メインコンテンツへスキップ

真夏の夜のHirošima

    らいとらいとる
    画像
    無名なチェコ人建築家Jが百年以上昔日、Hirošimaで成した洒落た緑のドームは廣島縣の自慢の館だった。無実のHiroshimaを無にせんとしたア呆もゐた。無慈悲な為政者どもが罪の跡。無冠のカープが戴冠した頃にカープ坊やと僕は生まれた。無名な僕は名も無きカープ坊やが好きだ。無駄な時間を潰しにチェコに暮らしたコロナ禍、ヴルタヴァ河の辺に建つ産業貿易省は広島の原爆ドームと瓜二つだった。無論、プラハの街が恋しいけれど、チェコと廣島と自身を結ぶ、名も無き者達のスクランブル交差点が、其の夏の夜は赤るく灯されていた。
     
     
     
    広島カープの黄金期を支えたメガネの助っ人《三番ライト・ライトル》に憧れて育ち、プロ野球選手にはなれなかったものの、ニューヨークを皮切りに、パリとバリ、プラハなど好きな街で暮らし好きなことだけ仕事にして生きて来た自遊業者です⚾️アジア大会はサッカー・フィリピン代表通訳を務めました🇵🇭⚽️

    あなたへのおすすめ