
決意表明、一年後の自分へ
今日は一日中、母を想って泣きじゃくっていた。まるで小さな赤子かのように。
以下、Xで呟いたことの再編集です。
調べたら、母の死でこんなふうに毎日が憂鬱で泣きじゃくって情緒不安定になるのは、「おかしなこと」でもなく「誰にだって起こる反応」だから、今はその気持ちを大事にするべきだって、ネットが言っていた。
長いと1年はこんなふうに情緒不安定らしい。
それは困るけど、だんだんと受け入れていく、今はまだその段階。
私のなかで母は一番の愛着対象だったし、亡くなる前もずーーーーっと母に頼りきりだったし、当然っちゃ当然なのよ。
今は誰とも会いたくない気持ちも正しいし、毎日電車や休み時間に泣いてるのもおかしなことじゃないし、仕事に行けないのも仕方のないこと。
それで自分を傷つけたり責めたりするのは違う。
母が居ないのは誰のせいでもない。運命だった、たまたまそうだった。
私は弱くて脆くてどうしようもない人間だけど、これを機に成長しなくちゃいけない。
妹には完璧主義すぎるよって言われたよ。
でもね、母のことは乗り越えるって決めた。私がんばる。成長する!
母がどんどん弱っていって、日にちと曜日の感覚が無くなって、LINEの返信ができなくなって、お見舞いに行っても寝てるだけ、まともに会話ができない、死ぬ直前の苦しんでいる母の姿、もうね、全部が当たり前につらいのよ。分かってたことなのに。分かってたのに。
ころたは自分をころしたいよ。
でも同じように人を悲しませてしまうのなら、そんなことできない。
生きるしかない。
自分がこんなにも母のこと好きだって知らなかった。
毎日遺影に大好きだよって呟いてる。いい加減うざがられてるかもね笑
母の最後のメッセージ、「彼と仲良くね」って言葉、大事にしようと思った。もしかしたら大喧嘩して別れちゃうかもしれないし、病弱な彼はすぐに居なくなってしまうかもしれないけど、母が私の幸せを望むなら、そのとおりに、私も彼を幸せにしたい。ここだけの話だよ
そのためには自分の情緒を安定させなければね。自分に厳しくしても逆効果だと思うから、自分ができたことはとことん褒める!
妹の言葉の受け売りだけどね。自分を褒める。自分を大事にする。自分を傷つけない。当たり前なのにできてないから、まずはそこをとことんやる。
これらを書いてて再び泣いてしまった私だけど、着実に、一歩ずつ成長してる。だから大丈夫。
お母さん、見ててね。
私、ちゃんと生きるから。お空から、または私の部屋の写真と小さな骨壺から、そっと眺めていてね。
統合失調症もパニック障害も解離も、全部治るわけないけど、今感じている母がいない喪失感、悲しみ、寂しさは、埋められる手立てがきっとある。
このnoteの記事は、主に自分へのタイムカプセルだなぁ。
一年後の私が、大成長を遂げて、元気に笑っていられるように。
母がいなくても、母の大事にしていたものや考えを大事にできるように。
私は強くなりたい。
完璧じゃなくても。
応援よろしくね、お母さん。大好き。