
『プラダを着た悪魔2』は、悪魔が老いた映画ではない。悪魔が赦されていく映画だった
20年ぶりに帰ってきた『プラダを着た悪魔2』を観終えたあと、私はすぐに「面白かった」と言えなかった。
もちろん退屈ではない。
映像は華やかだし、ニューヨークとミラノの街並みはため息が出るほど美しい。
アンディもエミリーも相変わらず服が素晴らしい。
レディー・ガガやマーク・ジェイコブスのカメオも楽しい。
ナイジェルが出てくればそれだけで画面は締まる。
目で見ている間は、十分に贅沢な映画だ。
それなのに、観終わったあと胸に残るのは高揚感ではなく、妙な引っかかりだった。

何かが違う。
何かが足りない。
けれどその違和感は、単純に「前作の方が面白かった」で済ませられるものでもなかった。
少し時間を置いてようやくわかった。
この映画は、悪魔が老いた映画なのではない。
悪魔が赦されていく映画なのだ。
ここから先は、
なぜ私が『プラダを着た悪魔2』にこれほど居心地の悪さを覚えたのかを、もう少し深く書いていきたい。