
Second Wind|第93話 夜の輪郭[唯]
Second Wind
第2章 霧の中の岐路
第93話 夜の輪郭[唯]
※本話には親密な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
……めくるめく接吻と、優しく力強い愛撫。
彼に施されるそれは、この上なく甘美で、この夜、私の理性など一瞬で打ち砕かれてしまった。
決して巧みとは言えなかったが、これほどまでに優しく思いやりにあふれた愛撫を私は知らなかった。
彼に触れられる部分が、ことごとく熱を帯びてゆく――。
人なつこい、黒目の多い瞳が、今や野生動物のそれのように妖しい光を放って私の奥底に熱を与えていた。
彼が顔を傾けるたび。
彼が口づけるたびに。
形の良い鼻梁ととがった顎が、美しい曲線を描いて私に甘い快楽を与える。
節くれ立った、細い指。力強い二の腕。
広い肩幅と、厚みのある胸板。
それらがすべて、恐ろしいほどの刺激となって私の五感を襲った。
彼は私を熱く見つめたまま、切なそうに幾度も吐息を漏らした。
優しく、熱く、力強く――。日頃から舞台で体幹を鍛えているからなのか、彼は驚くほどしなやかに、うねるように私と溶け合った。
必死に衝動を抑えているとわかる彼の行為は思いやりにあふれていたが、まるで私のすべてを奪い去るかのように、時に荒々しくもあった。
普段の穏やかで屈託のない彼からは想像もできない、これまでに見たこともなかった “男” の表情。
“闇に揺らめく炎”――。
眉間に皺を寄せ、今や妖艶な光を放つ漆黒の瞳が、余裕のない息づかいで私を覆い尽くす。
私は彼の首に手をまわし、その動きに合わせてわずかに体を動かした。漆黒の、透明な闇を思わせる彼の瞳を見ているうちに、自分の体と魂が、夜の海に溶けてゆくような錯覚に襲われた。
切なく苦し気な二人の吐息と、途絶えることのない口づけの音だけが、薄明かりの室内に静かに響いていた――。
「イクスさ……」
恍惚とする意識のなかで、彼の名前を思わず口にしてしまった自分がいて、赤面する。
彼の動きは衰えを知らず、むしろ徐々に激しくなってゆく一方だった。鍛え上げられた動きがダイレクトに伝わり、もはやどちらかが限界を迎えるのは時間の問題だった。
「……“イクス” って……そう呼んで」
汗を滲ませた彼は、わずかに微笑み、そう懇願した。
「……“イクス”……」
途切れる息の間から、私は初めて彼の名を口にした。
名前を呼んだ瞬間、彼はひどく切なく幸せそうな微笑を浮かべ、そのまま二人は、月の光が照らし出す夜の静寂へと溶けていった――。
*続き | 第94話 明ける夜[唯]
*目次 | 長編小説『Second Wind』