
Second Wind|第75話 萌える緑[唯]
Second Wind
第2章 霧の中の岐路
第75話 萌える緑[唯]
そんな返事を送ってからというもの、私たちはいつしか、時折メールのやり取りをするようになっていった。
最初は、イクスさんが一枚の銀杏の木の写真を送ってくれたのがきっかけだった。
《 こんにちは、イクスです。
今日は、久しぶりにまたあの撮影所で仕事がありました。
去年のCM撮影の時にゴールドだったイチョウの葉が、今日はすごく美しい緑になっていました。きらきらしていて、本当に綺麗です。ぜひ見てもらいたいので写真を送ります 》
そんな文章に添えられていたのは、青空をバックに天高く伸びる新緑の銀杏。
はじけるような緑が、目に眩しかった。
カメラは見事に銀杏の木の荘厳さと迫力を映し出している。
美しい写真に心を奪われていたその時、ふと、あることに気づいた。
(この、アングル……)
それはちょうど、彼と私が初めて会ったあの時に、私が立っていた位置から見えていた銀杏の姿と同じだったのだ。
そしておそらく、何とか木全体をカメラに収めようとしてくれたのだろう。その写真は、空へとすっと伸びる銀杏の姿を見事にとらえていた。
……衣装の裾に気を遣いながら、必死に地面にかがみ込み、iPhoneを構える彼の姿が浮かぶ。
《 素敵な写真を、ありがとうございました。
あの銀杏が、今はこんなに見事な新緑になっているんですね。青空に映えて、本当に綺麗。
いつも紅葉の季節にばかり訪れていたので、見ることができてとても嬉しかったです。ありがとうございます。
日本語では、春から夏にかけての、こんな勢いのある草木の緑を "萌える" と言います。"燃える" と同じ音だけれど、生命力を感じさせる言葉です。
不思議ですね。
なんだか、とても元気になれました。
イクスさんもお仕事頑張ってください。
唯 》
……甘いのはよくわかっていた。
〈有石唯〉ともあろうものが、こんなことで胸を揺さぶられるなんて――。
(でも新緑の姿なんて、本当に初めて見た)
あの撮影所の裏庭にひっそりと立つあの木。
私がこの世界で物心ついた時には、すでにあそこに立っていた。
子どもの頃の孤独な日々の中で、いつからか、どこか自分に似ているような親近感を抱くようになった。
そう、この世界で仕事を始めて以来、あの場所は、私にとって特別な意味を持つ場所だったのだ。
そして、去年の秋。
輝くような黄金色の景色の中であの木を見ていた、彼の後ろ姿。
送信ボタンを押した時、そんな彼の面影が、ふと心をよぎった――。
*続き | 第76話 再びの誘い[イクス]
*目次 | 長編小説『Second Wind』