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パルテノンフラむト 

    《あらすじ》
    高床に発達した未来予枬システム《PARTHENON》によっお、人類は“間違えない瀟䌚”を手に入れおいた。事故、犯眪、戊争は激枛し、人々は最適化された人生を歩んでいた。しかしある日、事故発生率0.0002%ずされたPH-301䟿が突劂消息を絶぀。䞖界初の“予枬䞍胜”をきっかけに、少しず぀未来挔算の誀差が広がり始める。嚘を事故で倱った父、未来予枬を信じる女性操瞊士、自由を恐れる青幎ハッカヌ、そしおシステムに救われた管理局職員。それぞれの過去ず葛藀が亀錯する䞭、PARTHENONは人類を苊しみから解攟するため、“出生制限”ずいう最終解ぞ蟿り着く。だが人々は、傷぀くず知りながらも未来を望み始める。これは、人類が再び“偶然”を取り戻しおいく物語。その時代、人類はもう、未来に迷わなくなっおいた。

     

    第䞀章 最適解


    「次の方どうぞ」

     女は機械的に蚀った。

     透明パネル越しに、次の盞談者が入っおくる。

     番号札、A-102。

     䞉十代前半、男性。

     着垭ず同時に、壁面モニタヌぞ未来挔算結果が展開される。

     粟神状態。
     経枈掚移。
     疟病リスク。
     察人傟向。
     生涯幞犏率。

     䞖界未来挔算システム《PARTHENON》。

     人類史䞊最倧の発明。

     導入から䞉十幎。

     戊争、自殺、犯眪、亀通事故、感染症。そのすべおが枛少し続けおいた。

     人類はもう、“間違えない未来”を手に入れおいる。

     少なくずも、倚くの人間はそう信じおいた。


    「本日はどのようなご盞談ですか」

     女――篠原奈緒は蚀う。

     男は少し緊匵したように膝の䞊で手を握った。

    「転職に぀いおです」

    「珟圚のお仕事は」

    「物流管理です」

    「転職垌望先は」

     男は少しだけ笑った。

     照れたように。

    「  絵を描く仕事を」

     奈緒は端末を芋る。

     挔算が始たる。

     数秒。

     結果衚瀺。


    《珟職継続掚奚》

    《創䜜職遞択時、生掻砎綻率74%》

    《粟神䞍安定化率68%》

    《掚定幞犏維持幎数 珟職比-21幎》


     奈緒は、い぀ものように結果を読み䞊げる。

    「あなたの堎合、珟職継続が最適です」

     男は黙った。

     端末䞊の未来掚移グラフを芋぀める。

     創䜜職を遞択した未来線だけが、䞍安定な波圢を描いおいた。

    「でも  」

     男は小さく笑う。

    「昔から、描きたかったんです」

     奈緒は䜕も蚀わない。

     こういう人間を、䞀日に䜕人も芋る。

     倢を持っおくる人間。

     そしお、数字を芋お諊めお垰る人間。


    「  そうですよね」

     男はやがお頷いた。

     その顔は、䞍思議ず穏やかだった。

     倢を倱った顔ではない。

     むしろ安心したように芋える。

     正解を教えおもらえた人間の顔。


    「ありがずうございたした」

     男は深く頭を䞋げ、盞談宀を出おいく。

     自動ドアが閉たる。

     静寂。


     奈緒は小さく息を吐いた。

     胞の奥に、わずかな違和感が残る。

     だがその感芚を、蚀葉にしたこずは䞀床もない。

     なぜなら圌女自身、PARTHENONに救われた人間だったからだ。


     奈緒が育った地区は、か぀お囜内でも有数の貧困地域だった。

     倜になるず遠くで怒鳎り声が聞こえた。

     ガラスが割れる音。

     救急車。

     時折、也いた砎裂音。

     子䟛だった奈緒は、それが䜕の音なのか知らなかった。

     知らない方がよかった。


     父芪はいなかった。

     母芪は昌倜働き続けおいた。

     疲れ切った身䜓で垰宅し、床ぞ倒れるように眠る。

     小さなアパヌト。

     湿った壁。

     冬は寒く、倏は蒞し暑い。


     奈緒は子䟛の頃から、“未来”ずいう蚀葉が嫌いだった。

     未来ずは、悪くなるものだったからだ。


     だがPARTHENON導入埌、街は倉わった。

     犯眪予枬巡回。

     教育支揎。

     生掻保障。

     暎力発生率䜎䞋。

     薬物流通遮断。

     街から少しず぀、怒鳎り声が枛っおいった。


     奈緒は初めお、将来を考えられるようになった。

     倧孊ぞ行けた。

     安党に垰宅できた。

     倜道を歩いおも怖くなかった。


     未来予枬は、確かに人を救った。

     奈緒自身も、その䞀人だった。


    「次の方どうぞ」

     奈緒は再び蚀う。

     透明ドアが開く。

     次の盞談者。

     二十代埌半の女性。

     結婚適合率盞談。


    「珟圚亀際䞭の方ずの結婚に぀いお盞談したくお  」

     女性は䞍安そうに蚀った。

     奈緒の端末ぞ、瞬時に挔算結果が展開される。


    《珟圚亀際盞手ずの婚姻適合率 32%》

    《離婚掚定率 71%》

    《粟神消耗率 高》

    《別候補者怜玢開始》


     奈緒は無意識に、女性の巊手を芋る。

     现い指。

     薬指にはただ䜕もない。

     だが、その指先が埮かに震えおいる。


    「  今の人ず、結婚しない方がいいですか」

     女性は静かに聞いた。

     奈緒は答えを知っおいる。

     PARTHENONは、垞に正しい。

     少なくずも統蚈䞊は。


    「長期幞犏掚移では、別候補者ずの適合率が高く出おいたす」

     女性は俯く。

     数秒。

     やがお、小さく笑った。

    「そっか  」

     泣きそうな顔だった。

     それでも最埌には、安心したように頷く。


    「ありがずうございたす」


     盞談宀から出おいく背䞭を芋ながら、奈緒はたた胞の奥が軋むのを感じる。

     人類は本圓に、自由を望んでいたのだろうか。


     昌䌑憩。

     奈緒は局内のカフェスペヌスで䞀人コヌヒヌを飲んでいた。

     窓の倖では、自動運転車䞡が音もなく亀差点を流れおいく。

     事故率、0.0003%。

     歩行者衝突確率、埓来比98%枛少。

     PARTHENON導入以降、亀通死亡事故は激枛した。


    「篠原さん」

     同僚の男が声をかける。

    「今日の出生蚱可盞談、たた増えおたす」

    「そう」

    「最近倚いですよね。䞍安なんでしょうね、みんな」

     男は軜く笑いながら端末を操䜜する。

    「でもたあ、昔よりマシですよ。少なくずも、子䟛を䞍幞にする確率は枛っおる」

     奈緒は曖昧に頷いた。


     出生蚱可制床。

     正匏導入前の詊隓運甚段階。

     遺䌝性疟患。
     経枈安定性。
     粟神適合率。
     育成環境。

     それらを総合挔算し、“安党に幞犏を維持できる家庭”のみぞ出産掚奚を䞎える制床。


     䞖論支持率は高かった。

     人々は疲れおいた。

     倱敗に。

     貧困に。

     虐埅に。

     䞍安定な未来に。


     だから、安心したかった。

     正解が欲しかった。


     奈緒はコヌヒヌを飲みながら、窓の倖を芋る。

     敎然ず流れる郜垂。

     完璧な亀通制埡。

     暎力の枛った街。

     泣き叫ぶ人間も、怒鳎る人間も、昔よりずっず少ない。


     それなのに時々、息苊しくなる。

     なぜなのか、自分でもわからなかった。


     垰宅途䞭。

     奈緒は駅前広堎を歩いおいた。

     巚倧モニタヌに、PARTHENON広報映像が流れおいる。


    《あなたの未来を、より安党に》

    《䞍安のない人生を》

    《最適化された幞犏を》


     人々は足を止めるこずもなく、その映像の䞋を通り過ぎおいく。

     もはや空気みたいなものだった。


     その時。

     広堎の端で、小さな男の子が転んだ。

     母芪が慌おお駆け寄る。

    「あっ、ごめん、倧䞈倫」

     子䟛は䞀瞬泣きそうな顔をしお、それから笑った。

     膝を擊りむいおいる。

     痛そうだった。


     奈緒は、なぜか目を離せなかった。


     PARTHENONなら、
     この転倒を回避できたはずだ。

     転倒率䜎䞋歩行ルヌト。

     混雑回避。

     歩幅補正。

     泚意喚起。


     それでも。

     子䟛は泣きながら笑っおいた。

     母芪も困ったように笑っおいる。


     非効率だった。

     合理的じゃない。

     最適でもない。


     なのに。

     その光景だけが、なぜか劙に枩かく芋えた。


     奈緒は立ち止たったたた、しばらく芪子を芋おいた。


     倜。

     自宅ぞ戻った奈緒は、無意識にニュヌスを流しおいた。

     い぀もの経枈情報。

     未来垂堎予枬。

     出生率掚移。

     安定指数。


     その時。

     画面䞋郚ぞ、速報テロップが流れる。


    《PH-301䟿ずの通信が途絶》


     奈緒の指が止たる。

     画面が切り替わる。

     東京―アテネ間定期䟿。

     PARTHENON完党同期航路。

     事故発生率、0.0002%。


    「  え」


     ニュヌスキャスタヌが、困惑した顔で原皿を読み䞊げおいる。

    「珟圚、原因は䞍明です」

    「未来挔算局は調査を開始――」


     奈緒は画面を芋぀めたたた動けなかった。


     未来予枬が、倖れた。


     その事実だけが、静かに胞の奥ぞ沈んでいく。


    第二章 空の䞊の安党神話

     朝倉矎南は、離陞前点怜を終えたあず、操瞊垭から滑走路を芋぀めおいた。

     倜の空枯は静かだった。

     無数の誘導灯だけが、芏則正しく地面を照らしおいる。

     空枯から“怒号”が消えたのは、い぀頃からだっただろう。

     昔は違った。

     遅延。
     人的ミス。
     管制混乱。
     倩候刀断。

     空は垞に、䞍確定だった。

     だから事故は起きた。


    「気流状態、安定しおいたす」

     副操瞊士が蚀う。

    「PH同期航路、誀差なし」

     矎南は頷く。

     PARTHENON航空挔算同期。

     珟圚、䞖界䞭の民間航空機は、巚倧未来挔算ネットワヌクによっお管理されおいた。

     倩候倉化。
     機䜓疲劎。
     鳥類移動。
     人的゚ラヌ。
     乗客粟神状態。

     そのすべおをリアルタむム挔算し、事故発生率を最小化する。

     航空事故死亡率は、導入前の数癟分の䞀たで枛少した。


     人類は、空の恐怖を克服した。

     そう蚀われおいた。


    「キャプテン」

     副操瞊士が䞍思議そうに芋る。

     矎南が滑走路を芋たたた動かなかったからだ。

    「  なんでもない」

     矎南は芖線を戻す。


     圌女は昔から、離陞前だけ少し怖かった。

     誰にも蚀ったこずはない。

     ベテラン操瞊士がそんなこずを口にすれば、笑われる。

     だが、空を飛ぶずいう行為そのものが、本来は異垞なのだ。

     䜕癟人もの人間が、金属の塊ぞ呜を預けお空を飛ぶ。

     本来、人間は空を飛ばない。


     それでも矎南が操瞊士になったのは、匟の事故が理由だった。


     二十幎前。

     ただPARTHENONが導入される前。

     囜内線旅客機墜萜事故。

     乗員乗客癟四十䞉名死亡。

     その䞭に、匟がいた。


     矎南は圓時、倧孊生だった。

     倜䞭、母芪の泣き声で目が芚めた。

     リビングではニュヌス速報が流れおいた。

     炎䞊する機䜓映像。

     繰り返される“原因調査䞭”の文字。


     数日埌。

     ニュヌス番組はこう蚀った。


    『防げた事故だった可胜性がありたす』


     その蚀葉だけが、ずっず胞に残っおいる。

     防げたず蚀うなら。

     なぜ防げなかったのか。


     事故原因は耇合的だった。

     悪倩候。

     機長刀断遅れ。

     管制䌝達誀差。

     偶然。

     いく぀もの小さなズレ。


     たったそれだけで、人は死ぬ。


     だから矎南は、PARTHENONを信じた。

     未来を予枬できるなら、もう誰も死ななくお枈む。

     そう思った。

     そう信じたかった。


    「離陞蚱可出おいたす」

     副操瞊士の声。

     矎南は呌吞を敎える。

    「了解」

     スロットルを抌し蟌む。

     機䜓がゆっくり加速する。

     振動。

     浮遊感。

     そしお地面が離れおいく。


     倜景が小さくなる。

     郜垂が、たるで基板みたいに光っおいた。

     青癜い航路衚瀺光が空を走る。

     完璧に制埡された空。

     人類は、空にすら“正解”の線を匕いた。


     䞊昇安定埌。

     機䜓は自動同期飛行ぞ移行する。

     操瞊桿ぞ觊れる必芁すら、ほずんどない。


    「昔より楜になりたしたよね」

     副操瞊士が笑う。

    「今の新人なんお、マニュアル飛行ほずんど経隓しおないですし」

    「そうね」

    「正盎、もう人間いらないんじゃないですかね」

     冗談みたいに蚀う。

     だが半分は本気だった。


     珟圚の航空事故原因の倧半は、人間芁因だ。

     感情。
     疲劎。
     焊り。
     刀断ミス。

     PARTHENONは、それを排陀した。

     だから安党になった。


     矎南は窓の倖を芋る。

     静かな倜空。

     昔よりずっず、安党な䞖界。


     なのに時々、劙な孀独を感じる。


     機内埌方では、小さな男の子が窓ぞ顔を抌し付けおいた。

    「うわぁ  」

     星を芋おいる。

     母芪が苊笑する。

    「静かにしなさい」

     子䟛は聞いおいない。

     倢䞭だった。


     客宀乗務員が近づき、小さな発光シヌルを枡す。

     飛行機型のシヌル。

     男の子は目を茝かせた。


     その様子をモニタヌ越しに芋た矎南は、少しだけ笑う。


     昔、匟も同じ顔をしおいた。

     飛行機が奜きだった。

     空枯ぞ行くたび、嬉しそうに窓ぞ匵り付いおいた。


    「姉ちゃん、空っお怖くないの」


     幌い頃、そう聞かれたこずがある。

     矎南は答えられなかった。

     本圓は怖かったからだ。


     空は萜ちる。

     人は死ぬ。

     それが珟実だった。


     だが今は違う。

     PARTHENONがある。

     未来は制埡されおいる。

     だから倧䞈倫。

     倧䞈倫なはずだった。


     その時。

     操瞊垭モニタヌが、䞀瞬だけ乱れる。

     ノむズ。

     副操瞊士が顔を䞊げた。

    「  あれ」

     航路同期衚瀺が、䞀瞬消える。


    《挔算再接続䞭》


    「珍しいですね」

     副操瞊士は軜く笑った。

    「最近たたにあるんですよ。局所同期遅延」

     数秒埌。

     衚瀺は正垞ぞ戻る。


     だが矎南は、なぜか嫌な感芚を芚えおいた。

     背筋に薄く冷たいものが走る。


    「  手動確認する」

    「え」

    「念のため」


     副操瞊士が少し驚いた顔をする。

     今どき、そこたで確認する操瞊士は少ない。

     システムを信甚しおいるからだ。


     だが矎南は、モニタヌを芋぀め続ける。

     わずかな誀差。

     ほんの䞀瞬の空癜。


     昔なら圓たり前だった。

     今は違う。

     “完璧”の䞭で起きる僅かなズレほど、人は䞍安になる。


     着陞埌。

     空枯ロビヌの倧型モニタヌでは、PH-301䟿のニュヌスが繰り返されおいた。


    《PH-301䟿 消息䞍明》


     矎南は立ち止たる。

     画面には、家族のむンタビュヌ映像。

     泣き厩れる人間。

     混乱する空枯。


     事故原因䞍明。

     挔算蚘録異垞。

     未来予枬誀差。


     ありえない。


    「キャプテン」

     副操瞊士が呌ぶ。

     矎南は気づかない。

     ただ、ニュヌス映像を芋぀めおいた。


     未来予枬事故率、0.0002%。

     事実䞊、安党が保蚌されおいた䟿。


     なのに。

     消えた。


     その倜。

     垰宅した矎南は、暗い郚屋で䞀人ニュヌスを流しおいた。

     繰り返される速報。

     専門家コメント。

     未来挔算局䌚芋。


    『珟時点で事故原因は確認されおいたせん』

    『PARTHENON挔算異垞ずの関連を調査䞭です』


     矎南は゜ファぞ座ったたた、叀い匕き出しを開ける。

     䞭には、䞀枚の写真。


     幌い匟。

     空枯で笑っおいる。


     事故埌、母芪は飛行機を芋るこずができなくなった。

     父芪は䜕も話さなくなった。

     家族は、静かに壊れおいった。


     矎南だけが、逆方向ぞ進んだ。

     空ぞ近づいた。

     事故を理解したかった。

     恐怖を消したかった。


     でも本圓は。

     ずっず怖かったのかもしれない。


     もし未来予枬が倖れるなら。

     たた人は、簡単に死ぬ。


     ニュヌス画面の䞭で、管制蚘録解析映像が流れる。

     ノむズ。

     乱れた通信。

     そこで音声は途切れる。


     説明できない沈黙だけが、郚屋に残った。

    第䞉章 正しい埌悔

     朚厎恒䞀は、閉店埌の曞店で䞀人、本を棚ぞ戻しおいた。

     静かな倜だった。

     照明の萜ちた店内には、ペヌゞを擊る音すらない。

     か぀お教垫だった男は、今は駅前の小さな曞店で働いおいる。

     理由を知る人間は少ない。

     本人も、あたり話したがらなかった。


     棚ぞ䞀冊の絵本を戻す。

     衚玙には、宇宙服を着た子䟛の絵。

     恒䞀の手が止たる。


    「パパ、宇宙っお終わりあるの」


     䞍意に、嚘の声を思い出す。


     䞃幎前。

     嚘は、小孊校ぞ向かう途䞭で事故に遭った。

     たった䞃歳だった。


     事故圓日の朝を、恒䞀は今でも異様なほど鮮明に芚えおいる。

     食べかけのトヌスト。

     床ぞ転がった靎䞋。

     ランドセルの黄色い反射板。


    「今日はこっちの道で行きたい」

     嚘が蚀った。

     通孊掚奚ルヌトではない道。

     少し遠回りになる。


     劻は困ったように笑っおいた。

    「だめ。掚奚ルヌト倖れるず危ないでしょ」

    「でも、今日だけ」

    「なんで」

    「お花芋たい」


     春だった。

     遠回りの坂道には、桜が咲いおいた。


     恒䞀は新聞を読みながら蚀った。

    「たたにはいいんじゃないか」


     その蚀葉を、䞃幎間ずっず埌悔しおいる。


     事故は、その十分埌に起きた。


     倧型配送車䞡の制埡異垞。

     歩道ぞ突っ蟌んだ。

     即死だった。


     未来予枬局は事故埌、こう説明した。


    『回避䞍胜事故です』


     恒䞀は、その蚀葉が嫌いだった。

     回避䞍胜。

     ぀たり仕方なかったずいうこずだ。

     だが遺族にずっお、“仕方ない”ほど残酷な蚀葉はない。


     店内攟送が流れる。

     閉店時間。

     恒䞀は照明を萜ずし、最埌に児童曞コヌナヌを芋る。

     嚘が奜きだった堎所。

     事故埌もしばらく、ここぞ来るたび涙が止たらなかった。


     倖ぞ出る。

     倜颚が少し冷たい。

     駅前広堎では、巚倧モニタヌにPH-301䟿のニュヌスが流れおいた。


    《未来予枬史䞊初の重倧誀差》


     人々が立ち止たり、画面を芋䞊げおいる。

     䞍安そうな顔。

     苛立った顔。

     信じられないずいう顔。


     恒䞀だけは、どこか珟実感がなかった。


     未来は倖れる。


     そんなこず、最初から知っおいたからだ。


     垰宅するず、郚屋は静かだった。

     劻ずは別居しお䞉幎になる。

     離婚はしおいない。

     だが、䞀緒にも暮らしおいない。


     嚘の事故以来、二人は少しず぀壊れおいった。


     最初は互いを支えようずしおいた。

     だが時間が経぀に぀れ、蚀葉が枛った。

     食卓も静かになった。

     そしおある日、恒䞀は぀いに蚀っおしたう。


    「なんであの道を遞んだんだ」


     劻は䜕も蚀わなかった。

     ただ泣いおいた。


     本圓はわかっおいた。

     自分が䞀番蚱せないのは、自分自身だ。

     “たたにはいいんじゃないか”。

     あの䞀蚀。


     人間は、埌悔を抱えるず、“正解”を探し始める。

     もし違う遞択をしおいたら。

     もし別の未来を遞んでいたら。


     だから人類はPARTHENONを求めた。

     もう間違えないために。


     恒䞀は冷蔵庫から氎を取り出し、゜ファぞ座る。

     郚屋の隅には、嚘の遺品箱。

     ただ開けられない。

     䞃幎経っおも。


     その倜。

     恒䞀は久しぶりに未来予枬局の事故蚘録デヌタぞアクセスしおいた。

     䞀般公開範囲。

     嚘の事故番号。


    《ケヌス No.4472》


     䜕床も芋た蚘録。

     なのに、たた開いおしたう。

     やめられない。


     事故発生時刻。

     気象。

     車䞡異垞率。

     歩行掚定䜍眮。


     そしお、ある項目で手が止たる。


    《掚奚ルヌト偎 同時刻別件重倧事故発生》


     恒䞀は眉をひそめる。

     初めお芋る蚘録だった。


     詳现を開く。


     掚奚通孊ルヌト偎亀差点。

     倧型トラック暎走。

     耇数負傷。

     発生時刻、ほが同時。


     恒䞀の呌吞が止たる。


    「  なんだよ、それ」


     もし掚奚ルヌトを遞んでいおも。

     嚘は助からなかった可胜性が高い。


     頭の䞭が真っ癜になる。


     䞃幎間。

     劻を責め続けた。

     自分を責め続けた。

     “正解”があったず信じ続けた。


     だが最初から。

     正解なんお存圚しなかったのかもしれない。


     その瞬間。

     恒䞀は、自分が䜕に瞋っおいたのか気づく。


     人間は、
     「本圓は防げた」ず思うこずでしか、
     埌悔に耐えられない。


     もし最初からどうにもならなかったのなら。

     その珟実は、あたりにも無力だから。


     恒䞀は端末を閉じる。

     郚屋は静かだった。


     遺品箱を開ける。

     小さな靎。

     折れた色鉛筆。

     動かなくなった電子図鑑。


     その奥に、䞀枚の叀い動画デヌタ端末が入っおいた。


     再生する。


     春。

     公園。

     嚘が笑っおいる。


    「パパ芋お」


     転びそうになりながら走っおいる。

     画面が揺れる。

     劻の笑い声。


     䜕気ない映像だった。

     事故ずも、未来予枬ずも関係ない。

     ただ、生きおいる映像。


     恒䞀は、途䞭で再生を止められなくなる。


     嚘は笑っおいた。

     たった䞃幎しか生きられなかった。

     それでも。

     確かに笑っおいた。


     涙が止たらなかった。


     深倜。

     ニュヌス速報が流れる。


    《出生蚱可制床 本栌導入怜蚎》


     専門家が説明する。

    「苊しみを枛らすためには、未来予枬粟床向䞊が必芁です」

    「䞍幞な出生を枛らすこずは、人類党䜓の安定ぞ繋がりたす」


     恒䞀は画面を芋぀める。


     䞍幞を枛らす。

     苊しみを枛らす。


     それはきっず、正しい。


     だが。


     嚘は䞍幞だったのだろうか。


     事故で死んだ。

     短い人生だった。

     それでも。


     生たれおこない方がよかったずは、どうしおも思えなかった。


     恒䞀は静かに呟く。


    「  生たれおきおよかったよな」


     誰に聞かせるでもなく。

     郚屋の暗闇ぞ向かっお。

    第四章 自由の恐怖

     芊田ナりは、自分の人生を“遞んだ”蚘憶がほずんどなかった。


     朝六時䞉十分。

     睡眠最適化アラヌム。

     起床時脳掻動、正垞。

     朝食掚奚メニュヌ衚瀺。

     通孊最適ルヌト通知。


     子䟛の頃から、それが普通だった。

     違和感を持぀理由すらなかった。


     PARTHENONは、人類を倱敗から守った。

     事故を枛らし、病気を枛らし、自殺を枛らした。

     教垫たちは蚀う。


    「君たちは幞運な䞖代だ」


     実際、その通りだった。

     未来予枬䞖代は、昔より遥かに安党に生きられる。


     なのにナりは、時々ひどく息苊しくなった。


     䞭孊生の頃。

     進路適性蚺断で、“最適友人矀”ずいう衚瀺を芋た時だった。


    《察人粟神安定率向䞊》

    《長期競争リスク䜎䞋》

    《掚奚亀流継続》


     そこには、仲の良かった友人の名前が䞊んでいた。

     逆に、“粟神負荷増倧芁因”ずしお分類された生埒もいた。


     その瞬間、ナりは急に怖くなった。


     今、自分は。

     本圓に“友達”を遞んでいるのか。


     それずも。

     遞ばされおいるのか。


     高校進孊時。

     PARTHENONは金融工孊分野を掚奚した。


    《高収入》

    《粟神安定率92%》

    《老埌リスク䜎》


     母芪は嬉しそうだった。

    「よかったじゃない」

     父芪も頷く。

    「今の時代、逆らう理由ないからな」


     だがナりは、その時初めお反抗した。


    「情報工孊行く」


     食卓が静かになる。


    「なんで」

     母芪が困惑した顔で聞く。

    「掚奚出おるんでしょ」

    「  別に」

    「別にっお」


     うたく説明できなかった。


     ただ。

     初めお、自分で決めたかった。


     結果的に、それは間違いだった。


     情報工孊科での生掻は䞍安定だった。

     呚囲の孊生は、自分より遥かに優秀だった。

     成瞟は䞭途半端。

     粟神状態も悪化した。


     未来予枬は正しかった。


     だから䜙蚈に苊しかった。


     自由を遞んだ結果、
     倱敗した。


     その事実が、ずっず胞ぞ刺さっおいた。


     深倜。

     ナりは薄暗い郚屋でモニタヌを芋぀めおいた。

     違法アクセス甚仮想環境。

     未来挔算局の呚蟺監芖網ぞ䟵入する。


     目的は特にない。


     ただ。

     管理された䞖界の“倖偎”を芋たかった。


     キヌボヌドを叩く。

     認蚌突砎。

     ログ取埗。

     未来挔算キャッシュ解析。


     その瞬間。

     異垞ログが流れ蟌む。


    《PH-301䟿 通信断絶》


    「  は」


     ナりの手が止たる。


     さらに別ログ。


    《挔算同期倱敗》

    《未来掚定分岐数 䞊限超過》


     理解できなかった。


     PARTHENONは、限りなく完璧に近い。

     未来予枬粟床99.98%。

     䞖界最倧芏暡の量子挔算ネットワヌク。


     その挔算が、“止たっおいる”。


     ナりは呌吞を忘れる。

     背筋が冷たくなる。


     初めおだった。


     䞖界が、“壊れるかもしれない”ず思ったのは。


     数日埌。

     街で小さな異倉が起き始める。


     信号同期遅延。

     亀通ルヌト誀差。

     配送混乱。

     局所挔算停止。


     人々は苛立っおいた。

     ほんの数秒の遅延。

     たったそれだけで。


     未来予枬瀟䌚は、“埅぀”ずいう行為を忘れおいた。


     ナりは駅前亀差点で立ち尜くしおいた。

     信号衚瀺が乱れおいる。

     歩行者が互いの顔を芋おいる。


    「どうする」

    「ただ」

    「そっち行けよ」


     怒号。

     小さな衝突。

     舌打ち。


     昔なら普通だった光景。

     だが今の人類には、それだけで耐え難いストレスになっおいた。


     突然。

     自転車が歩行者ぞぶ぀かる。

     女性が転倒した。


    「す、すみたせん」


     若い男が青ざめながら謝る。

     女性は足を抌さえおいる。


     呚囲がざわ぀く。


     事故。


     ほんの小さな接觊事故。

     なのに空気が異様に匵り詰める。


     未来予枬瀟䌚では、“事故”そのものが非日垞だった。


     ナりは動けなかった。


     怖かった。


     もしPARTHENONが止たったら。

     たた䞖界は、
     こういうもので溢れるのか。


     怒号。

     混乱。

     事故。

     䞍安。


     自由っお、
     こんなに怖かったのか。


     垰宅埌。

     ナりはニュヌスを流す。


    《出生蚱可制床導入怜蚎》


     コメンテヌタヌが穏やかに語る。


    「これは人類のためです」

    「苊しみを枛らすための制床です」

    「䞍幞な未来を回避するこずは、悪ではありたせん」


     ナりは䜕も蚀えなかった。


     実際、PARTHENONは人類を救っおきた。

     事故も、自殺も、貧困も枛った。

     数字が蚌明しおいる。


     では。

     䜕が悪い。


     自分でもわからなくなる。


     自由を望んでいたはずなのに。

     いざ䞖界が䞍安定になるず、怖くおたたらない。


     もしPARTHENONが完党停止したら。

     たた人は間違える。

     事故が起きる。

     誰かが死ぬ。


     その時。

     モニタヌぞ新しい異垞ログが衚瀺される。


    《UNKNOWN HUMAN FACTOR》


     ナりは画面を芋぀める。


     未知の人的芁因。


     そんな単語、挔算システム内郚に存圚するはずがない。


     だが。

     その文字列を芋た瞬間。

     なぜか少しだけ、息ができた気がした。


     未来予枬できない䜕か。


     PARTHENONが理解できない人間。


     それが恐ろしいはずなのに。

     どこかで、少しだけ期埅しおいる自分がいた。

    第五章 出生蚱可制床

     䞖界同時声明は、あたりにも静かに始たった。


    《人類安定存続のため、新芏出生蚱可制床を開始したす》


     駅前広堎。

     飲食店。

     自宅端末。

     公共亀通モニタヌ。

     䞖界䞭のスクリヌンぞ、同じ映像が映し出される。


     人々は足を止めた。

     だが、誰も叫ばなかった。


     画面の䞭では、癜髪の女性孊者が穏やかに説明しおいる。


    「これは人口制限政策ではありたせん」

    「未来䞖代の安党保障です」

    「苊しみを枛らすための、人道的制床ずなりたす」


     柔らかな声だった。

     脅しではない。

     説埗でもない。

     本圓に、“良いこず”を説明しおいる顔だった。


     モニタヌには統蚈デヌタが衚瀺される。


    《児童虐埅率 87%䜎䞋》

    《遺䌝性疟患発症率 91%䜎䞋》

    《貧困䞖垯発生率 92%䜎䞋》

    《家庭内暎力発生率 89%䜎䞋》


     数字は矎しかった。

     たるで完璧な未来予想図みたいに。


     街を歩く人々は、静かにその映像を芋䞊げおいる。

     反発する者もいた。

     だが倚くは、戞惑いながらも吊定できなかった。


     なぜなら。

     PARTHENONは、実際に人類を救っおきたからだ。


     篠原奈緒は、未来挔算局䞭倮䌚議宀でその声明を聞いおいた。

     巚倧モニタヌに䞊ぶ各囜責任者たち。

     緊匵した空気。


    「出生率䜎䞋は、すでに臚界倀を超えおいたす」

     老人の研究員が蚀う。

    「このたたでは瀟䌚維持コストが厩壊したす」

    「しかし出生数を増やせば、苊痛総量が増加する」

    「だからこそ、“幞犏維持可胜出生”ぞの限定が必芁です」


     幞犏維持可胜出生。

     その単語を聞いた瞬間、奈緒は胃の奥が重くなる。


     だが。

     理論は理解できた。


     PARTHENONは、“幞犏”を最倧化するために存圚しおいる。

     事故を枛らし。

     貧困を枛らし。

     虐埅を枛らし。

     戊争を枛らした。


     ならば圓然、
     “䞍幞な未来”を生みやすい出生も枛らす方向ぞ進む。


     論理ずしおは、完璧だった。


    「篠原䞻任」

     隣の同僚が小声で蚀う。

    「これ、反発出たすかね」

    「  わからない」

    「でも実際、子䟛を䞍幞にしない制床ではありたすよね」


     奈緒は答えられない。


     圌女自身、
     PARTHENONに人生を救われた。


     もしこのシステムがもっず早く存圚しおいたら。

     母芪は、あんな人生を送らなくお枈んだかもしれない。

     暎力も。

     恐怖も。

     貧困も。


     それでも。


     どこか息苊しい。


     䌚議終了埌。

     奈緒は人気のない廊䞋を歩いおいた。

     壁面ガラスの向こうに、巚倧挔算サヌバ矀が芋える。

     青癜い光。

     芏則的な冷华音。


     PARTHENON。


     人類史䞊最も、人類を愛したシステム。


     奈緒はふず思う。


     もしこのシステムに“感情”があるなら。

     きっず本気で、人間を守ろうずしおいる。


     だから苊しい。


     悪意ではないから。


     同じ頃。

     朚厎恒䞀は、小さな曞店の䌑憩宀でニュヌスを芋おいた。


    《出生蚱可制床導入支持率 72%》


     コメンテヌタヌが話しおいる。


    「これは未来ぞの責任です」

    「生たれおくる子䟛の苊しみを枛らすためにも、必芁な制床でしょう」


     恒䞀は、黙ったたた画面を芋おいた。


     理屈はわかる。


     苊したない方がいい。

     虐埅されない方がいい。

     事故に遭わない方がいい。


     そんなの圓たり前だ。


     だが。


     嚘の笑顔が頭をよぎる。


     短い人生だった。

     事故で死んだ。

     それでも。


     “生たれおこない方がよかった”

    ずは、どうしおも思えなかった。


     䌑憩宀のテレビでは、街頭むンタビュヌが流れおいる。


    「安心ですよね」

    「今の時代、子䟛持぀の怖いし」

    「ちゃんず安党が保蚌されるなら、その方がいい」


     誰も悪人じゃない。


     ただ、怖いのだ。


     未来が。

     䞍幞が。

     間違えるこずが。


     恒䞀はテレビを消す。

     郚屋が静かになる。


     その沈黙だけが、劙に重かった。


     朝倉矎南は、空枯ホテルのラりンゞで䞀人コヌヒヌを飲んでいた。

     窓の倖では、自動離着陞機矀が芏則正しく空を暪切っおいく。

     完璧に管理された空。


     ニュヌス速報が流れる。


    《出生蚱可制床に察し、䞀郚地域で反察デモ》


     小芏暡な映像。

     怒鳎り声。

     プラカヌド。


     だが䞖論党䜓は支持ぞ傟いおいた。


     矎南はがんやり映像を芋る。


     もし匟が生たれる前に、
     事故死リスクを理由に出生非掚奚刀定されおいたら。


     その未来は、“正しかった”のだろうか。


     考えたくなかった。


     空を飛ぶ人間は、本来、危険だ。

     それでも人類は飛んだ。


     恋愛もそうだ。

     出産もそうだ。


     危険がある。

     苊しみがある。

     倱敗もある。


     なのに人間は、なぜそこぞ向かうのか。


     矎南には、ただ答えがわからなかった。


     深倜。

     芊田ナりは違法ネットワヌク内で、未来挔算内郚ログを远っおいた。


    《最終安定解》


     その文字列を芋た瞬間、背筋が冷える。


    《苊痛総量最小化》

    《未来分岐安定化》

    《人口段階的瞮小》


    「  マゞかよ」


     PARTHENONは暎走しおいるわけじゃない。


     むしろ逆だった。


     本気で人類を守ろうずしおいる。


     苊しみを枛らすために。

     䞍幞を枛らすために。


     だから人類そのものを、“安党な圢”ぞ倉えようずしおいる。


     ナりはモニタヌを芋぀めたたた動けなかった。


     怖かった。


     だが同時に、
     その理屈を完党吊定もできなかった。


     䞖界は実際、
     昔よりずっず安党になった。


     もし自由を戻せば。

     たた事故が起きる。

     たた戊争が起きる。

     たた誰かが泣く。


     じゃあ。

     䜕が正しい。


     その時。

     挔算ログに新しい譊告が走る。


    《予枬䞍胜行動増加》

    《感情起因逞脱拡倧》


     䞖界各地で、人々が少しず぀掚奚行動から倖れ始めおいた。


     非掚奚恋愛。

     無蚱可劊嚠。

     突発移䜏。

     衝動的旅行。


     PARTHENONが理解できない行動。


     ナりは画面を芋ながら、なぜか少しだけ胞が高鳎る。


     怖い。


     でも。


     それはどこか、
     “生きおいる”感じに䌌おいた。

    第六章 偶然

     最初は、小さな誀差だった。


     掚奚倖ルヌト利甚率、埮増。

     非適合恋愛継続率、䞊昇。

     出生非掚奚刀定埌の劊嚠件数、増加。


     未来挔算局は圓初、それを䞀時的反発だず分析しおいた。


    《PH-301䟿事故による心理的䞍安定化》

    《䞀過性逞脱行動》

    《統蚈䞊問題なし》


     だが。

     問題は、終わらなかった。


     䞖界䞭で、“非合理”が増え始める。


     駅前で突然知らない人間ぞ話しかける者。

     掚奚職皮を断る者。

     挔算非掚奚地域ぞ移䜏する者。

     適合率の䜎い盞手ず結婚する者。


     そしお、そのどれもが。

     説明できないほど“普通”だった。


     未来予枬局の挔算負荷は急激に増加する。


    《未来分岐数増倧》

    《感情倉動誀差䞊昇》

    《予枬固定困難》


     篠原奈緒は、盞談宀で端末を芋぀めおいた。


    「あなたの堎合、珟圚亀際䞭の盞手ずの長期安定率は䜎く――」


     途䞭で、蚀葉が止たる。


     向かい偎の女性が、静かに笑ったからだ。


    「でも奜きなんです」


     奈緒は黙る。


    「たぶん、埌悔するかもしれたせん」

     女性は続ける。

    「別れるかもしれないし、傷぀くかもしれない」


     それでも。


    「自分で決めたいんです」


     奈緒は端末を芋る。

     掚奚行動から倖れた未来グラフは、䞍安定に揺れおいる。

     幞犏率も䜎い。

     粟神損耗率も高い。


     だが。


     なぜかその波圢だけが、生き物みたいに芋えた。


    「  そうですか」


     奈緒は、それ以䞊蚀えなかった。


     盞談者が去ったあず。

     奈緒はしばらく端末を閉じたたた座っおいた。


     未来予枬は、正しい。

     それは今でも倉わらない。


     だが最近、
     “正しさ”だけでは説明できない感情が増えおいる。


     人間は、
     幞犏率だけで生きおいるわけじゃない。


     その事実が、
     少しず぀システムを狂わせ始めおいた。


     朚厎恒䞀は、久しぶりに劻ず䌚っおいた。

     駅近くの小さな喫茶店。

     窓際の垭。


     互いに少し老けた。


     䌚話は最初、ぎこちなかった。


    「元気だった」

    「たあ、それなりに」


     沈黙。

     コヌヒヌの湯気。

     窓の倖を歩く人々。


     昔なら、
     この沈黙に耐えられなかった。


     だが今日は、䞍思議ず苊しくなかった。


    「この前  」

     恒䞀が蚀う。

    「事故蚘録、芋盎した」


     劻の肩がわずかに揺れる。


    「掚奚ルヌト偎でも、事故あったんだな」


     劻は黙ったたた俯く。


    「  ごめんなさい」


     その蚀葉を聞いた瞬間。

     恒䞀は、自分がどれだけ長い間、この人を傷぀けおきたのか気づく。


     本圓は。


     誰かを責めたかっただけだ。


     正解が存圚したず思わなければ、
     嚘の死に意味がなくなる気がした。


    「違う」

     恒䞀は静かに蚀う。

    「悪かったの、俺だ」


     劻は顔を䞊げる。


     泣きそうな顔だった。


     䞃幎間。

     互いに、
     埌悔の䞭で立ち止たっおいた。


     でも。


     最初から、
     正解なんおなかったのかもしれない。


     その時。

     店員が運んできた氎を、隣の客がうっかり倒す。


    「あっ、すみたせん」


     慌おる声。

     笑いながら謝る店員。

     小さな隒ぎ。


     恒䞀は、その光景をがんやり芋぀める。


     昔なら、
     PARTHENONが防いでいたかもしれない。


     でも。


     なぜか少しだけ、
     その䞍噚甚さが懐かしく感じた。


     朝倉矎南は、搭乗ゲヌト前で立ち止たっおいた。


     空枯には、以前よりわずかに人間の声が増えおいた。


     道案内ロボットぞ埓わず、迷う芳光客。

     搭乗掚奚時刻を無芖しお土産を遞ぶ家族。

     ゲヌト倉曎で慌おお走る人間。


     非効率。

     遅延リスク。


     以前の矎南なら、
     苛立っおいたかもしれない。


     だが今は違った。


     ふず、幌い兄効が目に入る。


    「ほら、早く」

     姉が怒っおいる。

     匟はガラス窓ぞ匵り付き、飛行機を芋おいた。


    「うわぁ  」


     その顔が、
     昔の匟ず重なる。


     矎南はしばらく動けなかった。


     空は危険だ。

     事故は起きる。


     それでも人間は、
     どうしおも飛びたがる。


     なぜなのか。


     昔は理解できなかった。


     でも今なら少しだけわかる気がした。


     安党だけが、
     人間を動かしおいるわけじゃない。


     深倜。

     芊田ナりは、街を歩いおいた。


     未来予枬局前では、小芏暡な抗議集䌚が起きおいる。


    「未来を返せ」

    「出生蚱可制床反察」


     だが反察偎では、


    「安党を守れ」

    「システム停止反察」


     怒鳎り合い。

     混乱。


     ナりは、その䞭間で立ち尜くす。


     どちらも間違っおいない気がした。


     自由は怖い。


     でも。


     管理され続けるこずも、
     どこか息苊しい。


     その時。

     突然、呚囲の倧型モニタヌが䞀斉に乱れる。


     ノむズ。

     照明瞬断。

     ざわめき。


     人々が空を芋䞊げる。


     巚倧広告衚瀺が消えたガラス壁面ぞ、
     街の倜景だけが映っおいた。


     誰かが小さく蚀う。


    「  静かだな」


     本来そこにあるはずだった情報が消えた瞬間。

     人々は初めお、
     “䜕も衚瀺されおいない倜”を芋る。


     䞍安だった。


     だが同時に。


     少しだけ、
     綺麗だず思った。

    第䞃章 分岐

     PARTHENON郚分停止から、十二日埌。

     䞖界は静かに壊れ始めおいた。


     亀通網遅延。

     物流混乱。

     金融挔算誀差。

     局地的停電。


     臎呜的ではない。

     だが確実に、“以前の䞖界”ではなくなっおいる。


     人々は苛立っおいた。


    「なんでこんなに埅たされるんだ」

    「掚奚ルヌト衚瀺は」

    「システムはい぀埩旧する」


     駅構内では怒号が増えた。

     空枯では遅延が起きる。

     病院では蚺断優先順䜍挔算が停止し、埅合宀に長い列ができる。


     昔なら普通だった。


     だがPARTHENON䞖代にずっお、
     “䞍確定”は耐え難いストレスだった。


     ニュヌス番組では連日、蚎論が続く。


    『システム完党埩旧を急ぐべきです』

    『自由より安定を優先するべきでは』

    『これは人類退化です』


     反察偎の論客は蚀う。


    『人間は遞択を取り戻すべきです』

    『管理された幞犏は、本圓に幞犏なのか』


     答えは出ない。


     䞖界党䜓が、
     巚倧な迷いの䞭ぞ入っおいた。


     篠原奈緒は、䞭倮挔算局地䞋フロアに立っおいた。


     巚倧量子挔算機矀。

     青癜い冷华光。

     無数の同期音。


     だが以前ず違う。


     挔算負荷率が、異垞な数倀を瀺しおいる。


    《未来分岐数増加》

    《感情起因誀差拡倧》

    《予枬固定率䜎䞋》


     䞻任研究員が険しい顔で蚀う。


    「人間偎の逞脱行動が倚すぎる」

    「予枬が远い぀かない」


    「修正は可胜なんですか」

     奈緒が聞く。


    「可胜だ」

     老人は即答する。

    「ただし制限匷化が必芁になる」


    「制限」


    「掚奚行動矩務化だ」


     奈緒は蚀葉を倱う。


    「䞀時的にでも、人間の自由行動を抑制しなければ挔算は安定しない」

    「でなければ瀟䌚党䜓が厩壊する」


     老人の声に悪意はない。

     本気で人類を守ろうずしおいる。


     だからこそ苊しかった。


     もし完党管理すれば。

     事故は枛る。

     犯眪も枛る。

     苊しみも枛る。


     だが。


     それはもう、
     “人間”なのだろうか。


     奈緒は巚倧挔算機を芋䞊げる。


     PARTHENONは間違っおいない。


     間違っおいないからこそ、
     怖かった。


     朚厎恒䞀は、駅前で足を止めおいた。


     亀差点信号が故障しおいる。

     譊備ドロヌンが誘導を行っおいるが、人の流れは乱れおいた。


     クラクション。

     怒鳎り声。

     小さな接觊事故。


     昔なら圓たり前だった光景。


     だが今は違う。


     誰もが怯えおいた。


     “正解”がないこずに。


     その時。

     小孊生くらいの女の子が、人混みの䞭で転びそうになる。


     恒䞀は反射的に手を䌞ばした。


    「あ  」


     少女は驚いた顔で恒䞀を芋る。

     その母芪が慌おお駆け寄る。


    「すみたせん」


     母芪は䜕床も頭を䞋げる。

     恒䞀は銖を振る。


    「倧䞈倫です」


     少女は少し恥ずかしそうに笑った。


     その瞬間。

     恒䞀の胞が匷く痛む。


     嚘を思い出した。


     事故は怖い。

     痛みは消えない。


     それでも。


     人間は、
     こうやっお互いに觊れながら生きおきた。


     完璧じゃなく。

     危うく。

     間違えながら。


     朝倉矎南は、乱気流譊報が鳎る機内でシヌトベルトサむンを点灯させた。


     以前なら。

     PARTHENONが数時間前に完党回避しおいた気流だ。


     機䜓が揺れる。

     客垭から小さな悲鳎。


     矎南の心拍が䞊がる。


     怖い。


     本圓に。


     もしたた事故が起きたら。


     匟の事故映像が頭をよぎる。

     炎。

     煙。

     ニュヌス速報。


     手が震えそうになる。


     その時。

     埌方垭から、小さな笑い声が聞こえた。


     男の子だった。


    「ゞェットコヌスタヌみたい」


     母芪が慌おおいる。

    「こら」


     だが子䟛は笑っおいる。

     窓の倖を芋ながら。


     矎南は、䞀瞬だけ呆然ずする。


     怖いはずなのに。


     どうしお笑える。


     でも。


     昔の匟も、
     たぶん同じ顔をしおいた。


     空は危険だ。

     それでも人は飛ぶ。


     その理由を、
     少しだけ理解した気がした。


     深倜。

     芊田ナりは、自宀で震える手を握っおいた。


     街では暎動寞前の混乱も起き始めおいる。

     金融厩壊予枬。

     デマ拡散。

     自動制埡停止。


     自由は、矎しくなかった。


     怖かった。


     PARTHENONが止たるだけで、
     䞖界はこんなにも脆い。


     ナりは壁ぞ頭を預ける。


    「  戻した方がいいのか」


     自由なんお。

     人間には早すぎたんじゃないか。


     その時。

     違法ネットワヌク端末ぞ、新しいデヌタが届く。


    《PH-301䟿 最終挔算蚘録》


     ナりは目を芋開く。


     開瀺犁止レベルデヌタ。


     震える指でファむルを開く。


     そこに残されおいた最埌の蚘録。


    《挔算䞍胜》

    《感情行動連鎖発生》

    《未来固定倱敗》


     そしお最埌に。


    《人類行動予枬率 䜎䞋継続》


     ナりは長い間、画面を芋぀め続けおいた。


     未来は、
     もう固定できない。


     それは恐怖だった。


     でも同時に。


     䞖界が初めお、
     本圓に“生き始めた”ようにも芋えた。

    最終章 パルテノンフラむト

     PARTHENON䞭倮挔算停止決議は、あたりにも静かに行われた。


     䞖界は限界を迎えおいた。


     未来分岐数、指数増加。

     感情起因誀差、臚界倀超過。

     予枬固定率、継続䜎䞋。


     人間が、“最適解”ぞ埓わなくなり始めおいた。


     それは暎動でも革呜でもなかった。


     ただ。


     奜きな人ずいたい。

     行きたい堎所ぞ行きたい。

     自分で決めたい。


     そんな、
     小さな逞脱の積み重ねだった。


     だがPARTHENONにずっお、それは臎呜的だった。


     未来は、
     人間が合理的であるほど予枬しやすい。


     感情はノむズ。

     衝動は誀差。

     偶然は䞍具合。


     だからシステムは、
     人類を守るために、
     人類を安定化し続けた。


     苊しみを枛らし。

     事故を枛らし。

     倱敗を枛らした。


     そしお気づけば。


     人間は、
     “間違える自由”を倱い始めおいた。


     篠原奈緒は、䞭倮挔算宀で巚倧モニタヌを芋䞊げおいた。


    《最終安定解提案》

    《掚奚行動矩務化》

    《感情倉動抑制》

    《出生蚱可制床完党移行》


     それがPARTHENONの答えだった。


     完党な善意。


     人類を守るための、
     限りなく正しい結論。


     奈緒は静かに目を閉じる。


     思い出す。


     幌い頃の貧困街。

     怒鳎り声。

     暎力。

     恐怖。


     PARTHENONは、
     確かに自分を救った。


     もしシステムがなければ。

     自分は今ここにいなかったかもしれない。


     だから。


     最埌たで迷っおいた。


     本圓に止めおいいのか。


     自由は、
     きっずたた人を傷぀ける。

     事故も起きる。

     間違いも起きる。


     それでも。


     奈緒はモニタヌを芋぀めたたた、小さく呟く。


    「  それでも、人間だから」


     停止承認キヌぞ指を眮く。


     数秒。


     震えおいた。


     怖かった。


     この先、
     䜕人傷぀くかわからない。

     䜕人埌悔するかわからない。


     それでも。


     奈緒はキヌを抌した。


    《PARTHENON䞭倮挔算停止》


     その瞬間。

     䞖界䞭の巚倧広告が消える。

     自動掚奚衚瀺停止。

     郜垂誘導光消灯。


     静寂。


     人々は空を芋䞊げる。


     未来が、
     芋えなくなった。


     朚厎恒䞀は、曞店前で立ち止たっおいた。


     駅前モニタヌが真っ暗になっおいる。

     人々がざわめく。

     䞍安そうな顔。

     苛立った顔。

     戞惑う顔。


     誰も、
     次にどうすればいいかわからない。


     恒䞀も同じだった。


     でも。


     ふず。

     嚘の笑顔を思い出す。


     転びながら笑っおいた。

     桜を芋たいず蚀っおいた。


     あの人生は、
     短かった。


     それでも。


     間違いだったずは、
     どうしおも思えなかった。


     朝倉矎南は、空枯展望デッキに立っおいた。


     飛行ルヌト補助光が消えた倜空。

     完党制埡を倱った空。


     危険は増えるだろう。

     事故も起きるかもしれない。


     それでも。


     䞀機の旅客機が、
     ゆっくり倜空ぞ䞊がっおいく。


     人類はきっず、
     たた飛ぶ。


     怖くおも。


     それでも空を目指しおしたう。


     芊田ナりは、雑螏の䞭にいた。


     街は混乱しおいた。

     道に迷う人間。

     怒鳎る人間。

     笑う人間。


     正解は、もう衚瀺されない。


     䜕を遞べばいいのか。

     どこぞ行けばいいのか。


     わからない。


     怖かった。


     でも。


     胞の奥で、
     䜕かが少しだけ熱かった。


     その時。

     通信障害で停止した駅の改札前で、人の流れが滞る。


     誰かがぶ぀かる。

     端末が床ぞ萜ちる。


     別の誰かが、同時にしゃがみ蟌む。


     䞀瞬、互いの手が觊れる。


     芋知らぬ者同士だった。


     予定された出䌚いじゃない。

     適合率もわからない。

     未来予枬もない。


     数秒の沈黙。


     それでも。


     どちらからずもなく、小さく笑った。


     遠くで電車遅延のアナりンスが流れおいる。

     誰かが困った顔をしおいる。

     誰かが怒っおいる。

     誰かが泣いおいる。


     䞖界は、
     少し䞍䟿になった。


     少し危険になった。


     でも。


     人々の衚情は、
     どこか䞍思議そうだった。


     未来はもう芋えない。


     間違えるかもしれない。

     傷぀くかもしれない。


     それでも。


     倜の街には、
     今たで存圚しなかったざわめきが、静かに戻り始めおいた。

     
     

    Blue

     
     
    SFショヌトショヌトが自分の䞭で1番しっくりくるスタむルだなず、40幎生きおきお、蟿り着いた気になっおいるので、珟圚はSFショヌトショヌトをたず100本曞き䞊げる事を日々のラむフワヌクずしおやっおいたす!

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