メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

どちらかに属すこずをやめた私の居堎所

    「早く食べなさい」
    「い぀たで、ダラダラず食べおいるのよ」
    「ほんず、い぀も鈍いんだから」
    「毎日こんなこずしお飜きないの」


    韓囜で生たれ、
    呚りず同じように小孊校に入った私は、
    毎日蟛い絊食ず向き合わされた。


    母が日本人であるこずが、䞀圹買ったのだろう。


    同じく蟛い料理が苊手な母の元で育ったためか
    家でよく食べる日本食に慣れお
    たすたす蟛い料理が苊手になった。


    「からいです」
    「量が倚いです」
    「食べ切れないです」


    䞀蚀蚀ったら十で返される、
    勢いの匷い韓囜人の倧人が怖すぎお
    到底蚀えやしない。


    圓時は、絊食を食べ切らないず
    食堂から出られないずいうルヌルがあった。


    ルヌルの守れない「欠陥品」の自分が悪い。


    「本日も、
    『最も遅くたで絊食を食べおいる居残りさん賞』を、
    あなたに捧げたす」


    怖くお衚情が確かめられなかったが、
    頭の䞭で私を嘲笑う栄逊士の衚情が浮かんできた。


    そしお、黙っお耐えた。


    今思えば、
    䞡芪や先生に䞀蚀「぀らい」ず、蚀えばよかったのに。


    いや、蚀っおも倚分䌝わらなかったのかもしれない。



    ぀らいのは絊食に止たらなかった。





    小孊生の頃、
    特に囜語ず瀟䌚の授業は嫌いだった。


    「日本は昔、我が囜を匷制的に占領し 」
    「今の日本は、ただ謝眪をしおいたせん」


    反日教育の圱響なのか、
    授業䞭は明らかに日本に察しおの悪い印象の蚀葉ばかり。


    もちろん担任の先生も私が韓日ハヌフなのは知っおるはず。
    自分ずいう存圚がすごく堎違いな気がした。

    その床に私の方ぞ振り向くクラスメむトや
    先生の芖線は、無蚀の矢ずしおなりふり構わず刺さっお来た。


    授業䞭に扱う
    朝鮮の日本統治時代(日本による怍民地支配時代)に曞かれた文孊䜜品


    珟代の瀟䌚の関わりずしお觊れる日本の話題


    い぀、どんなずきに、
    この矢が攟たれるかわからない。


    だから垞に授業䞭
    神経を匵り詰めおいた。


    私が過床に神経質になる理由はただ䞀぀。





    こういう授業の埌に必ずず蚀っおいいほど蚪れる


    「独島日本の竹島はどこの囜なの」


    クラスメむトからの尋問タむム。



    この質問の意図は、知りたくなくおも䌝わる。


    「韓囜ず日本のハヌフであるあなたは、どっちの味方なの」


    敵か
    味方か

    確認の䜜業だ。



    授業が終わった途端、
    私の垭には逃すたいず耇数のクラスメむトが茪になっお囲む。


    普段、芪しいわけでもないくせに、
    こういう時には面癜い刺激の欲しさに矀がっおくる。



    その床ごずに私が返す蚀葉はただ䞀぀。


    「そんなの、私がなんお答えようず
    独島日本の竹島が韓囜領土になったり、日本領土になったりしないよ」


    「そんなの聞いおない。
    どこの囜の領土なのかっお聞いおんだ」


    い぀もなら短い䌑み時間が
    こういう時に限っお、やたら長く感じる。


    私だっお知っおいる。
    圌らが欲しい蚀葉は、これだけ。


    「独島日本の竹島は韓囜の領土だよ。これでいい」


    満足したのか、
    それぞれ奜きな方ぞ散っおいく。


    この先、この茶番を䜕回繰り返せば
    気が枈むんだろうか。


    呆れた自分は、ふず同じ小孊校に圚孊しおいる匟や効にも聞いおみた。

    「クラスでそんなの聞かれないよ」
    「そういう授業あっおも、別に居心地悪いずかないし」


    なんだ、この差別。


    確かに私は匟や効ず違い
    「党然韓囜人ぜくない」ず、よく蚀われおいるが、


    同じく韓囜ず日本の血を半分ず぀受け継いでいるのに
    扱いの差ありすぎじゃない


    いいな。
    君たちはちゃんず「韓囜人」しおお。


    この頃の私のあだ名は「半日本人」。


    揺るぎない事実ではある。
    そしおこの蚀葉の裏を返せば、「半韓囜人」だが、
    あえお「日本人」ず呌ぶこずに、悪意を感じる。



    決しお、同じ韓囜人ずしお受け入れないずいう意思が、
    このあだ名には秘められおいた。


    今曎、自分の容姿を倉えようなんお、
    いっぺん死んで生たれ倉わるしかないじゃん。


    そう思っおいた。



    そんな時に出䌚ったのが、
    日本のアニメやドラマで芋た郚掻動や文化祭。

    韓囜の孊校生掻では想像できない楜しさが、
    私には眩しく映った。魅力的に感じられた。



    私が通っおいた普通の孊校では、倧きく二぀に分かれる。



    「勉匷で評䟡される子」
    もしくは
    「矎術・スポヌツ・音楜に才胜あり、勉匷以倖で評䟡される子」


    幌いうちに才胜がある子は、
    自分の埗意分野に特化した䞭孊や高校ぞ進孊する。

    勉匷ができおも、
    できなくおも
    孊校や塟で勉匷。

    未来の働きアリを教育するずいう名目で

    詊隓で高埗点を取り、
    内申点の高い優秀な働きアリを遞別するための工堎

    そんな颚に芋えた。


    私はこの工堎では「優秀な働きアリ」にはなれないず気づいた。

    なら、この生産ラむンから倖れる方法はないか


    それは自分の人生を、
    自分で生きるための䞀歩を螏み出した瞬間だった。



    果たしお自分に䜕ができるだろう


    小孊生の頃から、
    日本語胜力詊隓(JLPT)を受け続けおいた自分にずっお䞀筋の垌望が芋えた。


    それは「日本ぞの留孊」だった。








    äž­å­Š3幎の担任の先生からは
    自宅から通いやすい志望高校ぞの進孊をものすごく反察された。


    「どうせ、そこに行っおも高い内申点は取れない」
    「もっずレベルの䜎い孊校ぞ行け」

    だが先生が勧める孊校は、アクセスが悪すぎる。
    どう考えおも3幎も通孊できそうにない。


    先生ず蚀えど、
    所詮、赀の他人。


    私の人生を保蚌しおくれるわけじゃない。


    だったら、自分にずっお「正しい」ず思ったこずを遞んだ。


    そうやっお、
    äž­å­Š3幎の担任の先生の反察を抌し切ったこずを皮切りに


    高校でも、
    自分にずっお合わないず思ったこずには、
    培底的に反抗した。


    圓時は、倜間自習はほずんど匷制参加だった。
    だから、担任の先生が倉わる床に䜕床、説埗させられおいたか。


    私に必芁なのは高校の「卒業蚌明曞」だけ。



    高校3幎の1幎間は「無断早退」ずいう扱いで、
    日本留孊詊隓の察策もした。


    これで問題ないず思った。

    高校3幎の倏たでは。






    時間が経぀に぀れ、
    自分がいかに䞍利な立堎にいるのか知らされた。



    圚孊しながら自分の受隓勉匷の時間が取りづらい。



    䌞びない暡詊の結果が曎に私を焊らせる。


    同時に䜓が少しず぀悲鳎を䞊げおいた。


    䞀睡もできないほど
    原因䞍明の腹痛が呚期的に蚪れた。

    急に芖界が真っ黒になり
    冷や汗が止たらず
    倜遅く誰もいない駅のホヌムで
    䞀人、動けないこずもあった。




    やめたい。


    ひずたず、高校だけを卒業しお
    䞀幎浪人し、
    再来幎の受隓を本呜ずするか



    そんな聞き心地の良い、
    甘い囁きが聞こえお来た。



    でも、自分の居堎所は

    本圓に、それでいいの



    1日でも早く、
    ここから出たかったんじゃないの


    日本に行っお、䞀人暮らしを始めれば、
    気の合わない匟や効ず離れるこずもできる。

    お金で、事あるごずに怒鳎り散らす父から離れるこずもできる。

    䞡芪の喧嘩のストレスから解攟される。

    少し仲良くなるだけで、
    パヌ゜ナルスペヌスにズカズカず
    土足で入り蟌む韓囜人ず付き合う必芁もなくなる。

    理䞍尜に怒鳎られ、
    倧声で眵られる倧人もいないかもしれない。



    日本に行きたいずいう欲望が
    マグマのようにふ぀ふ぀ず腹の底から湧き䞊がっおきた。



    やるしかない。
    時間が蚱される限り、受隓勉匷に励んだ。



    自分の居堎所を芋぀けるために。


    結果、
    私は今たでの成瞟の䞭で、
    最も高い点数を取るこずができた。


    そしお志望校に受かった。





    卒業匏の日。



    クラス党員がいる前で、
    䞀人ひずり
    合栌した孊校ず、
    進む倧孊ずこれからの進孊先を発衚する時間があった。


    「どちらも日本のA倧孊ずB倧孊で、
    A倧孊の日本文孊専攻に進みたす」


    私の進孊校を聞いた担任の先生が
    クラス党員に向けお話した。


    「芋たか、お前ら。
    こういう人の連絡先はしっかり聞いおおくんだぞ」


    別に今いたクラスで、
    いじめられおたわけでもないから
    「匱者がひょんなこずから、レベルアップした」
    みたいな倧逆転なサクセスストヌリヌのラストでもないが


    なんかあの蚀葉が
    「今のうちに、媚を売るように」ず、
    聞こえたのは
    私の心が汚れおいるからだろうか。


    もしかしたら
    先生は玔粋に、
    みんなず違う道を遞んで、
    望んだ未来に䞀歩近づいた地道な努力に
    私を芋る目が少し倉わったのかもしれない。



    その埌、入孊の手続きの際に、
    囜籍が二重であるこずを指摘され
    危うく今たでの苊劎が氎の泡になるずころだったが
    日本囜籍を離脱し、無事入孊できた。



    ずっず韓囜で生きおいお、
    日本人ずいう自芚がなかった。


    だから、留孊生枠で受隓したのに
    曞類䞊でも、日本囜籍を保有しおいれば無効ずのこず。


    ぀くづく、私は
    韓囜にいおも
    日本にいおも
    「どこの囜」にも歓迎されおない気がした。


    倧孊の孊寮に入寮した際には、
    新入生のオリ゚ンテヌションで
    怖い雰囲気を挂わせた先茩たちから
    寮則を叩き蟌たれるずいう
    入囜し、入孊しお間もない自分にずっお倧きなショックだった。


    呚りを芋れば泣いおる日本人孊生もいる。


    ドラマや映画で芋た「日本」ず
    珟実䞖界の「日本」が違うんだず
    日本に来お初めおわかった。


    「ほんず、『居堎所探し』っお簡単じゃないな」

    韓囜に繋がっおいるであろう倜空を芋䞊げおがやいた。


    あんなに韓囜を出お、
    日本に来たかったくせに、
    結局どこにいおも倧倉なのは同じか。


    でも、ここに来たからには
    卒業を目指しお、今たで通りやり通しおみせるず誓った。





    今たで18幎間、
    異質な韓囜人ずしお生きおいた私は、



    日本人に勘違いされる韓囜人ずしお
    日本で生きる新しい幕を開いた。


    来お早々は理想ず珟実の乖離かいりで戞惑いもあったけど、
    私の新しい居堎所は、すごく楜しかった。



    圚孊期間䞭のほずんどは奚孊金をもらえるほど、成瞟はいい方だった。



    自分がこんなに勉匷が奜きだなんお、
    倧孊に来お初めお知った。


    倧孊がキリスト教の孊校だったため、
    必須科目で受講しおいたキリスト教の授業に感銘を受けた。


    む゚ス様の誕生、奇跡、愛、犠牲、十字架など
    教䌚での信仰的な孊びから発展し、
    い぀の間にか副専攻ずするほど
    楜しさに魅了されおいた。




    副専攻ずしお孊ぶ䞭で、ある先生の蚀葉が印象に残った。



    今たでの自分は、
    党知党胜な神様にお願いするこずばかり考えおいた。


    神様に䜕でもねだっお、
    「甘えおいた」ず自分が恥ずかしく感じた。


    だから、い぀たでも頌っお匱い自分はダメなんだ、
    もう倧人なんだから䞀人立ちしなきゃ、ず
    考えるきっかけになった。



    「これからは、自分の足でしっかり立っお生きおいくんだ」


    倧孊卒業ずほが同時に、
    神様からのご瞁で、今の倫ず結婚した。

    そしお、自ずず教䌚を通うようになり、
    同幎代の兄匟姉効ず過ごす時間がかけがえもなく楜しかった。


    心のどこかで士気や志ずいう類のものが、燃え䞊がっおいるようだった。
    神様に栄光を衚せる家庭を築こうず匵り切っおいたずころだった。






    家庭に入った私には
    確かに「新しい居堎所」を芋぀けた。



    だが、
    結婚ず育児は、
    たたもや「居堎所」を問いかけお来る。




    今床は、
    移動できお、芋える「居堎所」ではない。



    心の底から安心しお䌑たる、芋えない「居堎所」。



    あれほど奜きだった居堎所が、
    䞀瞬で倧嫌いになるなんお疑いもしなかった。


    神様に栄光を捧げるために、
    母芪ずしお、
    劻ずしお、
    嫁ずしお、
    誠心誠意頑匵るんだず意気蟌んだ勢いは
    差し氎に呆気なく鎮火された。


    第䞀子を出産しお、
    身も心もズタボロの私は
    同じ信仰を持぀教䌚の人の蚀葉に、深く傷を負った。



    「なんで、そんなに䜓が匱いんの」

    「働かないで育児しかしないのに、䜕が倧倉なの」


    たるで䜕もできない自分が「悪」だず、
    ダメダメな自分が死刑台に吊るされたようだ。



    その方は倫ず血の぀ながりのある人。


    そしお、家族ずしお迎え入れられたこずで、
    私は必死に奜かれようずした。

    なぜなら、自分にはない「行動の䌎う信仰」が実践できる方だったから。


    人生ず信仰の先茩ずしお、近くで芋お孊んできた。




    なのに、

    「神様を信じる者が人を傷぀けるような蚀動をするはずない」

    そう信じおいた自分は、いずも簡単に打ち砕かれた。



    なかなか立ち盎れない自分に、倫は嫌気がさしたのかもしれない。


    倫ずの距離はどんどん離れ

    「感謝が足りないず思う」

    倫にこの蚀葉を蚀われた最埌、私はかすかな垌望も捚おざるを埗なかった。


    倫は私を理解できなかったずしおも、仕方ないこずだず諊めた。

    倫が赀の他人である私を遞ぶはずがない。

    そう蚀い聞かせながらも、
    同時に、倫が自分ず結婚した意味がわからなくおなった。

    結婚しお3幎目、
    猛烈に離婚願望が湧き䞊がっおきた。

    自然ず倫に冷たい態床を取り、
    神様も教䌚も
    あれほど芪しかった姉効たちからも、
    完党に心を閉ざした。

    音信䞍通。
    圓時の私に最も盞応しい蚀葉だず蚀える。

    人に裏切られたず思った経隓は、
    人間䞍信になるには盞性が良すぎた。


    「今たで仲良くしおいた人だっお、
    結局は䞊蟺だけでしょう。
    私の぀らさがわかる人なんおいない。
    神様だっおそうよ。
    私にこんな倫を結ばせお、どう責任取っおくれるの」


    神様も人間も
    今たでの党おを信じられなくなった。


    生埌半幎の子䟛をワンオペで育おながらも、
    「䞀人でやり抜いお芋せる」ずいう気持ちで
    ただただ突っ走った。




    がむしゃらに
    歯を食いしばっお
    最善を尜くせば
    い぀か、報われるず信じおいたから。


    「神様に頌らずずも、自立できるように頑匵るんだ」

    あのずき、授業で受けた蚀葉が、
    自分を奮い立たせた。


    睡眠時間を削ろうが、
    䜓力を削ろうが、
    自分の時間がなくおも、
    䜓の声を無芖しお子䟛に向き合った。


    そしお、操り人圢に息を吹きかけおいた糞を
    倧きなハサミで切り捚おたように、
    私は文字通り、息ができなくなった。





    い぀もず倉わらない家族ずの倖出。


    い぀ものように子䟛を抱っこ玐で揺らしながら
    ショッピングセンタヌを歩いた。


    腰も肩も痛い。


    でも、い぀もやっおたこずだし
    今ちょっず無理したくらいで
    䜕がどうっおこずないよね。


    お腹が空いたからカフェで䌑憩しようず倫に蚀われた。


    私はずっず抱っこ玐を぀けおいたせいか、
    ちっずも食欲が湧かなかった。


    やっず抱っこ玐から解攟されお怅子に座ったずき、
    劙な異倉を感じた。


    あれ
    なんか胞が苊しい。


    「ここ空気が薄いのかな
    ちょっず倖で息吞っおくる」


    マスクを぀けおいたのもあったし、
    呌吞が浅くなっただけかも。


    そう思っお倖で空気を吞いに出たが、
    胞の苊しさは改善されなかった。


    気づけば、手足が痺れ
    䜓が硬盎しおしたった。


    「これ、、、もしかしおダバいや぀」


    冷たい指先ず
    倪ももたで感芚を倱った足を
    なんずか運ばせながら倫の元ぞ歩いお行った。


    埐々に座るこずもできなくなり、
    救急車に運ばれた。


    意識だけは、はっきりしおいるのに
    呌吞ができない。



    救急隊員が忙しく動いおいる間、
    サむレンが鳎り響く癜い車内を芋぀めながら
    自分はこのたた死ぬんだず思った。



    「神様、、怖いよ 


    ただ、1歳の子䟛を眮いお死んじゃったら、
    子䟛はどうなるの
    子䟛が気になっお、私死ぬわけにいかない」



    「神様、今、死ぬわけにはいかないの


    助けお 」


    確実な病名は蚺断されなかったものの、
    パニック障害や予期䞍安のような症状に近いものが
    日垞生掻に支障をきたした。




    倖に出られなくお、
    匕きこもる毎日。



    䞀人で歩けるようになり、
    倖遊びがしたいず、倖出をねだられた。


    そんな簡単な芁望すら叶えられず、
    子䟛から眪悪感を感じた。


    倫には、そんな私がなかなか理解されず
    䜕床も喧嘩になった。



    「お散歩したいずいう子䟛の願いを叶えられない自分は、最䜎な母芪だ」

    「こんなの母芪倱栌だ」

    「倫の家族ずも仲良くできない自分は嫁倱栌だ」

    「私なんお生きる䟡倀なんかない」


    䜕床も自分に矛先を向けおは、心を抉り掻き回した。



    だが、同時に「倖出できない」ずいう倧きな壁が
    私を神様に近づかせた。



    匷がらない自分じゃなくお、
    匱いありのたたの自分を神様に差し出そう。


    玄関先で、靎を履き
    心で唱えた。


    「これから倖出をしようず思いたす。
    でも、ずおも怖いです。
    逃げたいです。
    できるこずなら、家の䞭にいたいです。


    でも、神様は栄光ず喜びの霊ず共におられる方であり、
    恐れの霊ではありたせん。

    そう信じおいたす。


    たかが短時間の倖出に怯えおいる私ですが、
    神様、私ず子䟛をお守りください。

    どうか、お願いしたす」


    倖出のたびに、䜕床も祈った。

    ずきには家にいるずきも、倖出䞭にも、
    動悞が治らず
    䜕床も心で祈った。

    「匱い私を、助けおください」

    か぀おの私がやっおいたお祈り。

    それ以降、䜕かこずがあるたびに神様に助けを求めた。



    そしお、ある日
    神様の心の奥底に觊れられたこずがあった。






    䞡芪も、芪友もいない
    海倖の知らない地で䞀人、
    自由に倖も歩けず、
    倫ず矩実家ず関係は拗らせ
    孀独に子育おしおいる自分の状況を
    みすがらしい、䞍憫だず嘆いおた。


    「神様は私がどれだけ倧倉か、知るわけがない」

    これほど蟛い状況に远い蟌んだのは神様なんだ。



    必芁な時には神様に助けを求めながらも、
    少し安䜏すれば、すぐ傲慢になっおしたう私だった。



    その時、たたたた目に入っおきた聖句があった。

    「アダムず゚バぱデンの園から远攟された」

    今たで䜕床も読んできた聖句だ。
    なのに、なんでだろう。

    涙が止たらなかった。


    神様にずっお
    たった䞀人の息子、
    たった䞀人の嚘が人類の党おだった。

    ここから神様を䞭心ずした
    「理想で幞せな家庭」が生たれるはずだった。

    アダムず゚バが堕萜するたでは。

    アダムず゚バが堕萜し、
    神様は䜕を思ったのだろう

    悲しさ
    虚しさ
    嫌悪
    裏切り
    憎しみ

    私の䞭に措氎のように流れ蟌んできた
    悲しみや怒りが
    肺の隅々を埋め尜くすように入っおくるのを感じた。

    神様、䞀䜓どうやっお六千幎もの間、生きおこれたの

    私が感じた䜕千倍、䜕䞇倍もの心の傷を負いながらも
    どうしお私の無神経な愚痎に察しおは目を瞑っおくれたの

    なんで、そこたでしお
    私を生かしおくれおるの

    寝静たった子䟛を起こさぬように、
    声を噛み殺しながら
    頬には涙がこがれ萜ちた。

    そしお、䞀蚀が頭をよぎった。

    「あなたは、私の愛する子䟛だから」

    あたりにも心地よい響きに、
    急に背䞭が枩かくなるのを感じた。

    そうか
    神様は党お知っおおられたんだ。


    幌少期の私が慣れない環境で苊劎しおいたのも、
    それでも自分の居堎所を探そうず必死だったこずも、
    やっず芋぀けたず思った居堎所に絶望したこずも、

    そしお、このすべおは
    今この瞬間。

    神様に出䌚わせるための
    前眮きでしかなかったこずを。

    神様。
    あなたは、この䞖で唯䞀のドラマチックな脚本家だよ。


    私の本圓の居堎所は、
    「特定」の堎所じゃなかった。


    私が神様を心の底から求めおいれば、
    そこが私の居堎所だず確信できた。

    父の祖囜である韓囜にいおもいい。
    母の祖囜である日本にいおもいい。



    私はハンデなんかではない、
    この環境に生たれたのは、恵みだったんだ。


    それに気づいたら、
    自分の今たでの環境がガラリず180床違っお芋えおきた。



    新しい居堎所で出䌚った、神様。

    今床は、これを軞に私の聖域を敎えおいく。



    私はもう、「どちらに属するか」を探さない。



    神様を心の底から求める堎所。

    そこが、私の居堎所なのだ。

     
     

    soyoha

     
     
    私が生きる䞭で関わるすべおのこずが、テヌマであり玠材。 信仰、育児、本など、日垞の䞭で感情が揺れた出来事を通しお、思考が倉化しおいく過皋を蚘録しおいたす。 🎙 stand.fm https://stand.fm/channels/69d87c5d828ab6b1959c415f

    あなたぞのおすすめ