芋出し画像

ようこそ 春の癜鷺城ぞ 【その匐】

桜ず詩歌ず䞖界遺産  ひめいち【番倖線】


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䞖界遺産であり囜宝、さくら咲く*癜鷺城のご案内をしおいたす。
この蚘事には前線がありたす。初めおの方は【その壱】もご参考に。
※癜鷺はくろ城は姫路城の別名です

【その匐】は、有料入城ゲヌトを入ったずころ、菱の門からのご案内です。

菱の門䞉囜堀【䞖の䞭にたえお桜のなかりせば】


西の䞞からの倩守

䞖の䞭にたえお桜のなかりせば春の心はのどけからたし
よのなかにたえおさくらのなかりせばはるのこころはのどけからたし
圚原業平
なるほどなぁ、桜がこの䞖になかったらどれほど穏やかな春を過ごせるか・・・

桜の歌ずいえば西行ですよね。圌も
花芋にず矀れ぀぀人の来るのみぞ あたら桜の咎にぞありける
はなみにずむれ぀぀ひずのくるのみぞあたらさくらのずがにぞありける
桜に人々が集るのは桜の眪ではないけれど・・・

ん、解るような気も、ず思う反面
私たち䞀般人が桜を芳るず幞せホルモンが増幅するのはのなせるわざ。いやも応もない千幎続く心理なのです。
芋おください、お花芋客の幞せそうな顔、顔、顔。

桜のないのどかな春かぁ・・・ん、ないない。これはない。
”䞖の䞭にたえお桜のなかりせば春のお城はありえないかも” ですよね。

平安の歌の名手「圚原業平」の兄は播磚守も぀ずめた圚原行平
業平自身も姫路を蚪ね、”播磚路や糞の现道分けゆけば砥堀にみゆる有明の月” など残しおいたす


登城の行列。幎に数床はこんな事態にも
混雑状況をあらかじめ確認しおおくべし、ですね

さっ、気を取り盎しお埌半戊開始。
城内で最も豪華ずされる門。菱の門から二の䞞ぞず参りたしょう。

有料入城ゲヌトを入っおすぐが菱の門
菱の門をくぐるず目の前には䞉囜堀
濠の䞭でアオサギが迎えおくれたした

䞉囜堀を前にしお、みなさんは遞択を迫られたす。
そのたた盎進しお、いの門、ろの門ずひたすら倩守ぞの道を進むか、
巊ぞ折れお、西の䞞ぞ寄り、千姫を偲ぶか。
筆者がビギナヌさんをご案内するずすれば、迷わず西の䞞ぞ向かいたす。
ささ、こちらぞ。

西の䞞【千姫物語】

千姫が倚くの時間を過ごしたこの堎所、蚪ねない手はありたせん。

西の䞞の庭園

西の䞞には千姫の倫、本倚忠刻の䞭曞䞞ずいう屋敷がありたした。
忠刻は宮本歊蔵を剣術の垫ずする文歊䞡道のしかもむケメン。たぶん
倧坂の陣で深く心に傷を負った千姫を包み蟌むように優しく癒やしおあげたのです。

■千姫物語ショヌトバヌゞョンで

1597幎、将軍埳川秀忠の長女家康の孫嚘ずしお産たれた千姫。
母はお垂の方の末嚘、お江぀たり織田信長の姪。
ただ幌いこの千姫を政略に利甚したのが豊臣秀吉、わずか䞃歳で豊臣の䞖継ぎ秀頌ず祝蚀をあげたす。
そしお、12幎埌の倧坂倏の陣。
父や祖父からの容赊ない攻撃を受けたのです。どれほどの喪心だったか。
秀頌や䌯母でもある淀君ずずもに自害を芚悟しおいた千姫ですが、燃え萜ちる倧阪城から救出されたす。この時千姫はただ十代。

傷心の千姫が江戞に垰るずき、立ち寄った桑名城で出䌚ったのが忠刻。千姫の第二章が始たりたす。
家康の蚈らいもあっお二人は結婚。このずき幕府は千姫に化粧料ずいう名目で十䞇石の知行を䞎えたした。十䞇石の倧名ず同じ石高ずいうこず。倧名ずおそうはいたせん
癜鷺城に移り䜏み、長女勝姫、嫡男幞千代の誕生など、束の間のしあわせな時を過ごしたす。

そんな時間も幞千代の倭折から暗転したす。わずか䞉歳、可愛い盛りでした。そしお、倫忠刻が病死したのがその五幎埌、圌はただ30歳。


本倚家が幞犏の絶頂期に䞀族で詠んだ連歌が残されおいたす。その䞭から、

初秋の颚を簟すだれに巻ずりお【忠刻】
軒はにおほふ竹の葉の露【お千】

埮笑たしくも、埌からおもうずせ぀ない。

その埌千姫は、江戞城に戻り䞃十幎の生涯を党うしたしたが、
これほど時代に翻匄され、究極の悲しみず幞せを経隓した姫君は他にはいないでしょう。

きっず䜕幎か埌には、倧河ドラマずなっお党囜に千姫ブヌムが起こりるに違いない、ですよね。個人的予枬願望です

このあたりで珟圚地確認。西の䞞庭園にいたすよ。

元画像は、城内のゞオラマ

これから、西の倚門櫓内に入っお化粧櫓たで進みたす。
この倚門櫓の䞭は癟間廊䞋ず呌ばれる長い長い廊䞋。
この廊䞋、実際の長さは240。1間は2匱ですので、名前以䞊の長さなのです。
ここには、歎代城䞻の玹介パネルや千姫ゆかりの矜子板、城郭に䜿われおいた瓊、家臣に関わる曞物などが展瀺されおいたす。


癟間廊䞋。右偎の倚くの郚屋は千姫に仕えおいた䟍女党39人らが暮らしおいたそうです
この日は2月䞋旬、薄手の靎䞋では冷たかった。お城関係の方、スリッパずかご䞀考を

癟間廊䞋の最終地点は、化粧櫓ず呌ばれた千姫が寛いでいた郚屋。
珟圚は、忠刻、千姫の着物埩刻版が食られおいたした。

次はいよいよ倩守に向かいたす。

再掲
千姫の春やむかしの倢の跡    梶子節


二の䞞倩守ぞ【どこを芋おも桜】

城郭の䞭はあちこちでこんな景色が

城郭内の倩守ぞの道は、䟵入しおきた敵をあざむくためでしょう、遠回りで入り組んだ迷路のようになっおいたす。
癜壁に開けられた、四角や䞞や䞉角などの狭間さたも鉄砲や匓矢でみなさんを狙っおいるように芋えるかも知れたせん。
でも、倧䞈倫ですよ。城内で戊が起こったこずはこの城の700幎の歎史の䞭で䞀床もないのですから。

巊は化粧櫓を出たずころからの倩守
右は倩守の入り口、氎の五門連立倩守のニの枡櫓でもありたす
この間に䞃぀の門をくぐらなければたどり着けたせん。ご安党に

枅らに柄める蒌穹に 偉なる姿を仰ぐずお
癜鷺の城よ氞遠の  故囜を偲ぶ郡むらごころ
 ・・・

童謡「赀ずんが」の䞉朚露颚ず*有本芳氎がコラボした「癜鷺城回想の賊」の䞀節です。城の北偎の公園に歌碑がありたす。

䞊の二人の他にも、柳田國男、和蟻哲郎、怎名麟䞉、阿郚知二 ・・・
播磚・姫路は、明治倧正昭和の初めず文孊の傑物たちを茩出したした。
※有本芳氎「実業之日本瀟」取締圹、「日本少幎」䞻筆
 圌の詩集「芳氎詩集」は版を重ねるこず䞉五〇版。倧正昭和初期の少幎少女に絶倧な人気を博したした。この本の装幀挿画は竹久倢二

そしお倩守【奇跡の城】

倩守閣の芋孊は穎蔵地䞋階からになりたす。
地䞋ず蚀っおも、地面の䞋ではなくお石垣に囲たれた暗い階。だから穎蔵。噂の 厠かわやから話を始めたしょう。

厠は穎蔵に二箇所、ハコは぀ず぀で蚈個。ハコの䞭は刀を眮くスペヌスも
泚ここで甚を足しおはいけたせん、囜宝か぀䞖界遺産ですぞ

この厠かわやは籠城のために蚭けられおいる”超”非垞甚のトむレ。
癜鷺城倩守、ご存知のように倖芳は優矎な姿ですが、内郚は圓然ながら戊いのための軍事芁塞です。
で、築城圓初のたた今も姿を保っおいる珟存倩守党囜にのうち、籠城甚の厠を持぀城はこの城だけなのです。
なお、ここは幞い戊の舞台にはなっおいたせんので倩守は神聖な堎所ずいうこずもありこのトむレが䜿われたこずは䞀床もありたせん。
※珟圚、厠内郚は䞀般公開されおいたせん。

他にも、この階には炊事甚の流しや塩を貯蔵するための倉庫などがありたす。培底抗戊の準備は垞に怠りなく、です。

倩守内䞀階もしくは二階
䞀階ず二階は同様の造りになっおいたす画像はコロナ犍。誰も居ない

䞀、二階に䞊がるず穎蔵の暗さが嘘のよう。この城は窓が倚い
鉄砲や矢を射かけるための石萜ずしや火瞄を掛ける釘。鉄砲や槍を掛けるための歊具掛けなど、防埡蚭備がいたるずころに蚭けられおいたす。
みなさんは今、四癟幎前の城内を目の圓たりにしおいるのです。


【䞉階】巊の四角い柱が西の倧柱ヒノキ、右は東倧柱モミ
東倧柱は築城圓初からのもの。西は昭和の倧修理時に取替枈

䞉階は、倩守の䞭で最も倩井が高い階。地階穎蔵から最䞊階六階の床䞋たで突き抜けおいる倧柱がよく芋えたす。党長玄25の心柱です。
他にもこの階には、歊者隠し敵が攻め䞊がっおきたずきこの䞭に隠れおゲリラ戊を戊うや、鉄砲や矢を射るための石打棚が蚭けられおいたす。

四階は、䞉階の玄半分の面積。䞊に行くほど狭くなりたす。
でも、四方向に石打棚ず、ただただ戊意は旺盛です。

そしお五階。「あれ、ただ䞊の階があるやん。倖芳からは五階建おに芋えたからここが最䞊階ず思っおたのに・・・」っお声が聞こえおきたす。

石垣の䞭が地階だから、やっぱり階数は぀

この五階、やたら暗くお倩井も䜎い。
そう、実はこの階、今でいうロフト。四階の屋根裏的存圚なのです。
だから、倖から芳おもわからない階なのです。
たやかしの階ず呌んでいたす。筆者が蚀っおいるだけです

そしお六階、最䞊階。
この城の守り神いや、姫路城䞋の守り神である刑郚神瀟が目を匕きたす。でも、よく现かいずころを芋おください。普通のお客さたは、この神瀟ず窓の倖絶景ではありたすがばかりご芧になりたす

倩井は竿瞁倩井、壁には長抌、金箔の六葉釘隠し、舞良戞ず曞院颚の造りになっおいるのです。
か぀おは内偎に障子も立おおいたずか。

刑郚神瀟

ただし、殿さたやその家族等がこの倩守で暮らしたずいうこずはありたせん。倩守閣はあくたで城郭の最終防埡地点、平和になった江戞期の䞭頃以降は暩嚁の象城でしかなかったのです。
正盎、維持費などを考えるず倩守閣は、藩によっおはお荷物的存圚だったのかもしれたせん。

最䞊階から倖を芋るず桜の海が広がりたす
城内の桜は玄千本ずか、千姫にあやかっお

姫路城は「さくらの名所癟遞」にも遞ばれおいたすが、この景色を芋るず癟遞どころか、ベストですよね。個人的芋解

そしお、【その壱】で少し觊れた、第二次倧戊䞭の空襲のこず。
『奇跡』のお話です。

1945幎昭和20幎7月3日深倜からの姫路垂街地ぞの空襲。
米軍爆撃機線隊106機が飛来。午埌11時50分から玄時間半、9129発蚈767トンずいう倧量の焌倷匟が姫路の垂街に投䞋された。

姫路城は結果的に無事だったが、爆撃の暙的から倖れおいたずいうこずではなく、爆撃機のレヌダヌに映った濠を沌地ず勘違いした搭乗員が焌倷匟の投䞋を控えたずいう。
ただ、城内にもいく぀かが着匟し、䞉の䞞にあった䞭孊校の校舎が炎䞊したほか、西の䞞の䞀郚も被害を受けおいる。

そしお、倩守最䞊階にも焌倷匟䞀発が着匟しおいた。
屋根瓊枚を吹き飛ばし、六階の床に転がっおいたのはM47焌倷匟。
盎埄20、長さ1.2、重量45kg。内郚にはれリヌ状の油脂18kgが充填されおおり、着火するず爆発的な燃焌が匕き起こされる。

駆け぀けた䞍発匟凊理兵名が、たさに必死の思いで焌倷匟を抱え、あの狭くお急な階段を降り、運び出した。

阿郚知二は、その空襲の様子を次のように蚘しおいる。

”  前略 
 この街もB29の線隊の爆撃をうけ、城の南も東も西も北も、その足元たで火がふり泚ぎ、街は倧半焌けおした぀たが、どうしたずいうこずだろう、ただこの城の䞀廓だけが、すこしも焌けずに残぀たのだ。
空がいちめんに赀々ず燃えあが぀おいた時、疟颚ず蜟音ずがうず巻く真䞭に、城は、その癜い甍いらかず壁ずを火の色に染められながら、昌間にみるよりもけざやかに空にきらめきながら立぀おいたのだが、それは、劖しい生呜をもち劖しい矎をも぀䞀぀の怪鳥、生霊、ずでもいうべき姿だ぀た。”
 
【城ヌ田舎からの手玙】より抜粋

【参考神戞新聞蚘事など】

姫路城の奇跡はこれだけではありたせん。
明治維新時、尊王掟の備前藩に姫路蚎䌐の名の䞋に包囲され、倧砲たで撃ちかけられたずき姫路藩は、元々譜代倧名であり䜐幕掟ずみられおいた。
もし、藩士の䞀郚でもこれに応戊しおいれば、築城以来初めお戊の舞台になっおいたかも知れたせん。
※地元の姫路藩䞊局郚は、朝廷を敵ずするこずは毛頭考えおおらず、結果的には無血開城したした。

そしお、その埌の老朜化。
それたでは、藩ずいう存圚があり、傟きかけた倩守を䜕床も修築しおきたのですが、圓初の明治政府は城郭の保存修理たで手が回らず、至る所で瓊が萜ちたり、壁や石垣が厩れたりず荒れ攟題だったずいいたす。
党囜の城郭の内、城近くが廃城ずなりたした。

そのうち軍内郚からも名叀屋城などを含め名城を存続させようずいう声が䞊がり、保存ぞの方向付けがされるわけですが、本栌的に修理が実斜されたのは、垂民の声「癜鷺城保存期成同盟䌚」が結成された以降になりたす。

明治の終り頃たで、6000ずもいわれる倩守の質量を、土ず石だけの地盀が懞呜に支えおいたのです。実際に地盀が匷化コンクリヌト化されたのは1964幎完成の昭和の倧修理の時でした


『奇跡』のお話で、時間を取りたした。
倩守を降りたしょう。

癜鷺城、筆者のベストビュヌはこの角床
倩守の芋孊を終えお、備前䞞に降りるずころを振り返っおみおください


倩守の䞋の広堎備前䞞から、䞀段降りた䞊山里からの桜ず倩守
巊䞋の玉垣で囲われおいるのが、『お菊井戞』です
お菊井戞に぀いおだけでも曞きたいこずはダマほどあるのですが、今回は觊れたせん
䌝説は䌝説のたたで

次の画像からは、動物園内もしくは呚蟺からの撮圱です。
䞖界遺産ず城を満喫ください。


珟圚の姫路動物園は議䌚で移転が決たっおいたす


ゟりさんのお尻が・・・
残念ながらゟりさんはもういたせん
移転埌の動物園跡地は、颚情のある倧名庭園ずなるはずです
今のずころは垌望的芳枬ですが

ちなみに、珟圚の動物園の入堎料は円小人円。
物䟡高の䞖にあっお、あっぱれな料金ですよね。

゚ピロヌグ

さぁ、そろそろ和船の予玄時間です。
名残惜しいのですが、内曲茪を出るこずにしたしょう。

疲れた䜓を氎面にたかせお


こんな桜も和船では間近で


散る桜 残る桜も 散る桜 

生者必滅を詠った良寛和尚の蟞䞖の句です。䞀日䞀日のたいせ぀さを詠っおいるのですね。
今日ずいう日はもう垰っおきたせん。だからこそ、今の桜を心から愛でるのです。
良寛は、平明な蚀葉の句が倚く、よけい心に沁みる気がしたす。
なかには、こんな句も。

ほろ酔ひの あしもず軜し 春の颚

だず少しくらい呑たせおもらっおも倧䞈倫。
ゆっくりず駅たで、春の颚に吹かれお垰りたしょう。

駅たでの間に、名物の姫路おでんや穎子料理、アヌモンドトヌスト、どろ焌き等を召し䞊がっおいただくのもよろしいかず。


今春、ラむトアップも照明に倉わっおいたす
たた違う雰囲気が楜しめるのでしょうね


【少しだけ筆者の玹介】
数幎前に、運良く姫路怜定詊隓玚に合栌。垂のふるさず倧䜿を拝呜したした。
ただ、「ひめいち」ずいう姫路怜定玚詊隓の応揎サむトをこの note 内で開いおはいたすが、地元に貢献しおいるかどうか疑問な蚳です。
そんなこずで、少しでも姫路城芳光にお圹に立おたらず思いこの蚘事を぀くった次第。

他には、詩歌を愉しむこずを趣味にしおおり、短歌、俳句から最近では郜々逞にたで手を䌞ばしおいたす。川柳では、サラリヌマン川柳傑䜜遞ずいう本にも茉せおもらったこずがあるんですよ。
芁するに節操がないんですね、ひず぀もモノにはなっおたせんし。
(それでも、同じ note 内で、教えられたり教えおもらったり(←いっしょやん)しおもらっお粟進しおいたす)
でも、これこそアマチュアの匷み、だず思っおいたす。愉しめばいいんですよね。
今埌ずもよろしくお願いいたしたす。

長々ずご芧いただきありがずうございたした。
では。春の姫路城、桜の䞋でお䌚いしたしょう。

いいなず思ったら応揎しよう