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Second Wind|第102話 その先の恋[イクス]

    Second Wind

    第2章 霧の中の岐路
    第102話 その先の恋[イクス]


     ……ひどく長い沈黙だった。

     長い長い沈黙の後、彼女はふいに僕から視線をそらし、ひとつ静かに溜め息をついた。
     そしてくるりとこちらに背を向けて、そのままスタスタと廊下を歩き出す。

     やがて、自分の楽屋の前で立ち止まると、彼女は目の前のドアに視線を留めたまま言った。

     「次は、何ですか?」

     「えっ?」

     突然で、何のことを言われたのかさっぱりわからず、そう聞き返す。

     「……もつ鍋よりおいしいものって、なんでしょうね? 次回は、その上をいくものを期待しています」

     思いがけない言葉に、胸が急激に高鳴る――。

     「もちろん、その時はご馳走してください。……今日の、“お詫び”に」

     抑揚のない声でそう呟くと、彼女は視線を落としてもう一度大きく溜め息をついた。そしてこちらに首を向けながら、少し怒ったような顔で僕を睨む。

     ……なにやら、楽屋の中をこれみよがしに指差している。
     “この後の説明が大変だ”、と、その顔に書いてあった。どうやら、マネージャーさんのことを言っているらしい。

     楽屋のドアノブに手をかけた時、彼女は再びこちらを振り向くと、先ほど渡したCDを掲げて見せた。

     「これ、聴かせていただきますね。感想はまた、その時に」

     彼女を呼び止めるための口実だととっくにばれていたのか、少し面白そうな、やけに皮肉っぽい笑みを浮かべてそう言われた。

     ……どんな顔をしていいのかわからない――。

     そんな僕の様子を彼女は無言で見つめていたが、やがて諦めたように、ふっと笑って部屋の中へと消えて行った。

     僕はその場を動けずに、彼女が閉めた楽屋のドアをしばらくただじっと見つめる。

     (……すぐそこにいるのに、なかなか手が届かない)

     僕らの恋は、きっとこれからもずっとそんな感じなのだろう。
     彼女の懸念通り、僕らが共に歩もうとすれば、これからは気の遠くなるほどの困難が待ち受けているはずだった。

     ……それでも。
     それでも――。

     “……それでも。『それでも』と、もし僕が言ったら?”――

     あの夜の、自分の言葉が甦よみがえる。

     自分自身の人生の、何か大きなものを賭けてもいい。
     これは、そんな恋になる予感がした――。



    *続き | 第103話 記憶[唯]
    *目次 | 長編小説『Second Wind』

     
     
    長編小説『Second Wind』を連載中。 華やかな世界の片隅で、静かに止まってしまった時間が 再び動き出すまでの物語。 静かな始まりから、やがて運命を揺るがす奔流へ。