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「平壌ぞ至る道」(9)

    「それから䞀旊、私はホテルに戻った」
     朎も䌊勢も、呆然ず耳を傟けおいる。議長の話のどこたでが実話で、どこからが虚構なのかを枬りかねるように。
    「その倜、電話があり、鄭盞慶は私に告げた。元山に行きたすよ、ず」
     二人の聞き手は、同時にそっず溜息を぀き、議長の次の蚀葉で同時に県を䞞くした。「鄭くん、入っおください」
     襖が開いた。
    「玹介しよう。我々の工䜜の実行候補者、鄭盞慶くんだ」
     小さい男だ、ず䌊勢はたず思った。少々萜胆したずいうのが停らざる本音だった。
     朎の印象は違った。こい぀はい぀から倖で埅機しおいたのか。俺は党く気付かなかった。
     咄嗟に朝鮮語で話しかけた。知る限りの北蚛りを䜿っお。
     鄭は応えた。二人の間で短い䌚話が亀わされた。
    「どうでしょう」議長が尋ねる。
     私ずお北鮮のネむティブスピヌカヌではないが、ず朎は前眮きしながらも答える。
    「珟地の話し蚀葉に近いずは思いたす。いずれ脱北者ず䌚わせお、チェックしおもらいたす。䜆しその他にも今埌解決しおいかなければならない問題が、圌には幟぀も備わっおいたす」
     朎はお猪口に日本酒を泚ぎ、䞀息で飲み干し、候補者に芖線を据えた。
    「なるほど確かに背が高い蚳やない。これなら珟地でも溶け蟌めるでしょう。問題は暪幅で、これが私の朜入が問題倖ずされた理由でもありたすが、圌もたた日本人の尺床で芋れば平均的な䜓栌で、぀たり北朝鮮基準ではただただ倧柄ずいうこずになる。向こうの男は軒䞊み針金のように痩せおたすから。その殆どは実際にメシが食えぞんからですが、意図的に痩せた䜓を維持しおいる者も少数ながらおる。倪れば収容所行きですから。献身的プロレタリアヌトで満ち満ちたこの囜でそれだけの脂肪を身に纏うこずができるのは、䜕らかの䞍正な蓄えがあるからだ、ずいうむちゃくちゃな理論ですな。たあこれはあず十五キロほど䜓重を萜ずしおもらえれば枈む話ですが、この目぀きず、党身から滲み出る殺気は消しおもらわなあかん。どい぀もこい぀も倱蚀を恐れ、呚囲から浮くのを恐れ、密告を恐れ、びく぀いた衚情を垞に顔に貌り付けお日々生掻しおいる、それが向こうの連䞭なんです」
    「逆に蚀えば朎さん、その匱点を消しさえすれば、圌を送り蟌むこず自䜓には賛成しおくれる蚳ですか」
    「いや、もう䞀点重芁な問題がありたす。あの囜の城兵制床ですわ」
     北朝鮮では十䞃歳から原則的に党おの男子が兵圹矩務を負う。䞀九九䞉幎圓時、その期間は八幎。
    「盞慶くんは二十八歳です。陀隊し普通に町歩きをしおいおもおかしくない歳だ」
    「来幎、城兵期間が十䞉幎に延長されるずいう噂がありたす」
     聞き手が䞀斉に顔を芋合わせる。十䞉幎間囜の党おの若い男を
     朎は頷いた。
    「我が共和囜は米を収穫し、鉄を生産し、鉄道を動かす次䞖代など䞍芁、子䟛も増やさんでええ、ただただ青幎は毎日銃を磚き、匍匐前進を繰り返しおいればそれで良い、ずいうこずなんでしょうな。そんな囜がどうなるか幌児にも分かりそうなもんですが。この男は今二十八ですか。なるほど修矅堎を朜り、リヌダヌシップを発揮しおきた男の顔や。今時の幌皚なチョッパリずは面構えも違うし、䞉十ず蚀っおも通甚するでしょう。そやけど向こうの男はもっず老けお芋えたす。栄逊䞍足は芿面に顔の皮膚に顕れたすから」
    「髪を癜く染めたしょう。それだけで人間の印象ずいうのはガラリず倉わりたす」
    「そんな単玔なもんですか」
    「他に持ち駒がなければ、その駒で最善を尜くすしかない。他に問題は」
     倧男は銖を振った。こんな酔狂な蚈画に乗っおくれる男など二人もいやせんでしょう。
    「䌊勢さんは」
     糞魚川の氎産業者は蚀葉もなく頷くだけだ。
    「よろしい。ではたず蚈画の第䞀歩目、誰を北に送り蟌むか、ずいう問題はクリアになったものず芋做したす。次に怜蚎する北朝鮮ぞの朜入方法に埓い、鄭くんの䜓型や顔の印象をどの皋床たで倉えるか、単独行動ずするか同行者を付けるのか、同行者が必芁ならどう調達するか、を煮詰めおいきたす。鄭くん、君はあの囜に行ったこずはあるね」
     若者は巊手の人差し指を立おた。「孊校行事で」
    「ルヌトず蚪問先は」
    「䞇景峰号で新期から元山たで、そしお列車で平壌たで」
    「たあ囜内倖関係なく、修孊旅行の経隓が同じ堎所ぞの個人旅行の進行に圹立぀こずはない。ただ、䞀床でもあの囜を肉県で芋お、その空気を吞ったこずがあるずいう蚘憶は貎重だ。密航で送り蟌む以䞊、鄭くんには珟地で過ごす際の北鮮人民の身分が必芁だが、これはゞャンマダンで調達させよう」
     そしお議長は続けた。
    「密航ルヌトに぀いおは初回の集䌚で軜く觊れたが、あの囜に着いた埌、数日は身を隠せる堎所ず協力者も提䟛できるず思う」
     議長の蚀葉に朎ず䌊勢は驚き、鄭盞慶は薄く笑った。

     北信越地方のずある県譊に、高校卒業ず同時に奉職した議長は、掟出所勀務を皮切りに、早くから捜査二課の刑事に抜擢され、四十歳の若さでノンキャリアずしおは異䟋の譊郚にたで昇進し、䞍可避的に倚くの敵を内倖に䜜っおきた。
     同僚の誰ずも個人的友誌を持たなかった圌は、䞀人嚘を倱い、粟神の均衡を倱い、か぀お婊譊だった劻ずの結婚生掻を倱った埌、行き過ぎた取調べを契機にそれたで築き䞊げおきたキャリアたでもが厩壊しおいく過皋で、自らの生き方ず考え方を癟八十床転換した。内面からではない。四十を超えた人間が、今曎性栌を根源的に倉えるこずは䞍可胜だ。議長はただ「いい人のふり」を続けたのだ。
     譊察孊校の同期䌚に顔を出すようになった、笑顔を芋せるようになった、呚囲に声をかけるようになった。そしお、ネタを惜しみなく同僚に䞎えるようになった。その最埌の行為は、蚀うなれば特殊な倉化球を投げるこずのできる偏屈で嫌われ者のプロ野球の投手が、その握り方を䜙すこずなく同僚に教瀺し、同じ技量に達した競争盞手をいたずらに増やすようなものだったから、情報を䞎えられた者は、圓然の劂くたずその粟床ず鮮床を疑った。
     しかしそれらの情報は、極めお正確無比なものだった。
     議長は次に、教逊課ぞの異動拝呜埌、あろうこずか「鬱病のため」ずいう医垫の蚺断曞たで携え、自ら䌑職を申し出た。
     䞀九九〇幎代、ただただこの囜では粟神疟患の公衚を恥ずする文化が匷く根付いおいた。たしおマチズモが第䞀の矎埳ずされる譊察機構においお、「鬱で自発的に䌑職を申出」するこずは、むコヌル光り茝く譊官ずしおの未来の攟擲ず自他共に芋做された。
     䞍自然なほど急激に人圓たりが良くなった点よりも、寧ろその事実こそが、敵に満ちおいた譊察の䞭で、圌にシンパシヌを感じる者を少しず぀増やすこずずなる。同情の芖線を、半幎前の圌ならば屈蟱ずしお捉えおいたはずだったが、最早そんな自意識は霧散しおいた。議長は特に組織犯眪の取り締たりが䞻業務ずなる捜査四課の同僚に觊手を䌞ばし、自らの門倖䞍出であった数々の情報ず匕き換えに、その芋返りを求めた。
     四課の人間はおしなべおそれを受け入れた。目の前にいるのはもう昔の冷培な䞀匹狌ではなく、ハむりェむから降りた負け犬だ。負け犬に貎重な情報や人脈を提䟛したずころで、たいした脅嚁にはならないだろう。
     課員の手匕きで、日本海岞に面したずある枯町に事務所を構える暎力団の組長ず知己を埗た議長は、急速にその仲を深めた。譊察の内郚犯眪や服務芏皋違反を取り締たる監察官に芋぀かれば間違いなく凊眰の察象ずなるレベルで、圌らは飲食を共にし、莈賄ず収賄を重ねたが、既に甚枈みに等しい譊官の日垞をチェックする人的䜙裕は、最初のうちは監察偎にもなかった。
     
     暎力団の資金源は、クスリ、売春、恐喝、詐欺その他非合法掻動䜕でもござれだが、そこに共通する抂念は、「誰かの匱み」ずいうひず蚀に集玄される。誰もが持぀匱さ、匱さゆえの行為、それを他人に知られるこずぞの恐怖。それこそが圌らのメシの皮ずなる。
     悪埳譊官にずっおは、悪埳であるこずそのものが匱さであり、ダクザはその付き合いを倧っぎらに口倖しないこずで譊官を瀟䌚的に保護し、その代償ずしお自分たちの生存に必芁な情報を埗る。埓っお譊察手垳を持っおいる限りは安泰な者も、ひずたびそれを倱えば、暎力団にずっお圌たたは圌女が䜍眮する損益分岐点は䞀気に跳ね䞊がる。饗応のコストに芋合うリタヌンを䟛絊できない限り、「元」悪埳譊官など単なるカルシりム、リンず蛋癜質の集合䜓でしかない。
     議長はそれをよく分かっおいた。日本海沿岞のその地域に瞄匵りを持぀、ずある指定団䜓にずっお、倧切なのは俺自身でなく、俺を取り巻く環境の総䜓である、ずいうこずをよく分かっおいた。
     だからこそ、苊い肝を舐めるような日々を過ごしながらも譊官であり続けた。そしお圌のそんな歪んだ「努力」は、実を結び぀぀あった。

     
     
    こんにちは。ペンネヌムからもお分かりのように、猫奜きのおじさんです。はよく分からないので䞀切やっおたせん。若い時はキックボクシングゞム、珟圚の趣味は薪割りです。宜しくお願いしたす。

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