社労士小説_国民年金法_「『寄託』と『預託』、どっち?」――積立金・基礎年金番号・未納確認を一本につなぐ午後
午後2時半、市役所の保険年金課。
窓口が少し落ち着いたころ、新城健太が四枚の付箋を机に並べた。
一枚目は「寄託」。
二枚目は「預託」。
三枚目は「基礎年金番号」。
四枚目は「保険料納付確認団体」。
「……これ、本当に同じ単元なんですか?」
年金事務所から研修で来ていた新城が、心底困った顔をした。
向かいに座る神条麗子は、付箋を見てすぐに笑った。
「同じ単元。むしろ、一本につなげた方が覚えやすい」
佐藤勝がコーヒーのふたを閉める。
「今日のテーマは、年金を“払う話”じゃない。国民年金という大きな仕組みを、裏側でどう安定して回すかだ」
「裏側?」
「そう。お金をどう守る。手続をどう支える。番号をどう扱う。未納をどう確認する。その四本だ」
新城は四枚の付箋を見直した。
「なるほど。バラバラじゃなくて、全部“制度を回すためのルール”なんですね」
神条が赤ペンを取った。
「じゃあ、最初は一番ひっかけやすい『寄託』と『預託』から」
# 1 積立金は「儲けるため」ではなく、制度を安定させるため
新城が最初の付箋を持ち上げる。
「そもそも国民年金の積立金って、運用でできるだけ利益を出すのが目的ですよね?」
神条は即座に首を振った。
「その言い方だと試験では危ない。“利益最大化”が法律上の目的じゃない」
国民年金法75条は、積立金が被保険者から徴収された保険料の一部であり、将来の給付の貴重な財源であることに特に留意するよう求めています。
そのうえで、運用は専ら国民年金の被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行い、将来にわたって国民年金事業の運営の安定に資することを目的とします。
佐藤がホワイトボードに五つ並べた。
「保険料の一部」
「将来給付の貴重な財源」
「被保険者の利益」
「長期的な観点」
「安全かつ効率的」
最後に大きく、
「国民年金事業の運営の安定」
と書いた。
「この流れを一つの文章として覚える。『積立金だから運用益を稼ぐ』だけでは足りない」
新城がうなずく。
「被保険者から集めたお金だから、誰のために、どんな目線で運用するかまで条文に入っているんですね」
「そう。短期の値動きだけを見る制度じゃない。長期で、制度全体を支えるための資金だ」
# 2 GPIFには「寄託」、財政融資資金には「預託」
神条が二枚のカードを新城の前に置いた。
「ここは選択式で文字を入れ替えられたら終わり。必ず分ける」
国民年金法76条では、積立金の運用は、厚生労働大臣が年金積立金管理運用独立行政法人、いわゆるGPIFに積立金を「寄託」することにより行うとされています。
一方、厚生労働大臣は、GPIFへの寄託をするまでの間、財政融資資金に積立金を「預託」することができます。
新城が声に出した。
「GPIFに寄託。財政融資資金に預託」
「もう一回」
「GPIFに寄託。財政融資資金に預託」
佐藤が笑う。
「そこは理屈をこねすぎず、組合せまで固定した方が強い」
新城がノートに矢印を書く。
GPIF → 寄託
財政融資資金 → 預託
「“できる”なのは財政融資資金への預託ですね」
「そう。76条2項は、GPIFへ寄託するまでの間に預託することができる、という位置づけだ」
神条が一言足した。
「『寄託』と『預託』は一文字違い。でも社労士試験では、その一文字が一点になる」
新城は苦笑いした。
「今の自分には、その一点が重いです」
「だから拾うの」
神条は何でもないことのように言った。
# 3 国民年金事業は「給付と徴収」だけでは回らない
佐藤が三枚目の紙を出した。
「次は国民年金法74条。ここを見ると、政府が年金事業を回すために何をするのかが見える」
政府は、国民年金事業を円滑に実施するため、国民年金に関して、教育や広報を行うことができます。
また、被保険者や受給権者などに対して、相談その他の援助を行うことができます。
さらに、手続に関する情報その他の利便の向上に資する情報を提供することもできます。
新城が指を折る。
「教育・広報。相談・援助。手続や利便向上の情報提供」
「その三つ」
神条が続ける。
「でも、そこだけ覚えると半分。2項と3項もある」
国民年金事業に必要な事務を円滑に処理し、被保険者等の利便を高めるため、政府は電子情報処理組織の運用を行います。
そして、これらの事業や電子情報処理組織の運用の「全部又は一部」を、日本年金機構に行わせることができます。
新城がすぐ反応した。
「“一部”だけじゃなくて、“全部又は一部”」
「そう。そこも語尾と範囲が狙われる」
佐藤がまとめる。
「年金行政は、保険料を集めて年金を振り込むだけじゃない。制度を知ってもらう。相談に乗る。手続情報を届ける。電子処理で事務を回す。そういう土台まで含めて国民年金事業なんだ」
# 4 基礎年金番号は「便利だから聞いていい」番号ではない
そのとき、窓口の奥で職員が書類を確認する声がした。
新城が四枚目とは別のメモを取り出す。
「基礎年金番号って、本人確認に便利ですよね。行政機関なら必要そうな場面で聞いてもいいんですか?」
神条の表情が少し引き締まった。
「“便利だから”ではダメ。利用できる範囲がある」
国民年金法108条の4などでは、市町村長は、政府管掌年金事業の運営に関する事務またはそれに関連する事務を遂行するために必要な場合を除き、基礎年金番号の告知を求めてはならないとされています。
厚生労働大臣と日本年金機構についても、同じように、年金事業の運営または関連事務の遂行に必要な場合を除き、基礎年金番号の告知を求めることはできません。
新城が少し考える。
「つまり、番号を知っていると便利かどうかじゃなくて、年金事業や関連事務に必要かどうか」
「その通り」
神条は窓口の書類を指した。
「市役所でも、情報は“持っているから使う”じゃない。“その事務に必要だから使う”。試験でも実務でも、その線引きは大事」
佐藤が付け加える。
「基礎年金番号は、年金記録をつなぐ重要な番号だ。だからこそ、使い道に歯止めがあると理解すると覚えやすい」
新城はノートに書いた。
必要な年金事務 → 告知を求める場面あり
関係のない事務 → 原則として求めない
「“何人に対しても”という強い書き方も意識しておきます」
「いいところを見てる」
神条がうなずいた。
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