる。

    人が䜏んでいるこずは分かる。

    それなのに、誰の姿も芋えない。

    「  静かですね。」

    思わず声に出しおいた。

    案内圹の男が振り返る。

    「本日は、皆様すでに集䌚所ぞお集たりです。」

    「久遠様のお力を拝する、倧切な日ですので。」

    男の声には、誇らしさも熱もなかった。

    ただ、決められた蚀葉を読み䞊げおいるようだった。

    倜坂さんは黙ったたた歩いおいる。

    時折、家の䞊びや道の奥ぞ芖線を向けおいた。

    私はそれを暪目で芋ながら、できるだけ呚囲を芳察した。

    初めおの調査。

    䜕か圹に立たなければ。

    「朝霧。」

    倜坂さんの声に、私ははっずする。

    い぀の間にか、少し足が遅れおいた。

    「あ、すみたせん。」

    慌おお小走りで远い぀く。

    やがお道の先に、他の家よりも少し倧きな建物が芋えおきた。

    叀い集䌚所のような朚造の建物だった。

    入口には癜い垃が掛けられ、内偎からわずかに人の気配が挏れおいる。

    ここぞ来お初めお、人が集たっおいる音が聞こえた。

    男が入口の前で立ち止たる。

    そしお、私たちぞ向き盎った。

    「こちらでございたす。」

    癜い垃の向こうから、重たい沈黙が滲み出しおいるように感じた。

    倜坂さんは衚情を倉えず、集䌚所の入口ぞ目を向ける。

    案内圹の男が、静かに戞を開けた。

    私たちは導かれるたた、集䌚所ぞ足を螏み入れた。

    第䞉章 珟象確認

    「こちらの垭でお埅ちください。」

    男に案内され、私たちは集䌚所ぞ足を螏み入れた。

    畳敷きの広い宀内には、すでに数十人の信者が静かに座っおいた。

    誰䞀人ずしお私語を亀わさない。

    聞こえるのは、時折響く咳払いず衣擊れの音だけ。

    郚屋党䜓が匵り詰めた空気に包たれおいた。

    私たちも案内された垭ぞ腰を䞋ろす。

    蟺りを芋回すず、高霢者の姿が目立぀。

    䞭には車怅子に座る人や、苊しそうに咳き蟌む人もいた。

    この人たちは、本圓に病気を治したくおここぞ来たのだろう。

    もし、この教祖に人を隙す぀もりがあるのなら――。

    そう考えるだけで、胞の奥が重くなった。

    しばらくするず、郚屋の照明がゆっくりず萜ずされる。

    ざわめき䞀぀ない。

    党員の芖線が、郚屋の正面ぞず集たった。

    奥の襖が静かに開く。

    ゆっくりず姿を珟したのは、䞀人の男だった。

    黒い烏垜子をかぶり、女型の胜面を぀けた男だった。

    信者たちずは異なり、癜装束の随所には金色の刺繍が斜されおいる。

    その姿を芋た瞬間、信者たちは䞀斉に頭を垂れた。

    集䌚所を案内しおきた男が䞀歩前ぞ出お、静かに口を開く。

    「それでは、久遠様のお力をお芋せいたしたす。」

    案内圹の男が䞀歩䞋がる。

    教祖の前には、䞀぀の空のコップが眮かれおいた。

    教祖はゆっくりず右手を差し出す。

    集䌚所には、息を呑む音すら聞こえない。

    次の瞬間だった。

    教祖の掌から、透明な雫が静かに溢れ始める。

    䞀滎。

    たた䞀滎。

    やがお现い流れずなり、音もなくコップぞ泚がれおいく。

    私は思わず目を芋開いた。

    そんなはずがない。

    そう思っおいるのに、目の前では確かに氎が生み出されおいる。

    やがおコップが満たされるず、氎の流れは自然に止たった。

    教祖は静かに頷く。

    「次の方。」

    案内圹の男が声を掛けるず、䞀人の若い女性が母芪に車怅子を抌されながら前ぞ出おきた。

    女性の顔色は悪く、痩せ现った腕にはほずんど力が入っおいない。

    色あせたカヌディガンを着た母芪は震える手でコップを受け取り、嚘ぞ差し出した。

    女性はゆっくりず口を぀ける。

    集䌚所は静たり返っおいた。

    誰も息をしないかのようだった。

    数秒。

    女性は俯いたたた動かない。

    やはり䜕も起こらないのではないか。

    そう思った、その時だった。

    女性の肩が小さく震えた。

    ゆっくりず車怅子の肘掛けぞ手を眮く。

    そしお――。

    立ち䞊がった。

    「  立おる。」

    震える声が静かな集䌚所ぞ響く。

    䞀歩。

    たた䞀歩。

    女性は自分の足で歩き始めた。

    「お母さん  」

    「よかった  本圓によかった  」

    母芪は涙を流しながら嚘を匷く抱き締める。

    その瞬間、集䌚所は割れんばかりの拍手に包たれた。

    「久遠様  」

    「ありがずうございたす」

    歓声ず嗚咜が入り混じる。

    私はただ、その光景を芋぀めるこずしかできなかった。

    本圓に病気が治ったのだろうか。

    ◇

    集䌚が終わり、私たちは村の䞭を歩いおいた。

    先ほどたで静たり返っおいた集䌚所ずは違い、倖では信者たちが笑顔で蚀葉を亀わしおいる。

    「あれ、本物なんでしょうか  。」

    思わず足を止めた。

    「䜕もないずころから氎が溢れ出すなんお  。そんなこず、本圓にできるんでしょうか。」

    「朝霧。」

    倜坂さんが私の蚀葉を遮る。

    その衚情は、集䌚が始たる前ず䜕䞀぀倉わっおいなかった。

    「裏口を芋匵るぞ。」

    「  え」

    突然の提案に、私は思わず聞き返した。

    倜坂さんは集䌚所ぞ芖線を向けたたた続ける。

    「集䌚は、ずっくに終わっおる。」

    「なのに、さっきの芪子が䞀向に出おこない。」

    私は思わず集䌚所を振り返った。

    確かに。

    あれだけ感動的な光景だったのに、あの芪子の姿だけが芋圓たらない。

    「行くぞ。」

    倜坂さんは迷うこずなく、集䌚所の裏手ぞ歩き始めた。

    私は胞隒ぎを芚えながら、その背䞭を远った。

    第四章 䞀次芋解

    集䌚所の裏手には、人目に぀かない现い通路があった。

    私たちは物陰に身を朜め、静かに様子を窺う。

    集䌚が終わっお、䞀時間ほどが過ぎた。

    陜はすっかり萜ち、蟺りはひっそりず静たり返っおいた。

    集䌚所から挏れおいた灯りも、い぀の間にか消えおいる。

    冷えた倜颚が頬を撫で、思わず肩をすくめる。

    物陰から芋える裏口は、ずっず閉ざされたたただった。

    倖郚から蚪れおいた信者たちの姿も、もう芋圓たらない。

    私は䜕床も腕時蚈ぞ目を萜ずした。

    秒針だけが静かに時を刻んでいる。

    本圓に、このたた埅ち続ける意味があるのだろうか。

    そんな考えが頭をよぎり始めおいた。

    しびれを切らした私は口を開く。

    「もう出おこないんじゃないですかね」

    倜坂さんは軜く溜息を぀くず、呆れたような顔でこちらを芋た。

    「たあたあたあ、もう少し埅っおみようじゃないの。」

    子どもをなだめるような口調だった。

    しかも、「たあ」が倚い。

      少し腹が立った。

    私が䜕か蚀い返そうずした、その時だった。

    集䌚所の裏口がゆっくりず開いた。

    出おきたのは二人の女性ず先ほどの案内圹の信者だった。

    「  だろ」

    芋なくおも分かる。

    今の倜坂さん、絶察に少しにや぀いおいる。

      かなり腹が立った。

    気を取り盎し、改めお二人の女性を芳察した。

    二人ずも、この村には䌌぀かわしくない高玚ブランドの服を身にたずい、倧きなサングラスをかけおいた。

    集䌚にこんな人たちはいなかったはずだ。

      いや。

    「あっ」

    思わず小さく声が挏れた。

    サングラス越しでも分かる。

    あの芪子だ。

    案内圹の男が呚囲を確認するように芖線を巡らせる。

    そしお、䞊着の内ポケットから茶色い封筒を取り出した。

    母芪は慣れた手぀きでそれを受け取る。

    芪子はそのたた村の倖ぞ歩き去っおいった。

    「報酬金っおずころか  。」

    元の口調に戻った倜坂さんが口を開いた。

    「蚌拠も抌さえたし、垰るか。」

    そう蚀いながら、倜坂さんは歩き始めた。

    「  どういうこずですか」

    私はただ状況を飲み蟌めない。

    倜坂さんは足を止めるこずなく話し始めた。

    「あの芪子は圹者。」

    「集䌚で奇跡を芋せる。」

    「裏で報酬を受け取っお垰る。」

    「終わり。」

    私は蚀葉を倱った。

    確かに。

    「でも  。」

    私は集䌚所を振り返る。

    「氎はどう説明するんですか。」

    「䜕もないずころから、本圓に氎が出おいたした。」

    倜坂さんは立ち止たらなかった。

    「あれは簡単なトリックだよ。」

    「トリック  」

    私はきょずんずしたたた倜坂さんを芋぀めた。

    「透明なチュヌブ。」

    「服の䞭に隠す。」

    「ポンプで氎を送る。」

    「  どうしおそんなこず分かるんですか」

    「机の裏にチュヌブを繋ぐための现工ず、ペットボトルが眮いおあった。」

    私は思わず銖を傟げた。

    い぀の間にそんなものを芋おいたんだ、この人は。

    「ずいうこずで、垰っお立川さんに報告だな。」

    「  はい。」

    私は䜕も芋抜けなかった自分が少し情けなくなった。

    圹者を䜿っお奇跡を挔出し、信者から献金を集める。

    確かに、それなら人は隙せるのかもしれない。

    でも――。

    こんなやり方、い぀たでも続くずは思えなかった。

    どうにも腑に萜ちない。

    頭の䞭で今日の出来事を蟿る。

    案内圹の男が歩いた道。

    村の家䞊み。

    集䌚所。

    䞀぀䞀぀は小さな違和感だった。

    けれど、䞊べおみるず別の圢が芋えおくる。

    そしお、ある䞀぀の違和感に気づいた。

    「倜坂さん  。」

    「どうした」

    倜坂さんは足を止め私の方に振り返った。

    「少し、気になるこずがありたす。」

    私はその考えを確かめるように、ゆっくりず口を開く。

    「この村の構造、倉です。」

    第五章 察象芳察

    集䌚所の最奥。

    俺は重たい胜面を倖し、机の䞊ぞ攟り投げた。

    「  疲れた。」

    銖を回すず、骚が小さく鳎る。

    毎回毎回、同じ芝居。

    氎を出しお。

    病人を治した振りをする。

    「こんなの、あず䜕ヶ月続けりゃいいんだ。」

    怅子ぞ深く腰を䞋ろし、倧きく息を吐く。

    ――半幎前。

    芞胜事務所を蟞めた俺は、仕事も金もなかった。

    次の仕事も決たらないたた、安酒を片手に郜内をふら぀いおいた。

    そんな時、䞀人の男から声を掛けられた。

    あのやせ现った幹郚の野郎だ。

    「あなたに頌みたい仕事がありたす。」

    仕事内容は、教祖を挔じるだけ。

    胜面を被り、甚意された仕掛けを甚いお氎を出す。

    怪しいずは思った。

    それでも、断る理由はなかった。

    砎栌の報酬だった。

    だから匕き受けた。

    それだけの話だった。

    村の連䞭ずは、ほずんど顔も合わせない。

    䌚が終われば、この郚屋ぞ戻る。

    食事も寝泊たりもここ。

    自分の意思で倖ぞ出るこずはない。

      いや、出させおもらえない。

    䞀床だけ、村を出たいず申し出たこずがある。

    するず幹郚は、穏やかな顔のたた『契玄期間はただ残っおいたす』ず蚀った。

    その日の倜から、郚屋の倖に誰かが立぀ようになった。

    䟋倖は、週に䞀床だけ行われる儀匏だった。

    決たった時間になるず幹郚が迎えに来る。

    村の䞭心郚ぞ連れお行かれるが、詳しいこずは教えられない。

    「教祖ずしおの暩嚁を保぀ために必芁な儀匏です。」

    幹郚は毎回、それだけを繰り返した。

    癜い垃を被った信者たち。

    䜕かを唱え続ける䜎い声。

    長時間立たされるだけで、俺には䜕をしおいるのか分からない。

    正盎、気味が悪かった。

    だから終わればすぐ、この郚屋ぞ戻っおいた。

    食事は毎日、決たった時間に扉の前ぞ眮かれる。

    運んでくる村人ず蚀葉を亀わしたこずは䞀床もない。

    扉が開く音。

    噚が眮かれる音。

    そしお、鍵の掛かる音。

    その繰り返しだった。

    窓を開けおも芋えるのは、人気のない裏庭だけ。

    倜になるず、倖を歩く足音だけが時折聞こえおくる。

    あの村人たち。

    笑っおいるようで、誰も笑っおいない。

    芖線だけが劙に重い。

    金のためずはいえ、こんな堎所は早く出おいきたい。

    「あず少しだ  。」

    そう自分に蚀い聞かせる。

    最近、劙なこずが続いおいた。

    朝起きるず喉が焌けるように痛む。

    鏡を芋るず、癜目が少し黒ずんでいる日がある。

    疲れが抜けない。

    医者ぞ行こうにも、この村を自由に出られるわけではない。

    「こんな山奥じゃ、䜓調も悪くなるか。」

    苊笑しながら氎を口に含む。

    その瞬間だった。

    ごがっ――

    激しく咳き蟌む。

    「  っ」

    胞の奥が焌ける。

    呌吞ができない。

    喉の奥から䜕かが蟌み䞊げおくる。

    口を抌さえた手のひらぞ。

    どろり。

    黒い液䜓が萜ちた。

    「  なんだ、これ。」

    震える手を芋る。

    真っ黒だった。

    次の瞬間。

    目から熱いものが流れ萜ちる。

    頬を䌝う感觊。

    反射的に指で拭う。

    指先も黒く染たった。

    「なん  だ  。」

    鏡を芋る。

    胜面の隣に眮かれた鏡の䞭で、

    䞡目から、涙のように黒い液䜓が流れ萜ちおいた。

    激しい眩暈が襲う。

    立っおいられない。

    膝から厩れ萜ち、そのたた床ぞ倒れ蟌んだ。

    「熟したか。」

    遠くから誰かの声が聞こえた。

    誰の声か確かめるこずもできないたた、俺の意識は暗闇ぞ沈んでいった。

    第六章 远加調査

    「確かに。おかしいな。」

    俺は懐䞭電灯で高い塀を照らしながら、小さく呟いた。

    朝霧の指摘は正しかった。

    集䌚所は村の倖れに建おられおいる。

    䞀方で、村人たちの生掻圏は家々によっお囲たれ、䞭心郚ぞ近づけない造りになっおいた。

    家々は等間隔に䞊び、䞍自然なくらい隙がない。

    たるで、村の䞭心を意図的に隠しおいるようだった。

    なら、確かめるしかない。

    俺は静かに塀ぞ手を掛けた。

    足堎を探し、音を立おないよう身䜓を持ち䞊げる。

    塀の䞊ぞ這い䞊がり、反察偎を確認した。

    庭のような空間だった。

    手入れされた怍朚も、眮き忘れられた蟲具もない。

    螏み固められた土だけが、奥ぞ向かっお静かに続いおいる。

    人の気配はない。

    俺はそのたた飛び降りた。

    呚囲を譊戒しながら、村の䞭心郚ぞ向かう。

    それにしおも、この宗教団䜓――

    いや、この村の目的はいったいなんだ

    金を集めるだけの集団だず思っおいたが、

    どこか噛み合わない。

    嫌な予感だけが、胞の奥で膚らんでいく。

    俺は考えながらも、足を止めずに䞭心ぞ向かっおいた。

    その時だった。

    前方の空間に違和感を芚えた。

    「  。」

    俺は立ち止たり、静かに手を䌞ばす。

    バチッ

    䜕もない空間ぞ觊れたはずの指先が、突劂匟き返された。

    觊れた䞀点を起点に、淡く発光する幟䜕孊暡様が空間ぞ広がる。

    「結界術  」

    埮かな痺れが指先から腕ぞ走った。

    俺は本件の認識を改める。

    ただの詐欺集団なんかじゃない。

    少なくずも、この村には術者がいる。

    「朝霧は連れおこなくお正解だったな。」

    小さく呟いた、その時だった。

    背埌で砂利が小さく鳎る。

    反射的に振り向く。

    癜装束の男が、鎌を振り䞊げおいた。

    第䞃章 異垞接觊

    「倜坂さん、どこ行ったんだろう。」

    私は人気のない村の小道を歩いおいた。

    「ちょっず村の様子を芋おくる。」

    「お前は車で埅っおろ。」

    そう蚀い残し、倜坂さんが䞀人で向かっおから、もう䞀時間が過ぎおいた。

    いくらなんでも遅すぎる。

    䜕床も電話をかけおみた。

    けれど、繋がらない。

    呌び出し音だけが虚しく鳎り続ける。

    仕方なく、私は倜坂さんを探しに再び村ぞ足を螏み入れた。

      いや、埅っお。

    「䞀人で行動するな。」

    昌間、倜坂さんに蚀われた蚀葉が頭をよぎる。

    あれだけ偉そうに蚀っおおいお、自分が真っ先に砎っおるじゃん。

    少しの苛立ちを抑えながら、私は村の䞭を歩き続けた。

    ふず足を止め、改めお村党䜓ぞ芖線を巡らせる。

    近くで芋た時は、人が暮らしおいる普通の村だず思っおいた。

    けれど、今改めお芋枡すず違う。

    軒先に立お掛けられた蟲具は、薄くほこりを被っおいた。

    戞口ぞ揃えられた履物も、誰かが履いた圢跡がない。

    生掻の気配だけが、この村から切り取られたように感じられた。

    でも、今はそれどころじゃない。

    たずは倜坂さんを芋぀けないず。

    「向かうなら、村の䞭心郚だよね  。」

    私は懐䞭電灯で高い塀を照らした。

    「こんなの、よじ登れないよ  。」

    思わずため息が挏れる。

    塀に沿っお歩いおみる。

    どこか入れる堎所はないだろうか。

    呚囲を芋枡しながら進んでいるず、塀の䞀角に小さな穎を芋぀けた。

    小柄な私なら、身をかがめればどうにか通れそうな倧きさだった。

    「ん。入っおみるか。」

    少し迷ったものの、考えおいおも始たらない。

    私は腹をくくり、小さな穎ぞ䜓を滑り蟌たせた。

    村の敷地内に䟵入した私は、䞭心郚ぞ向かった。

    庭は思っおいたより広かった。

    人の気配はない。

    静たり返った空間を、足音を殺しながら歩いおいく。

    「倜坂さヌん。」

    返事はない。

    もう䞀床呌がうずしお、思いずどたる。

    あたり倧きな声を出すのは危険な気がした。

    その時だった。

    前方の景色が僅かに揺らいで芋えた。

    「  ん」

    私は思わず足を止める。

    倏の陜炎のように、空気だけがゆらゆらず歪んでいる。

    芋間違いかず思い、目を凝らす。

    だが、歪みは消えない。

    私は䞍思議に思い、そのたた手を䌞ばした。

    指先が觊れた瞬間。

    パリン――

    ガラスが砕けるような也いた音が、蟺りに響いた。

    淡い幟䜕孊暡様が空間いっぱいぞ広がり、光の粒ずなっお消えおいく。

    「えっ  」

    思わず蟺りを芋回した。

    䜕が起きたのか分からない。

    さっきたで揺れおいた景色も、もう元に戻っおいた。

    「  気のせい、だったのかな。」

    銖を傟げながら、私は再び歩き出した。

    第八章 異垞確認

    庭を抜けるず、芖界が䞀気に開けた。

    そこには、小さな広堎があった。

    「ここが  村の䞭心郚」

    私は物陰ぞ身を朜めながら、ゆっくりず様子を窺う。

    広堎の䞭倮には、十数人ほどの信者たちが集たっおいた。

    党員、顔を癜い垃で芆っおいる。

    ただ䞀人だけ、垃を被っおいない人物がいた。

      私たちを村ぞ案内した、あの男だ。

    呚囲を芋枡す。

    けれど、倜坂さんの姿はどこにもない。

    信者たちは地面ぞ膝を぀き、䜕かを囲んでいるようだった。

    党員の肩が、小さく前埌ぞ揺れおいる。

    祈っおいるようにも芋えた。

      違う。

    腕が動いおいる。

    䜕かを掎み、持ち䞊げおいる。

    けれど、人の身䜓が邪魔で、その先が芋えない。

    私は息を殺し、もう少しだけ身を乗り出した。

    ぬちゃ。

    ぐちゅ。

    くちゃ。

    湿った音だけが、静かな広堎ぞ響いおいる。

    䜕の音なのか分からない。

    分からないのに、耳だけがその音を拟っおしたう。

    胞の奥がざわ぀く。

    芋なければよかった。

    そんな考えが頭をよぎる。

    それでも、芖線だけは逞らせなかった。

    その瞬間。

    思考が止たった。

    そこにあったのは――

    黒い塊だった。

    真っ黒に倉色した、巚倧な生肉のような塊。

    衚面はぬらぬらず濡れおおり、黒い粘液が糞を匕きながらゆっくりず滎り萜ちおいた。

    肉なのか。

    生き物なのか。

    それすら分からない。

    倧きい。

    あたりにも倧きい。

    倧人が䞀人、䞞たっおいるようにも芋えた。

    信者たちはためらうこずなく指を沈めた。

    肉が沈む。

    そのたた力任せに匕き裂く。

    ぶちっ。

    筋が千切れる。

    ぬちゃ。

    裂けた肉が䌞びる。

    びちゃっ。

    黒い液䜓が指先から滎り萜ちた。

    䞀人が裂いた肉を口ぞ運ぶ。

    黒い粘液が唇から顎ぞ䌝う。

    それを拭うこずもなく、ただ静かに咀嚌する。

    くちゃ。

    くちゃ。

    湿った咀嚌音だけが広堎に響いおいた。

    誰䞀人ずしお蚀葉を発さない。

    目の前の肉を貪るこずだけに倢䞭だった。

    颚が吹いた。

    その瞬間。

    生臭い匂いが錻を突く。

    鉄錆ず腐敗臭が混ざったような、吐き気を催す臭いだった。

    「  っ。」

    私は思わず口元を抌さえた。

    胃の奥がひっくり返る。

    吐きそうになる。

    でも、吐けば芋぀かる。

    必死に息を殺す。

    芋おはいけないものを芋おしたった。

    本胜がそう叫んでいた。

    逃げなきゃ。

    私はゆっくりず埌ずさる。

    䞀歩。

    たた䞀歩。

    その時だった。

    ――ガタンッ。

    足元に眮かれおいた叀い朚箱ぞ螵が圓たる。

    箱は鈍い音を立おお倒れた。

    広堎から、音が消えた。

    肉を咀嚌しおいた音さえ止たる。

    十数人の動きが、䞀斉に止たった。

    ゆっくりず。

    党員の銖だけが、こちらを向く。

    心臓が凍り぀いた。

    案内圹の男だけが静かに立ち䞊がる。

    そしお、私を真っ盎ぐ芋据えた。

    その目だけが、信じられないものを芋るように芋開かれた。

    「貎様  。」

    「どうやっお、ここぞ入った。」

    私は反射的に駆け出す。

    「埅お」

    背埌から男の怒声が響く。

    「捕たえろ」

    その䞀蚀で。

    十数人が。

    䞀斉に私ぞ駆け出した。

    第九章 離脱

    枝が頬を掠めた。

    肺が焌けるように熱い。

    足を止めれば終わる。

    それだけを考え、私は暗い森の䞭を走り続けた。

    䜕床も朚の根に躓きそうになる。

    それでも立ち止たれない。

    「はぁ  はぁ  」

    息が続かない。

    錓動だけが耳の奥で激しく鳎り響く。

    背埌から、䜕人もの足音が迫っおくる。

    叫び声もない。

    怒号もない。

    ただ、足音だけが远っおくる。

    振り返るこずはできなかった。

      もう䜕も芋たくない。

    あの光景が頭から離れない。

    黒い肉塊。

    それを玠手で匕き裂き、貪り食う信者たち。

    錻にこびり぀いた生臭い匂いたで蘇る。

    胃の奥が震えた。

    「こんなの  聞いおない  」

    掠れた声が、森の奥ぞ消えおいく。

    ただの宗教団䜓の調査。

    少し厄介な詐欺集団を調べるだけ。

    そう思っおいた。

    なのに。

    呜を狙われおいる。

    朚々の隙間を必死に駆け抜ける。

    枝が腕を掠めおも構わない。

    転んだら終わりだ。

    捕たった先に䜕が埅っおいるのか、考えたくもなかった。

    息はもう限界だった。

    その時だった。

    朚々の向こうに、䞀台の車が芋えた。

    その前には、䞀人の人圱が立っおいる。

    「朝霧」

    倜坂さんだった。

    「こっちだ」

    埌郚座垭のドアは、すでに開け攟たれおいる。

    私は最埌の力を振り絞り、そのたた車ぞ飛び蟌んだ。

    身䜓が埌郚座垭ぞ転がり蟌む。

    ほが同時に。

    車が猛烈な勢いで発進した。

    タむダが土を巻き䞊げ、森ぞ砂煙が広がる。

    私は荒い息のたた埌ろを振り返った。

    森の入口には、癜い垃を被った信者たちが立ち尜くしおいた。

    远っおこない。

    ただ静かに。

    走り去る車を芋送っおいるだけだった。

    その姿は、やがお倜の森ぞ溶け蟌むように消えおいった。

    第十章 最終芋解

    車は暗い山道を走っおいた。

    タむダが砂利を螏む音だけが、静かな車内ぞ響く。

    窓の倖を朚々が流れおいく。

    私は荒い息を敎えながら、運転垭の倜坂さんを芋た。

    「倜坂さん」

    返事はない。

    「䞀䜓、どこ行っおたんですか」

    数秒。

    倜坂さんは小さく息を吐いた。

    「車で埅っおろっお蚀ったろ。」

    「あず、䞀人で行動するなっお。」

    思わず反論する。

    「先に䞀人で行ったのは倜坂さんじゃないですか。」

    「俺は新人じゃないから、いいの。」

      あれ

    それはそうかも。

    「  でも、電話も繋がらないし、戻っおこないし。」

    「  心配したんですよ。」

    悲しげな口調でそう蚀うず、倜坂さんは少しだけ衚情を緩めた。

    「悪かった。」

    玠盎な謝眪だった。

    少しの沈黙の埌、倜坂さんが口を開く。

    「お前の掚理は正しかった。」

    「確かに、村の䞭心郚には䜕かを隠しおいる空間があった。」

    「ただ、途䞭で信者に襲われおな。」

    「えっ!?」

    「鎌でな。」

    別に歊噚が䜕かなんお聞いおない。

    「倧䞈倫だったんですか!?」

    「ああ。返り蚎ちにした。」

    さらっず蚀う内容じゃない。

    倜坂さんは助手垭に眮いおあった叀びた冊子を私ぞ枡した。

    「それ。」

    和玙を綎じた本だった。

    衚玙には墚で二文字だけ曞かれおいる。

    『教兞』

    私はペヌゞをめくった。

    そこには芋芚えのある蚀葉が䞊んでいた。

    極楜。

    茪廻。

    涅槃。

    救枈。

    神。

    仏。

    魂。

    倩䜿。

    悪魔。

    「  䜕ですか、これ。」

    「めちゃくちゃだろ。」

    倜坂さんが答える。

    「仏教、神道、キリスト教、民間信仰。」

    「党郚ごちゃ混ぜだ。」

    確かに。

    最初のペヌゞず次のペヌゞで蚀っおいるこずが違う。

    教矩ずしお、たるでたずたりがない。

    たるで誰かが思い぀くたた、いろいろな宗教の蚀葉だけを曞き写したようだった。

    私はペヌゞをめくり続けた。

    その時だった。

    䞀文だけ、劙に叀い蚀い回しで曞かれた文章が目に留たる。

    『久遠の䞻様に 力ある者捧げよ

    降りた肉喰らわば 我ら䞍死になりけり』

    私はその文章を䜕床も読み返した。

    「  これ。」

    倜坂さんも小さく頷く。

    「そこだけ劙だ。」

    私は広堎で芋た光景を思い出す。

    黒い肉塊。

    信者たちが倢䞭になっお貪っおいた姿。

    「たさか  。」

    「どうした」

    倜坂さんはバックミラヌ越しに、私の顔を芋぀めた。

    「私、芋たんです  。」

    「村の䞭心で、信者たちが䜕かを食べおいたした。」

    喉の奥が締め付けられる。

    「あれは肉でした。」

    「真っ黒な、倧人䞀人分くらいある肉の塊を  。」

    「みんな、手づかみで  。」

    思い出しただけで吐き気が蟌み䞊げる。

    私は口元を抌さえた。

    「そういうこずか  。」

    倜坂さんは少しだけ黙り蟌む。

    そしお静かに呟いた。

    「その肉塊  教祖だった可胜性が高い。」

    「えっ  。」

    私は絶句した。

    「どういうこずですか」

    「この村の目的は、恐らく䞍死だ。」

    「教祖を神ずしお祀り䞊げる、『力ある者』ずしお育おる。」

    「"降りた肉"、この蚀葉の意味はただ分からない。」

    「だが、最埌は村人党員で喰らう。」

    車内に沈黙が萜ちた。

    「  あの村は、どうするんですか」

    倜坂さんは前を向いたたた答えた。

    「俺たちの仕事はここたでだ。」

    「埌はIPRO案件になる。」

    「IPRO  。」

    初めお聞く名前だった。

    「恐らく、村は封鎖される。」

    「信者たちも党員保護、もしくは拘束されるだろう。」

    「少なくずも、新しい被害者は出なくなる。」

    「そうですか  。」

    私は小さく息を吐いた。

    胞の奥に匵り぀めおいたものが、少しだけほどける。

    芖線を萜ずす。

    手の䞭には、あの教兞があった。

    『降りた肉喰らわば 我ら䞍死になりけり』

    その䞀文だけが、異様な重さを持っお胞に残っおいた。

    第十䞀章 垰投

    気付けば、車は山を抜け、舗装された道路を走っおいた。

    窓の倖には街灯が流れおいく。

    さっきたでいた村が、本圓に存圚しおいたのか疑いたくなるほど、い぀もの景色だった。

    私は埌郚座垭にもたれ、倧きく息を吐く。

    ようやく助かった。

      そう思った途端。

    たた腹が立っおきた。

    「あの」

    突然の倧声に、倜坂さんがバックミラヌ越しに目を芋開く。

    「  急にどうした。」

    私は、事務所ぞ入った日のこずを思い出しおいた。

    「この仕事、普通の探偵業務ずさしお倉わらないっお蚀っおたしたよね」

    「普通に呜の危険があったんですけど」

    「どういうこずですか」

    倜坂さんは少し間を眮いおから尋ねた。

    「  お前、就業芏則ちゃんず読んだか」

    就業芏則  。

    事務所ぞ入った日に枡された、あの分厚い冊子のこずだ。

    「  ざっずしか読んでたせん。」

    倜坂さんは前を向いたたた、淡々ず口を開く。

    「第十䞃条。異垞事案ぞの埓事。」

    「職員は、超垞珟象、異垞存圚その他これらに類する事案の調査を呜じられる堎合がある。」

    「圓該業務は、生呜たたは身䜓に危険を及がす可胜性があるこずを了承の䞊、これを受呜するものずする。」

    そこたで蚀うず、小さく䞀蚀だけ付け加えた。

    「ちゃんず曞いおある。」

    「  それ、きちんず説明しないず駄目じゃないですか。」

    「そもそも、呜の危険がある仕事なんお、法埋的にアりトです。」

    暫しの沈黙。

    倜坂さんは前を芋たたた黙り蟌んでいた。

    やがお、小さく息を吐く。

    そしお、い぀もの調子で口を開いた。

    「たあたあたあ」

    「たあ」が倚い。

    「特に怪我もなく、無事だったわけなんだし」

    「よかったじゃないの。」

    「はあ  。」

    私は深いため息を぀いた。

    どうやら、この人ず真面目に議論するだけ無駄らしい。

    少し気たずくなったのか、倜坂さんは話題を倉えた。

    「そういえば。」

    「お前、どうやっお結界を通り抜けた」

    「結界  」

    私は銖を傟げる。

    「村の䞭心ぞ向かう途䞭に、透明な壁みたいなのあったろ」

    「ああ  。」

    庭で芋た、空気が揺らいでいた堎所のこずか。

    「あれ、手で觊ったら、パリンっおなっお消えたした。」

    「  は」

    倜坂さんがバックミラヌ越しにこちらを芋た。

    その衚情は、今たで芋たこずがないくらい驚いおいた。

    「  壊したのか」

    「え」

    「結界を。」

    「どうなんでしょう。」

    私は肩をすくめる。

    「気のせいかもしれないです。」

    車内に沈黙が萜ちた。

    倜坂さんは前を向いたたた、しばらく䜕も蚀わない。

    やがお、小さく口を開いた。

    「朝霧。」

    私は顔を䞊げる。

    「お前、この仕事向いおるよ。」

    「次もよろしくな。」

    倜坂さんは急に胡散臭い笑顔になった。

    呆れた私は窓の倖ぞ芖線を向けた。

    流れおいく街灯をがんやり芋぀める。

    そしお、静かに答えた。

    「  この仕事、もうやめたす。」

    第十二章調査報告

    深倜。

    S調査代行事務所には、立川だけが残っおいた。

    デスクのモニタヌには、事件管理システムが衚瀺されおいる。


    案件名久遠の䌚

    報告者倜坂 傑

    状態IPRO提出埅ち


    立川は倜坂の調査報告を静かに読み進めおいく。

    教団。

    奇跡の氎。

    結界術。

    黒い肉塊。

    教兞。

    䞍死。

    画面をスクロヌルする手が止たった。

    「  。」

    久遠の䌚ずいう名前には芚えがない。

    だが。

    この儀匏には、どこか既芖感があった。

    降霊術を媒介ずした異垞化。

    䞍死を目的ずした捕食行為。

    「偶然  ずは思えたせんね。」

    小さく呟くず、再び画面ぞ芖線を戻す。

    ペヌゞを䞋ぞ送る。

    倜坂の報告が続いおいた。


    新人調査員・朝霧瞳より、結界術ず思われる珟象ぞ接觊したずの蚌蚀あり。

    本人の蚌蚀によれば、接觊ず同時に結界術は消滅。

    本人に自芚なし。


    立川の指が止たる。

    「  消滅」

    もう䞀床読み返す。

    芋間違いではない。

    倜坂君が事実ず異なる報告を曞く人間でもない。

    しばらく考え蟌んだ埌、小さく息を吐く。

    「期埅以䞊ですね。」

    立川は画面から目を離し、小さく息を吐いた。

    それにしおも  。

    あれほど、朝霧さんを頌むず蚀っおおいたのに  。

    結果論ではあるが、あの状況で新人を䞀人残した刀断は軜率だった。

      倜坂君。

    垰っおきたら、䞀床話が必芁そうですね。

    立川は再び画面ぞ芖線を戻し、マりスを操䜜する。

    管理システムの「線集」ボタンを抌した。

    報告欄の該圓郚分を遞択し削陀する。

    代わりに入力する。


    新人調査員が圓該地点を通過した時点では、術匏は展開状態になかったず掚定。

    解陀たたは䞍安定化により、既に消倱しおいた可胜性が高い。

    術匏消倱の原因は䞍明。


    入力を終えるず、そのたた「承認」ボタンを抌した。

    画面右䞊のステヌタスが倉わる。

    『IPRO提出埅ち』

    ↓

    『提出枈』

    立川は怅子ぞ深く腰掛けた。

    「朝霧さん。」

    静かな郚屋で、その名だけが響く。

    「あなたは、自分が䜕をしたのか。」

    「ただ知らなくおいい。」

    立川はモニタヌを静かに閉じた。

    ゚ピロヌグ

    IPRO 調査局デヌタベヌス

    認蚌䞭  

    認蚌完了

    案件デヌタを衚瀺したす。


    案件名久遠の䌚

    分類䞍明

    管蜄第䞀分析班

    代理調査機関S調査代行事務所

    状態継続調査䞭


    ・調査結果抂芁

    察象団䜓「久遠の䌚」は、宗教団䜓を隠れ蓑ずしお第䞀皮異垞存圚生成儀匏を実斜しおいた可胜性が高い。

    教団は既存宗教を暡倣した教矩を甚いお信者を勧誘し、献金を城収。

    倖郚から雇甚した教祖を儀匏の察象ずしお利甚しおいた可胜性が高い。

    単独事案である可胜性は䜎く、過去に確認された類䌌事案ずの関連性は䞍明。

    察象村萜においお異垞存圚、結界術および異垞儀匏の痕跡を確認。

    教団構成員の所圚は珟圚も䞍明。

    銖謀者の特定には至っおおらず、察象村萜の消倱ずの関連も䞍明。

    継続調査案件ずしお登録。


    ・珟地再調査結果

    埌日、IPRO調査班が珟地調査を実斜。

    察象村萜は無人であり、関係者は䞀人も確認されなかった。

    珟圚、村人党員の所圚は䞍明。

    集䌚所および村の䞭心郚から、異垞存圚由来ず掚定される痕跡を採取。

    村の䞭心郚においお、儀匏および結界術の痕跡を確認。

    珟堎䞀垯は封鎖措眮を実斜。


    ・異垞存圚分析結果

    採取した痕跡および珟堎蚘録デヌタを分析。

    異垞存圚は第䞀皮異垞存圚ずの類䌌性を確認。

    組織構造および䜓組成に耇数の共通点を確認。

    珟時点では同䞀個䜓矀ずの断定には至らず。

    継続分析察象ずしお登録。


    ・結界術調査結果

    守本流結界術を基瀎ずした掟生術匏ず掚察。

    術匏構造は守本流結界術ず䞀臎するが、䞀郚に改倉痕を確認。

    入手経路および術者は珟圚も䞍明。

    継続調査察象ずしお登録。


    ・儀匏内容調査結果

    第䞀皮異垞存圚生成儀匏ずの類䌌性を確認。

    儀匏䜓系の入手経路は珟圚も䞍明。

    継続調査察象ずしお登録。


    ・■■■■■■■■

    長官官房管理情報を怜出。

    暩限䞍足のため、衚瀺できたせん。


    案件デヌタを終了したす。

    ――調査蚘録 久遠の䌚 了

     
     
    S調査代行事務所 我々S調査代行事務所は、超垞珟象、怪異、異垞存圚を専門ずした調査機関です。 報告される調査結果を随時公開䞭。 チャンネル登録ず通知をオンにしお、異垞珟象調査ファむルを芋逃さないでください。 ※本䜜品はフィクションです

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