
Second Wind|第85話 期待と失望[イクス]
Second Wind
第2章 霧の中の岐路
第85話 期待と失望[イクス]
僕は運転手に指示をして、ホテルの正面玄関ではなく地下駐車場の方に車をまわしてもらうよう頼んだ。
それは僕らARKLINEがホテルに宿泊する際の、いわば常套手段だった。ここからならば、警備の厳しい最上階のVIPルームまで一般客には知られていないエレベーターで直接上がっていくことができるのだ。
運転手に支払いを済ませると、僕は先に降りてタクシーのドアの脇に立ち、彼女を案内した。
ホテル側から渡されているVIP客専用のカードキーを差し込みさえすれば、エレベーターは階を指定することなく自動的に最上階へと運んでくれる――。
警備関係のこともあるので、彼女もおそらく宿泊時にはこうしたVIPルームに通されることも多いのだろう。システムには十分通じているらしく、戸惑うような気配は微塵も感じられなかった。
……まるで、あの夜の早妃とアレンのように――。僕らは互いに一言も言葉を交わすことなく、静かなエレベーターの音だけを聞いていた。
その間、僕は彼女が僕の不躾な誘いに応じてくれたことにひどく感謝しながらも、やはりどこかで期待してしまわずにはいられなかった。
……たとえそれが、ほんのわずかな可能性なのだとしても。
「素敵なお部屋ですね」
目の前に広がる、閉鎖された空間――。
変に意識しないよう努めながらも、それでも生まれるほんの少しの気まずさを打ち消すかのように、彼女は部屋に入るなり、明るい調子でそう言った。
そんな彼女の心遣いが嬉しくもあり、またどこか、依然として距離を置かれているようにも感じられて、少し悲しくもあった。
「もっと長い滞在の時は、何人かのメンバーと共同で部屋を借りているんですが。でも今は、まだ短期なので。あの、コーヒーでも……?」
ほんの少しがっかりする気持ちを抑えるようにそう言ってから、僕は思わず "しまった" と思った。
……何と言っても、僕らの間で "コーヒー" は禁句だろう。
望みは薄そうとはいえ、男一人の部屋に来てもらっている以上、彼女に変に気を遣わせてしまっていてもおかしくない状況だった。
それなのによりによって、あのドラマの中でのアレンの "殺し文句" を口にしてしまうなんて――。
せっかく彼女が緊張をほぐすように明るく振る舞ってくれたのに、何かよけいに気まずい雰囲気を生んでしまった。そんなバツの悪さから、自分で自分が嫌になり、思わず少し無愛想になる。
「……」
僕は半ばふてくされたように黙って上着を脱ぐと、ソファの背もたれに放るように置いた。
そしてそのままバーカウンターに近づき、適当に飲み物を探し始めた。
*続き | 第86話 近づく距離[唯]
*目次 | 長編小説『Second Wind』